「内臓」(4)
「魔王の城へ近づくごとに、不穏な気配が強まってるのは皆わかってた。どれだけ自分が平和ぼけしてたか悟ったのは、俺だけじゃないはずだ。異種族どうし滅多に群れないはずの魔物どもが、俺たち討伐隊をはるかに超える数でまわりを囲んでたんだぜ。戦いは、いつの間にか始まってたよ。乱戦の中、討伐隊はなんとか廃城へ突入した」
宮殿の大広間。
頑丈な硬木製の長卓に座る人数は、フィアとメネスをふくめて三十名を上回る。クラネス王をはじめ、王直属の臣下や神官、軍部の各代表等、そうそうたる顔ぶれだ。
いまは、重要な生き証人であるエイベルが発言する番だった。
「廃城へ踏み込むなり、じきじきに出迎えたのはあの仮面の魔王だった。まるで俺たちを待っていたみたいだ。即座に呪士や弓兵が飛び道具を浴びせたが、案の定、宙を舞う黒い砂に止められた。それだけじゃねえ。黒い砂粒がひとりでに固まったかと思うと、妙なことが起こった。俺にはこう見えたぜ。なにもなかったはずの空中に浮かぶ、数えきれない本数の〝黒い剣〟だ。あんな恐ろしい呪力、見たことも聞いたこともねえ」
エイベルが語るのは、魔王の討伐隊が数日前に味わった生々しい記録だった。エイベルの顔がゆがむのは、負傷の痛みのためだけではない。
「魔王の合図とともに、黒い剣は勝手に宙を飛んで、ものすごい速さで討伐隊の仲間たちを串刺しにしていった。あれで何人やられたかわからねえ。とにかく俺は、無我夢中で魔王に突っ込んだよ。呪士たちの命がけの援護もあって、剣の雨をかいくぐり、幸運にも俺は魔王の懐まで迫った。打ち込んだ剣は結局、魔王が手首に着けてたおかしな銀色の腕輪に阻まれちまったが」
静寂の中、メネスは思わず固唾を呑んだ。
「壊れて落ちた腕輪をしばらく眺めたあと、魔王はその場から消えた。魔王を討伐しきれなかったばかりに、やつにセレファイス襲撃のきっかけを与えちまったのは認める。慌てて廃城の外へ出ると、空から地から魔物の大群がセレファイスに向かうのが見えたよ。なので俺は、ほうほうの体で都へ舞い戻った……説明は以上です」
エイベルの話が終わるや、会議の間にはたちまちざわめきが広がった。
「ほかの生き残りはどうなった? 呪士の生還者が極端に少ないぞ?」
「最初の襲撃時にうわさされたとおり、魔物の餌か、なにか恐ろしい儀式の生け贄にでもなったのだろう」
「役立たずの討伐隊め。へたに魔王を刺激しおって」
「やはり魔王の狙いは不明か……情報ではその〝銀色の腕輪〟とやらは、召喚士を名乗るメネス・アタールの家屋の残骸に埋もれてしまったようだが」
口々にのぼる憶測と疑問の波を切り裂き、声をあげる者がいた。
「王よ! いまいちど魔王城へ総攻撃をかけましょう! こんどは兵力を倍にして!」
発言したのは衛兵隊の長、ヴーズだった。じろりとエイベルを横目にする。半人前の若造がすこしばかり手柄をあげたことに対する妬みと、討伐失敗へのさげすみをこめて。唇をゆがめて嘲笑しながら、ヴーズは続けた。
「前回の討伐隊編成は、ちと人選に問題があったようですな。私めにお任せ下されば、魔王軍の討伐ばかりか、いま取り残されている生存者の救出もお約束しましょう」
「自殺行為よ」
ヴーズの雄々しい進言を切り捨てたのは、フィアの端的な一言だった。
フィアの姿は、召喚されたときの制服に戻っている。素材はほとんど別物だが、その高速で完璧とさえいえる復元を担当したのは、都のプロの店〝シャリエール〟だ。そばで制止しようとするメネスも気にかけず、フィアは言い放った。
「三百名でしたっけ、前回の討伐隊の頭数は。エイベルくんと呪士たちの活躍には驚かされるけど、しょせんはただの人間。束になったところで魔王には太刀打ちできない。たとえ三百名を五百、いえ千名に増やしたって無駄。魔王と呼ばれる存在が、あたしの想像通りの相手なら、ね」
「小娘が、いい度胸をしてる。しかし、きさま自身の正体がまだ明かされてないぞ」
「だから何度も言ってるでしょう。あたしはこことは違う世界から召喚された。魔王を倒すため、メネスの呼び声に応じて。そうね……あたしは、魔王の秘密をちょっとだけ知ってる」
「なんだと? もったいぶらずに吐かないか」
「いま言えるのはそこまでよ。これ以上は機密事項に触れる」
「なんと曖昧な! やはりきさま、魔王の差し金ではないのか?」
口角泡を飛ばすヴーズを無視して、フィアはメネスを見た。
「ねえ、メネス。あなたの召喚で、もっと呼び出せない? あたしと同じ、もしくは似たような存在を。戦力がいるわ。この状況にはタイプSが適任よ。刀剣衛星もセットでね」
「え、S? よくわからないな。じつはここ数日で何度か試してみたんだ、召喚を」
メネスの告白に反応したのは、上座に腰掛けるクラネス王だった。つい先刻のナンパ男ぶりが夢か幻のように、うってかわって鋭い眼差しで問う。
「結果は?」
「だめでした。セレファイスにある存在なら大体のものは召喚できるんですが、それでは場所から場所へのただの移動ですね。こちらで見聞きしたものならそれなりに簡単にイメージできても、向こう側の世界になにがあるのかなど皆目見当もつきません」
