誕生日パーティー(2)
夕陽が傾き始めている。だけど、この夕陽もそろそろ延び始める頃だろう。その中でぼくは向日葵と世間話を繰り広げていた。だけど、ぼく自身会話のスキルは高くない。すぐに話題を見つけようとも、展開が難しくなる。
「お兄ちゃん。話って世間話だったの?」
「いや違う」
「まさか、禁断の告白!?私たちは兄妹じゃなかったとか?」
「それも違う。正真正銘ぼくらは兄妹だ」
「じゃあ、愛の告白?私はウェルカムだよ」
「近親相姦で訴えられるわ」
「兄妹間の結婚が許される国へ行こうか」
「どこまで本気だ?」
「三割くらい。愛の告白がウェルカムなところまで」
「話の内容からすれば半分に当たるけどね」
まったく、末恐ろしい妹である。いくら、可愛いからと言って、妹に手出ししたら、人として終わりだ。……………。
「今日、一緒に風呂入るか?」
「にゅふふ。お兄ちゃんも私のワガママボディの魅力に気づいたか」
「え?まな板ボディがなんだって?」
「ひどいよ!お兄ちゃん!Bはあるよ!」
「はいはい。そんなこと公言しなくてもいいから」
「むー。お兄ちゃんが構ってくれはい」
「四六時中構ってたいけどな」
「お兄ちゃんのえっち!」
「えー?」
今の会話の何処かにエロい要素があっただろうか。四六時中構ってたいっていうのが悪かったかな。ていうか、これじゃ、ぼくが今から襲うみたいじゃないか。
「って、違う違う。ぼくが話したいのはこんなことじゃない」
「私の体に興味はないと……」
「いつまでやってるの。ほら、すねない。頭撫でてあげるから」
「やったー♪」
よくよく頭を撫でられるのが好きな妹である。気持ち良さそうにしてる様子が可愛い。
「じゃあ、始めるか」
「ええ?いきなり?ちょっと心の準備が……」
「話だよ」
「なんだ。残念」
この妹は本当に将来大丈夫なんだろうか。行く末が今から不安である。
ーーーーーーーーーーーーー
そこから数時間前。旭宅。
「よし、始めよー!」
「あたし、本当にこれ着るの?」
「後で私も一緒に着るから。ね?」
「約束だよ」
春乃ちゃんは意外と恥ずかしがり屋さんなのだ。いつも頼ってばかりだから、こういう時に恩返ししないとね。
「じゃあ、料理、料理……綾ちゃん料理できる?」
「あ、はい。えっと……」
「愛花。呼び方は愛花ちゃん」
「あ、愛花ちゃん。うん、料理はちょっと自信があるよ」
「本当?いや〜春ちゃん不器用だから一緒にやると怖いんだよね」
「愛花ー!聞こえてるわよー!」
「きゃん」
春ちゃんの耳はどうなってるんだろう?さすがに、二階にいて声が聞こえるとは思わないよ。
「なに作るんですか?」
「ケーキは買って来てくれるから、そうだな〜。やっぱり誕生日パーティーっぽいものを作りたいよね」
「一番は向日葵さんの好きなものがいいですよね」
「そだね」
えっと、向日葵ちゃんが好きなのは……ハンバーグとかエビフライとかかな。意外に男の子っぽい食べ物が好きなんだよねあの子。
「あとひなちゃん用にイカの塩辛を出してあげよう」
「意外に渋いのが好きなんですね。私も好きですけど」
「じゃあ、綾ちゃんはハンバーグ作って。私はエビフライとポテトサラダでも作ろう」
「よろしくです」
私たちはケーキの到着を待ちながら、料理を始めた。夕夜くんも遅いな……。
そう考えていたのも束の間、インターホンが鳴った。来たかな?
「はーい。綾ちゃん、火見てて」
「うん」
ガチャ。
「ちーっす。三河屋でーす」
バタン。
どうしよう。知らない人が来ちゃった。三河屋ってどこの店の人だろう。よく、サ○エさんで宅配に来る人かな?いやいや、この街にその店聞いたことないし。もしかしたら、勘違いかな……。
すぐに扉をノックされる。扉の向こうから声を張り上げている……気がする。
「愛花ちゃん!俺だよ!弥富夕夜だよ!ケーキ持ってきたから開けて!」
どうやら、勘違いだったようだ。ひなちゃんに怒られるところだったよ。
「遅かったね」
「ケーキ屋の店主にたかられそうになってた。あの人ケーキ屋じゃなくて、テキ屋だろ」
「テキ屋?」
「気にするな」
「ケーキは冷蔵庫に入れておいてね」
夕夜くんは、見た目は不良そのものだけど、中身は改心したらしく、とっつきやすい人である。ひなちゃんからの繋がりだけど、何が経緯で仲良くなったかは教えてくれない。幼なじみの私に隠し事をするとは……。
「愛花ちゃん?」
「ん?」
「ポテト。もう十分混ざってるよ?」
「あっ。考え事してた」
「何のこと?」
「ひなちゃんと夕夜くんが仲良くなった経緯。聞いても教えてくれないし」
「男の子の友情ってやつじゃないかな?」
「いーや。なんか裏があるよ。私のセンサーがそう言ってる」
「センサー?」
「具体的にはここのアホ毛。昔から直らなくて、いっそのことこのままにした」
「可愛いよ?」
「ありがとうございます」
「弥富くんに聞いてみれば?」
「そうだね。夕夜くーん」
いない。…………。
「しまった!ひなちゃんから見張っててって言われたのに!」
多分すでに突撃してしまった後だろう。時はすでに遅かったか。
ガタンガタン、ゴキッ!!
