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勇者と勇者の勇者たち  作者: 睦月山
第1章 嘘つき少女と最強の勇者と
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4.セブニスの二十日(3)

 枝で羽を休めていた小鳥が幹に受けた衝撃で飛び立った。勢いのあまり木に突っ込んでしまった男が痛む頭を擦りながら大声で叫んだ。


「そっち行ったぞ――!」

「了解!」

「囲い込め、囲い込め!」

「後ろだ!」


 まるで狩りをしているような声。しかし、ここは狩り場ではなく、鍛錬場であり、獲物は人である。


「カーシェ、アビィ、準備!」

「はーい」

「任せろ!」


 上級魔法を扱える二人に声が掛かった。動き回る的に歯がみしながら、声を掛けられたカーシェとアビィは両手を組み、親指だけ伸ばして指の腹を合わせる。それを自身の方へと定めた。ヤイン教における自己と世界との結びつきを示す――スイーヤと呼ばれる印だ。


「「風の精霊よ。世界を渡る悪戯の精霊よ。我、結べり。その身を持ってェエ!」」


 詠唱が途中から悲鳴に変わる。珍妙がものが迫ってきたのだ。


「お前ら容赦なさすぎだろ!」


 それは逆立ちをしたマレリウスだった。足を曲げ、野生動物の尾のようにそこでバランスを取りながら、かなりのスピードを出している。カーシェとアビィは堪らず、「気持ちわるー!」「人間もどきー!」と叫びながらその場から逃げ出した。

 一方、鍛錬場の端ではミクシュ、他数名によって囲まれたロイドが顔を赤くしながら逆立ちをしていた。自信があるという本人の弁の通り、マレリウスが鍛錬場を一周する間も逆立ちの姿勢を保っている。


「ロイド、頑張れー。勝ったら隊員全員に隊長が昼ご飯奢ってくれるってさ」

「おい! ミクシュー! 俺、そんなこと言ってないからな!!」

「うぐぬぬ……」


 ただ時間を競い合うのでは勝敗は明白だ。そのためハンデとして、妨害行為を認めたところ隊員三十余名が一斉にマレリウスへと攻撃を開始した。魔法、体術、何でもあり。それを逆立ちで捌ききるマレリウスの技量は本来賞賛を浴びるべきものなのだが、如何せん、その姿が間抜けすぎる。


「風の精霊よ。世界を渡る悪戯の精霊よ。我、結べり。その身を持って吹き荒れよ!」


 距離を置き、カーシェの再びの詠唱は成功した。くすくすと小さな笑い声とともに突如として風がうねる。忽ちそれは颶風となり、マレリウスへと向かった。発動した魔法は原則、取り消すことは不可能だ。避けるか、防ぐか、打ち消すか。マレリウスが選んだのは一番手軽な防御――加護に頼ることだった。


ご加護を(ソー・マグジュ)!」


 マレリウスの加護――神剣は攻守、共に優れた神剣だ。剣と銘打ってはいるものの防御のために付与された力がある。

 マレリウスが叫ぶと同時に薄い膜のようなものがマレリウスの視界を遮った。光の加減で七色に変じる柔らかなそれが風を受け流す。一種の結界型の防御魔法だ。

 マレリウスの体は風の影響を受けることなく、相変わらず綺麗な逆立ちを保っている。――全く効くことのなかった攻撃。が、それにマレリウスの顔は苦々しく歪み、対して隊員たちからは歓声が上がった。

