「霊魂」(5)
神殿の地下室を、光の奔流が切り裂いていた。
魔法陣の輝きはやがておさまり、残されたのはもとの薄暗い闇だけだ。
いにしえの呪文書〝ドール讃歌〟を小脇にかかえ、メネスは正面に両手をかざしたままだった。まだかすかに指先が震えている。うしろで見守るクラネス王とエイベルへ、メネスは深い溜息とともに報告した。
「召喚……成功」
「さすがだ、メネスくん」
「すげえ!」
口々に驚きをもらす二人をしりめに、メネスはあわてて魔法陣へ駆け寄った。
石畳の上、しおれた花のように横たわる人影がある。はるか遠方のトォーク山からセレファイスへ、召喚に応じてフィアが瞬間移動してきたらしい。らしい、というのは、倒れるその姿が信じられないほど満身創痍だったためだ。
「フィア! フィア!」
そばにひざまずいたメネスの呼びかけにも、フィアは答えない。動かぬフィアに手をさしのべながら、メネスは暗い顔でつぶやいた。
「ああ、なんてことだ、フィア。ぼくの責任だ。たったひとり魔王と戦って、こんな恐ろしい目に……うわッ!?」
フィアを抱き起こそうとした瞬間、メネスはとんでもない衝撃に襲われた。
フィアの傷という傷から漏れる故障の光に触れ、感電してしまったのだ。
「メネス! 大丈夫か!?」
「触れるな! エイベル!」
近づくエイベルを片手で制し、メネスはなおも強くフィアを抱き寄せた。でたらめな痙攣と激痛が体じゅうを走るのに耐え、必死にフィアを揺り起こそうとする。
「も、もう離さないぞ、ぜったいに……フィア! フィア!」
なんどとなく名を呼ぶメネスだが、フィアはいっこうに反応しない。
ガラス玉そのものの瞳孔は、うつろに開いてただひたすらに闇を見据えるだけだ。ちぎれた片腕の切り口から流れる擬似血液は、いまもまだ制服の半身を染め続けている。
まさしく魂の抜けた人形。
呼びかける声をも枯らし、メネスはフィアの胸元にうなだれた。
「ぼくのせいだ……ぼくの召喚がのろまなばっかりに、きみを助けるのが遅れた。また間に合わなかった。目を覚ましてくれよ、フィア。声を聞かせてくれよ、たのむから」
うしろのクラネス王もさすがに目を覆い、エイベルは険しい顔で固まっている。
「なんてこった。そりゃないぜ……ん?」
悲愴な雰囲気のなか、ふと気づいたのはエイベルだった。
暗闇ふくめたこの状況でなければ、きっと見逃していただろう。
見開かれたままのフィアの瞳に、なにか奇妙な光が点滅したではないか。じっくり観察するとそれは、わかりやすい稲妻の形をしたマークだった。こちらも傷の痛みは後回しにして、エイベルは考え込んだ。
「稲妻、電撃、地呪……そうか、わかったぜ、メネス! おまえの得意技だ!」
「と、得意技?」
「しっかりフィアの目を覗き込んでみな。うまく説明できんが、訴えかけてるんだよ、その印は。地呪の電撃をくれってな。そして俺の知るかぎり、あんなにうまく稲妻を操れるのはおまえだけだ、メネス」
「なにが言いたいんだ、エイベル。ぼくの地呪が、彼女の命の源だって言うのかい? ありえないよ、そんな都合のいい話……」
「まごついてないで、打てる手はすべて打て!」
「わ、わかった、やってみる」
ためらいがちに、メネスの手は地呪の電光をはなった。帯電する両手を、動かぬフィアの肩と手にそっと置く。
状況は一変した。
かすかだが、フィアがまばたきしたではないか。
「フィア!」
強く握ったフィアの手に、メネスはひときわ出力を高めて電撃を流した。まぶたの次に動きは手足へ、フィアの指先へ。
マタドールシステムの機体各所に備えつけられた接続端子は、追加武装の増設や外部端末へのアクセス等のほかに、電源からのエネルギー供給をも可能にする。つまり、使いどころがないかと思われていた地属性の電撃こそが、いままさにフィアへ充電を行っているのだ。それはこの世界で、彼女が外から電力を得るゆいいつの方法と考えられる。
かすかにフィアの唇は動いた。
「システムの再起動を行います……おはよう、メネス」
「フィア……」
メネスは思いきりフィアを抱きしめた。血と埃にまみれた顔を、くすぐったげな微笑みにほころばせたのはフィアだ。
「どうしたの、メネス? 泣いてるの?」
驚きに立ち尽くすエイベルとクラネス王を目にして、フィアはかすかに歯噛みした。転送される最後の瞬間まで自分を守った風の剣士は、きっともう……つぶやくフィアの表情には悔恨の色が濃い。
「ごめんね……なんて嘘つきなの、あたし。ひとつも約束を守れなかった」
「いいんだ。最初から、なにも約束なんてしていない。だから、いまここで約束しよう」
フィアを抱きしめたまま、メネスはささやいた。
「いっしょにいよう、ずっと」
メネスにまわした片腕に、フィアも力をこめた。
「充電状況、現在十一%……この心のしびれも、あなたの高電圧のせい?」