なんか、最後にすごい音がした。
「痛い……。俺の首どうなってる?」
もう少しで、180度回転するところまで回ってるように見える。大丈夫かな?これ。
「まったく。ちょうど着替え終えて出てきたら、向日葵ちゃんの部屋に入ろうとしてるゴミがいたのよ。ドンピシャでよかったわ」
「いや……あれは待ち構えてたろ……。あの、首が戻らないんで、直して……」
ゴキッ!
「…………」
「直ったけど、気を失ったわね。動かないように縛っておきましょ。愛花、ロープ」
「な、ないよ。そんなの」
「んーでも、玄関先に死体転がしとくわけにもいかないし……」
あれは、すでに春ちゃんの中では死体扱いなのか。どうしよう。本当にピクリとも動かないよ。
「あ、まだ飾り付けがまだだったね。ほら、夕夜。起きろ」
ほっぺたを往復ビンタしながら、起こしに入る。春ちゃんと付き合う人は大変そうだな〜。
若干呆れながら、そんな光景を見ていた。
「愛花。料理は?」
「あ、うん。綾ちゃんも手伝ってくれてるからもうすぐだよ。冷めないうちに帰って来てくれるといいんだけど」
「まだ、時間じゃないし待っててあげましょ。主役も来てないし」
「うう……。俺の首折れてない?」
「元々そんなもんよ。むしろ、首が後ろのまま歩いてても違和感ないわ」
「人じゃねえだろ!?」
「ツッコミを入れる元気があるなら、大丈夫よ。ほら、手伝いなさい」
「向日葵ちゃんの部屋〜。あの、乱暴兄貴がいない間に行こうと思ったのに、俺の周りは乱暴なやつばかりだ〜」
「余計なことしなければ、何もやらないわよ。女の子部屋に無断で入るとか、男というか人として最悪よ。一度、受精卵からやり直してきなさい」
「どうやっても戻れねえよ!」
「じゃ、一度死んでから、もう一度前世の記憶を引き継いで、その記憶を頼りにやり直してみなさい」
「今の俺を全否定かよ!?」
「あーもう、うっさいわね。追い出すわよ」
「やめてください。春乃様。私はあなたの下僕です」
「よし。ちゃきちゃき働きなさい」
「サー、イエッサー!」
扱いが上手い親友だった。口が悪いけど、自分が正しいと思ったことを貫き通すからかっこいいんだよね。
さて、主役の姫を待つことにしましょうか。
ーーーーーーーーーーーーー
さっきよりも、日は沈みかけていた。夕方になると急に日の動きが早くなるように感じる。向日葵は、ぼくが喋り始めるのを待ってくれていた。そんな恥ずかしい内容でもないけど、こうやって改まって話そうとすると緊張する。
「話したいことはな、向日葵の名前の話だ」
「私の?そういえば聞いたことないね」
普通は親が教えるもんだけど、うちは母親は幼少時に他界していて、父親は昔から海外を飛び回ってるから、その類の話をしてあげたことはないのだ。姉はべったりだったくせに、話はお前からしろというし、あんたも関係のあることだろと言いたかったが、無言の圧力に押されて、ぼくが話すことになっていた。その約束をさせられたのが、あの人が海外へ行く直前だったわけだけど。
「まずは、向日葵自身がどんな意味を持つか考えてみなよ」
「教えてくれるんじゃないの?」
「もちろん、教えてあげるさ。それがぼくの務めだからね。でも、すぐに教えたんじゃ味気がないだろ?自分で考えてみることが大事なんだ」
うーん、と顎に指を当てて、考えている。時間は……まだ、あるな。考えさせてやろう。
「はい!」
「どうぞ、向日葵さん」
「お花の向日葵のように、まっすぐ明るい子に育って欲しいって願いからだと思います!」
「半分正解。でも、これじゃまだ50%の部分を答えたってところかな」
「難しいね。そんな言葉遊びをしてるような名前でもないよね?」
「ギブアップ?」
「もう無理ー」
丘の草に横になって、ギブアップの形をとる。割と諦めの早い妹だ。テニスの試合で見せてる粘りはなかった。
「そういや、向日葵はテニスも長い試合は苦手だよな」
「そだね。私はスピード勝負だよ。上まで上がろうとすると、一試合に長い時間かけると、体力がなくなっちゃうし」
それでも、私はこの辺じゃ負けないよー、とはにかんで笑ってみせる。
「じゃ、答え発表だ。そもそも、本当は去年から言われてたんだけどな。引き伸ばしちゃったな」
「お兄ちゃん、前振り長いよー」
「悪いな。前振りしとかないと喋れないんだ。向日葵の名前の意味はな……」
