参の筋肉
『次に、“血統”を選択してください』
その文章が表示されるや否や、血統の一覧が新たに出現した。
種族:【人族】
血統:
▽〈純〉
▽〈獣〉
▽〈霊〉
▽〈魔〉
▽〈竜〉
ふむ。どうやら血統は5種類あるらしい。これに関する知識はまるで無いので、字面だけで選んでしまおうか。〈竜〉、〈獣〉あたりはいかにも強そうだ。〈純〉は純血……つまり人間のことかな?〈魔〉というのはなんだろうか。ううむ、この弱々しそうな〈霊〉というのはなしで――あ、触れてしまった。
〈霊〉
▽森……血統スキル【森之絆】
▽窟……血統スキル【窟之誇】
▽湖……血統スキル【湖之愛】
▽鬼……血統スキル【鬼之魂】
おや、どうやら更に詳しいリストがあったみたいだ。これは思わぬ発見だね。ここは一旦リストを閉じて他のも……いや待て、前言撤回。いいじゃないか、鬼。
迷わず鬼を選び、決定ボタンを押す。すると決定内容を確認する文章が表示されたが、否はない。そのまま決定を連打する。次に『血統を見た目に判断させますか?』といった文が出てきた。つい流れで『はい』を押してしまった。一瞬、体が発光し、すぐに収まるが……はて?鬼だから角でも生えたのだろうか。脳天あたりを手で確かめるが、角はない。ならば牙かと歯を触ったが、これも違う。参ったなぁ、と額に手をやったとき、何やら硬い物体に触れたような気がした。そして逆に、額に手が当たった感触もあった。
これはもしや……。
その瞬間、私の眼前に鏡が出現した。突然のことに多少驚いたが、更に驚くべきは鏡の中。そこには、『額に角が生えた私』がいた。
角の大きさは約5センチほど。額の真ん中から生えた円錐型の角は途中から天を突くように上へと曲がっていた。色はやや褐色がかった白色で、骨のようにも見える。ううむ、筋肉との見栄えも悪くない。実に素晴らしい、とダブルバイセプスやサイドチェストをして私の肉体美を眺めているところに、再び新たなる文章が。
『以上でキャラクターメイキングを終了します。正式サービスの開始まで、しばしお待ちください。ログアウトは30秒後に自動で行われます。正式サービス開始まで32:02』
おお、どうやらこれで終わりみたいだね。サービス開始は確か明後日……7月18日の8時からだったはずだ。逆算すると今は……なんと!就寝時間まであと2分もないではないか!
では諸君、本日はこのまま寝るとする。なに、ログアウトは機械が勝手にしてくれるそうだ。問題はない。
では良い夜を。
◇▽◇
はーっはっはっは!おはよう諸君!キャラクターメイキングから2日が経過した今日こそ、『Somnium = Res』が本格稼働を開始する日だ!幸い、店が休みの日と被ってくれたからね。今日はとことん楽しむとしよう。
キャラクターメイキングをしてからというもの、気持ちの昂ぶりが抑えられなくてね。特に昨夜は酷かった。今でこそ落ち着いているが、興奮のあまり夜も眠れなかったくらいだ。あまりにも寝付けないから、ひたすらベンチプレスをしていてね、そのままベンチの上で寝てしまった。危うく風邪を引いてしまうところだったよ。
さてと、準備は万端だ。朝食と筋トレは済ませて、現在私はカプセルの中で横になっている。時刻は午前8時。丁度、サービス開始の時間だね。ではログインをしよう。
機械のカウントダウンを聞きながら、私は静かに目を閉じた。
◇▽◇
視界に光を感じ、ゆっくりと瞼を開く。
「素晴らしい……!」
思わず、感嘆の声が漏れた。
草を踏む感触。柔らかな風が吹き渡り、草花が音もなく揺れる。草原に降り注ぐ太陽の光は現実となんら遜色なく、ひりひりと肌を焼いていた。肉体も現実のそれと同じ。大胸筋を動かしてみたが、違和感は全くない。僧帽筋や大臀筋もだ。体の隅々に至るまで、リアルに再現されている。実に素晴らしい……が、ところで私は何故半裸なのだろうか。
私は現在、布製のハーフパンツと丈夫そうな靴、滑り止めのついた黒い指ぬきグローブを装備している。これが初期装備であることは理解しているが、何故か上が見当たらないない。
そんな疑問に答える者は居らず、ただただ『チュートリアルを開始しますか?YES/NO』のメッセージが目の前に浮かんでいた。とりあえず初期装備については放置する事にして、『YES』を押す。
『戦闘チュートリアルから開始します。不要な場合は、スキップで飛ばせます』
すると、目の前に体長1メートルほどのニワトリが現れた。見た目からして、名前はビッグコッコとかラージコッコとかだろう。暫定ビッグコッコ君とし、拳を構える。あー、駄目だ。年甲斐もなく興奮してきた。
『まずは武器で攻撃してみましょう』
テキストが表示されるや否や、ビッグコッコ君へ向けて走り出す。
そしてその頭を思い切り蹴飛ばした。
『戦闘勝利おめでとうございます。初勝利ボーナスとして、武技が付与されました』
首がありえない方向に曲がってしまったビッグコッコ君。すまない。実戦で筋肉を使える事に興奮してしまって、ついつい本気で蹴ってしまった。で、アーツ?何だそれは。
『それでは、実際に武技を使ってみましょう』
まあ、うむ。使って見れば分かるか。
再び出現したビッグコッコ君。あれ?君、さっきより一回り大きくなってないか?
