第三話『こっくりさん』
暗く不気味な公園の片隅で、あなたを見ていた。
錆の浮いたテーブルを囲んで、Uとあなたが座っている。
「この辺りで良いでしょう」
Uが取り出した物は、一枚の大きな画用紙と、十円玉だった。
「あの、それは……」
「これで、あなたが行くべき場所を見つけます。葉月さんも、ご存じですか?」
「こっくりさん、ですよね」
五十音と『はい』、『いいえ』の文字、そして鳥居が書かれた紙の上で十円玉を動かすと、霊であるこっくりさんが質問に答えてくれる。噂に疎いあなたも聞いたことがあるようだ。
広く知られた物であり、あちこちで行われている。霊的行為を思わせるからか、タブーが多いのも特徴だ。十円玉から手を離してはいけない、途中で止めてはいけないなどの行動を制限するものや、人数、質問の内容、或いは時間帯など、その内容は地域によっても多岐にわたる。
そのタブーも、この行為の背徳感をくすぐり、広まる一因になっているのだろう。
「でも、こんな、オカルトなんて……」
「確かにオカルトですが、この街では絶対に正解を導いてくれます」
「そういう、噂、だからですか?」
「その通りです」
Uはテーブルの上に紙を広げ、鳥居に十円玉を置いた。
「さあ、春月さん」
「……はい」
渋々といった風に、あなたも十円玉に指を置く。
そして全員で呪文を唱えるのだ。
「こっくりさんこっくりさん、どうぞおいで下さい。もしおいでになりましたら、『はい』へお進み下さい」と。
「……今、何か」
「静かに。中断は厳禁です」
やはり恐怖を感じるのか、あなたは落ち着かない様子だ。辺りはやはり薄暗く、この儀式の不気味さを増している。Uは、相変わらず感情があるのかどうかも分からない程の落ち着きようだが。
「こっくりさんこっくりさん、どうぞおいで下さい。もしおいでになりましたら、『はい』へお進み下さい」
呪文を唱えるとすぐさま、十円玉は迷いなく『はい』へ進む。
最初にUが質問を行う。
「葉月さんが、行くべき場所はどこですか?」
十円玉は、真っ直ぐと動き始める。あなたは固唾をのんで、その行く先を見守る。
『け』『゛』『ん』『し』『゛』『つ』
Uは結果を見届け、「鳥居の位置までお戻り下さい」と抑揚のない声で言う。十円玉は指示に従う。
こっくりさんが出した答えは、現実。次はあなたの番だ。Uに促され、慌てたように質問する。
「どうすれば、私はそこに行けますか?」
『て』『゛』『ん』『し』『ゃ』
「鳥居の位置まで、お戻り下さい」
あなたの声には、ありありと恐怖が浮かんでいた。
「電車、ですか」
「電車に乗れば、帰れるんですか」
「恐らくは」
あなたはやっと安心したように、十円玉から手を離そうとした。その手を、Uが使っていない方の手で押しとどめる。こっくりさんは、終わらせ方にもルールがあるのだ。
電車に乗れば、帰れる。あなたは現実に帰ろうとしている。しかし。
あなたが帰るべき場所は、現実なのだろうか?
『いいえ』
「……十円玉が、勝手に」
「早く終わらせましょう」
こっくりさんこっくりさん、どうぞお戻り下さい。
十円玉は『はい』を経由し、鳥居に収まった。
Uの額には、珍しく汗が浮かんでいた。
「こっくりさんは本来、精神的に不安定な状況で行うことは余り推奨されません」
「私……それで、変な動きを?」
「そうかもしれません。兎に角、これは私が処理しておきますので、大丈夫です」
そう言うや否や、Uは画用紙をつまみ上げ、バラバラに引き裂いた。
「十円玉に関しては、三日以内に使ってしまいましょう。その辺りの自販機で」
「あの、Uさん。電車は何処に」
「案内しますよ」
急かすあなたの先に立って、Uは歩き始めた。
公園には、もう誰もいない。風もないのに、ブランコが静かに揺れているだけだ。