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「血液」(3)

 体じゅうの内蔵火器を複雑に動かしながら、少女は繰り返した。


「個人認証登録を行います。あなたが私の所有者ですか?」


「お、オーナー? このぼくが? ……ひッ!?」


 突然の轟音に、メネスは身をすくめた。


 油断をついて襲いかかった魔物の一匹を、少女の腕から放たれた炎がまっぷたつに切り裂いたのだ。正確には少女の機関銃から撃たれた〝弾丸〟と呼ばれるものが、想像を絶する速度と威力で魔物の体を食いちぎったのである。火薬の概念そのものが火の呪力と入れ替わっているセレファイスでは、メネスに理解しろというほうがおかしい。


 蜂の巣と化して吹き飛んだ仲間を見て、残った魔物どもは悔しげな唸りをあげた。


 きな臭い煙……火薬の硝煙がただよう中、少女へたずねたのはメネスだ。


「き、きみはだれなんだ? いったいどうやって現れた?」


「はい。私はマタドールシステム・タイプF。日本、赤務市に位置する特殊情報捜査執行局《Feature Intelligenc Research Enforcement》〝ファイア(Fire)〟の美樽山支部にて待機していたところ、三分二十七秒前、呪力による空間転移を確認しました」


「よくわからないけど……そうか、ぼくは召喚士の本分を忘れていたらしい。召喚士が〝どこか別の場所、別の世界から〟〝ありえない、不可思議なもの〟を呼ぶのは当然。いまきみの言った〝呪力による空間転移〟とは、召喚の儀式のことで間違いないな?」


「はい、そうです」


 無表情に少女はうなずいた。


 魔物どもの包囲の輪は、二人のほうへぐっと縮まっている。注意深くその動向をうかがいながら、メネスは少女へ確認した。


「きみは味方だね?」


「はい。転移後の保護プログラムに従い、最優先に召喚者の生命を守ります。個人認証登録を行います。あなたのお名前をどうぞ」


「メネス……メネス・アタール」


「メネス・アタール。登録は完了しました」


 戦いは、唐突に再開した。


 きっかけは、魔物どもの首に巻きつく魔王の刻印だ。奇妙な黒い首輪がひとりでに蠢いたかと思いきや、いかなる呪いにうながされたか、魔物どもはいっせいに二人へ飛びかかっている。


 頭をかかえてしゃがみ込んだメネスの前で、少女の体は吠えた。火線と空薬莢を雨あられと吐き出す両腕の機関銃。撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ。


 動くもののいなくなった地下室で、少女は両腕を振り払った。煙をひいて床を跳ねた金属片は、空になった機関銃の円筒弾倉だ。衣服のポケットから、少女は新たな弾倉を引き抜いている。宙に投げた弾倉ふたつを、腕を振って空中で機関銃に装填。


 おお、どういう原理だろう。全身いたる場所の銃火器が、細かな金属音とともに少女の体内へふたたび収納されたではないか。その動きは鮮やかかつ迅速だ。


 いったんもとの可憐な姿へ戻ると、少女はうしろのメネスに振り返った。当のメネスはといえば、両耳をふさいできつく目をつむり、まだ床にしゃがんで硬直している。


 メネスの肩にそっと手を置くと、少女は澄んだ声で報告した。


「メネス・アタール。周囲の敵性反応は消失しました。ここはもう安全です」


「あ、ああ、ありがとう」


 少女に手を借り、メネスは立ち上がった。手の温度はすこし冷ややかだったが、感触は意外なほど柔らかい。やけにひらひらした少女のスカートのことを、メネスはできるだけ意識しないように心がけた。