『敵にある程度近づいてください』
大きさはとりあえず放置して、テキスト通りビッグコッコ君に向かって歩いていく。だいたい距離が二メートルほどになったとき、新しいテキストが浮かんできた。
なになに……剣を横に構えて『スラッシュ』と口に出してください……ふむふむ、なるほど。
……剣は何処だ。
そういえばさっきも『武器で攻撃してください』と言っていたな。上衣のみならず武器まで支給し忘れたというのか、運営よ。
と思ったら、先ほどまでいた地面に昨日の大剣が落ちていた。なんだ、私が拾い忘れただけか。運営、疑ってすまない。
剣は手に取り、改めてビッグコッコ君に近づく。そういえば、長いこと待たせてしまったね。その場を動かずに我慢してくれていた君を斬りたくはないが、仕方ない。
「スゥゥラッシュウゥゥ!!!」
全身全霊、気合いを込めてスキル名を叫ぶ。
瞬間、腕が勝手に動き、ビッグコッコ君を深々と斬り裂いた。
【両手剣スキルのレベルが上がりました】
おや、どうやらスキルのレベルが上がったらしい。
『武技には熟練度が存在します。鍛錬を重ね、熟練度が上がれば武技の威力も上がります。また、スキルレベルが上がると、新たな武技を入手できます』
なるほど。つまり、武技は鍛えなければ強くならないと。ふむ、筋肉のような物だと思えば良いね。どんなに軟弱な筋肉であろうとも、鍛え上げれば鋼の鎧になるという訳だ。つまりはスキルもそういうことだと。
『なお、スキルは頭の中で唱えるだけでも発動可能です』
それを先に言いたまえ。盛大に叫んでしまったではないか。
『それでは戦闘を再開します』
テキストが浮かんだ瞬間、死んだと思われたビッグコッコ君が突如立ち上がり、此方に突進してきた。あまりに急だったので剣を構えられず、仕方なくビッグコッコ君を蹴り飛ばす。ゴキリ、と鈍い音が鳴った。
「コケェェエェェッ!!?」
断末魔を上げ、崩れ落ちるビッグコッコ君。
いやいや、君。今のは危ないからね。私でなければ確実に負傷は免れなかった……いや待て、逆に怪我をするべきだったか。戦闘中に負傷したときのチュートリアルがあったかもしれない。
『……以上で、戦闘チュートリアルを終了します。続いて、剥ぎ取りチュートリアルを開始します。よろしいですか?』
おお、良かった良かった。少し間があったけど大丈夫だったようだ。ビッグコッコ君の件はあれだ、最後まで油断するなという運営の優しい助言として受け取っておこう。
で、次は剥ぎ取りチュートリアルか。これももちろん『はい』だ。全部やるって決めたからね。私は、やると決めたら最後までやる男だよ。
その後、2時間かけて全てのチュートリアルをこなした後、一旦ログアウトした。
そうそう、チュートリアルの完全制覇ボーナスで装備品【冒険者のマント】が貰えたよ。これでようやく半裸を卒業できるね。