ひまわり畑
唐突に向日葵と夕夜の仲を引き裂いたが、あまり後悔はしてない。むしろ清々しい。ぼくたちがいないからどうなってるか分からないけど、戻ったら徹底的に監視しよう。
そんな具合で今日は金曜日。夕方ごろにこっちに向日葵と愛花が来る予定だ。
「さて、清々しいことだし朝風呂でも……」
妙に視線を感じる。扉から出て行こうというのに、後ろからだ。おかしい、今の今までぼくしかいなかったはずだ。
「ひな……」
怖い怖い。ぼくの名前を呼ぶ声が聞こえる。とりあえず出よう。着替えの用意はしてあるし。
後ろは振り向かずに扉を閉めた。
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「ふう」
さっぱりした。風呂上がりに自販機で売ってるコーヒー牛乳を買って飲むことにする。風呂上がりに飲むと美味しさ格別だね。
なんか忘れてる?姉さん?さっきのうめき声?
はは、きっと幻聴さ。疲れてるに違いない。だから、ぼくはこうして風呂に向かったわけさ。
やることないし、部屋に戻って、姉さんとトランプでもしよう。
部屋にたどり着く。持っていた鍵で、ロックを解除し部屋に入る。旅館ではあるがセキュリティ対策は万全だ。
「……ここに姉が転がってることを除けばな」
布団を片しもせずに、逆に潜り込んでゴロゴロしておった。この姉貴。どうやって入り込んでどうやって滞在していたのか小一時間ぐらい問いたいところだが、この姉だからという理由で割愛させてもらう。
「向日葵たちが来るまで何する?」
「おっしゃ!テニスやるわよ!」
「今、風呂行ってきたばかりの相手に何を考えてるんですかあなたは」
「じゃあ、ひなは案があるの?」
「ま、トランプでもやりましょう」
「え〜二人で〜。やることあんの?」
「誰もゲームしようだなんて言ってないさ。占いしよう」
「占い?胡散臭いわね。ひなは一生彼女ができない呪いにかかりました。はい、以上」
「微妙にリアルなことを言わないでくれ。てか、呪いってなんだ。誰がかけてんだ?」
「え〜。向日葵と愛花ちゃん以外全人類じゃない?」
ともすれば、ぼくの彼女ができる確率は向日葵と愛花しかいないじゃないか。なんてことをしてくれる。
「ちょっと待ちなさい、ひな。向日葵を選択肢に入れるな」
「向日葵は今フリーだ。その間、ぼくが何をしようがひまわりに拒まれなければ大丈夫だ」
「ひまに拒むように連絡しとくね」
「ああ〜」
素早く手回しされた。
「だから、あんたは愛花ちゃんだけ見てなさい。あんな子いないわよ」
「今まで見てきたかのように言うな」
「あら〜、ひまから結構話聞いてるのよ。可愛いし、一途だし、家事万能。おまけにおっぱい大きいし、髪もふわふわ。チャームポイントは頂点のアホ毛ね」
どこまで愛花の情報を晒している。我が妹。
「気配りできて、ひまの誕生日プレゼントも全部あの子が用意したようね。こんな子振って、あんたはそれに見合う男だったのかしらね〜」
だからどこまで情報を晒してる。
「でも、やっぱり幼なじみエンドは燃える展開」
「萌えるの間違いじゃない?」
「確かに愛花は萌えを集約させたようなやつだよ。でも、世間一般の創作物では幼なじみというものは最初から負けフラグが立っているらしい」
いきなり現れた美少女転校生しかり、超美人の妹しかり。
「あんた、どこからそんな知識仕入れたのよ」
「愛花がアニメ好きでな……これオススメって言われたのとりあえず見てたら恋愛もの多くて。しかもライトノベル原作の。あれの場合は恋愛ものというよりハーレムものだか、難聴ものだとか言ったようないい気もしてきたけど」
なんで、主人公あそこまで難聴なの?ちゃんと女の子の告白ぐらい聞き取ってやれや。その上でちゃんと結論出して、伝えろや。
結論出して、伝えた挙句、色々崩壊させたぼくみたいなのもいますが。
「へえ。ひなもそういうの興味を持ったわけか」
「まあ、ほとんど無趣味のようなものだし、彼女に歩み寄ってあげるのも彼氏の仕事だ」
