転生貴族は死にました
最近の書籍に貴族に転生して変革みたいなことする話が多いので、逆を書いてみました。
僕はどうやら転生をしたらしい。
事故に遭ってグチャグチャになったからだろうか。なんて、霊体になって見た自分の姿を思い返したところで時が止まることがないからもうよそうと思うけど、何度も考えてしまう。
ファンタジーな世界の有名貴族の長男に、どうして僕は転生したのだろうか、と。
現在六歳の僕はそう、窓の桟に頬杖をついて考えため息をつく。
「アルク坊ちゃま」
「……何? フィリック」
「また、一人で食事を片づけたりしたのですか。メイド達から声が上がっておりました」
そのどこが悪いのだろうと毎度思うけど、貴族というのはそういうところにもうるさいという。どうにもしっくりこない考えである。
「僕じゃなくてエリオに教えてあげればいいと思うけど? いいじゃない。父さんたちだって僕のこと大事にしてくれたけど、後は継がせないらしいし」
「何を言っているんですか。アルク坊ちゃま側がエルヴィン家当主となり領主となり、この地を治めるのですぞ」
本気でそう言っていそうな老齢な執事――フィリックを見た僕は今まで浮かべていた年不相応な冷徹な表情を子供らしい笑顔に変え、「知らないとでも思ってるの?」と言って横を駆け扉の前に立つ。
「一族会議で決定されたの、知らないとでも思ったの? みんなして盛大に喜んで賛成してたのを知らないわけないじゃない」
あんだけ派手に騒がれれば誰でも確信できるよ。そう言い残し、僕は部屋を出た。
僕は貴族らしくない。そんなのは重々承知であるし、実際に貴族という位がどれだけ業の深いものかを幼い時から前世での知識で知っている。どちらの面でも。
人を顎で使うよりは人とかかわることを嫌い。
偉い人たちと会うのが嫌で一人気まま勝手にすることを好み。
魔法なんてこの世界のものより自分で見つけたものを使うから使えない体で通している。
まさにこの世界の常識全てにケンカを売った。その結果どうなったかというと、普通に遠巻きにされた。
婚約者が付いたけど、僕どうせ置物みたいな存在だからその子に「好きになる気ないから弟と婚約結びなおしてね」と優しく言っておいて破棄。
つまり、完全に貴族の中での腫物。これは僕が七歳の時に作った。
一応父さんたちが気付かないようにちょくちょく町の人たちに対しての優しい法案混ぜ込んだから一揆とかは起こることなさそう。
……まさかここまですんなり僕の計画通りになるとは思わなかったなぁ。
現在十歳の僕は廊下を歩きながらアクシデントの少なさに警戒する。
正直、ここまで来たらあとはもう、家出か自殺偽装による他人として生きる段階まで来ている。
僕と弟であるエリオだけしか知らない秘密基地の中に今後必要と思われる貴族間の秘密や上下関係をまとめた書類を入れた宝箱をおいてあるし、あいつにもちゃんと『必要になったら開けてね』と言っておいたから大丈夫だろう。
「それじゃ、後は仕上げをご覧じろってね」
笑顔でそう嘯いた俺は、目的地――父さんの書斎前で立ち止まり、扉をノックもせずに開けた。
「なんだアルク。ちゃんとノックしろといつも言ってるだろう」
「ねぇ父さん。お互いに良い提案があるんだけど」
「提案? なんだそれは」
僕の言葉に違和感を持ったのか目を通していた書類から顔をあげ僕を見つめる父さん。
それに対し、僕は笑顔で言ってあげた。
「ねぇ、僕が偽装自殺するから家から追い出したくない?」
その言葉を聞いた父さんは、真顔で固まった。
「ってこともあったよねー」
あれから十年の月日がたち。
僕は見事貴族の長男から身寄りのいない浮浪児へと転落できた。
ま、説得自体は楽だったから問題はなかったけどね。
で、現在は馬車を操りながらいろいろな国を旅している。商人や冒険者でもなく、ただの浮浪者としてね。だからまぁ、僕の存在って結構ぞんざいなのよねー。
そんな選択をしたせいか、神様がいろいろと人脈を作らせてくれるかのごとく色々あったけど、そのおかげで今こうしているのでよかったんだろうなぁ。
「ひまじゃひまじゃひまなのじゃ~。アルクー」
「移動中ですらイベントを楽しみたいとか、せわしない人生を送らせないでくれるかな?」
「じゃがいつも通りあとひとつきは移動じゃろ? なにかおこらぬとたいくつでしようがないんじゃ」
「幼児退行するほど暇ならどこへなりとも行けばいいと思うよ、さすがに」
馬車をのんびり走らせながら僕は後ろから聞こえる声にそう返事をする。でも僕は絶対についていかないけどねと心の中で付け足すのも忘れず。
