向日葵の決意
リリリリ!!!
目覚ましの音がけたましくぼくの部屋に鳴り響く。ぼくは寝覚めはいい方なので、目覚ましを止めたらすぐに目覚めるのだが、今日に限って、体が動かない。いや、動かそうという意思はあるのだ。それが何かによって阻まれている。
リリリリリリ!!!!
そうしている間にも、目覚ましの鳴る音は大きくなる。
「お〜い、向日葵さ〜ん。すいませんけど、少し離してくださ〜い」
昨日、向日葵に抱き枕のように抱きつかれて寝入ったことを忘れてた。 ぼく自身は今日は休みであるので、早起きしなくてもいいんだけれど、向日葵が練習があるのだ。このまま遅れさすわけにはいかない。
「むにゃ〜。まて〜お兄ちゃ〜ん」
いや、待てはこっちだ。しかもしっかり捕まえてるし。なんとか、ぼくは体をよじって目覚ましを止めたが、抜け出すことは未だかなっていない。
コンコン。
扉がノックされた。ぼくの部屋に鍵なんてシャレたものはついていない。
「ひなちゃ〜ん。起きなくていいの〜?」
非常にマズイ。リビングにいなかったから、部屋にいると勘ぐってきたんだろう。この状態見つかったら、ぼくどうなるんだ?
①暖かい目で諭される
②軽蔑される
③何も見なかったことにされる
④状況を察して助けてくれる。
あの声とぼくの呼び名から愛花であることは明白であるが、愛花なら見過ごしてくれるよな?ここはぼくの得意の話術で何とかしてみよう。話術が得意だなんて今初めて言ったけど。
「愛花。開ける前によく聞け。今、ぼくは見られたら非常にマズイ状況にある。だから、愛花は現場を見て、状況を察知し、速やかに助けてくれ。このままじゃ、朝ごはんが作れない」
「それはマズイね。私もひなちゃんの朝ごはんを久しぶりに食べたいよ。うん、分かった」
「じゃ、入ってくれ」
愛花は、少しだけ扉を開いて、ぼくの部屋を覗き込んだ。
そして、音を立てないようにして閉じた。
「おい!愛花!」
空気を読めと言ったわけじゃない!状況を察知しろと言ったんだ!でも、この状態じゃ愛花の反応の方が普通か?
また、扉が開かれた。
「ひなちゃん……何してるの?」
「信じてくれないかもしれないが、向日
葵の誕生日プレゼントの要望だ。一緒に寝て欲しいと言われた」
「む〜。真相は後で向日葵ちゃんに聞くとして、この場は助けてあげよう。心の広い幼馴染に感謝したまえ」
「ありがとうございます。仏様、愛花様」
「んー。腕が巻きついてるだけだね。ひなちゃんのことだから、強くはがせなかったんでしょ」
「仰る通りです」
向日葵の巻きついてる腕をぼくからはがしていく。
「なあ、痕ついてない?」
「ひなちゃんの場合は本望でしょ」
「さすがにそこまで病んでないやい」
どうやら、痕はついてないようだった。向日葵、意外に胸あったんだな。ぺちゃぱいかと思ってたけど、Bだと言い張っただけはある。まあ、風呂で見ただろということは置いておこう。再確認だ。再確認。さすがに胸を押し当ててまでは洗わなかったし。さっきまでは押し当ててました。
「あと、この事は内密に……」
「まだ、皆寝てるからね。私とひなちゃんだけのナイショ」
「そういや、起きるの早いな愛花」
「休みは早起きなんだよ〜」
ゆくゆく小学生みたいなやつである。実際に背は小柄で、向日葵より小さいからな。出てるところは出てるけど。さすがにそこは年上と言ったところか。一つしか変わらないけど。しかも、愛花は2月生まれなので、下手をすると、向日葵と同級生だった可能性もある。二ヶ月しか変わらないのにこの差は何だろう。
「ひなちゃん?どうしたの?私に何かついてる?」
「いや、向日葵と何が違うのかと思って」
「何って?」
