「霊魂」(11)
灰色に曇った空からは、細い糸のように雨が降っている。
魔王は倒され、セレファイスをふくめた各地にはふたたび平穏がおとずれた。
廃城の広間に詰め込まれていた人質の呪士たちは、無事に保護。支配の呪いを解かれた魔物たちも、だれに言われるでもなく自分たちの故郷へ帰っていった。
ただ今回の〝光と闇の戦争〟よって生じた犠牲は、けっして少なくはない。
都の北西部、広大な墓地に集まる傘の群れも、失われた命を葬送する人々だ。
棺桶が閉ざされる一瞬、そのすきまからは眠るフィアの顔がみえた。鉄と炎の戦乙女が横たわるそこには、参列者たちの持ち寄った美しい花があふれている。
蘭の花冠をいただく神官の冥福の祈りは、やがて静かな雨音に引き継がれた。黙祷を終え、ひとり、またひとりと墓地から去る人々。墓穴におろされた物言わぬ棺桶は、おごそかにかけられた土によってすでに見えなくなっている。
かなりの時間がたつというのに、その少年はずっとフィアの墓標の前に立っていた。
傘もささずに、メネスは真っ黒な喪服からただひたすらに水滴をしたたらせている。まわりにはもう人の姿はない。いや、その頭上にそっと傘をさしだし、つぶやいた人物がいた。
「背、のびたな? メネス?」
「…………」
メネスは無言だった。その横顔は苦行僧のごとく深く悩み、繰り返しなにかを思考しているように見える。片手で松葉杖をついたまま、エイベルは鼻を鳴らした。
「ま、風邪を引きたきゃ引きな。英雄の第一歩は、人に迷惑をかけることから始まる。王宮の通夜ぶるまいも欠席したんだって、おまえ?」
かなり長い沈黙をおいて、メネスは小さく言い返した。
「当然だ。ていのいい英雄の任命式なんかにでる気はさらさらない」
「聞いたんだな。そう、クラネス王はおまえを、呪士隊のリーダーにしたがってる。魔王城から助けられた連中の信頼もあつい。フィアの守った正義と平和、おまえ以外に受け継ぐやつが他にいるか?」
「すまないが、ぼくはまちがっても救世主なんかじゃない。むしろ、これから世界を乱す混沌の使者。今回の戦争は、ただの序曲にしかすぎないよ」
「……え?」
エイベルが耳を疑う余地もなく、メネスは続けた。
「ぼくは旅にでる」
「た、たびぃ? どこにだよ? いつからいつまで? 王のご指名はどうするつもりだ?」
「ぜんぶわからない。ただ、遠く長い旅になるのはたしかだ」
「そんな……急すぎるぜ」
「はは」
空っぽの笑いに、メネスは肩を揺らした。
「あのときと逆だね。ほら、覚えてるかい? きみが最初の魔王討伐に出発するまえ、ぼくの家の地下室で似たような話をしただろ?」
「はぐらかすなよ。どうしちまったんだ、おまえ? いったいなに考えてる?」
いっこうにやまない雨に叩かれ、青々とした墓地の芝生たちは静かに鳴いている。複雑な表情のエイベルに背を向けると、メネスは告げた。
「今回のような召喚による世界の異常は、そう遠くないうちにふたたび起こる。そうなるまえに先んじて向こうを調べ、叩くんだ。フィアならそうしただろうし、彼女もまた、ぼくにそうしろと囁いてる」
「なんだって? あのなメネス、フィアはもう……」
「ぼくはまだ、彼女との約束を果たせないままだ」
ポケットに両手を入れると、メネスは雨の中をどこかへ歩き始めた。制止するエイベルの手も届かない。背中越しに軽く片手をあげると、メネスは言い残した。
「じゃあね。いつかまた戻ったときには、いつもの酒場で集合だ」
「メネス、おい、メネス……!」
それが、幼なじみふたりの最後の会話だった。
しばらく時間がたったころ……
たたずむ墓標の下、まだ掘り返して間もない土の奥、とある棺桶の中。
寝床いっぱいの花弁を舞い上がらせ、魔法陣の輝きは少女の横顔を照らした。
魔王のいなくなった廃城……
雲間から階段のごとく差しつつある陽光を、草花にのった水滴が反射した。
幾重にもかかる虹の橋が、それを明るみに照らす。
魔王城のあの庭園に刻まれた巨大な魔法陣は、まだ消されていない。呪力をたっぷり含んだ床の血文字も、雨に負けずそのままだ。いやそれどころか、染め抜かれた呪文と複雑な五芒星の線は、ゆっくりとだが確実に発光を始めているではないか。
召喚の魔法陣……異世界への扉は、すでに必要な要素を満たして起動している。
このふたりを運ぶだけの最小限の規模で。
花でできた魔法陣の中心部で、メネスは腕の中のフィアへ微笑んだ。墓地の棺桶内から転移し、横抱きにされたフィアは制服・体とも元通りに修繕されている。いまにも飛び起きて、またあのまぶしい笑顔をこぼしそうだ。
だが現実はそう甘くはなく、フィアはけっして永遠の眠りから覚めない。
それを呼び出した召喚士が、苦難に満ちた一歩を踏み出さないかぎりは。
足もとから立ちのぼる呪力の光に隈取られながら、メネスは呼びかけた。
「フィア、フィア」
前に彼女が話してくれた情報によれば〝組織〟や〝警察〟と呼ばれる存在は、光の早さで不審人物の似顔絵を描いて、それらをもとにどこまでも執拗に追跡してくるという。かめら、とか言うからくりらしい。恐ろしいので、とりあえず正体を隠す変装が必要だ。
メネスの片手は、そっとじぶんの顔を覆った。
その手が離れたあとにあったのは、奇妙な魔王の仮面だ。
「さあ、見つけるよ、きみの命」
花畑に鮮明な光の柱が突き立った瞬間、異世界への門は開いた。
それは、魔王へとつづく光と闇の境界線。
フィアは帰ってくる……
みなさん、おつかれさまでした。
スウィートカース第一部「人型機兵・フィアの異世界召喚」完結です。
次回、第二部「魔法少女・伊捨星歌の絶望飛翔」……おたのしみに。
【スウィートカース・シリーズ続編はこちら】
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