誕生日パーティー(4)
変な夢を見ていた。ただ、漠然と変と感じるだけで具体的な内容は思い出せない。思い出せないということは大した内容ではなかったのだろう。
目覚めたぼくは周囲を見渡す。見慣れた家具の配置。頭の近くに時計がある。
時刻0:13を示していた。
「そうか。気を失ったんだっけ」
確か、春乃と向日葵から制裁だったのかを受けて、気が遠くなったのは覚えている。だけど、気を失えば、記憶を失うってのはないもんだな。覚えてちゃってるし。夕夜を見てる限りで分かってたことだけど、実際に体験してみるとよくわかる。誰も気絶するような状況になんて陥りたくはないだろうけど。
また寝る気も起きなかったし、身体を起こす。その近くに向日葵の姿があった。
「寝ちゃってら。しょうがないな」
ぼくの介抱してくれていたのだろう。ベッドに寄りかかるようにして寝ていた。気持ち良さそうに寝息を立てている。
「ほら、向日葵。こんなとこで寝てると風邪引くぞ。自分の部屋で寝ろって」
「ん……むにゅ……」
起きる気配は見られない。ぼくの寝床がなくなるのは痛かったが、妹のためだ。ぼくのベッドに寝かせて、部屋を出た。
「起きた?ひなちゃん」
「ああ。悪かったな。その……色々と」
バッタリ会った、愛花はすでにサンタ服から着替えてパジャマを着ていた。
「いいのいいの。私が不用心なのが悪いし。向日葵ちゃんは?」
「ぼくのベッドに寝かせてきた。起きそうになかったしな」
「後で感謝しときなよ。『私が看病する!』って聞かなかったんだから」
「そうか。もうこんな時間だぞ?お前こそ寝なくていいのか?」
「まだ、みんな起きてるから」
「あっそ。みんな寝床はどうしてるんだ?」
「女子三人で向日葵ちゃんの部屋借りてます。夕夜くんは客間。一人で寂しそうにしております」
「しょうがないな。差し入れを入れてやろう」
「ひなちゃん、今からなにするの?」
出てきたものの、何も考えてなかった。
「シャワーでも浴びようかと思ったけど、今更ながら、頭が痛くなってきた」
「うーん。頭を洗うのはやめといた方がいいね。傷口開くかも」
額に手を当てると、違和感のある感触。おそらく、包帯が巻かれているのだろう。かなりグルグルに巻かれてるようだ。
「よく生きてるな、ぼく」
「まあ傷自体は浅かったからね。軽い脳震盪起こしたんだと思うよ」
「殴って気絶させるほどの脳震盪を起こさせるあいつは人間か?」
ぼく的にはサイボーグ説を推したい。こんなこと言ったら、今度は再起不能になるほど殴られそうだけど。あいつ、特に何にもやってなかったはずなのに、なんであんなに力強いんだ?
「春ちゃんも、私のために怒ったんだよ。優しいよ、春ちゃん」
「本当に優しいなら、ぼくを優しく諭してほしい」
「ひなちゃんも言わなきゃいいのに」
「お前があんなに無防備なのが見過ごせないんだよ」
「ごめんなさい。これからは気をつけます」
「割と多いからな」
「ええ〜。今までも見られてたの?」
「何度か注意したと思うんだけどな……」
そもそも中学は規定のスカートが長いので、そこまで心配はなかったが、うちに来る時は着替えて来るので、短いひらひらしたスカートが多いのだ。女の子らしくていいんだけど、気をつけるように言ってきたんだけどな……。やっぱり覚えてなかったか。
「ちなみに全部の柄言える」
「そんなに見られてたの!?」
「大丈夫。誰にも言ってないから」
「当たり前だよ!!そんなの公言されてたら、私生きていけないよ!」
「ほら、しー。騒ぐなって。これに懲りたら、気をつけること」
「うう。でも、スカートはくのはひなちゃんの家に行く時だけだもん……」
なんか言い残して、向日葵の部屋に向かって行った。
にしても、どうしようか。頭洗わないと、臭うだろうし。温タオルで蒸す感じでいこう。
ーーーーーーーーーーーーー
「で、その奇怪な格好なのか?」
「そんなにおかしいか?」
「十中八九の人が変だと答えるぞ」
ぼくはタオルを温めて、頭に巻いた後、客間に存在する夕夜のところに来ていた。こいつはこいつで不良少年なので、家にはあまり寄り付きたくないらしい。というか、こいつが一方的に避けてるとうのを聞いたけど。
「その辺を腹割って話そうか」