自分の体を見下ろしていく。そして、ある部分に目線は辿り着いた。
「ひなちゃんのえっち!」
「昨日も聞いた。生まれ月はそう対して変わらないのにな。愛花のほうが発育いいような気がして」
「そ、そうかな?……でも、ダメだよ!ひなちゃんにはまだ早いよ!」
「いや、触らせてもらおうとか考えてないから」
「今言った!」
「しまった。口が滑った」
ぼくは本能を隠すのが苦手というか、思考が微妙にもれてしまう傾向があるようだ。主に愛花に対してだけど。
「もう〜。ん?ひなちゃん、時間大丈夫?」
「あ、マズイ!」
向日葵が起きる時間まで三十分を切っていた。
「愛花手伝って!」
「あいあいさー」
ちなみに今の時刻は6時30分。ぼくは3時間程度しか寝てません。早死にしそうだな。
ーーーーーーーーーーーーー
「むにゃ。温もり〜」
わけの分からない言葉を発しながら向日葵がふらふら降りてきた。結構強引に引き離したけど、起きなかったんだよな。ぼくがいなくなった後の隙間には枕を挟んでおいた。
そして、枕を抱いたまま降りてきている。
「愛花、手が離せないから、向日葵をちゃんと起こしてやってくれ」
「むしろ、どうやってここまで降りてきたのか。私はそっちに興味があるけど……。ほら、顔洗いに行こう。そのままでも可愛いけど、目やにが付いてるから」
「ん〜〜」
昨日はいつもより遅くまで起きてからな。それでも、ちゃんと降りてきたのは体がこの時間に起きることを覚えてるからだろう。十分に寝れてないから、あんな状態だけど。
「よし、出来た。時間がなかったから目玉焼きだけど」
これでも、朝ごはんには十分だろう。練習は午前で終わるだろうけど、お腹減ってもあれだし、おにぎりでも作っておこう。
「おっはよー。お兄ちゃん♪」
さっぱりしたのかものすごく軽快な足取りで朝食の場へ来た。
「向日葵、愛花。一つ言いたいことがある」
「「うん?」」
「普段は男はぼくだけだから、見慣れてるし構わないけど、今この家にはもう一人男がいる。しかも、愛花に至ってはブラをつけてないだろう」
「なんで分かるの!?」
「えっ、付けてないの?」
「いや、苦しいし……」
「幾度となくぼくの家に泊まってるからそれぐらいは分かる。しかも、パジャマだから薄着だろ。あいつ簡単に欲情するから、先に着替えてきなさい」
「「は〜い」」
朝食はまだ途中だったけど、着替えに行かせることにする。まだ、微かにいびきが聞こえるし、まだ起きてないだろう。あいつはあいつで朝弱そうだし。ほっとけば昼間で寝てそうだ。起こすとうるさそうだし、ほっとこう。
「ふう。制服だと汚さないか心配」
「向日葵。ちゃんとスパッツ履いた?」
「履きましたー。確認する?」
「いや、いい」
「向日葵ちゃん、スパッツ履いてるの?」
「お兄ちゃんが心配性なんだもん。それでなくても、テニスする時は履いてるけど」
「向日葵のパンツを他の男に見せてたまるか」
「すごい妹バカだね」
「ちなみに今日の向日葵は白とピンクのチェックだ」
「なんで知ってるの!?」
「ぼくにぬかりはない」
昨日、風呂場に置いてあったの見ただけだけど。
「ひなちゃん……私のは?」
「分からん」
「ぶー。向日葵ちゃんばっかりー」
「いや、なんでぼくが知ってるんだよ」
「だって、私の柄全部知ってるって言ったもん」
「えっ……お兄ちゃん本当?」
「………………」
黙秘権行使。黙秘権を使ってる時点で認めてるようなものだけど。
「はあ。なんで、女の子とパンツ談義をしてるんだぼくは」
「ひなちゃんがえっちだからだよ」
「失礼な。かなり紳士だぞ、ぼくは。というか、女の子のパンツに関しては男の性だから、諦めてくれ」
というか、なんでぼくはこんなことを堂々と宣言してんだ?