 マレリウスが隊員たちの攻撃を加護を使って防いだのは初めてのことだったのだ。


「よっしゃ!」

「い・ま・の・はっ! 逆立ちだったから! 普通だったら走って避けれたし!」

「ヨッシャッ!!」

「避けれたからな!」


 誰もマレリウスの話など聞いてはいない。血が上っていた顔がさらに赤くなるのを見ながら、ミクシュはロイドを応援する。


「頑張れー」

「ぐぬ、やる気のねえ声、だすなよ、ミクシュ」


 こちらも顔を赤くして、ロイドは唸った。ミクシュはしゃがみ込み、膝の上で器用に頬杖をつく。


「それにしても。あれが隊長の加護か……。反応も早いし、結界型となると汎用性高そうだよね。それに加えてあの身体能力……。厄介だねえ」

「ぐぬぬ、でも、負っけねえ!」

「頑張れー」

「だから、やる気のねえ声はやめろって! 力が抜けちまうだろ!」

「そんなに怒ると血管が切れちゃうよ」


 ロイドの腕がプルプルと震え出す。辛そうな表情に先輩らが早く仕留め、もといマレリウスのバランスを崩してくれないかと鍛錬場中央の馬鹿騒ぎを見つめる。マレリウスはまだ元気に動き回っていて、むしろ先輩たちの方が疲労の色が濃い。大丈夫かなあ、と心配半分、呆れ半分で口元を緩める。そこで……ふと背後で音がした。そこにいたのは二人の少女。ミクシュは一方の手首を見て、息をつめた。







「だから、にぃは早く良い人を見つけてほしいんですよ! もう十八ですし、婚約者候補はもう十人ほどいるんです。でも! どこぞの頭がかるーい貴族なんかににぃを渡すわけにはいきません!」


 挙を握って力説するライーラに思わず、リギアは深く肯いた。


「わかる、わかる。幾ら外面を取り繕っても中身がスカスカなのは見え見えなんだよね。生まれ変わるか、魂入れ替えるかして出直してこいって感じ」

「そう! そうなんです」


 すっかり意気投合した二人は声を大にして、そう言い切った。ここが王城敷地内の廊下であることは忘れているかもしれない。

 現在、二人は二片を抜け、その隣の三片――騎士軍が統治している敷地に入っていた。装飾は最低限しかされておらず、そして情感がない。殺風景とまでは言えないが、飾りを施している人が情緒を解さない質なのだと推測できた。

 さらに変わったことがもう一つ。文字(コード)が減った。自分の身は自分で守れる、といったところだろうか。これはいい、とリギアは内心ほくそ笑む。ライーラと話し込み過ぎて見落としたところも多いだろうが、これは大きな収穫だ。


「ところでリギアさんのお兄さんはどちらに?」

「うーん。どこだろ? 属国のどこかにはいるとは思うんだけど……もう四年くらい会ってないからなあ」


 リギアと同じ銀髪と青い透き通る瞳。優しい声と頭を撫でる手。記憶は薄れつつある。それがひどく悲しい。感傷を振り払ってリギアはなるべく明るく尋ねた。


「そっちは? 養子に出されたって言ってたけど会えるの?」

「はい。兄はここで働いているので」

「騎士軍?」

「いえ。四片――魔法師協会の方です」

「へえ……」


 いよいよ雲行きが怪しいと思いながら、リギアは曖昧に相槌を打った。


「鍛錬場はまだ?」

「いえ、もうすぐです。そういえばマレリウス様からお願いを受けて私がご案内しているんですけど、仲がよろしいん」

「全然。全く」

「はあ」


 室内から室外へ。石でできた回廊を抜け、ようやくマレリウスのいる鍛錬場へ到着した。鍛錬場といっても基本は広い土地だ。縦横百メートルほどの空間が広がっている。奥には監督のためか、櫓が聳え立っていた。手前には水の入った樽があり、地面には幾つか木剣と汗ふき用の布が落ちていた。

 そして中央には逆立ちをしたマレリウスがいた。


「……うん」


 瞬間、リギアの顔から表情を消えた。踵を返し、立ち去ろうとしたところで、


「何か用ですか?」


 声変わりをして間もない、若い声が聞こえた。顔だけ、そちらに向けると、ふわふわと風に揺れる柔い髪が印象的な少年がいた。服はシャツと長ズボン、靴は革でできた簡易なものだ。そうは見えないがここにいるならば軍人なのだろう。


「ええっとマレリウス様に用があるのですけど」


 ちょこんとリギアの服の裾を握って、ライーラが応えた。どうやら帰してはくれないらしいということが分かり、リギアは諦めて体の向きを戻した。


「う一ん。今、勝負中なんです。もう少し待っていただいても……」

「あー! リギア!」


 勇者の元気な声が響いた。リギアの顔が歪む。

 マレリウスはそのままこちらに向かってきたが周りの人に進路を邪魔されている。


「ねえ、君。これは何をやってんのかな」

「えっと勝負です。ここにいるロイドと隊長でどっちが長く逆立ち出来るかっていう。周りで邪魔しているのがマレリウス隊の隊員です」

「へえ。じゃあここでアイツが倒れたら、勇者が負けるわけだ。……最っ高だね」


 リギアが悪い笑みを浮かべてそう呟いた。


「ちょっと持ってて」

「はい?」


 その少年にバスケットを託すとゆるり、と歩き出す。銀色の髪が風で広がる。銀食器のように冷たく、だが無機質さはない。星屑を掬い集めたようなその色がふわりと空に散らばった。日常に突如として表われた神秘に思わず、マレリウス隊の隊員たちも道を譲る。