「それ、俺だけしか損しなくね?」
「じゃあ、何話すんだよ。せっかく来たのに、というか部屋が使えなくなったから、ぼくはリビングで寝る予定だけど」
「家の主が堂々とリビングで寝ると言い張るのが、すげえよな。感動するぜ」
「ありがとう」
「お前の部屋使えねえの?」
「向日葵寝かせてきた」
「向日葵ちゃんの部屋は?」
「女子が占拠してる」
「ということは、俺が日向の部屋に入っても問題ないな」
「そこを少しでも動いてみろ。その瞬間、この起爆スイッチが作動する」
「お前の家はなんの仕掛けが施されてんだよ!?」
まあ、起爆スイッチなんてものは嘘千万なのでないが、こいつが動き次第沈めることは可能だ。
「ったく。兄がこんなんじゃ、向日葵ちゃん、いつまでも彼氏の一人もできねえよ」
「向日葵はぼくより魅力的な人がいない限りはその可能性はないってさ」
「俺、お前より魅力的じゃね?」
「明日、向日葵に聞いてみろよ。許可してやるから」
それよりもどの口でそんなことがほざけるようになったんだ。
「でも、あの子もあの子でお前にべったりだからな。無理っぽそうだ」
「あっそ。そういや、まだ食器洗ってなかったみたいだから、洗ってくる。大人しくしてろよ。二階に上がろうとしたら、もう一度サマーソルト食らわすからな」
「お前より怖い男見たことないわ。見た目かなり温和そうなのによ」
「そりゃどうも」
ぼくは、夕夜を客間に残して、皿洗いに向かった。半分ぐらいはやっていたが、全部はまだ終わってなかった。
洗い始めようとしたら、コップをしげしげと眺めてる変態が一人。
「おい。そこの変態、何をしてる」
「いや、向日葵ちゃんが使ったやつなら、是非にと……」
「とっとと寄越せ!」
奪い取って、洗い始める。ったく、こいつは何でもありか?
「夕夜。ぼく、文芸部に入部した」
「なんだよ、急に。妹もののライトノベルを書く許可が出たのか?」
「いや、出てないけど。行ってみたら、予想通り活動してるのは、紹介してたあの人だけだった。時間は束縛しないらしいから、試しにね」
「ふーん?まぁ、いいんじゃねえの?部活なんもやろうとしなかったやつがやり始めるには」
「お前の入部届けも書いといた」
「何やってんの!?お前!」
「嘘だ。まあ、友達がいるなら連れてきて欲しいって話だけ。愛と青春のサッカー少年の話を書くんじゃないのか?」
「いや、俺はやることができた」
「うん?」
「あのケーキ屋でバイトする!」
「そうか。頑張れ。来年はお前がケーキを作ってくれることを期待してる」
「お前が焚きつけたんだから、もっと応援してくれませんかねぇ!?」
「サッカーしかやる気がなかったんだから、やることが見つかったんならいいことだろ」
「くそ。まったく興味ないって言い方だな……」
「そんなことないぞ。あのケーキ屋の店主のおじさんにはお世話になったんだ。お前からもよろしく言っておいてくれ」
「そんなカチャカチャ、鳴らしながら言われてもなあ」
「ついでにあそこのケーキ屋は向日葵もお気に入りだ。ケーキを見せた時すごく喜んでいただろう」
「俺、全力で頑張ってやるよ!半年後には有名パティシエになってやるぜ!」
「そうか。半年じゃきついだろうけど頑張ってくれ」
「なんか、声援がおざなりですね……」
「夕夜」
ぼくは客間に戻ろうとする、夕夜を呼び止めていた。
「サッカー、どうするんだ?」
「俺もお前と同じ、集団でなにかするってのが肌に合わないみたいだ。まあ、趣味でやるぐらいならいいけどな。上を目指して全力でやるのは、多分ついていけねえ。やりたくないこと、やり続けてもしょうがねぇだろ」
夕夜はどこか諦めた表情で戻って行った。あいつ、あんなに上手かったのにな。体育の授業でも、遊びとはいえ、あいつの技術はすごいとぼくでも思った。自分の身体能力だけに任せてるぼくと違って、あいつのプレーは専門職なんだと感じたぐらいだ。
「なんか、あったのかな……」
残ってた食器を片付けて、体だけ洗いに風呂場に向かった。
ーーーーーーーーーーーーー
誰もいないよな?電気点いてないし……。自分の家でそんなハプニングを起こしたくない。それに加えて、また気絶する気しかしない。
「……………」
