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「内臓」(3)

 脇目もふらず、メネスとエイベルは地下牢へ向かった。


 だが、当のフィアの姿は牢屋のどこにも見当たらない。


 まさか彼女はすでに……最悪の予感に焦りを濃くするメネスへ、ある助言を与えたのはひとりの牢番だった。メネスたちを王の間へ急がせたのは、つぎのような情報だ。


 囚われの彼女は、王とともに別室にいる。


 そう告げた牢番が、やや複雑な面持ちをしていたのはなぜだろうか。


 王の間の手前の扉で、メネスとエイベルは二名の近衛兵に止められた。目の前をふさぐ槍斧にうんざりしながら、つぶやいたのはエイベルだ。


「王に呼ばれて来たんだが?」


「ただいま重要な会議中でして……だれも通すなとの王のおおせです」


 まただ。軍はいったいなにを隠している?


 メネスのその疑問符より早く、苛立ちをあらわにしたのはエイベルだった。最前線にも立てず、ほとんど仲間外れに等しい現状が歯がゆいのだ。顔つきも険しく問い詰める。


「この状況で開かれる会議ってなんだ? 魔王を倒し、セレファイスを守るための会議だろ? 嫌味で悪いが、中に座ってる連中に、魔王と刃を交えた者はいるのかい? 立ち見でいいから、俺たちも参加させてくれ。頼むよ」


「いや、それがその……これには深い理由わけがございまして」


「もう! わけわかんない!」


 激しくも澄んだ怒鳴り声が響いたのは、そのときだった。


 たたきつけるように王の間の扉が開く。現れたのは、ドレスに身を包んだ淑女だ。


 夢のようにきらびやかに揺れる装飾は、その非の打ち所のない魅惑的な体型を頭頂から爪先まで無駄なく飾っている。こんな美しい姫君が同じセレファイスの空気を吸っているという事実だけで、都の異性たちは大きな心の幸せを感じるに違いない。


 大胆に開いた胸元を見て、とたんに鼻の下をのばしたエイベルも例外ではなかった。


「うわ、結婚してえ」


 メネスに肘で小突かれ、エイベルは痛みの悲鳴をあげた。


 天使に見とれる顔つきも束の間、メネスは気づいたのだ。


「フィア……?」


 メネスのつぶやいたとおり、そう。


 信じられないほど美しい彼女は、フィアだった。あの異世界の服こそ着ていないが、まちがいない。しかし囚人服ならまだしも、なぜあんな贅を尽くした衣装をまとっている?


 その答えは、フィアの激しい怒りにあった。


 ドレスのすそをたくし上げて歩くフィアの肩を、うしろから掴んで止めた手がある。こちらも優雅な格好をしたその男は、顔に引っぱたかれたと思しき赤い腫れがあった。それすらも美しい形の平手打ちの痕跡は、もちろんフィアに浴びせられたものだ。


 メネスの存在にも気づかず、フィアは怒りの叫びをあげた。


「はなして! この大嘘つき!」


 あのフィアの一撃を受けてもなお気を失わず、おまけに肩に置いた手まで万力のごとき握力に絞めつけられる。この男の耐久力の源はいったい?


 想像もつかない痛みをむりやり笑顔に変えながら、優男は穏やかにたしなめた。


「嘘なんてついていないし、この手もはなさない。私たちをつなぐこの愛は、国家的に考えてもまごうことなき真実だ。そうだろう、フィア?」


「愛ぃ!? OSに虫酸が走るわ! あたしが話したかったのは魔王の対策であって、あんたなんかとの今後じゃない! 軍事会議をするからってホイホイついてきてみれば!」


「立派な軍事会議じゃないか♪ 私と君とを結ぶ、これもひとえに運命の戦い♪」


「なんでいきなり結婚式をおっ始めちゃうわけ!? 頭おかしいんじゃないの!? 出て行く! この詐欺師! エロガッパ! すっとこどっこい!」


「ああ、なつかしい故郷の崖下に、いまなら高得点ノースプラッシュで飛び込みできそうだ……待ってマイハニー! 私のなにがだめだって言うんだい?」


「なにもかも、ぜんぶに決まってるじゃない! きらい! このお城ごと!」 


 手を振り払ったフィアのうしろで、優男は目をむいた。


「は! そうか! ほかに想い人がいるんだね、きみ!? そうなんだね!? よ~し、いまだけ解除しちゃう、決闘禁止令! フィア、な~んにもしないから、そのけしからんお相手の居場所をおしえてくんないかな? ものども剣をもて!」