「ほら、向日葵。早くしないと遅刻するぞ」
「はーい」
細く華奢な身体に不釣り合いな大きなテニスバッグを背負って出て行った。
玄関まで出て、愛花と見送る。
「そうだ。愛花。向日葵と一緒に見てたアニメあるだろ?あれのブルーレイ貸してくれないか?」
「およ?ひなちゃん、アニメとか興味ないと思ってたけど」
「昨日……いや、今日か。寝る前にテレビ点けたらやってたからさ。せっかくだし見てみようと思って。原作とか読んだ方が分かるか?」
「いんや?アニメは噛み砕いて、分かりやすくしてるから。そこまで専門用語とか出てこないし。初心者でも分かりやすい、安心設計」
「そうなのか……。そうだ、一緒に見ないか?どうせ、向日葵が帰ってくるまで暇だし」
「ひなちゃんは、夕夜くんの相手しなくていいの?」
「…………春乃に任せよう」
「綾ちゃんは?」
「…………よし、かの有名なテニス漫画について語るとしよう。テニス部だし、さすがに知らないなんてことはないだろう」
「私、持ってないよ」
「そこは大丈夫だ。向日葵は全巻揃えている。最近はすごいぞ。色々と」
「色々?」
「そう。色々」
まあ、口で言っても、面白さというのは伝わらないものだ。実際に見てみればいいだろう。百聞は一見にしかず。
向日葵はぼくの家に戻る前に、自宅にブルーレイを取りに帰った。やることもなかったので、ついでにぼくもついていくことにする。
「えっと、確かこの辺り……あったあった」
「見つかった?」
「うん。でも、私もブルーレイまで買ったのはこれだけだな〜。他にも買いたいけど、学生には高いよう」
確かに、アニメのDVDとかブルーレイは高い。そうしないと採算が取れないのか分からないけど。一話完結ならともかく、大体あの時間帯のは12話が相場だし、最後まで買わなきゃ話の内容が分からなくなるだろう。シリーズものはうまくできてるよな。途中で辞めるのも気持ち悪いし。
「よし、早速レッツラゴー!」
「徒歩三秒だけどな」
三秒というか、三歩。いっそのこと窓から侵入すればよかったかな。そんなアクロバティックな真似はしないけど。
いや、でもやろうと思えば出来る。やらないだけだ。色々と迷惑だからな。ちなみに向かい窓が愛花の部屋というわけではない、そんな美味しいことはなかった。
「どうしたの?ひなちゃん」
「んー。ぼくの部屋の窓から、愛花の家へ飛び込む光景を思い描いてた。でも、よく考えたら、ぼくの部屋の向こうは愛花の部屋じゃないし、意味がないことに気づいた」
「私の部屋じゃないとダメなの?」
「ぼくがわざわざ、おばさんやおじさんに用があると思うか?」
「それもそうだ。んー、じゃ今度頼んで、部屋の場所変えてもらおうかな。どうせ、あそこは空き部屋だから」
「わざわざ移動しなくても」
「私もひなちゃんの部屋に侵入するのやってみたい」
「危ないぞ」
「ひなちゃんがいる時しかやらないから平気平気」
それでは侵入とは言わないのではないかと思ったけど、本人はなんか楽しそうだし、好きにさせてあげよう。
「どこから見る?」
「愛花はいきなりクライマックスから見せる気か?キャラもわからないし、ロクに感情移入もできやしないだろう。話もわけ分からんだろうし」
「そうだね〜。じゃあ、私は一緒に見ながら解説する人をやろう」
「ネタバレはいやだから、食器を先に洗っといて」
「ひなちゃんのイジワル」
それでも、素直にやってくれてるあたり愛花は本当に優しい。一緒に見ようって言ったのはぼくなのに、悪いな。しかも、ぼくの家のことやらせちゃってるし。