大丈夫大丈夫。何を心配してるんだぼくは。ここはぼくの家のお風呂だ。例えなにかあったところで言い訳はきくだろう。
なぜ、ぼくは今から言い訳を考えているのだろう。第六感がその可能性があると告げている証拠なのだろうか。ぼく、そういうのは信じないタチなんだけどな。
意を決して開けた。
風呂場は暗い。
「誰もいないよね……」
電気を点けて、入ることにする。ここまで、いつも繰り返しているルーティンワークなのに、なんでこんなに時間をかけてるんだろう。
「はあ。落ち着く……」
湯船に浸かって、疲れを癒していく。頭にタオル巻いたままだけど、風呂場なら違和感はないだろう。
ひた。ひた。
「………………」
なんか、音が聞こえる。
ひた。ひた。
しかも、こっちを目指しているようだ。廊下を裸足で歩く音。一人だけみたいだけど。
「…………誰だ?」
そもそも、みんなにはスリッパを出している。この家を裸足で歩くのは……。
嫌な予感しかない。いや、ぼくとしていいんだけど。
扉の向こうで、人影が現れた。
少し、止まっていたけど、服を脱ぎ始めたようだ。衣擦れの音が聞こえる。
カチャ。
風呂場の扉が開いた。
「……………」
ぼくは息を潜めたままだ。
入ってきた人影は、湯船に浸かっているぼくを見た。
「うわー。おにいちゃんだー。入ってるの知らなかったよー」
「んな、棒読みで言うんじゃない。大体、お前、入ったんじゃなかったのか?」
「んにゃ。お兄ちゃんに付きっきりだったから。目を覚ましたら、ああ風呂入ろーって思って。電気点いてたけど、みんなもう寝てたからお兄ちゃんだなーって」
確信犯の妹だった。前はタオルで隠してるけど……。
「あいつらに見られたらぼくはどう生きてけばいいんだよ……」
「たまにこうやってるんだから、気にしない気にしない」
「爆弾発言をするんじゃない」
「だって、お兄ちゃんが言ったんじゃん。『一緒にお風呂入ろっか』って」
「ああ、言ったな。そんなこと。忘れてた」
「じっくり堪能していいよ。お兄ちゃん」
「はいはい。じゃあ、背中洗ってもらえる?ぼく、頭は今日洗えないから」
「痒くならない?」
「今日はもう仕方ないよ。頭にタオル巻いたまま過ごすことにする」
「うん。よし、お兄ちゃんの背中を流しましょー」
「はあ……」
予想通りの展開だったけど、嬉しい自分がいる。献身的な妹だし、ぼくも可愛いと思ってるし。
「血が繋がってることが恨めしい」
「でも、妹じゃなかったら一緒に暮らすことは出来なかったよ?」
「そうだな。このままでいいや」
ぼくの妹はいつまでぼくに甘えててくれるんだろう。夕夜が言ってたように、やっぱりぼくが妹離れするしかないのか。
「終わったよ〜」
「今度はぼくが向日葵の髪を洗ってあげるからな」
「ありがとー」
まだ、こうやって一緒にお風呂に入ってる時点でどちらも離れることなんて無理だな。気持ち良さそうに、顔を緩ませてる妹の髪を洗いながら、その考えにふけっていた。
さて、上がった後に修羅場が待ってないといいけど……。
「先に上がってるからな。ごゆっくり」
「あ〜い」
ーーーーーーーーーーーーー
リビングに戻り、テレビを点ける。深夜帯ということもあり、あまりロクなのやってないが、チャンネルを回していく。チャンネルを回すっていうのは、アナログ時代についていた、ダイヤル式のチャンネル切り替えからきているんだと。
「テレビショッピングしかやってないな……」
昼間にやってるのは見る奥さん方がいるから需要はあるだろうけど、この時間帯にやってるのはどういう層に需要があるんだろう。
「あ〜これ、愛花と向日葵が好きなアニメだな……」
今やってるのは二期だったか。向日葵と愛花はわざわざお金を出し合って、ブルーレイ買ってたっけ。特典も凄かったとか。深夜帯のアニメだったのか。愛花はともかく向日葵はどうやって知ったんだ?あいつ、日付が変わる前には寝るのに。
そのまま流してたら、向日葵が出てきた。
「あれ?お兄ちゃんもそれ見てるの?」
「いや、向日葵が見てたやつだな〜って流してただけ」
「てか、これ最新話じゃん!変えて変えて!」
ぼくからリモコンをひったくってチャンネルを変えた。
「見なくていいのか?」
「いや、やっぱりOPから見たいし、録画してあるから」