「振っといて彼氏ヅラか」
「いちいちトゲのある言い方しないでくれませんかね」
「それはさておき、せっかくだしやってみてよ」
「占う内容にもよるけど」
「どうせ、適当に三枚抜き取って占うんでしょ。今日起こることでいいわよ」
「じゃ、シャッフルするから待ってて」
トランプをかき混ぜて、手に持ち直す。
姉さんはすぐにはしから三枚を抜き取った。
「ほい、これ」
ぽいっ、とぼくの前に抜き取ったカードを出す。もう見るのめんどい。
建前上は一応見ておく。どんなカードが出ようが、結論は一緒なんだけど。
「え〜あなたは、今日は行動を先走りすぎて周囲を引かせるでしょう。親しい人へのアタックはよしておいたほうがよいでしょう」
「あんた、それ用意しておいたセリフじゃないでしようね」
「まあ、ぼく独自の占いだから文句は言わないでね〜」
これすごい上手い言い訳だよね。占いだし、信じるも信じないもあなた次第です。
そんな感じで適当に時間を潰していった。
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「ひな〜。ひまたち何時頃って?」
「18時前には着くって」
「あと一時間〜」
もうひたすらゴロゴロしてる。一応、ぼくの占いどおり先走った行動には出ないようだ。信頼されてんのか、意外に信じやすい質なのか。
「ここで待ってるのもあれだし、近くまで歩こう」
「あっ、それいいね。行こう行こう!」
財布と携帯だけ持って、旅館を出た。
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「ふあ〜。まだ?」
「一本乗り過ごしたんだって。10分もすれば来るって」
意外に待ちがきかない姉である。早く会いたい気持ちが優ってんのか?ぼくとしては、顔は合わせづらいのだけど………。でも、ちゃんと前は向かないといけない。
少しすると、着いた電車から向日葵たちが降りてきた。
「ひっまわり〜!」
「きゃあ!」
手に持っていたカバンを振り回して、抱きつきに来た姉さんに一撃。姉さんは沈んだ。
意外に占いは当たっていたのかもしれない。
「あ、お姉ちゃん。ゴメンね。急に来たからびっくりしちゃった」
「なんのなんの」
普通にけろりと立ち上がった。不死身か、この人。
「お兄ちゃん。お客さんだよ」
「え?」
「ど、どうも」
「豊山さん。どうして?」
「私も、年に一度北海道に来てるんです。実家が札幌の方にあって」
「いや、ここ札幌じゃないよ」
「あ、あの向日葵ちゃんによかったらおいでよって言われて親からも許可が出たんで一緒に来たんです」
そういや、ぼくが空港を立つ前に何か言いかけてたけど、このことだったのな。
「ま、旅は多い方が楽しいしね。歓迎するよ」
「あ、あの。急に行っちゃって大丈夫ですか?」
「たぶん。親父がなんとかする。な、親父」
巨体を揺らして、女の子たちの荷物を携えた親父が立っていた。もう、立ってるだけで威圧感。背は190近いかな。かなり筋肉質だ。
「一人ぐらい大丈夫だ。向こうの親御さんにも了承は取ってある。融通が効かないこともあるまい」
のしのし、と大量の荷物を抱えて歩いていく。それにならうように、みんな歩いていく。
それでも、駅のホームにはまだ立ちすくんでる少女が一人。
「愛花?どうした?行くぞ」
歩き出すぼくの服の裾を掴む。
そうしてその勢いでそのまま抱きついた。
そして、つぶやく。
「答え、出た?」
「……ああ」
「なら、ここで聞かせて。もう、みんな改札口出たから、こっちには来れないよ」
「……向日葵から聞かなかったか?」
「ちゃんと、ひなちゃんの口から聞きたいから」
「そうか」
少し、静寂が流れる。愛花は何を考えてるのだろう?ぼくともう一度付き合える未来だろうか。
でも、現時点でのぼくの答えはこう出すしかない。
「ゴメン。愛花。今はまだ……ダメなんだ」
「そ、そうなんだ……」
抱きついていた腕の力が弱くなる。