この世界は危険がいっぱいである。だからできるだけトラブルとかにかかわりたくないし、のんびりとこの世界を回り、どこか気に入った場所に腰を落ち着かせたいから余計に。
冒険者でも商人でもないから奇異な目で見られるけど、そんなの本当気にならなくなったなぁと思いながら後ろでゴロゴロとしているだろうロリ幼女の姿をとってるこの世界の神様と一緒にいる二人に、何度目かになる勧告をした。
「君達もね。行きたいところがあるならそこへまでは連れていくし、最低限のケアはするから遠慮なく言ってくれていいからね? もう奴隷じゃないんだし」
「大丈夫ですご主人様。僕はご主人様の行きたいところが行きたい場所です」
「私もです。この身を捧げるべきあなた様と一緒に行く場所が、私の生きたい場所です」
「うんいつも通りの堅い答えありがとう。でももうちょっと考えて自分がしたいことを言ってみようか」
「「ご主人様の役に立ちたいです」」
息の合った返答をするそれなりに豪華な服装をしている男女。双子ではないけれど、どうにも思考が似通ってしまうのは奴隷という制度に一度身を置いたからだろうか。
解放してすぐに放置すればこんなことにならなかったんだろうかなんて思い返しながら旅の連れとなっている二人に対し「もう君たちと僕は同じ立場だし、僕君たち雇ってるわけじゃないからさご主人様とかはやめよう?」と提案してみたけど、無言の否定。
思わずため息が出る。おかしいな。なんで二十歳の僕が少し年上の二人にこんな風に言われるんだろう。
特に目立ちたいわけじゃない。というより、貴族に生まれたから貴族としての責務を果たし、なおかつ自分の土地や法を住民にやさしくすることで慕われ、王様たちに褒められ……なんてことを考えて実行しようとする物語の人物たちがすごいだけだ。あんなもの、普通周囲の貴族の圧力に押しつぶされ、妨害され、いわれのない罪でぼっこぼこにされ、没落していくのが目に見えなければおかしいのだ。
だから僕は貴族としての地位なんていらなかった。平民でよかった。こんな風に旅ができる身分でよかった。
転生した、といったところで記憶があるのは学校で習った程度。そんな砂糖の製法とかの雑学なんてあるわけないし、そもそんなものを知らんでも生きていける。
そんな僕だからこの世界に転生させたと神様は言っていたけど、果たしてどういう意味なのか理解に苦しむ。ひょっとすると勧善懲悪の主役として選ばれたのかもしれないけど。
「なぁアルク坊――じゃなかった。ラグラス」
「なんだよ無銭飲食」
「ひどくね!? 確かに思い当たるけどよ!!」
僕と似たような恰好をしている軽薄そうなやつが俺に声をかけてきたのでいつもの呼び名で返すと、そいつは怒る。
前を向いて馬車を御してる俺は興味はないが質問する。
「何の用だ無銭飲食」
「だからっ!……ったく。今執事長から連絡がきた。どうやら俺達が向かってる国の首都に元弟夫妻が訪問するらしい。今や王様の側近に近いからな。パーティかなんかに呼ばれたんだろ」
「あー一人で行って来い。今までの金払ったらもう二度と近寄るな」
「雑!! 俺の扱い雑すぎる!! 結構俺フォローしただろ!?」
そういわれて思い出してみるが、フォローより被害の方が上回った記憶しかないので「いや、ないな」と否定する。
「うおぉい!」
「まぁ首都には向かう。俺も頼まれてるし」
「そ、そうか。なら――」
「下調べして報告するまでそこにいなければいけないんだろ? 頑張れ」
「って、待ってくれたっていいじゃないですか! 正直一人で異国の地はきついんすよ!!」
「むしろ今まで通りだろ」
「頼む! 本気でお願いします!! 私めの調査が終わるまで待っててくれませんか!?」
「え~?」
「マジかよ!?」
そう言って向こうが驚いていると、神様は笑い声をあげ「うむ賑やかじゃ!」と満足そうに叫ぶ。
「ご主人様。この男を放置しても問題はないかと。飄々と生きていけるに違いありません」
「なんでそんなこと言うんだよ!? 俺に恨みでもあるのか!」
「ありませんが。ご主人様の機嫌を悪くするなら排除するまででは?」
「……お前らもそうだろうが」
ぽつりとそんなつぶやきが聞こえると、二人の魔力が爆発的に膨れ上がった。
「なんですって?」
「よく聞き取れませんでした。もう一度お願いできませんか?」
「え、い、いやー……と、特に言ってないぞ? な?」
「馬が怯えてるからひっこめろ二人とも」
「「すいません」」
馬が止まってしまったので俺は台から降り、馬の機嫌を直すようになでたりブラッシングしながら再びため息をつく。
はぁ。結局、僕は一体何をしたくて旅をしてるのだろうか。というより。
僕に旅をさせて神様は一体何がしたいんだろうか。
例によって何かあれば感想などどうぞ。