「悪かった愛花。一緒にやろう。そうすれば早く終わるし」
「うう〜本当?」
押しつけちゃったので、少し涙ぐんでいた。ああ、心が痛い。突き放されたと思ったんだろうな。なんだかんだ、ぼくは結構人に甘いのかもしれない。
皿洗いも終わって、アニメの一話も終わる頃に春乃が降りてきた。春乃は向日葵と背格好はあまり変わらないのでパジャマをそのまま借りたようだ。
「ふわぁ。おはよ。寝すぎた」
「やっと起きたか。朝ごはん食べるか?」
「ああ、うん。食べる。よろしく」
「せめて、顔洗ってこい。目、覚めると思うよ」
「そうする……」
春乃が顔を洗って戻ってくる。そして、朝食の置かれた席の前に座り、一口、白米を運ぶ。
「ねえ。一つ聞いていい?」
「うん?」
「あんた、男子高校生よね」
「そうだね。妹と二人暮らしという点を除けば一介の高校生と何ら変わらないよ」
「普通の男子高校生は同級生とはいえ、女の子を家に泊めて、普通に朝ご飯を作って出すのはありえないと思うんだ」
「そうかな?来た人にはもてなしを、が我が家のモットーなんだ。せめてうちにいる時ぐらいはゆっくりできるようにね」
「あんた、専業主夫とか向いてそうよね。その場合色々ともったいないけど」
「そりゃどうも。ごはんのおかわりは?」
「大丈夫よ。ごちそうさま。美味しかったわ」
春乃から食べ終わった食器を受け取り、洗い流す。
うーん。うちは特殊なのか?いつもぼくが家事をこなしてるしな。今日なんか楽なぐらいだ。
「あー、洗濯あったんだ。洗濯機回してこよう」
「ひなちゃん!待った!」
「なに?」
「今、あそこの洗濯籠には、何がありますか?」
「いや、ぼくと向日葵の脱いだ服だけだけど。なんなら、一緒に洗っておくよ」
「あっ、そう?じゃあ、お願いします」
「こらこら。あんたはすぐ隣に自分の家があるでしょ。というか、自分の服を日向に洗わせていいの?」
「さすがに下着は……」
「さすがにぼくもそこまで無神経じゃないさ」
「人の下着を散々見といてよくそんな口が言えるわね」
「もしかして、春乃のやつあった?」
「あるわけないでしょ!回収したわよ!」
「あれ、でも着替えあった?」
「向日葵ちゃんの借りたわよ。って、なんであんたにそんなこと言わなくちゃいけないのよ!」
「春ちゃん、落ち着いて。どーどー」
「はぁーはぁー」
いかんな。こういうところがあるから無神経だと言われるのか。次から気をつけよう。次があるか知らないけど。
「ん?あんたたちアニメでも見てたの?」
「ああ。ドラキリーアドベンチャーっていうの。思ってたより面白かった。一緒に見ないか?」
「んー」
「どうかした?」
「いやね。この原作を書いてる人がうちの学校にいるって噂なのよ。あくまで噂だから、本当にいるのか知らないけどね」
「噂なんて勝手に一人歩きしてるのも多いしな」
そもそも、それすらもどこから出た情報なのか。でも、一応原作者の名前ぐらい見ておこう。ブルーレイのパッケージに記されている名前を見る。
原作者:岡崎 祭
『おかざき まつり』かな。フリガナは振ってないけど、ともすれば特別な読み方をするわけじゃないだろうし、これでいいだろう。でも、本当にうちの学校にいるのかな?アニメ化するほど人気のある作品の原作を書いてる人なんて。
「うちの学校に岡崎なんて名字の人がいたっけ?」
「さあ?探せばいると思うわよ。いない名字ってわけでもないし」
「ともすれば2年か3年だよね」
「どうして?」