「よう!」


 片手は上げることはできないが、気軽にそう声をかけてくるマレリウスの前に立ち、リギアは青い瞳を細めた。皆が訳も分からず、はらはらとその様子を見つめる。そして、


「う・ち・はっ!」


 叫びながら一回転。リギアの周りで風がびゅんっと鳴る。


「宅配やってないんですけど!」


 勢いを殺さずにそのまま鳩尾を狙う。爪先で抉るように一点に集中。


「うおっ!」

「――っ! 何これ、加護?」


 渾身の回し蹴りは透明な何かに阻まれた。痛みはなく、優しく包まれているようだ。気を遣われた――その事実に舌打ちする。一方のマレリウスは首を傾げて目を組め、


「お、サービスショット」

「…………殺す」

「うわ、怖いから。嘘だから! てか、女の子が舌打ちとか殺すとか言っちゃダメだろ!」


 リギアは足を下ろして距離をとった。反射的に古代魔法ルーン語を口にしようとするのを自身で留める。さすがに怪しまれてしまうだろう。そもそも古代魔法ルーン語を知っているということは忌み嫌われの魔女族と交流がある証なのだ。リギアは営業用の微笑みを貼り付け、幾分か早口で告げる。


「いつもご利用していただき有難う御座います。ご注文の品をお届けに参りました。あの少年に預けたので後で受け取ってください。ちなみに! 私どもの店は配達を承ってはいませんので。では運命神の良い導きを(ヤイン・メルソー)


 軽く会釈して、リギアは皆を向けた。とっとと帰ろうとしていたが、せめて少しは爪跡を残してやろうと呟いた。


「加護を使っていても所詮は地の上。土魔法なら効くんじゃないんですかねー」

「こら、リギア! そういう所がかわいくないんだから……」


 リギアの言葉にはっとした隊員たちは再びカーシェとアビィに視線をやった。二人は頷き、また手を組む。

 マレリウスは舌打ちをし、直ぐさま動き出す。


「「土の精霊よ。世界を揺るがす怒りの精霊よ。我、結べり。その身を持って地を揺れよ!」」


 動くマレリウスを挟み込むようにして、カーシェとアビィの足元から地に二線の激震が走った。しかし、その振動が伝わる前にマレリウスは地面から離れていた。腕の筋肉を使って、自身の体を宙に放ったのだ。


ご加護を(ソー・マグジュ)!」


 再びの加護。どんなものでも受け取め、受け流す結界型の防御魔法に対し攻撃のために付与されたのは万物を切り裂かんとする風魔法だ。風で自分を上へと突き上げ、体が錐揉みになって空を舞った。


「俺は……負っけねえッ!」


 四肢を広げながら、マレリウスは再び加護を願う。するとまた風が揺れる。リギアたちは重心を抵くし、飛ばされないようにするので精一杯だ。マレリウスが大きく右手を振ると、一陣の風が走った。その刃を潰した風の一撃がロイドを襲う。


「うわっ!」


 気力だけで絶えていたロイドは堪らずバランスを崩し、地面を転がる。その直後、マレリウスも地面に足をつけた。砂埃が着地の衝撃で渦巻いた。マレリウスはにっと笑って、


「俺の、勝ち!!」


 ただの遊び。ただの戯れ。ちょっとした争い。

 手加減をしたって問題ない。寧ろ隊員の成長のために負けた方が為になるかもしれない。

 だが、それをマレリウスは許さない。負けないことにマレリウスの根元がある。そして、それがおそらくお調子者のマレリウスを勇者たらしめているものなのだ。

 リギアは奥歯を噛み締める。心の奥で何かが声を上げる。

こんな奴じゃなければいいのだ。努力もせずに才能に溺れ、民を歯牙にもかけない。勇者という称号に甘え、権力を笠に着て驕り高ぶる、そんな奴だったら良かった。けどこの勇者は下らないことに必死になって、叫んで、楽しむ馬鹿だ。だけれど憎めない。だから――、