ぶらりと垂れ下がりそうになる手をぼくは掴む。
「あと、半年。向日葵が高校に入学するまで待ってくれ。そこまでは見届けたい。ぼくの勝手な自己満足だけど……それまで待ってくれるなら……もう一度付き合ってほしい」
「……ひなちゃん。もう一度、私と付き合ってくれる?」
「ああ。今度こそ、ちゃんと愛花を一人の女の子として見た上で付き合う。だから、もう少しだけ、仲のいい幼馴染でいてほしい」
「うん。私、ひなちゃんしかいないから」
「ぼくもだ。ぼくみたいなのとずっと一緒にいられるのは愛花しかいないって思ってる。だから、もう少しだけ」
「うん。待ってるから」
「ああ。……と、みんな待ってる。荷物持ってやるから急ごう」
「うん!」
笑顔を取り戻して、愛花とぼくは改札口を通り抜ける。
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そして、旅館に荷物を置きもう一度母さんの墓へ。
代表して、ぼくが挨拶することにする。
「母さん。分かる?皆いるよ。あと、もう二人。愛花と豊山さん。一緒に来てくれたんだ。ま、ちょっと前に来てるから、あまり言うことはないな」
立ち上がって、二人にも手を合わせてもらう。
最後に親父の長い黙祷ののち、背を向ける。
ふと、振り返ると、母さんが手を振ってるような気がした。みんなにわからない程度に手を振りかえして、墓をあとにした。
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「なんで、みんなここにいるんだよ」
「お兄ちゃんと一緒がいい」
「わ、私もひなちゃんとが」
「さすがにあまり知らない男の人といるのは……」
「ひな、大人気だね〜」
「だーもう!ぼくが親父のとこ行くから、この部屋は女子だけで使ってください!」
立ち上がるも、向日葵に引っ付かれて前に進めない。
「こちとら、お兄ちゃんに引き裂かれて傷心モードなんです〜。構ってください〜」
「さすがにこの部屋に五人も入らんぞ」
「仕方ないわね。私がおとうさんのところ言ってくるから。若い衆でくんずほぐれつやっててください」
姉が離脱。
「まあ、これではいるけど……一つ問題だ」
「何かあった?」
「布団が三つしかないのだ」
そもそも、四人想定の部屋ではない。
「まあ、ぼくは持参したタオルでもかけて、畳の上で寝転がるという案でも全く構わないけど」
「お兄ちゃん、私の隣に」
「ひなちゃん、一緒に」
向日葵と愛花の声が被る。
「愛ちゃん。ここは一つじゃんけんで」
妹よ。譲ろうという気はさらさらないのですか?どんだけ、一緒に寝たいんだよ。
「最初はグー!」
始めちゃったし。
「悪いな。豊山さん。こんな調子で」
「いえ。楽しいですよ。あと……」
「ん?」
「私だけ、名字なのでみんなと同じように名前で呼んでくれると嬉しいんですけど」
「じゃあ、綾さん?」
「なんかよそよそしいです」
「綾ちゃん?」
「なんかイメージに合わないです」
意外に注文の多い子である。
「じゃあ、綾」
「はい。日向くん」
「いつまでもあいこが続いて招集つかないからあの二人のじゃんけん止めてきて」
さっきから「あいこで」の声ばっかり聞こえてくる。あいつら双子じゃないのか?ってぐらいに息がピッタリなのだ。そこまで思考回路似通ってんなら、裏とかかけそうだけどな。かいたあげく、同じもの出してる可能性もあるか。
「はい、ストップ。じゃあ、ぼくが決めるから。そもそも、今日だけじゃないし」
「それもそうだ。私、いつまでだっけ?」
「日曜には帰るぞ」
「うわお。一週間滞在予定が!」
「ちゃんと仕事をしろ」
「はて、仕事とは?」
「大会。八月のが最後だろう」
「ぶっちゃけた話をしますと、出ようと出まいとスポーツ推薦決まってるのですよ」
「そうですか……」
喜ばしいことのはずなんだが、なんだろうこの妹の適当感は。夕夜に毒されたか?
「で、どっち?」
妹の頭の中はそれしかないのか?