「アニメ化するほどの作品なんだから、それなりに巻数出てるだろ?さすがに中学から書いてるとは思えないし、書いてるとしても長いんなら1年の間で噂になってるはずだ」
「あんたその手の噂に疎いからその推理も当たってるかどうか微妙よね」
「まあ、とりあえず月曜に探してみよう」
「そして、行動も早いわね」
思い立ったが吉日だ。後は二人が起きてくるまで、のんびりアニメでも見てることにしよう。割と面白いな。
ーーーーーーーーーーーーー
「おはようございます……」
そして、そこから一時間後、豊山さんが降りてきた。
「あれ、それぼくの服じゃ……」
豊山さんが着ていたのは、ぼくのTシャツとジャージだった。まあ、豊山さんぼくと背格好近いしな。
「って、何でだよ!」
「だって、綾ちゃんだけ着替えがなんて可哀想じゃん。ちゃんと、向日葵ちゃんから許可もらったよ」
「まあ、別に構わないけどさ」
「あの……すいません。勝手に着ちゃって……」
「いいよいいよ。どうせ着てないやつだし。朝ごはん食べる?」
「いいんですか?」
「そんなに手間じゃないし。大したものは出ないけどね」
「いえ、ありがとうございます」
なんか大所帯になったなうち。この年で所帯を持ちたくないけど。でも、親父が家にいないから、半分ぼくが持ってることになるのか?
「ん〜、ぼく働いてないし養ってく自信はないよ……」
「あんたいつまで私たちを泊めてくつもりなのよ……」
「それもそうだ」
「夕夜は?」
一人いない、リビングを見渡して春乃は言う。
「あー、いびきが微かに聞こえるだろ」
「これ、あいつのいびきだったの?なんかの機械が作動してる音だと思ったわ」
春乃の言い分もあれだと思ったけど、定期的にゴゴゴとなんかが動くような音がこの家に響き渡っているのだ。
「いい加減うるさいわね。息の根を止めてくるわ」
「やめろ。ぼくの家で殺人沙汰を起こすんじゃない」
「いびきを止めるだけなら鼻をつまんでおけばいいんじゃないかな?」
「それよ!日向、洗濯バサミ」
「ええー。あいつの鼻に挟むのかよ」
「図的には面白いんじゃない?」
「ちょっと取ってくる」
変態の鼻に洗濯バサミを挟む嫌悪感より、好奇心のほうが優ってしまった瞬間である。いや、わくわくだね。
二階のベランダ付近に置いてある、洗濯バサミの箱から一つ取り出し……もう少し持っていこう。
リビングへ降り、客間のいびきをかいてる変態の下へ向かう。
「一つでよかったんだけど」
「まあ、多めに持ってきたのは、ぼくの知的好奇心だ」
「小学生並みの好奇心よ。それ」
そんな風に言われているぼくだが、別段こいつをいじることを止めさせない時点で、こいつも大体同じようなものだ。ぼくたちはたまらなく子供だ。そんな無邪気な好奇心をぼくはずっと持ち続けてる。まあ、ちょっとした生きがいみたいなものだ。
「ふが」
鼻に挟んだところで、いびきが止まる。代わりに口呼吸だけになる。あそこまで、いびきをしていてよく喉痛くならないな。いびきって、確か睡眠時無呼吸症候群の一種だったっけ。怖いな。ぼくは一人の命を救ったのか。
「というわけで、次」
「うおっ!」
バチン!と音を立てて、洗濯バサミが吹っ飛んだ。ちっ、起きやがったか。
「腹いせに耳にアクセサリー感覚でつけといてやる」
「寝起きのやつにやる仕打ちか?!」
「はあー。起きたなら、布団を片しといて。後でしまうから」
「てか、俺は何をされてたんだ?」
何をされたか分からないまま、布団を片す夕夜を放って、戻ることにした。