「剣、ですって?」


 フィアの歩みは、ぴたりと止まった。肩越しに背後の優男を射る視線には、地獄が宿っている。笑顔に青いものを混じらせた優男へ、フィアは冷たい声で告げた。


「なんど言わせるつもり? あたしのすべてはメネスのもの。システム上、恋人なんてレベルははるかに超えてる。そして、そのメネスに切っ先を向けるつもりなら……」


 フィアはおもむろに、薬指から指輪を引き抜いた。口車にのせられて、うっかり着けてしまった最高級の逸品だ。


 フィアの人差し指と親指の間で、指輪は軋みをあげてひしゃげた。見せつけるようにゆっくりと。その場の男たちはすくみあがった。


 瞬間的に高価な爪楊枝と化したそれは、ぽいと優男の足もとに捨てられている。もと指輪だったものを優美なヒールの爪先で踏みにじりながら、フィアはささやいた。


「この城ごとあんたを消し炭にするのに、およそ十五分ってとこかしら」


「消し炭とな。ところでフィア、私から新たに贈るこれも、もとを正せば炭だそうだが?」


 優男が肉薄したときには、フィアの薬指には別の婚約指輪がはまっている。こんどの指輪に輝くのは大粒のダイヤだ。いっそう熱い表情で、優男は言い放った。


「そんなふうに優しく踏みにじってくれないかな、私のことも。ぜひ我が妻に」


 フィアの重い膝蹴りは、優男のみぞおちに寸分たがわず突き刺さった。


「うおお」


 くの字に体を折ってうずくまったそれを汚らわしい視線で一瞥するや、フィアが指輪を引き抜くのは早い。親指で宙に弾いた指輪を、無表情に見つめる……いや、照準した。空中の指輪を撫でたまばゆい光線は、フィアのこめかみから展開した超小型照射機から放たれたものだ。床を跳ねた指輪のダイヤは、正確に四つに分解されている。


 ふたたび憤然と歩き始めたとき、フィアはふと目を丸くした。


「うそ。メネス? いつからいたの?」


「や、やあ、フィア。きれいなドレスだね。よく似合ってるよ」


 駆け出したフィアを、近衛兵ふたりの槍斧は交叉して止めた。


 おお。重い鎧をまとった近衛兵たちの体が、フィアの馬力に引きずられる。メネスに触れるぎりぎりの距離で食い止められ、フィアはもがいた。


「会いにきてくれたのね、メネス! 式の準備は万全よ!」


「そうかい。招待状もなしにごめんね。おめでとう。浮かぶ言葉はそれひとつだ。このセレファイスの一大事に、まったく……」


「な、なんでそんなよそよそしいの?」


「そりゃまあ部外者だからね、ぼくなんて。しばらく会わないうちに、いい雰囲気になってるじゃないか。うれしいよご主人様。いや、ほんとに」


 いちど沈み込むと、とことんまで視野が狭くなるメネスの悪い癖だった。外観上お揃いの新郎新婦を目の当たりにしてショックを受けたとはいえ、普通こうはならない。


 暗くうつむくメネスへ、フィアは悲愴な顔で訴えた。


「ちがうの。メネス、完全に勘違いしてる。これはぜんぶ、そこの変態が勝手に」


 こことは違うどこか遠くを眺めながら、メネスはほほえんだ。


「なつかしいなあ。さいしょに出会ったころの、あの異国の服」


「おいメネス、どこ行くんだ」


 エイベルが止めるのも気にせず、メネスはフィアに背を向けた。


「場違いだった。帰るよ。お幸せにね」


「ちが~~~う!!」


 ひと声あげるなり、フィアはみずからのドレスを破り捨てた。


「説明させて、メネス! だれか返して、あたしの制服!」


「ど、どうかお気をお鎮めください、フィア様……」


 そうなだめる近衛兵たちも、フィアの圧倒的な力に振り回されるので精一杯だ。美しい羽毛のごとく宙を舞うドレスの切れ端。


 衣装の残り面積がどんどん減ってゆく少女を、しゃがみ込んで下から眺めるのはエイベルだった。すれ違いざまにメネスに小さく蹴られ、痛みに顔をしかめる。


 やがて、床でみぞおちを押さえて苦悶する優男へ、エイベルは乾いた声でつぶやいた。


「なにしてんすか、王?」

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