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第二話『UMA記憶処理部隊』

 街灯もまばらなコンクリートの道で、あなたを見ていた。

 何故あなたには私が見えないのに、私にはあなたの姿が見えるのだろう。

 どちらもおかしな事だ。あの運転手が言っていたように、『荒唐無稽なこと』だから、そうなっているのだろうか。

 私にはそれだけのことを考える余裕があったが、あなたには、息を切らしてどことも分からない道を駆けるあなたには、そんな物はなさそうだ。思った矢先、あなたは息をつき、足を止め、辺りを見回した。

 タクシーで恐ろしい目に会ったあなたは、気が付くと閑散とした住宅街にいる。異常は去ったのか? そうでは無さそうだ。

 頭上に浮かぶ月が投げかける光はひどく頼りなく、ここを住宅街たらしめている家々のどれにも明かりが付いていない。生活の気配が感じ取れない。あなたの動悸が、まだ収まらないのを感じた。

 頼りない街灯の光を辿るように、大通りを歩く。体の動きが思い通りにならないかのような苛立ちを隠しきれないように、あなたは遮二無二歩き続ける。


「そこの方、ちょっと」


 突如として、後方から声が響いた。道で見かけた人間に職務質問をするような、無機質で、しかしそれ故に日常を思わせる声が。

 あなたは、恐怖と希望がない交ぜになったような足取りで振り向いた。


「貴女、失礼ですが、お名前は」


 そこにいたのは、ごく普通の人間だった。いや、ごく普通と言うには、少し大仰な格好をしている。

 大きめのポーチを腰に提げ、黒い背広にズボンを身につけ、サングラスをかけた大柄な日本人の男だ。感情の見えない声で、あなたに語りかける。


「お名前は?」


 あなたは急かされて、慌てて声を発する。


「は、葉月、葉月夜空です」

「ふむ、ではそちらの――」

「あの!」


 先ほどの運転手とは違い、まともな意志疎通が計れる人間だと見たのか、あなたは勢い込んで男に話しかける。


「ここ、ここって、どこなんですか。私、タクシーに乗ってて、こんなところに、一人で……」

「……」


 男はあなたの言葉を聞いて、少し考え込んだ。


「では、説明しましょう」


 あなたの顔は輝く。この意味不明な状況から抜け出すことができる希望に満ちた顔だった。


「ここは、ユング心理学を援用すれば、人間の普遍的無意識に住む"シャドウ"が形を成して現れる場所……有り体に言ってしまえば、都市伝説が住む町です」


 言葉は分かっても、意味は理解できないようだった。男はそんなあなたに一瞥をくれ、話を続ける。


「人々の間で語られ、人々の空想の中で生きる存在、例えば神話やUMAなどは、その噂を核としてここに現れます。『この学校には幽霊が出る』という噂があれば、こちらの学校に噂されたとおりの幽霊が現れます」


 男は単純に話したが、あなたはいつものように頬に手を伸ばす。


「因みに、夢を見るとか、空想をするといった事は、実は此処の景色を見ているだけに過ぎません」

「じゃあ私は今、夢を見ているって事ですか?」


 夢の中の人物が夢を語るのも、夢の中の人物に夢を聞くのもおかしな話だ。

 兎にも角にも、あなたはこの状況に合理的な意味を見いだすことだけを求めている。今自分が夢を見ているのなら、それならばそれでも良いと思っているのだろう。

 男が夢の真実めいたことを語ろうと、それは所詮夢の中の出来事で、現実には何の影響もないのだから。応える男は、少しだけ顔を傾ける。


「単純な夢ならば、少し此処を彷徨いてから勝手に居なくなるのですが。偶に、迷い込んだまま中々出られない方がいらっしゃいます」


 あなたは、ひとまず得心のいったような顔をした。


「私の仕事は、そういった人物をあるべき場所に戻し、然るべき処理をさせていただくことです」

「じゃあ、私は、帰れるんですか」

「あなたが望むのならば、あなたの言う現実世界にお送りいたします」


 あなたの顔は、安堵に満ちた。

 冷静に考えれば、夢の中の人物がこのようなことを言うのはおかしな事だが、あなたは気にしていないようだ。そう言う私も、気にしてはいない。


「では、付いてきて下さい」

「すみません、その、お名前は」

「名前?」


 男は意外そうに肩をすくめた。


「そういった物は、ありません。私はあくまで、特殊部隊の一員に過ぎませんから」

「特殊部隊?」

「こんな噂、聞いたことがありませんか?」


 某国には、エイリアンを管理し、人々をその脅威から守ると同時に、その存在が明るみに出ないように記憶処理を施している特殊部隊がいるらしい。

 男はこんな話をつらつらと、自己紹介のように言い切る。


「噂、って……」

「映画にもなったんですが、やはり日本ではマイナーですか。まあ、私はこういう噂なので、明確な名前は持っていないんです。でも、そうだな。それでしたら、映画に倣って英語一文字で、"U"とでも呼んで下さい」

「はあ……」


 話を切り上げ、男、Uは住宅街を歩き出した。あなたは少しためらいながら、それについて行く。

 ここは都市伝説の都。噂だけが本当の街。そこからあなたは歩き始めるのだ。愛すべき、帰る場所である現実を目指して。


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