恋する女の子
「ゴーレムは、崩すですか?」
テントとして使用していたラガーマン達を土に戻していると、フィアが不思議そうに聞いて来た。
「子犬と子猫はみんな平気なんだけど、ラガーマンを連れて歩くと怖がられちゃうのよ……」
「納得デス」
納得しちゃうんだ?
「これから北の方に向かうんだけど、フィアはどうするの?」
フィアは子猫の吟風が好きだった筈なのに、いつの間にか子犬の彗星とも仲良くなっていたらしく、子犬の彗星のお腹を身体全体を使ってモフり倒している。
「わたし、エンガルの町、行くデス」
フィアもエンガルの町に行くらしかった。
わたしの愛するあの人が住む町に……
「あの、フィア? 私もエンガルに行きたいのだけど、一緒にそのど、どうかしら?」
平静を装いつつフィアに尋ねてみる。
「是非、一緒、したいデス」
『オンガアアアアア!』
『グモオオおおおお!』
吟風と彗星が喜びながら駆け回り、街道沿いの森がどんどん更地に変わって行く。
「も、もうやあねぇ、二匹ともはしゃいじゃって、私がはしゃいでるんじゃないわよ? 二匹がはしゃいでるのよ?」
精神パスと言うものが私と二匹には繋がっているらしく、私の精神状態が二匹を見れば丸わかりになってしまうので、ちょっと赤面しちゃう。
「旅は道連れって言うしね、フィアが一緒だと心強いわ」
「ゆきの、居てくれると、私安心」
フィアがふわりと微笑む。
やっぱりエルフの女の子は反則的に可愛い……私の愛するあの人がフィアに夢中になったら、どうしよう……。
「あ、あの、フィア? 恋人なんかいたりしちゃったりするのかな? なーんてね?」
「許嫁います」
「ふぁっ?」
吟風と彗星が土人形の様に固まった。
いや、ゴーレムなんだけどね。
「ああ、そう……大人なのねフィアは」
フィアはふるふると首を振り言葉を続ける。
「親決めた、許嫁、だから逃げてる、姉達も逃げてる」
「む? 逃避行なのね?」
フィアは良く分からなかったらしく、首をコテンと傾げる。
「応援しちゃうよ!」
フィアの両手をガッシリと握り、元気付けた。
「アリガト」
そうよ! 親の決めた許嫁なんて許せない! 恋愛は自由じゃなければいけないのよ!
あ……自由恋愛だと私の片思いのあの人も範疇に入っちゃう。
「あのね……私好きな人が居て、その人を追い掛けてエンガルまで行くの、フィアも応援してくれる?」
わたし……ズルい子だ……。
「モチロンです、エンガルわたし、知り合いいます、協力デス」
フィアはエンガルに行った事があるのね! 良かった!
「フィア! ありがとう!」
私も感極まってついフィアに抱き付いてしまう。
吟風と彗星も嬉しさの余り目から光線みたいなのを出していた。
「どんな、人?」
フィアがイタズラっぽく笑いながら、私にあの人の事を聞いてくる。
「あのね……まだ会った事も無いんだけど……」
しどろもどろになりながらも、あの人の事を語り出した私を見て、フィアの顔色が段々悪くなって行く。
「どうしたのフィア? なんか顔色が土気色になっているけど……」
「知っている……カモ」
えええ? フィアの知り合いだったの?
「あ、あのフィア、私の片思いだからその、別にどうこうしたいってあれは無いから……」
慌てる私の手を取りフィアはニッコリと微笑む。
「略奪はスピードが命」
不穏な言葉を呟くフィア。
「り、略奪?」
「大丈夫、三人の守護者、私、命懸けで引きつける」
命懸けなの?
「友達にそんな危険な事を頼めないよ!」
「友達?」
フィアが目を見開き、私を覗き見る。
「そう! 友達だよ!」
「友達、なってくれるデスか?」
「友達だよ! フィアは私の友達!」
悲壮感漂うフィアの表情が柔らかくなって来た。
三人の守護者ってなんなの?
