思い出の地(6)
「来ちゃったな……」
「ほら、そんなとこ立ちすくんでないで。他の客に迷惑でしょ」
「ああ、うん」
確かにど真ん中中央の入り口に立っていたので、どう考えても邪魔である。
でも、その中に立ち入る気が起きないので、とりあえず隅の方によることにする。
ぼくが立ちすくんでる間にも、姉は前へと進んでいく。
が、ついて来ないぼくに気づいて戻ってくる。
「なにやってんの。毎年来てるんだから今更でしょ。早く来なさい」
「お姉ちゃん、先に行っててくれ。ちゃんと行くから」
「うわ、あんたからお姉ちゃんって言われるのすごい鳥肌。向日葵みたいに可愛く言えないの?」
「無茶言うな」
向日葵が言うから可愛いのであって、ぼくが言ったところで可愛さの欠片も感じられないだろう。
それよりも言わせておいて鳥肌ってものすごく失礼だ。弟に向かって。いや、むしろ弟だからこそ、失礼千万なのか?
「あ〜もういいわ。戻して」
「いや、今日一日と言われた以上、ぼくは言い続けてやろう」
「ひな、性格悪くなった?」
「さあ?」
「ま、先行ってるわ。適当に見て回ってからでもいいからちゃんと来るのよ?」
「分かったよ、お姉ちゃん」
「なんか、すごい鳥肌が……これで風邪引いたらひなのせいだかんね」
言いがかりも甚だしい。鳥肌で風邪を引くもんか。寒気という点しか一緒じゃねえよ。それ以前に今は夏だからすぐに収まるだろう。
ぼくがお姉ちゃんと呼ぶたびにこれからは鳥肌を立たせるんだろうけど。
姉さんはぼくに見切りをつけて、先に歩いて行った。
目の前に広がっているのはひまわり畑だ。夏になり、太陽に向かって伸びているその花は、とてもたくましく、美しい。向日葵はこの花のように育つことを祈られてつけられた。
まだ、夏休みに入ってるところは少なく、子供はほとんど見受けられない。もう少し日が経てば、人で溢れかえるだろう。ここにはそれだけの価値がある。
ぼくは自分より背の高いひまわりをかけわけながら、前へと進む。ひまわりは高いものだと2mを超えることもある。170そこそこのぼくではすぐに埋れてしまう。
確かあの時もそうだったな。
昔のことを思い出しながら、また前へと行く。
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「日向。向日葵のことちゃんと見てるのよ」
「うん。分かった。ほら、向日葵、ちゃんと手を繋ごうな」
「うんー」
ぼくは四歳、向日葵は三歳の時の話だ。
ようやく向日葵が自由に歩けるようになったから、家族旅行でこのひまわり畑に来ていた。
まだ小さく、歩幅の狭い足だから、親もそんなに遠くまで行かないと思っていたんだろう。それだけ、目の届く範囲にいたと思ってたし、ぼくのことも聡い子だと親は見ていてくれた。だから、ぼくに向日葵と一緒に遊んでるように言ったんだろう。
その時姉さんといえば、ちょっぴり反抗期で1人がいいと勝手にフラフラ歩いて行って、親父が心配してついて行っていた。だから、ぼくとひまわりを見守っていたのは他でもないぼくたちの母親だ。
「向日葵、だいじょうぶか?」
「だいじょぶー」
少しずつ、言葉を覚え始めてた向日葵はぼくの真似をして、色んな言葉を話すようになっていた。それが可愛くて、色んな言葉を向日葵に話しかけては覚えさせていたものだ。さすがに四歳児の知能だから対した言葉は教えられないけどさ。
ぼくは向日葵の手を引きながら、ひまわりの花をかいくぐっていく。
「おおきいのー」
「そうだね。大きいね」
ひまわりの花を指差して、ぼくの袖を引っ張る。それに毎回対応する。
ぼくはといえば、想像以上に高いひまわりの花に圧倒されていた。
その頃のぼくは自分より背丈の高い花を見たことがなかったからだ。
「向日葵。知ってる?このお花ね、向日葵と同じ名前のお花なんだ」
「おなじ?」
「そう。『ひまわり』ってお花。ここはそのひまわりがいっぱいあるんだ」
「いっぱい?」
「そう、いっぱい。あそこから向こうまで。いっぱいだ」
「いっぱい!」
嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「よし、向日葵。ひまわりの終わりまで一緒に歩こう」
「うん。おにーたん」
この時、ぼくは余計なことをしたんだ。終わりまで見に行こうなんて、言わなければよかったんだ。