「愛花」
「がーん!お兄ちゃんに振られた。今日は綾ちゃんに慰めてもらう……」
全然、悔しそうな気を感じないのはなんでだろう。
「えへへ」
対して愛花のほうは顔をほころばせていた。
「とりあえず風呂にでも行ってきたら?」
「お兄ちゃん一緒に入ろ!」
「ちゃんと女湯に行きなさい。ぼくは男湯だ」
「せっかく家族風呂あるのに〜」
いつの間に……いや、毎年来てるし知ってるか。毎度のごとく姉に拉致されてたけど。
「向日葵。家族風呂と言っても客はぼくたちだけじゃないんだ。知らんやつもいる。そんな中に向日葵を入れたくない。というわけで、愛花。綾。よろしく」
向日葵の両腕をホールドし、ズルズルと引づっていった。
それを見て、一つ息をつく。
ぼくも入ってこよう……。
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夕食も済ませて、また一息いれる。
「大まくら投げ大会ー!」
「三つしかないし、部屋狭いし、なんか割ったらシャレにならんから却下」
「ぶー!じゃあ、何すればいいの?」
「大丈夫だ。トランプぐらいならある」
「よしっ。大富豪やろ!」
「大貧民じゃないの?」
「まあ、その辺りは地域によって呼称が違うみたいだけど、ルールは変わらないし……とりあえずローカルルールだけ設定しとくか」
適当にメモって、みんなの見える位置に置いておく。
「私も混ぜなさい〜」
「「「きゃー!!」」」
女子たち大絶叫。そりゃ、そんな登場されたらひびります。
「なによ、みんなして。私も若い成分吸収しなきゃやってられないわ」
「まだ20いってないだろ」
「今年で二十歳よ。もう酒も飲める年齢よ。アメリカだともう飲めるけど」
この人酒乱っぽくて一緒に飲みたくない。
「よーし。負けた人は好きな人と告白しましょー!」
「あんまり意味ないだろそれ」
「ちっ。リア充どもめ。なら、スリーサイズの公表で」
「ぼくが聴いてていいものなのか?」
「だから、罰ゲームよ」
ぼくが負けた場合はどうすればいいのだろうか。スリーサイズなんて測ったことないぞ。
「その点は気にしなくていいわ。ここにメジャーがあるから」
「なんで持ってきてんだよ」
「向日葵の測ろうと思って」
「もうお姉ちゃん出てって!」
当然の反応である。向日葵に拒絶されて、うなだれながら部屋から出て行った。何がしたかったんだ、あの姉は。
「もう。普通にやろう。普通に」
「じゃあ、五回勝負で一番負けた人がジュースおごるのはどうだ?」
「それぐらいなら」
「よし、カード配るぞ〜」
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「なんでこんな羽目に……」
なぜか、ぼくが一番負けた。女子三人でグルになってたんじゃないだろうか。
女の子におごらせるぐらいなら、男のぼくが、おごるのが一番いいんだろうけど。
「ただいま」
「お兄ちゃんそっちね。もう、愛ちゃん寝ちゃってるからそーっとだよ」
「ああ。で、なんでお前は綾と一緒の布団なんだ」
「にゅふふ。こう見えて、綾ちゃんも愛ちゃんに負けず劣らずグラマーなのですよ。残念でしたなお兄ちゃん」
「いや、最初から選択肢に入ってなかったんだが」
「というわけで、私は綾ちゃんのを堪能します」
「や、ちょっ。向日葵ちゃん!そんなことするなら追い出すよ!」
「やー。そんなこと言わないで〜」
「もう……」
「はあ、電気消すぞ」
「は〜い」
「おやすみなさい」
女の子が三人もいる部屋に男のぼくが混じってていいのかという疑念を抱かざるを得ないが、誰がこの状況を作り出したんだろう。
ぼくは愛花が作ってくれていた隙間に体を滑り込ませる。
「すう……すう……」
ごきみよく、愛花の寝息が聞こえる。
というか、めちゃくちゃ近い。
前にも一度あっただろ。何を今更緊張してんだ。
愛花の髪を撫でる。フワフワしてて柔らかい髪だ。
「ん」
愛花がもぞもぞと動く。そして、少し目を開く。
「悪い。起こしちゃったか?」
愛花は本当に呟くような小さな声で言った。
「ひなちゃん。好きだよ」
「ああ。おやすみ愛花」
「おやすみ」
ぼくたちは目を閉じて、明日を待つことにした。
夢の中では、ひまわり畑で遊んでるぼくたちを母さんが見守っているようなそんな夢を見た。




