「内臓」(1)
悪夢そのものの襲撃から三日……
セレファイスの復興は進んでいた。
損傷した家屋等を修復するため、都のあちこちでは金槌の音が鳴りやまない。町中に残された魔物のなきがらは、幾人もの火の呪士が最高の火力を振るって灰に変え、粛々と城壁の外へ掃き出されている。
フィアと出会ったあの日から、メネスの心境にもかすかな変化があった。
身にまとうのは召喚士のローブではなく、大工の作業着ではないか。ぼろぼろの手に包帯を巻き、建材の木を鉋で一生懸命削っている。
感心してうなづいたのは、復興部隊の親方であるウェイトリイだ。
「あの暴力魔のオーベッドの下でやってただけあって、さすが度胸は座ってる。ほれ、水だ、メネス」
「あ、ありがとうございます。経営者が行方不明のままで、悲しいですがサーヘイ堂はいまだ休業中です」
「正直、見直したよ。まさかあのへたれのメネスが、みずから進んでうちの募集に乗ってくるとは」
「はは、ひどい言われようですね。貼り紙に汚い字で、猫の手も借りたい人手不足と走り書きしてたのは親方でしょ。猫以下のねずみレベルの腕で恐縮ですが、せめて今回都がこうむった傷が完治するまではお世話になります」
「心強い。ちょっとずつだが、着実に仕事も早くなってきてる。ぶっ壊されたっていうおまえの家の修繕も、もっと優先順位を早められるよう調整してみよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
正午の太陽をまぶしく浴びながら、メネスは額の汗をぬぐった。
これはこれで案外、性に合っているかもしれない。体じゅうの筋肉痛と疲労にさえ耐えれば、いまの現場は三食の食事と応急の部屋までついてくる。いままで力作業は食わず嫌いしていたが、続けてみれば意外と慣れてくるものだ。最初は動かすことすらできなかった建材も、いまでは片手で軽く持ち上げられる。自然と足腰が鍛えられているのだ。
このまま大工に転職してしまおうか……
住み込みの部屋の床に、召喚の魔法陣を描いてあることはメネスだけの秘密だ。
休憩時間になると、向かい合わせで食事をとりながら、ウェイトリイはたずねた。
「おまえがいい顔になったことは認める。あと、残った心配事はなんだ?」
「心配事? なんのことでしょう?」
「けっ、隠すなよ。ときどき見てるだろ、王宮のほうを」
「べつに……片時も仕事の手を緩めたことはありません」
都の中心部で薔薇色に輝く〝七十の歓喜の宮殿〟は、その遥かな高大さのため都のどこからでも眺めることができる。やはり心配げに水晶宮を一瞥したあと、メネスは暗くつぶやいた。
「フィアはまだ、あそこの地下牢で必死に耐えてます。なら、ぼくも頑張らなきゃ。都のために、なにか少しでも役に立たなきゃ」
「フィア……例の浮世離れした戦乙女のうわさは俺も聞いてる。魔王の軍をたったひとりで撃退した異世界の娘。なんでもメネス、おまえが召喚したんだって?」
「ええ、たぶん。すくなくとも彼女は、ぼくのことを所有者と呼んでいました」
「俺はもしかしたら、とんでもない大呪士と飯を食ってるのかもな。そんなおまえが、こんなところで大工仕事なんざしてていいのか?」
「セレファイス軍にはなんども、フィアとの面会をお願いしました。ですが、返ってくる答えは〝知らせを待て〟ばかり」
「おまえからは城に出向いたのか?」
「いえ……ぼくみたいな呪士崩れは、門前払いが関の山です」
「行ってやれよ」
昼食に刺したフォークの動きを止め、メネスは聞き返した。
「え?」
「なんども言わせんな。きょうはもう上がっていいって言ってんだ。ここ数日、おまえはがむしゃらに働き詰めた。王宮の力には逆らえないと勝手にあきらめ、彼女のことを忘れるために、な。違うか?」
「そ、そんなつもりは……」
「じぶんの女のことを第一にできない野郎なんざ、うちの現場にはいらねえ。召喚したものをご主人様が放ったらかしにしとくってのは、どういう了見だ。おまえと一緒で、きっと彼女も寂しがってる。行ってやりな」
ごつごつした手でメネスの背中を叩くと、ウェイトリイは続けた。
「もし門前払いを食らったら、いつでも帰ってこい。そのときは死ぬほど働いて、また次の日に挑戦だ。おっと、持ってってやるの忘れるなよ、彼女の替えの服を」
「……留守の間、よろしくお願いします」
意を決した表情で、メネスは席を立った。