ーーーーーーーーーーーーー
さて、高校生が五人頭揃えてなお、アニメを見てるわけにもいかない。かと言って、何かやることがあるわけではない。
「困ったもんだ」
「ゲームとかやらねえ?」
「四人用だから、一人のあぶれるだろ。……いや、構わないか」
「俺見て言わないで!」
「じゃあ、却下。……そうだ、ケーキ屋行こう」
「?」
「バイトの面接。やるんだろ?」
ぼくは夕夜に目配せして言う。
「昨日の今日で大丈夫かよ?」
「顔なじみてか、半分育ての親だし。ぼくの頼みなら聞いてくれるよ」
「お前、変な人脈持ってるな……」
感心されてしまったけど、そもそもぼく自身は人付き合いは希薄なので、ツテがあるところはそこだけである。まあ、わざわざ弁解するほどのことではない。
「よかったら、みんなどう?あそこ女っ気皆無だから、高待遇だと思うよ」
店員には女っ気皆無だが、ケーキ自体は美味しいので、近所の女子中高生は結構な頻度で訪れる。
「そこで看板娘というわけだ」
「うちの学校、バイトOKだっけ?」
「別に構いやしないだろ。なんか言われたらぼくの紹介ってことで、罰を受けるのはぼくだけでいいし」
「あんた相変わらず損な役割よね……」
「最悪辞めさせられても、あそこのケーキ屋で勤めるよ」
「しかも事後のことまで計算済みとは……」
「待って。ちょっと生徒手帳見るから」
豊山さんが生徒手帳を取り出して、バイト規定について確認をしてくれる。さすがにぼくだけが罰則を受けることに関して、いたたまれなかったのだろう。ぼくも、バイトしてたぐらいで辞めさせるいわれもないしな。しかもその辺のケーキ屋だし。ただし、店主が少し強面ではあるけど、そこは伏せておこう。行く前から怖がられても困る。多少、夕夜が昨日に喋ってしまっているけど。
「あっ。あったよ。学業に支障が出ない程度なら許可をするって」
とりあえず、バイトをして停学になるやら退学になるなんてことはないようだ。そんな学校だったら、根っこからぼくが改革してやるけど。
「んー。流石に制服のままってのはね〜」
「俺は構わないけど」
「あんただけ一人で行ってきなさい」
「世間は俺には冷たいぜ……」
世間というか、基本的にはぼくと春乃だけである。
「じゃあ、ぼくと愛花と夕夜で行ってくるから、春乃と豊山さんのことも話しておくよ」
「やるかどうか分からんよ」
「ええ〜。春ちゃんやろよ〜。せっかくケーキ屋なんだよ〜?」
ケーキ屋だからなんだとも思うけど、女の子にとってはやっぱり憧れではあるのだろう。
春乃も愛花の頼みを無下にはしたくないのか、しょうがないわねと言って渋々承諾した。
「豊山さんは?」
「私は家が遠いんで」
「そっか。なら、仕方ないね。学校帰りにでも寄ってあげてよ」
「そうします」
豊山さんは至極丁寧な口調だが、誰に対してもなのかな。本人がその喋り方が身についてしまってるのなら、改善することもないけど。ちょっと、崩した感じにしてみよう。
……………。
合わなかった。豊山さん、見た目はお嬢様って感じだし、その口調が教え込まれてるのかもしれない。ただ、豊山さんの見た目と雰囲気から周りがそういう風にしてしまったのかもしれないけど。
「それじゃ、行くしとしましょうか。向日葵には悪いけど今日はここで解散しよう」
各々、支度をして、忘れ物がないように確認。ぼくは学校の先生かよ。
春乃と豊山さんを見送って、二人を引き連れて、商店街へ向かうことにした。とりあえず、向日葵が帰ってくるまでには戻らないとな……。