 その見慣れぬ異国の衣装は、彼女の故郷ではこう呼ばれている。女子高生の制服、と。


 感情をうかがわせぬ平板な声で、少女は切り出した。


「発話解析・認識インターフェースの種類を選択して下さい」


「え? あの? その、もういちどいいかな?」


「質問先の対象年齢を低下処理して再確認……私の〝性格〟を選んで下さい」


「そうか、よくわかった。守護の契約だけではなく、立ち振舞いまでぼくに合わせるというんだね?」


 狭い地下室を行ったり来たりしながら、メネスは思い悩んだ。


「う~ん、いきなり言われても浮かばない。きみの意見も聞かせてくれないか?」


「対象年齢をさらに低下処理、質問方法を変更……好きな女の子のタイプは?」


「はぁ!?」


 状況が状況だというのに頬を赤らめてしまった自分に、メネスは怒りさえおぼえた。召喚したものを連れて、はやくセレファイスの助けに加わらねば……


 メネスが逃げるのも許さず、少女は畳み掛けた。


「どんなタイプの女の子が好きですか?」


「ふん、きみに打ち明ける必要などない」


「現状のインターフェースで問題なければ、設定を行わないことも可能です」


「……年上が好きです。こう、ぐいぐい引っ張ってくれるお姉さん系が」


「内容を把握しました。変更を保存し、反映します……うん。やっぱり男女の仲は、足りない部分を補いあってこそだわ♪」


 それまで一切の無表情を貫いていた少女が、急に微笑んだものだから、メネスは驚いてのけぞった。城壁の銅像のようにきっちりしていた姿勢まで崩し、少女は斜に構えて腕組みしている。戸惑って目を白黒するメネスを楽しげに観察しながら、少女は続けた。


「たしかに、どう考えても押しが強いタイプには見えないわね、あなた。ここ、メネスのおうち? やけに埃っぽいし、ちょっと暗すぎない? こんな場所に引きこもって、普段いったいひとりでなにしてるの?」


「さ、さあ! 人助けにいくぞ! え~っと」


 強引に地下室の階段へ誘導されながら、少女は小さく舌を出した。


「ごめんなさい。さっきもちらっと名乗ったけど、あたしはマタドールシステム・タイプF。Fは重火器ファイアアームズの頭文字。長くて呼びにくいでしょうから、昔あなたを振った未練のある彼女の名前ででも呼んどいて?」


「なんだかやたらと口数が多くなったな。その昔というのに彼女がいない場合は、どうすればいいんでしょうか?」


「や~ね、この正直者。付き合った人数には、昔飼ってたペットも含んでいいのよ?」


「昔飼ってたネコはオスだった……」


「あははは! なんてクリーンライフ! もうこれは、メネスのお母さんの名前ででも呼んでもらうしかないわね!?」


 爆笑とともになんども肩を叩かれ、メネスは萎えた溜息をついた。ふとその手が拾ったのは、階段に落ちて乱れていたぶ厚い魔道書だ。


〝ドール讃歌〟


 階段をのぼりつつ、メネスはおずおずと提案した。


「フィア、と呼んでもいいかな?」


「おっけ~、お母さんの名前ね?」


「ばかな。そんなもの、呼びにくくって仕方がない。さっきファイアアームズ、って名乗ったよね。それじゃ仰々しいんで、すこし縮めてフィア。そこにマタドールシステムという名前と、召喚のすべての基礎となるドール讃歌からとって、ドール。フルネームでフィア・ドールだ。フィア・ドール。さて、採点は?」


「フィア・ドール?」


 メネスの進行方向の壁に腕を叩きつけ、少女が通せんぼするのは突然だった。まさか彼女のなんらかの逆鱗に触れてしまったか? 胸と胸、鼻と鼻がぶつかるほどの近距離までメネスに肉薄すると、少女は座った瞳で囁いた。


「採用!」


「!」


 気づいたときには、メネスはフィアに唇を奪われていた。


 息ができず、先に相手を押しのけたのはメネスのほうだ。


「な、なにするんだ、いきなり……」


「メネスでしょ、なにかする女に選んだのは? ほんと、呼んでくれてありがとね。心底から感謝してるのよ? 召喚してもらえなければ、いまもあたしはひとり寂しく、科学と呪力でできたあちら側の魔法陣の上で拘束されてた。おまけに、型番以外のオリジナルの名前をもらえるなんて、生まれて初めてだわ」


 熱い視線でメネスを串刺しにしながら、フィアは言い放った。


「あたし人型自律兵器アンドロイドだけど、キス以上のお礼をする機能もちゃんとついてるのよ?」


 赤い顔で目をそらして、メネスは階段の上を示した。


「……さっさと行けよ」


「続きはまた、外にうようよしてる連中をどうにかしてから。ね?」


 メネスから離れると、フィアはさっそうと階段をのぼった。

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