「負けたぁあー!」


 ロイドも息を整える狭間で叫び、四肢を地面に投げ打つ。ミクシュが宥めるのを横目で見ながら、リギアは今度こそこの場を去ろうと足を踏み出した。が、走ってきたマレリウスがざざざっと地面に靴を滑らせ、リギアを遮った。


「ちょっと待て!」

「はあ」

「こらっ! 溜め息つくなって。俺に会いにきたんだろ」

「違いまーす。お届けものだから」


 騒ぎ出す二人に周りは事情も分からず、右往左往していた。結局、年下のミクシュとロイドが背中を押されて歩み出てくる。


「あのー、二人はどのようなご関係ですか」

「客と店員」

「思い合っちゃってる感じ?」


 鬼の形相でリギアが振り返り、マレリウスがまあまあ、と怒らせた本人が諫める。ふんっと鼻を鳴らし、リギアは馬鹿馬鹿しくなってそっぽを向いた。


「で、約束のものは?」

「だから、その子に預けたっていったでしょ」

「そうだっけ? まあ、いいや。ミクシュ、奇こせ!」


 ミクシュはつまらなそうにバスケットを差し出した。それを受け取り、布をめくって中身を確認する。色彩豊かなサンドイッチに歓喜の声を上げながら、マレリウスはちらとミクシュを見て、


「何だよ、チビッ子。不満そうだなー」

「これは僕の昼飯だったかもしれないのにな、と思って」

「ちぇっ! 隊長は大人気ないッスねー。しかも女の人連れてるのがさらにムカつくッス」

「へへー、羨ましかろう!」


 マレリウスはリギアの肩に手を置こうとして避けられた。リギアは触れようとしていたところを手で払う。冷たい声色と視線がマレリウスの頬に刺さった。


「触るな、変態。○○野郎」


 少年二人の顔が凍った。マレリウスは慣れたものでひらひらと手を振って受け流す。


「だからぁあー、女の子がそういうこと言っちやダメだって。人に指を指してもダメだし」

「ライーラ、帰ろう」

「あ、俺が送ってくよ。ライーラありがとう。仕事に戻っていいよ」


 ライーラに目で縋るも曖昧な笑みで躱される。仲良くなったが上下関係は越えられないらしい。ライーラという逃げ道を防がれた。マレリウスは「昼まで休憩な!」と隊員たちに声をかけ、せめてものの足掻きとして一人いそいそと歩き出していたリギアを追った。






「ニーナさんを懐柔しないでよ」


 リギアの出した低い声に、しかしマレリウスは大して気にした様子もなく後ろに続く。


「これは俺が画策したんじゃない。俺のリギアと仲良くしたいっていう願いをかなえるのを助けてくれたんだ」

「……へらへら笑ってないで。その顔、嫌いだから」

「ひっでーの。俺、これでもモテるんだけどなあ」


 隣に行こうと足を速めれば、リギアも足を速める。仕方なくマレリウスは足を緩めるが、構わずリギアはずんずんと進んでいってしまう。マレリウスは慌てて距離を詰めた。しばらくいたちごっこを続けた後、ようやく二人が足を緩めたときにはもう二片の端だった。


