壱の筋肉
お待たせしました。筋肉が征くVRMMOの開幕です。
はーっはっはっは!こんばんは、諸君。私の名は、鬼塚 剛天。都内某所で祖父から継いだ喫茶店を経営している、29歳独身だ。
ところで諸君は、近々サービスが開始されるというゲーム『Somnium = Res』をご存知だろうか?
なに、知らないのも無理はない。私とて、つい先ほど常連の学生さんたちとの会話で初めて知ったのだからね。完全に受け売りの知識だが、このゲームを知らない諸君のために私が説明しよう。
まず前提として、『Somnium = Res』――通称ソムレスは仮想空間に没入して遊ぶことができるゲームであるということだ。22世紀初頭に確立された“フルダイヴシステム”とやらが搭載されているということだね。私は実際に遊んだことは無いが、聞くところによると、体が宙に浮くような感覚とともにゲームの世界に入り込むのだそう。私も詳しくは分からないので、“ゲームの世界で実際に遊べるゲーム”くらいに思うことにしているよ。
さて、そんなフルダイヴ型ゲームであるソムレスだが、他のゲームとは一線を画す特徴が3つほどある。
初めに、『五感の完全再現』。
ソムレスの先行試験運用に参加したという学生さんによると、まさに題名通り、『Somnium = Res』に。現実の肉体そのまま異世界に転移したと錯覚するほど、完全に再現されていたそうだ。ああ、ちなみに痛覚に関しては1〜100%の範囲で設定できるから、痛みに弱い人でも安心して遊べるそうだ。
次に、『ゲーム内時間の加速』。
ソムレスの先行試験運用の期間は僅か3日。5月初めの連休に実施されたとはいえ、フルダイヴ型ゲームでは異例の短さであるそうだ。しかし、参加者からすればそうでもなかったらしい。例の学生さん曰く、「ゲーム内の時間は現実時間の2倍だった」と。つまり、現実での3日という時間はゲーム内では6日間に相当するのだ。それでも、先行試験運用としては短いらしいがね。
最後に、『完全スキル制』。
ソムレスの舞台は、魔法のような特殊な力や空想上の生物が存在する幻想的な世界だ。こういうファンタジー世界が舞台のゲームでは、大抵の場合レベルアップといったシステムが多く採用されているらしいが、ソムレスにはそれが存在しない。しかも、ソムレスはゲーム業界では珍しい“完全スキル制”――さらに言えば、それに独自のアレンジを加えた、“行動獲得型完全スキル制”を採用している。スキルをポイントで獲得するといった概念はなく、一部を除いた全てのスキルは特定の行動によってのみ獲得できるのだ。例えば、剣を何十何百と振っていれば『剣術』のスキルが手に入ったり、料理を作れば『料理』のスキルを取れたり、といった感じにね。
もちろん、スキルがなくとも剣は振れるし料理も作れる。ただ、スキルには様々な恩恵があるから、できるだけ獲得しておいた方が良いのだそうだ。
多少説明を飛ばした部分もあるが、大まかにはこんな感じだね。いやはや、リュウジ君――ああ、例の学生さんのことさ。彼が残してくれた『店長でも分かる!ソムレス解説』という長文テキストがあって助かった。所々誤字脱字があるのはご愛嬌。お礼に今度、鬼塚剛天特製ブレンドコーヒーをご馳走してあげよう。
ところで、諸君は疑問に思っていることだろう。この私が、唐突に『Somnium = Res』の話を始めたことを。明後日からソムレスの本格運用が始まるから?いや、違う。それも関係しているが、理由は別の所にある。先着1万名限定のソムレス専用フルダイヴマシンを手に入れたから?
うむ、まさしくその通り。
この鬼塚剛天、素晴らしいまでの天の巡り合わせにより、偶然にもソムレスの本体を獲得することに成功したのだ。ゲームには殆ど縁のない生活を送ってきた私が、だ。これを運命と言わずになんと言えよう。それにソムレスには、私がこのゲームに挑戦しようと思った最大の特徴があって――――いや、後にしよう。時刻は現在20時ちょうど。そろそろ筋トレの時間だ。今夜はベンチプレス200kgから始めて……話の続きは、寝る前にしようか。
◇▽◇
時刻は現在22時。筋トレの後シャワーを浴びて瞑想を終えた私は、現在自室のベッドに腰掛けている。ええと、何の話をしていたかな?はっはっは、冗談だよ冗談。確か、私がソムレスを手に入れた経緯についてだったね。なに、違う?はっはっは!そうか、では忘れた!
今、私の目の前には巨大なカプセルのようなものがある。所々に黄金の模様が施された硬質な黒の外装とは逆に、白いクッション生地で包まれた柔らかな内装な下半分と、外から内装がぼんやりと確認できる程度に透明な強化プラスチック貼りになっている上半分を組み合わせたカプセル状のこの機械こそ、私が話していたソムレス専用フルダイヴマシンだ。ある程度はサイズ調整が利くらしく、現在は最大サイズ――身長2メートルを超える私がすっぽりと収まってしまうほどの大きさに広げてある。
というのも、私はこれから『Somnium = Res』にログインするからだ。本格運用は明後日からじゃないのかって?はっはっは、甘いね。“キャラクターメイキング”なるものは、サービス開始前に済ませられると、このテキストに書いてあるのさ。
蓋を開け、カプセルに横になる。うむ、なかなかに快適だ。あとはこのまま蓋を閉じれば、自動的に電源が付くそうだ。そういうわけで蓋を閉めると、シュイイイーンという音とともに機械が起動した。そして、強化プラスチックの蓋裏に薄水色の画面が表示される。
『――初回起動を確認。静脈パターンを算出――――完了。静脈パターンを登録しました。スキャニング開始――――完了。生体情報を登録しました。Somnium=Res起動開始――完了。10秒後に接続を開始します――――5――3――1――』
0。その数字が表示された瞬間、私は体が宙に浮き上がるような感覚に包まれて――
『プレイヤー000009821様。ようこそ、“Somnium = Res”の世界へ』
瞬きをすれば、そこは既にゲームの中であった。