「友達出来て嬉しい」
フィアがようやく落ち着いてくれたみたいだ。
「うん、友達だよ」
「あのー……いい雰囲気のところすいませんが」
突然背後から話しかけられる。
「ゆきのめぐみ様でよろしいでしょうか?」
スラリとした体型の美しい女性が、私達のすぐ後ろに立っていた事に全然気付かなかった。
「え? はい……」
吟風と彗星が駆け戻り、女性を威嚇し始める。
凄い美人さんでギルドの制服をキッチリ着こなしているけれど、どこか疲れた感じのする女性だ。
吟風と彗星を見ても苦笑いで済ましているところを見ると、かなり場慣れしているみたい……
「初めましてワタクシはエンガルハンターギルド所属、ブラックライセンス担当官のアケミと申します」
ぺこりと下げた頭の頭頂部には猫の耳がピョコリと付いていた。
「は、初めまして、ゆきのめぐみですが……」
丁寧な自己紹介に吊られて私も頭を下げる。
「突然ですがゆきのめぐみ様が、この度エンガルの町を目指しておられると出張先で伺いまして、僭越ながら私めが道案内の任をエンガルハンターギルド長より賜りまして、声をかけさせて頂いた次第です。もしお邪魔でなければエンガルまでの道案内をと思いまして」
いかにも出来る女オーラを発するアケミさんは、やつれた笑顔を絶やさずにフィアに視線を移す。
「お久しぶりですねフィアさん、お姉様達は御健勝で?」
フィアはコクコクと頷きながら私の背後に隠れる。
「フィアさん貴女の口から私の身分を保障して貰えなければ、ゆきのめぐみ様の緊張も解けないと思うのですが如何でしょう?」
フィアはビクリと身体を震わせるとポツリと呟いた。
「アケミ、ギルドの人」
「ええと……フィアさんがこの様な態度になってるのは訳が御座いまして、フィアさんのお姉様達がギルドで多少問題を起こしてしまい、借金を作ったまま逃げ回ってる状態でして、それが原因かと思われます」
「でも……フィアは怯えているじゃ無いですか」
アケミさんは一つ深い溜息を吐き、また話し始めた。
「恐らくはフィアさんの秘密を、私が知っているからだと思います。フィアさん? お友達に隠し事は良くありませんよ? 貴女のコンプレックスは分かりますが、何だか私が怖いみたいにとられちゃってますよ?」
コンプレックス?
「あ、あの……だども……」
だども?
「フィアさんはエルフのお国言葉がちょっと恥ずかしいみたいです、可愛らしいんですけどね」
フィアの顔がみるみる赤く染まる。
「……可愛くないぺした」
か……可愛いい。
「後フィアさんがゆきのめぐみ様とパーティー登録して頂ければ、特例としてフィアさんのペナルティを解除するとうちのクソババ……いえ、ギルド長が仰っていましたよ」
フィアの顔が突然ぱああっと晴れやかになった。
良かったねフィア、どんぐり生活から脱出できるよ。
「フィアが良ければ私とパーティー組も!」
フィアがコクコクと頷く。
「それではこちらで先触れを出しておきますね」
アケミさんが持っていた鞄の中から、小さな小鳥の模型を取り出すと、背中の開口部にサラサラと書いた手紙を詰め込む、鞄の上に小鳥の模型を置いて両手のひらを打ち合わせた。
「式!クソババの掌へ」
小鳥の模型はまるで生きている様に羽ばたき始め、空へと消えて行った。
あれって小さいけれどゴーレムよね?
「あの……アケミさん、今のって」
「今のですか? 義父からのプレゼントです。通信に役立つからって使役方法も教えてくれたんですよ」
クールな美女がへにゃりと微笑む。
「義父さんはゴーレムを?」
アケミさんは曖昧な笑みを浮かべ、ニコニコと笑っている。
「さあ、行きましょうか、今回は沢山危険手当を頂いているので、経費も使い放題ですよ! 豪遊しながらエンガルまで行きましょう」
フィアが鼻の穴を膨らませながら拍手する。
危険手当? 何か引っかかるけどちょっと楽しい旅になりそうだ。
ああ、早く、早くあの人に会いたいな。
気力の限界