「なあ。俺はお前に会いたかったんだけど」


 リギアは足を止め、くるりと振り返った。マレリウスは浮いたスカートから見える素肌を目に焼き付ける。リギアは子供に言い聞かせるようにはっきりと口を動かした。


「う・ざ・い。意味、分かる?」


 ふんっと身を翻してまた歩いていく。マレリウスはリギアが嫌いだと言った笑みをまた浮かべて追いかけていく。


「やっぱり面白い」


 それは初めて宝石を見つけた幼子のような、稀覯本を手にした専門家のような、瞳の輝きだった。


「いいから、小門まで送る……」

「マレリウスか?」


 前方から声が聞こえた。質素な廊下に気取った足音が響く。

足元まで伸びる白地に青の刺しゅうが施された長衣。内側に覗く白の詰襟シャツはシンプルながらも仕立ての良さを感じる。それから深く真っ黒な髪と知性を携えた緑色の瞳。

 出鼻をくじかれた形になったマレリウスはそれが誰か一瞬で判別し、顔を歪めた。


「レオン……、せっかく良いとこだったのに」

「意味わからんことをうだうだと。そちらの方はお前の客人か? 見たことのない顔だが……」


 すいと視線が合わさったリギアは笑みを浮かべつつ、心の中で解決策を模索する。

 あのコートは四片所属の者――つまりは魔導師が身に着けるものだ。魔導師とは神様の落とし物で杖を授かった人があることができる職業であり、魔方陣を描き、発動させることができたり、上級の魔法を行使しやすかったりする。魔法をつかうときには欠かせない精霊との親和力が高く、魔力を体のうちにためることができるのだ。

 リギアも神様の落とし物が杖である以上、魔導師になる資格は持っているのだが、なる気は微塵もない。が、一度この国に踏み入れた者、居住している者は一度必ず杖を持っていることを申請する必要があり――当然のことながら、リギアはその申請を怠っている。同じ魔力を持つ者、気が付かれる可能性はある。

 そして、さらに懸念すべきことはマレリウスを呼び捨てにする身分であり、かつレオンという名前であることだ。リギアはそれらの条件に該当する人物を知っていた。


「おう。リギアっていうパン屋のアルバイトで、俺の……」

「いつもマレリウス様にはご贔屓していただいて感謝しております」


 とりあえず変なことを口走ろうとしたマレリウスを牽制して、リギアは頭を下げた。心を平常心に保ち、微笑みを忘れない。


「気持ちわるっ」


 隣で呟くマレリウスなど無視だ。今、彼は窓枠のホコリ程度にどうでも良い存在である。


「ああ、どうも。私は四片の魔導師協会に所属しているレオン・レクトヴィンスだ」

「ちなみにライーラのお兄ちゃんな」

「貴様、俺の妹を呼び捨てするな」


 リギアは口元が引きつるのを何とか抑えようと努力する。嫌な予感が二つも当たった。

 レクトヴィンス家と言えば、最も有名な魔導師を輩出し続け、人族一の魔法の使いてと名高い一族だ。王城内の警備はレクトヴィンス家が作った魔方陣に大きく頼っており、そして――精霊の加護を受けている。

 ライーラの口ぶりからそれなりに良い家柄だということは分かっていたので予想はしていたが、当たってほしくはなかった。


「では、私は仕事が残っていますので、失礼します。レオン様はマレリウス様に大事な御用がありそうですから、たっぷり話し込んでくださいね。運命様の良いお導きがありま(ヤイン・メルソー)すように」


 逃げるが勝ち。今日はどうやらヤイン様の良いお導きが得られないようだ。


「あ、ちょ」


 マレリウスの静止を聞こえないようなそぶりでリギアはいそいそと去っていった。残されたマレリウスは不満な顔を隠しもせずにレオンを見つめた。整った顔だ。すっと通った鼻筋に凛々しい目。よけいに憎たらしい。


「せっかくのリギアとの逢瀬を……」

「なんだ、お前。あの子に熱を上げてるのか」


 レオンは振り返って、リギアの背を見つめた。きらきらとした銀色が眼に焼き付いた。


「銀色……」


 記憶の奥底で何かが喚いた。そう、昔。何かで聞いたことがあるような……。


「おい、レオン!」

「なんだ、うるさい。耳元で叫ぶな」

「何の用だよ。これで大したことがなかったら……」


 噛みつくマレリウスをレオンは鼻で笑って受け流す。


「ああ、大した用はない。ちょっと暇になったからお前がきちんとやっているか見に来たんだ。今日はお目付け役の副隊長がいないからな」

「ちゃ、ちゃんとやってるし……」


 怪しい。とりあえず、訓練場の様子を見に行こうとレオンは動揺しておろおろしているマレリウスの横を抜けて歩き出した。慌てた様子でマレリウスは言い訳がましいことを言いながら、レオンを追いかける。

 レオンはその様子を呆れた様子でため息をついた。目をつぶると、瞼の裏でまだ銀色が煌めいていた。







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