第4話『臨時放送』
道にすら忘れられたような古びた自動販売機の側で、あなたを見ていた。
Uが黒皮の小さな財布から、何枚かの小銭を取り出して投入口に入れる。飲み物の下に付いたボタンが全て点灯した。
「葉月さん、何にしますか?」
「あ、じゃあ……ココアで」
硬質的な音とともに、缶が落ちてくる。取り出し口に手を入れて缶の熱さに少し驚きながら、あなたは硬貨を入れようとしないUに話しかける。
「Uさんは、要らないんですか?」
「大丈夫ですよ」
彼が言うと同時に、自動販売機に付いた電光掲示板が安っぽい音を立てながら数字を写す。7、7、7、7、と揃った後、最後の数字も7。Uはブラックコーヒーを選んだ。
「これも都市伝説みたいな物ですから」
あなたが口の端で少しだけ、少しだけ笑ったのを私は見逃さなかった。
此処に来てから、初めて見るあなたの笑顔だった。
道ばたの鉄製のベンチに座って、二人で飲み物を飲む。
「お腹の方は、大丈夫ですか?」
「あ、まだ大丈夫です、空いてません」
「そうですか。ここにはあまり食べ物は無いので……いざとなれば月に行けば」
「月?」
「大量のチーズがあります。月はチーズで出来ているんです。まだ誰も行ったことはありませんが──」
そんな会話をしばらく続けた後、おもむろにUがポーチから四角い箱を取り出す。
そこから細い棒を引っ張り出すと、棒はそのまま直立した。
「それ、何ですか?」
「携帯用のラジオです」
情報収集は欠かさないようにしているんです、と語りながらUは棒をあちこちに向けながらダイヤルを操作する。絞り出すようなノイズが止み、若い女性の声に変わった。
『牛の首による死者が今月に入って13人を記録──』
『国際宇宙機関による月面着陸の様子の撮影が、サンフランシスコの撮影所で行われました──』
『鮫島事件が時効を迎えようとしています。警視庁は事件の犯人並びに被害者、凶器、内容が何かという情報の提供者に懸賞金を──』
とても聞いたことのないような言葉が並ぶラジオに、あなたは少しだけ興味をそそられたのか、耳を傾けている。
『長距離走の大会の優勝者は御年87歳の女性──』
『変質者が出没、赤も青も白も選ばないようにと注意喚起──』
淡々とニュースを並べるラジオが、
『臨時放送をお伝えします』
唐突に異常を見せた。
声はくぐもった男の物に代わり、今まで微かに鳴っていた落ち着いた音楽が止み、異様な雰囲気を見せ始める。
Uは相も変わらず、サングラス越しにラジオを見つめている。あなたはココアを飲む手を止めた。
『先週までの犠牲者はこの方々です』
『横島タエさん78歳』
『光元孝さん46歳』
『柏崎遠子さん13歳』
『嵩峰源治郎さん67歳』
『霜月乙葉さん16歳』
『木下海渡さん3歳』
『は──』
Uが黙ってアンテナを畳むと、声は止んだ。
「あの、今のは――」
「偶にあるんです」
ラジオやテレビの深夜放送終了後に突然画面が切り替わり、不気味な音楽と共に『犠牲者』の名前と年齢が読み上げられる臨時放送が行われる。
「早くて、名前が聞こえなかったんですけど……犠牲者、って、何のですか」
「……さあ?」
「死んだとか、そういうのじゃ、ないですよね」
あなたの顔が、いつも以上に青ざめている。そんなに何かが心配なのだろうか。
「噂が交錯しているものは、何とも言えません。死亡者とも言われていますし、或いは」
Uはラジオに手を伸ばしながら、呟くように言う。
「いじめの犠牲者、という話も」
「いじめ……」
生々しく、懐かしい響きだった。あなたにも、心当たりがあるのだろうか?
他にも諸説ありますがね。肩を竦めて、Uはラジオを片づける。あなたはその手の動きを、心配そうに見つめている。
「さあ、駅に向かいましょうか」
「……はい」
あなたとUは、隣に立って歩き始める。月が明るく照らす道を。