おずおずと発言するメネスだが、クラネス王は目を輝かせていた。
「すばらしい。まごうことなき召喚の術ではないか。その力をもってすれば、我が軍を魔王の眼前に送り込むことも可能ではないかね?」
「申し訳ないですが、鎧や剣といった金属だけが転送されるのがオチです。みすみす武器を捨てることはありません。ぼくが召喚できるのは命のない金属だけ。呼ぶ場所と呼ばれる場所に、あらかじめ所定の魔法陣を設置しておくことも必要です。いまでさえ異世界から召喚されるのは、前と同じ不思議な鉄くずばかり」
困った顔で腕組みしたのはフィアだった。
「〝あちら側〟の研究所ではあたし以降、まだだれも配置についてないみたいだわ」
「どういうことだい、フィア?」
「メネス、あなたはこの世界でも貴重な〝門〟なのよ。セレファイスにつながる異世界側の門……機械と呪力で形成された魔法陣の上で配置につき、あたしはメネスの呼び声をずっと待ってたの。そしてすべての条件が重なったとき、あたしは召喚された。こちら側でいう〝魔王討伐〟のためにね」
「そこまで自信があるのなら、いまからでも魔王城に単身突入したらどうかね!?」
とつぜん吠えたヴーズに対しても、フィアは顔色ひとつ変えずに答えた。
「べつに構わないけど、いま廃城に魔王はいないわ。いるのは飢えた魔物の群れだけ。たとえそれを殲滅したとしても、魔王が新たに連れてくる大量の魔物を、バランスを崩したいまのセレファイス軍では防ぎきれない」
「はッ!? いない、だと!? そんなことがなぜわかる!? なぜ!?」
「なぜか魔王の位置がわかる、って言ったら信じる? そうね。いま魔王は、この地点に向かって移動してるわ」
黒板に留められた大きな地図の一点を、フィアは指で示してみせた。
ぞっと顔を青ざめさせた参加者は多い。押し殺した声でつぶやいたのはメネスだ。
「そこは〝コスの揚戸〟じゃないか……!」
「ガグの巣か。あの凶暴な地底巨人の」
クラネス王の言葉に、フィアはうなずいた。
「たびかさなる戦いで、魔王そのものも手下を失ってる。新たにしもべになる魔物と交渉するか、あるいはむりやり捕まえに行ってるみたいね」
「ありえん! 推論だ! 魔物の補充など必要あるまい! 矢を止め、死の黒砂を操るあの強大な魔王に!」
声高に否定したヴーズを、フィアはじっと見返した。
「物事には必ず不足がつきまとう。魔王にも、このあたしにも。数日前のあたしとの最後の接触で、魔王が力のほとんどを使い果たしたのは確認したわ。魔物を操る首輪と、砂の盾の維持には途方もないエネルギーがいる。皆の知らないそのエネルギーは物理的に、この世界で得ることはまずできない。だから魔王には、手足になるしもべの存在が必要不可欠なのよ」
「また支離滅裂なことを。なにが言いたい?」
「魔王を追って、あたしが順番に魔物の生息地を封じていく」
フィアの提案に、クラネス王は疑問を投げかけた。
「魔王を追う……追いついたとして勝てるのかね、きみに?」
「計算上では、あたしのほうに分があるわ。最低でも五分五分の戦力差。だからこそ魔王は、あたしとの交戦で先に退いた」
「よかろう。しもべとなる魔物の補充先を断ちながら、フィアのその特殊な探知の力で魔王を直接叩く。遠回りだが確実な戦法だ。それにその方法であれば、本来縄張りの中だけで平和に暮らす魔物の保護にもつながる」
「え、ちょ、フィア?」
フィアにだけ聞こえる小声で、メネスは訴えた。
「危険すぎるよ。魔王と刺し違えでもするつもりかい? さっき保護がどうとか聞こえた気がしたけど、きみの命の保証がひとつもないじゃないか……」
クラネス王を否定する者は、メネスだけではなかった。
机を叩いて立ち上がったのはヴーズだ。
「王! 色ボケもいい加減になさい! たかが小娘の戯れ言とはいえ、こんな怪しいよそ者のことを信用なさるおつもりですか!?」
「私が全幅の信用を置いているのは、きみたちの戦力のほうだよ。もし仮にフィアのあてが外れて魔王と行き違いになったとして、そうだな。エイベル、さきのような魔王軍の襲撃に、セレファイスはあと何回耐えられる?」
「は! もっておよそ二回かと!」
「よろしい。ならば我が軍が魔物どもを食い止める間、フィアが都に戻れば済むだけの話だ。遠征先のフィアとすみやかに連絡がとれるよう、優秀な伝令係を多くつけよう。仮にフィアがしくじった場合、魔王軍の戦力はこちらを圧倒することになるが……いまと状況はそう変わらん。なら、打てる部分からまず手を打っていこうではないか」
「なんという臆断……」
「そりゃないよ……」
くしくも同じように、ヴーズとメネスは落ち込んだ。
それを意にも介さず、クラネス王は泰然と手を振っている。
「出発は明朝だ。今宵は民と戦士の慰労もかねて、饗宴をとり行う」
そう告げながら、クラネス王はちらりとフィアを横目にした。
「なぜか、結婚式みたいに豪華な用意もあるしね♪」