「ドキドキ」
「いや、向日葵近い。喋りにくいから。とりあえず座ろうか」
顔をこれでもかというほど近づけていた。腰を落ち着けて、もう一度喋り始める。
「向日葵の名前の意味はな、半分は向日葵が自分で言った意味だ。もう半分は、ぼくと、姉さんに由来してる」
「お姉ちゃんも?」
「そう。向日葵がぼくたちを見て成長するようにって意味を込めてだ」
「どうしてそうなるの?」
何もわからない、無邪気な子供のように繰り返して聞く。兄だから、そんな妹にちゃんと教えなきゃいけない。
「そうだな。向日葵がどんな花か知ってる?」
「えっと、常に太陽のほうを向いて成長して、高いものだと、私の背も埋れちゃうぐらい高い花だよね」
「そう。ぼくの名前は日向。日向には太陽の意味もあるんだ。あと姉さんの名前は美空。名前の通り空を示してる。だから、向日葵はぼくたちを見て成長して欲しいって意味を込めた名前なんだ」
「そうだったんだ。はぇ〜」
納得したような、でも、少し分からないようなそんな不思議そうな表情を浮かべている。
「だからさ、ぼくは向日葵の理想のお兄ちゃんになろうって、その話を聞いた時思ったんだ」
「お兄ちゃん年子だよね?」
「まあ、ぼくがこの話を聞いたのは、小学校に上がる頃だし、姉さんから『向日葵が誇れるお兄ちゃんになれ』って、言われてたからね。ぼくのほうが姉さんより向日葵に年が近いから、自分よりもぼくのほうが適任だと考えたんじゃないかな」
「お兄ちゃんが過保護なのは?」
「まあ、それもあってかな。向日葵がさ、周りに向日葵のお兄ちゃんすごいねって言われて誇れるように頑張ったんだ」
「大変じゃなかったの?大体家のことはお兄ちゃんがやってたし、勉強もあったんだし」
「大変だったさ。でも、ぼくも向日葵から『お兄ちゃんすごい!』って言われるのが嬉しかったんだ。だから、今日まで頑張ってきたし、これからもそうあろうと思う」
二人とも黙ってしまう。ぼくのこれからの決意を言ったんだから、反応してほしいんだけど。それともまだ続きがあると思ってるのかな。
「ぼくの話はこれで終わりだ。さ、帰ろうか。日ももうすぐ沈む」
「あ、あのさ!」
帰ろうと、丘を降りようとしたが、その声に足を止めた。
「お兄ちゃん、私が足枷になってた?私のせいで好きなことができなくなってたんじゃ……」
「何言ってんの。ぼくの好きなことは向日葵の成長を見守ることだよ。向日葵が立派になってくれるならそれでいい」
「でも……」
うなだれる向日葵の近くに寄り頭に手を置き撫でてあげる。
「お兄ちゃん、頭もいいし、スポーツも出来るんだし、私に構ってなかったら、もっとすごいところに行けてたんじゃ、って思ったらさ……やっぱり私、邪魔だったんじゃないかって……」
「バカ。そんなこと次言ったら、怒るからな。これが最初で最後だ。ぼくはぼくで好きなこと、自分が一番やりたいことをやってる。それが向日葵を見守ることだ。家族なんだから迷惑かけるなんて当然だ。むしろ迷惑かけろ。そうじゃないとぼくがいる意味がなくなるだろ?」
もう、向日葵の目には涙が溜まっていた。すでに泣き出す寸前だ。滅多に泣いたことなんてなかったのに。
「うっ……うっ……」
「ほら、泣くな。向日葵。いつも笑ってるのが向日葵だろ?お兄ちゃんは向日葵が笑ってる顔が見たいんだよ」
「うん。泣かない……でも、もう少しだけ……嬉しかったから……」
「ぼくでよかったら、いくらでも泣いていい。待っててあげるから」
「う……うぇぇぇん」
向日葵はまだ子供なんだ。過保護に育ててきたし、それでも、いつかは大人にならなきゃいけない。いつかは突き放さなければいけない。でも……
「まだ、当分先そうだな」
ぼく自身も自立してきたとは言ったけど、まだ大人たちの手によって守られてるからな。大人になるのっていつなんだろう。
「お兄ちゃん……?」
「もういいか?」
「うん。スッキリした。……手繋いで帰ろ?」
「そうだな」
妹と手を繋いで、家路についた。
ぼくがいなかったけど、あいつらちゃんと、用意してんだろうな。もしかしたら、夕夜あたりが死体となってるかもしれない。
「さすがに玄関先に転がすのだけはやめてほしいな」
「何の話?」
「こっちの話。急ごう。日が沈む」
「うん」
予定時刻まであと二十分。