思い出の地(3)
適当に走り終えて、宿へ戻る。携帯に連絡は入っていたが、全部無視した。
部屋にたどり着く。
「ひ〜な〜」
「なんだよ、姉さん」
「なんで、連絡無視するのかな〜?」
「寝てたのはそっちだろ。起こしたらキレるし」
「私、そんな寝起き悪かったかしら」
自覚なしが一番面倒な典型例だ。
姉の場合は、起こしに来たぼくの顔を殴るのは日常茶飯事だからな。ちなみに向日葵は声が聞こえただけで、目覚めるらしい。ぼくだけじゃないか。不憫な弟がここにいますよー。
「まあ、一通り汗かいたし、温泉行ってくる」
「家族風呂あるよ」
「……流そうか?」
「およ。意外に乗り気?」
「なんか、流す気失せてきた」
「わー、冗談だよー。ひなと一緒に入るの楽しみー」
棒読みで言われても全く感慨深さと言うものはない。一緒に入ろうって言うから、乗ってやってるのに、向こうが躊躇するんだからな。
「来るなら早く来ないとあがるからな」
「お姉ちゃんと呼ぶなら颯爽と準備してひなより早く行くわ」
「じゃ、行ってくるな」
「連れないな〜」
そもそも付き合う必要性が感じられない。ぼくは、お姉ちゃんなんて読んでたのはいつ頃までだっただろうか。向日葵は未だにぼくたちのことをお兄ちゃん、お姉ちゃんって呼んでるわけだが。
「先行ってる」
「お姉ちゃんを待ちなさ〜い」
そんな制止を聴くはずもなく、俺は先に家族風呂へ向かうこととした。
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「はあ……」
体を流して、湯船に浸かる。この家族風呂、露天風呂だから、空が開けている。夏場だから、空気が冷たいなんてことはない。気持ちいいかぎりだ。
「ひっなっちゃ〜ん!」
この姉さえいなければ。
「姉さんや」
「なによ。ジジくさい」
「あんたには羞恥心というものはないの?」
「まあ、どうせひなちゃんだし。私よりひまのほうがいいとか言うし。とっとと、背中流してよ」
「ぼくは、もう自分で全部洗ったんだが」
「まあまあ。前は隠しておくから」
「むしろ隠してなかったら痴女として、向日葵に報告しておくから。アメリカに渡って頭が狂ったって」
「それじゃ、余計にひま離れてくじゃん!そんなのやだ〜」
だったら、今から自重してください。家族風呂だから、他の客もいるから。向日葵がいたら、家族風呂に入れさせないけど。ちゃんと女湯で入ってもらわねば。
それよりも若干引かれて気味であることには自覚はあったんだな。頭がおかしいのは元からだけど。弟に体を洗わせようとするぐらいだし。
歯向かっても、論破されるだけなので、おとなしく湯船からあがる。
「ひな、大きくなった?」
「どこ見て言ってんだよ!?」
「サイズはかわいいままか〜。お姉ちゃん見ても興奮しないか」
「向日葵だったら興奮するかも」
「シスコン発言いただきました」
「待て、シスコンって姉さんも入るだろ。訂正してくれ。向日葵萌えだ」
「自分で言ってておかしいと思わないのか、我が弟よ」
はて、何かおかしな点が存在しただろうか。あっても、ぼくは姉より妹のほうが好きです。
「まあ、私もひなよりひまのほうが好きだけども。食べちゃいたいぐらい」
「向日葵にその発言そのまま伝えるならな〜。じゃ、お先」
「ちょっと!まだ流してないじゃない」
「あ〜はいはい」
人のアレ覗き見といて、よくもまあ、いけしゃあしゃあと。
ぼくに背中を向けて座る。向日葵より、背丈は小さい。その分、余計に背中は小さい。どこから、暴力的な力は出てくるのか。
「あ〜そこそこ。いい感じ」
「気持ち良さそうだな」
「こういうものは人にやってもらうのが一番快感なのだよ。ほら、かゆいとこに手が届くってやつ」
「なんなら、ぼくも髪でも洗ってもらおうかね」
「先にお姉ちゃんの〜」
「はいはい」
普通髪から洗わないか?とも思ったけど、先に背中流してと言われたので順序はどうでもいい。上から、下にかけて洗ってくのがぼくのスタイルなんだが。
「姉さん。枝毛できてるぞ」
「アメリカは空気が悪いのだよ。というか、ひながひまと一緒に徹底的にケアしてたじゃない」
アメリカのせいにするな。髪質のせいかこの人枝毛ができやすい。こういうことは向日葵は結構気にするタイプ。女の子だし。向日葵の髪はぼくが徹底的に見てる。徹底的に梳かしている。
「はい、終わり」
「次はひなやってあげる」
「どうも」
姉に背中を向けて座り直す。
「当たってるんですが」
「大きいことによる弊害さね。ひまはこうはいくまい」
「愛花といい勝負か」
「え?愛花ちゃん、そんなに大きいの?」
「あくまで見た目だけど。ぼくは着痩せするタイプだと見てる」
「……小さくしておけと言っといて」
どうやってだ。
「まだ高1よね。ひなの見たては?」
「……Dかな」
「ぐう。今の私と一緒じゃない。ひな、やっぱりおっぱい大好きか」
「人をおっぱい魔人にしたて上げるな」
「でも、やっぱり貧乳が好きなことに気づいて別れたんだっけ」
「あんた、人の説明聞いてた?」
「三分の二は寝てた」
半分以上寝てやがった。ふざけるな。なにが、私が鍵を握ってるだ。
「まあ、冗談。真面目な話はちゃんと聞くよ。愛花ちゃんはこれからもまだ付き合い続くだろうし。あんたら家隣で幼馴染で巨乳で優しくて一途で可愛くて、どんだけフラグ立ててんのよ。周りにそんなやついないわよ。そんで美人な姉と超絶可愛い妹を手玉に取ると」
「姉さんに関しては手玉に取られてる気しかしないんだけど」
「おのれ、いつの間にひままで手玉に取りおった」
あれ?誘導尋問?ここはあえて乗って、姉にダメージを与えてみよう。
「ああ、向日葵、姉さんよりぼくのほうが大好きだって」
「ぐはっ!」
「……………」
頭に乗っていた手の感覚が失われた。シャンプーが頭から垂れてきて、目に入りそうになるのを目を閉じて防ぐ。
「いや、途中でやめるなよ。まだ終わってないだろ」
「もう終わり。ひまにメールして慰めてもらう。日本だから、通信料かからんでしょ」
メールしてこなかったのはそれが理由か。時々エアメールが届くぐらい。それに関しては向日葵が英語の練習として、頑張って書いてました。そういうのは見ててやっぱり可愛い。内容に関しては追求はしないでおく。添削頼まれて、なんか読んでて辛くなった。
出て行った姉はほっておいて、シャワーの位置を探り当ててシャンプーの泡を洗い流す。せめて、洗い流すぐらいしてもいいだろ。
明日こそはちゃんとあそこへ向かうようにしよう。




