「血液」(5)
重々しい響きとともに閉められる城門。
全身の火器を収納して少女の姿へ戻ると、フィアは町のほうへきびすを返した。信じがたい襲撃に遭ったセレファイスでは、すでに怪我人の救助や燃える建物の消火等が始まっている。
フィアを待っていたのは、賞賛の声ではなかった。その喉首に突きつけられるのは、鋭い槍の穂先だ。フィアをずらりと包囲する剣、戦斧、その他武器……
やれやれ、とフィアは肩をすくめた。
「そりゃそうか。外敵に故郷をめちゃくちゃにされたタイミングじゃ、見かけないよそ者はNGよね?」
家屋の上から弓矢でフィアを狙う衛兵は、他とは一味違う巨漢だ。身にまとう甲冑のデザインも違う。引き絞られて軋みをあげる本物の強弓越しに、衛兵隊長のヴーズは用心深い口調で問うた。
「きさまはいったい何者だ……さっきの恐ろしい術はなんだ? どこから現れた?」
「おあいにくさま。知らない男の人と口を聞いちゃだめだって、親にきつく言いつけられてるの。でも知ってる男の人には、ひとり限定で打ち明けちゃう。あたしのヒミツ、なにもかも」
「な、なにを言っている?」
「メネス! ご主人様!」
フィアが叫んだ方向へ、ヴーズならびに衛兵たちはいっせいに振り返った。
白羽の矢が立ったことに若干怯えながら、小さく自分を指差した者がいる。
「ぼ、ぼく?」
「遠慮しなくてもいいのよ、ご主人様。フィアのすべてはメネス、あなたのもの。さあ指示をちょうだい。まず、この汗臭い紳士な方々は敵? 味方? あたしを取り囲むこの原始的な道具には、見たところちょっとした殺傷力があるみたいだけど?」
フィアはゆっくりと両手をあげた。炎と破壊を歌うあの両腕を。
とっさに怒鳴ったのはメネスだ。
「よせ! フィア!」
「……おおせのとおりに」
そのまま大人しく、フィアはお手上げのポーズをとった。
魔物との戦いで気の立った男たちに、容赦はない。ここぞとばかりに近くの衛兵に腕をねじられ、フィアは石畳に組み伏せられた。か細い両手を腰のうしろでつないだのは、頑丈な手枷だ。
頬で地面に触れるフィアをしめし、ヴーズに詰め寄ったのはメネスだった。
「この仕打ちはあんまりです、ヴーズ兵長。フィアが魔王の軍を追い払ったのは見ましたよね? 彼女はセレファイスの味方です!」
「メネス。ひとつも戦いに加わっていないお前が、なぜそう言い切れる?」
「それは……魔物に囲まれた窮地のぼくを、彼女は救ってくれました」
「救ったと思わせておいて、いきなり本性を現すのが魔物のずる賢さでもある。あのいまいましい魔王も、こんなふうにある日突然現れたではないか。小娘の姿こそしているものの、あれも魔王に使わされて都に潜り込んだ一種かもしれん」
「そんな、疑心暗鬼にもほどがあります」
「あまり舐めた口を聞くと承知せんぞ。お前も地下牢で厳しい尋問を受けたいか? このあとのあの小娘と同じように?」
「じ、尋問?」
メネスが必死に説得する間にも、フィアの両足には足枷まではめられていた。足枷には歩行を操るための鉄棒までついており、およそ猛獣か死刑囚扱いだ。
屈強な衛兵たちの隙間をぬって、フィアはふとメネスと視線をあわせた。
砂埃にまみれた顔で、フィアはかすかに微笑んでいる。あいかわらずの不敵な笑みにも思えたが、すこし寂しげにも見えるのはメネスの気のせいか。
牢獄に引っ立てるべく、フィアを小突いて前のめらせたのは、衛兵のひとりが振るった槍の石突だ。
メネスは頭が真っ白になるのを感じた。
「人の話を聞けッッ!!!」
衛兵たちの動きは、奇跡のように止まった。
おそらく皆初めてのことだったろう。ただのひ弱な呪士くずれに過ぎない少年から、ここまではっきりとした大音声を聞いたのは。ふだんは陰気を人の形にしたような印象のメネスだが、昔から、ある一定の限度を超えると人格が変わる性質がある。よほどのことがない限りこうはならないが、いまは彼にとってよほどのことに他ならない。
