思い出の地(5)
さすがに二時間も時間は潰せなかったので、一度旅館へ戻り、再度行くことに。
柔軟と準備体操を念入りに行って、コートへ入った。
「さあ、全国制覇した私の実力を見るがいい!」
「姉さん、部活なんてやってなかったろ……」
適当なホラを吹きおって。部活の全国大会で優勝してるぐらいなら、スポンサーやらなんやらついてて、今頃プロテニスの選手だ。
「じゃあ、肩慣らしといきましょう……か!」
バンッ!!
「……………」
超高速サーブが顔の横を掠めていった。
「は〜い。15ー0〜」
「肩慣らしつっただろ!」
「ライオンは一兎のウサギも全力で狩るのよ」
「というか、試合始まってたのか?」
「そういやサーブ権決定してなかったわね〜。仕方ない、面倒だしじゃんけんで決めましょ」
「先にラリーしない?」
「昼までに終わりたいんだけど〜」
遊び半分じゃなかったんかい。ガチでやる気だよこの人。
「セット数は?」
「1ゲーム6セットマッチ。ま、ひなは2セット取ったら勝ちにしてあげよう」
「なめられたもんだな」
まさか、アメリカでほっつき歩いてるだけの姉に負ける気はさらさらない。向日葵と時々打ってるしな。
さっき、反応しなかったのはラリーと思って構えてたからです。
いきなり本気でサーブ打ってくんなよ。
五本ほどラリーを行う。
「じゃ、始めよっか。本来はラケットのグリップのとこ使うけど、公式戦じゃないし。じゃんけんでいいでしょ」
「別にいいよ。なめたルールに設定したこと後悔するなよ」
「はっはっはっ。お姉ちゃんの実力を見せてしんぜよう」
「ったく、調子いいんだからな……」
じゃんけんはぼくの勝ち。サーブ権をもらう。どんなネットスポーツもだいたいはサーブ側が有利とされる。コートは限られるが、好きなところへ自分の思い通りに打てるからだ。
姉のことだ。センターよりに構えてるけど、ワイドに打っても追いつかれる。なら狙いは……
「はっ!」
「むっ」
ルーズボールが帰って来る。それをボレーで叩き込む。
「15ー0だぜ。姉さん」
「むう〜。いきなりボディ狙い?やることせこいわよ」
「ラリーもやらずいきなり高速サーブ打ってきたあんたが言えることか」
「ま、不意打ちは一度しか効かないことをその全身に刻んであげるわ」
姉さんは今度はセンターとコーナーの中央に立つ。基本的な立ち位置だ。人によってやりやすい位置はあるだろうけど。
こっちだって、負ける勝負はしない。もう一度、サーブを打つ。
ーーーーーーーーーーーーー
「さて、私の勝ち。何か言うことはあるかな?」
「ちくしょう。全国ベスト8相手にも4セットは取ったんだけどな」
結果は1ー6。この姉には何をやっても敵わない気がする。
「全国ベスト8?」
「さっき見せたろ。豊山さんだよ。中学の時全国ベスト8なんだ。その大会は向日葵に勝って出てんだ」
「へえ。そんな強い子もいるんだ。ひまも結構強いと思うけどね。まあ、私には敵わんかな」
自分を過大評価する、我が姉。現役選手より強い自信があんのかよ。アメリカでなにやって生活してんのかが謎だ。聞いてみるか。
「姉さん、アメリカでなにやってんだよ。まさか、本当に石油王探してるわけでもあるまいに」
「まあ、経済を一応専攻してるわよ。ひまのためにスポーツ関連勉強しようと思ったけど、ハーバードなかったのよね」
「じゃあ、あの人は一体なんなんだ」
「スティーブン?さあ、どこの学校の人だったかしら」
知らんのかい。適当に頼むんじゃないよ。東京にアニメ観光で去って行ったけど。
「ひな、ひまが何をしたいか知ってる?」
「さあ?でも、向日葵がテニスを続けたいって言うならサポートするし、全然別のことやりたいって言ってもぼくは止めないよ」
「ま、あの子もまだ中学生だし、あんた同様ゆっくり考えてもらえばいいか。私みたいにほっつき歩かないように、あんたがちゃんと見ててやりなさいよ。私は当分戻れないし、あんたが一番近いんだから」
「分かってるよ……」
「今はひまのことより先にやることがあるわね」
「ああ」
今度こそ、あの地へ。
姉と連れ立って、歩き出す。
「そだ。せっかくだし、罰ゲーム」
「なにが、せっかくなんだよ」
「まあまあ。特に害はないし、今日いっぱいだけでいいから」
「……とりあえず言ってみなよ」
「私のことをお姉ちゃんと呼びなさい」
「分かったよ、お姉ちゃん」
「む〜。あっさりしすぎてなにも面白くない。ひな、あんたいつからそんなに面白くない人間になっちゃったの?もっと恥ずかしがってくれると思ったのに」
「恥ずかしがってたら、それこそ思うつぼだからな」
それにぼくの中の何かが減る気がする。
「先に、昼食べてからにする?」
「そうね。さすがに少しお腹空いたわ」
「じゃあ、さっさと行こうお姉ちゃん」
「なんか、ものすごく違和感〜」
だったらなぜ提案したんだ。
まあ、害のない罰ゲームなんてこんなもんだ。下手に恥ずかしがるから、向こうが喜ぶことになる。だから、あえて淡々と言うことで逆に向こうにダメージを与えることができる……かもしれない。
確証はないので、絶対じゃないぞ。
いつか、向日葵もぼくたちのことをお兄ちゃん、お姉ちゃんと呼ばなくなる時が来るのかなと考えながら、テニスコートを後にした。