テレビの隅に録画中のマーク。こんな時間にテレビを見ることなかったから、知らんかった。
「なんてアニメだっけ。あれ」
「テ◯プリのこと?」
「いや、あんな超人テニスじゃなくて。これはあいつらが起きてからにしよう。話題としては十分だ」
「あれは、ドラキリーアドベンチャーだよ。いや〜、名前だけは爆死臭が漂ってたけど、ストーリーしっかりしてるし、ギャグ面白いし、キャラは可愛いし、アニメだと演出が凄いし。いや〜凄いね。感動しちゃって、原作も買っちゃった。でも、あんまり出てないんだよね。よくアニメ化する気になったな〜」
妙に饒舌になっていた。そんなに面白いのか。ぼくも試しに見てみようかな。
「向日葵、ブルーレイ持ってたよな。後で貸してくれないか?」
「あ〜今、愛ちゃんのとこ。愛ちゃんに頼んで。原作なら貸してあげるよ」
「どっちから見たらいいんだ?」
「やっぱり原作のほうが描写が丁寧だからより理解したいならそっちかな。キャラが動いてるの見たいなら、アニメだし。でも、声のイメージってあるから、アニメから見ても問題はないかな。原作からだと、イメージしてたのと違うのってあると思うし」
さっきから妙に詳しい妹だ。というか、そんなに好きか。でも、向日葵ってテニス以外にそんなに趣味があるような子じゃない気がしてたけど、愛花と共有してるだけあってアニメ好きだったか。ちなみに愛花はオタク気味。そこまで熱中してるわけでもないようだけど。
「じゃあ、これは起きたら見ることにするよ〜。さすがに眠くなってきた」
「ちなみにお前の部屋は選挙されてるぞ」
「そんなバカな!」
「だからぼくの部屋に寝かせてやってたのに……」
「お兄ちゃんはどうするの?」
「ここのソファででも寝るよ。怪我も別に酷いわけじゃないし、そんなに寒くもないから、タオルケットでも被っておけば十分」
「そんなの私が遠慮するよ!お兄ちゃんのベッドなんだし!」
「いいって、一日ぐらい。あとぼくは客間の変態を監視してなきゃいけないしな」
時刻は午前2時を回っていた。明日は休みだから、みんな泊まっていったわけだけど、向日葵は明日部活がある。
「ほら、明日も早いんだから、お兄ちゃんに遠慮しない」
「だったら……一緒に寝よ?」
「今なんて?」
「一緒に寝よ」
まったくこの妹は面白いことを言い始める。向日葵は自分の部屋のベッドが使えない。ぼくは向日葵に自分のベッドを使わせてやりたい。でも、向日葵は自分だけが使うのが気が引ける。そこで、出した折衷案が『一緒に寝る』。そんなムシのいい話はない。
「だって、お兄ちゃん。本当はプレゼント買ってないでしょ?」
「え?」
「お兄ちゃんが女の子の服を選べるわけないもん。両方とも愛ちゃんが選んだんでしょ?」
「…………そんなことはないよ」
「溜めた上に棒読みとは、妹に嘘をつくなー」
ほっぺをぐにぐに引っ張られる。あっ、ちょっと幸せかも。
「わはった。わはった。ひゃんと、はなふからはなひてふれ」
向日葵の手がぼくの口から離れる。
「そうだ。ぼくのお金がなかったから買えなかったんだよ。だから愛花が気を回して、先に買ってきてくれてたんだ。まあ、もし買ってても、あれだったら二つともプレゼント出来ただろうし」
相変わらず抜け目のない幼馴染である。色々なところ抜けてるけど。
「だから、ぼくからのプレゼントは本当は何もない。この企画をしただけ」
「それでも、十分すごいけど……。うん、じゃあ私からプレゼントのお願い」
「はい、どうぞ」
「一緒に寝てください」
結局、プレゼントは一緒にぼくのベットで寝ることになった。何も、みんなが家にいる時にやらんでもとおもったけど、向日葵のお願いごとなんだから兄であるぼくは叶えてあげないとな。
「お兄ちゃんあったかい〜」
「はいはい。もう寝ような」
「おやすみー」
「はい、おやすみ」
向日葵は満面の笑みをぼくに向けて、そのまま眠りに入った。まあ、これで向日葵が幸せならいいか。ぼくはいつもより少し遅めに目覚ましをセットして、一緒に睡眠を取ることにした。やっぱり、朝のこと考えて、早めにセットしとこうかな。でも、向日葵に悪いな……。
ぼくもすでに睡魔が限界まできていたので、そんな考えを一切無視して、そのまま眠りに落ちた。