額に青筋ばかりか、かすかに呪力の稲妻さえ放ちながら、メネスは言い放った。
「その娘の名はフィア! フィア・ドール! この召喚士メネスが、異世界から呼び出した鉄の救世主だ! その炎と光の力を駆使し、魔王を倒す!」
メネスの肩に手をおき、ヴーズは深刻げな顔で首を振った。
「おちつけ、メネス。ひどい顔だ。頭も打ったな。おまえの下らん召喚術のことは、エイベルからすこしだけ聞いている。なんでも妙な鉄の塊ばかり生み出すそうでは……」
「邪魔だ!」
まばゆい放電とともに、ヴーズは白目を剥いてのけぞった。
フィアの瞳……あらゆる情報が異世界の言語で流れるその視界において、彼女が〝高圧電流〟と呼ばれるものを観測したことはだれも知らない。けいれんして倒れた巨漢から手をはなし、メネスはなおも声高に続けた。
「そのエイベルは! 死んだ! あんたたちセレファイス軍が遅れたせいで!」
衛兵たちは静まり返った。
「エイベルは! ぼくのかけがえのない親友だった! エイベルはひとり、最後まで残って戦っていた。だれかを守ろうとしていた。生き残ったら、いっしょに祝杯をあげる予定だった。酒場での待ち合わせの約束を、きっとぼくはいつまでも忘れない……」
メネスの語尾には、わずかだが嗚咽が混じっていた。衛兵たちの中にさえ、こみあげるものがあって目頭をおさえる者もいる。涙をぬぐい、メネスはふたたび強く訴えた。
「ゆえにぼくは! 非力な自分に終止符を打つため、異世界の武器を召喚した! これは正義の復讐だ! ぼくは討ち取る! 唯一無二の幼なじみを殺め、故郷を傷つけた魔王の首を! フィアとともに! だから!」
かつてない深遠なる目つきで、メネスはあたりを睥睨した。
「フィアにおかしなことをしてみろ。魔王を超える災いが、このセレファイスに降りかかるぞ……かならずだ」
ざわめきは、波紋のごとく衛兵たちの間に広がった。
「なんて恐ろしい予言だ……」
「いや、ただの出任せでは」
「だが、この娘も〝ご主人様〟と呼んでたぞ。魔物どもを退け、魔王さえも仕留めかけたこの娘が……」
雑音を切り裂いたのは、よく通るフィアの一声だった。
「事実よ、すべて」
金属のはじけ飛ぶ音がした。
おお、見よ。フィアの手枷が無残に引きちぎられているではないか。この細腕のどこにこんな膂力が?
あまりに常識離れした出来事に、一同は声もない。そんな衛兵たちを隙をついてかき分けると、フィアはある行動にでた。メネスに思いきり口づけしようとしたのだ。
「よく言った! えらい! それでこそあたしのご主人様! ますます惚れ直し……」
皆までいわせず、フィアは足枷を引っ張られて倒された。失敗だ。
新たに用意された手枷をこんどは二重に施され、ふたたび王宮のほうへ運び去られてゆく。武器の海に完全包囲された状態にありながらも、フィアはしゃべり続けた。
「またあとでね、メネス! さきにシャワー浴びてくるわ! ねえあんたたち! このままあたしをバスルームまで連れてって! ウェルカム、水責めの刑! あたしの防水性能はハンパじゃないわよ!」
「うるさい、静かにできんのか……」
「〝しゃわー〟ってなんだ?」
元気に連行されてゆくフィアを、メネスはぽかんと見送った。大通りを小さくなるまで遠ざかってもまだ何事かわめくフィアの声を聞き、なんとなく気が抜けて手を振る。はたして無事で済むのだろうか、セレファイスの王宮は……
メネスのうしろ、ぽつりとつぶやいたのは、担架で運ばれる傷だらけの戦士だった。
「あの、生きてますけど?」
「あ、エイベル。ごめん……」




