北の大地へ
テストは四日間の日程。まあ、三科目増えるぐらいだ。それぐらいでぼくの成績に変動はない、が、ぼくは自分の成績は知らない。
向日葵の指令2。テストが終わったらあの場所へ行くこと。
これじゃ、あの教務主任の吠え面見れないな。まあ、成績は向日葵が取りに行っておいてくれるというらしいし、別にすぐ夏休みに入るんだ。少し早い休暇を頂いただけだ。
ちゃんと、オッさんにも言っておいたさ。まあ、散々言われたけどな。
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「彼女から逃げた挙句うちからも逃げようってか!いいぜ!どこにでも逃げろ!次帰ってきた時は向日葵を看板娘にしてやる!」
もちろん急所を狙って、美浜直伝16連コンボを食らわせておいた。向日葵にんな時間ないし、向日葵をイロモノ扱いさせるか、クソ店長。
「ち、畜生……腕だけはなまってねえようだな……やっぱり……お前とはやりたくなか……た……ぜ……」
この日の店は休業でした。噂では、バックの怖い人達にしめられたとか流れたけど、ぼくがやったとは誰も思わないだろう。
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現在、7月17日。日曜。ぼくは空港に立っていた。
誰にも言ってない。だから、見送りも向日葵だけだ。愛花も知ることはできたかもしれないけど、まあ、互いに顔を合わせるのもきついしな。
「なんで先生いるんすか?」
「生徒の不祥事片すのも教師の務めだ」
不祥事?確かに一週間ぐらい休暇いただきましたが、その一週間はどうせ短縮授業になってるからあまり問題ないって言ったのあんたじゃん。
それよりも仕事いいのかあんた。生徒指導のお役目次の年、就任できんくなるぞ。
「まあまあ。少し、予定が早くなったと思って。私と愛ちゃんも終業式終わったら発つから」
「向日葵。お前は何泊ぐらいで帰ってくるんだ?」
「せっかく年一なんで一週間ぐらい取りたいんですけど〜」
「言っておくが、お前、一個それで大会欠場にしてるんだからな。あと、八月入ってから最後の大会だ。ろくに練習せずに入る気か?」
「え〜いやいや、ちゃんと北の大地で練習してきますって。こっちより涼しいはずですからね〜。バカンスへレッテッゴーです」
「配管工兄弟の弟みたいな発音で言うな。お前、英語苦手だろ」
「え〜。テストの成績はいつも8割5分とってますよ〜」
それでも9割は超えないんだな。妹よ。四捨五入すれば9割です!とか言うなよ。
「四捨五入すれば9割です!とか言うなよ」
先生が先に釘を刺していた。
「ええっ!先生なんで私の言うことを読んだんですか……エスパーですか?」
しかも言うつもりだったのかよ。
「いや、どちらかといえば格闘タイプだ」
何の話だ。エスパーと飛行に効果抜群とられるぞ。あっ、そういう話じゃない?
「……先生?」
「何だ旭」
「もしかして飛行機とか苦手です?」
「よくわかったな。ついでにエスパーの類も信じてない。全部タネがあるか科学で証明できるものだと信じている」
この人はかくとうタイプでいいです。かくとうがひらがな表記なのは気にしないでください。きっと、春乃の弟の龍太みたいなものだよ。
「搭乗まであと何分だ?」
「まだ30分ありますね。アナウンスあるんで、乗り遅れることはないでしょう」
「せっかくなんだから電車で鈍行で行けばいいのにな」
「いくらかかると思ってんですか」
一番安い方法で、飛行機に乗って行くのだ。さすがにそれぐらいは金が降りるかと思いきや、どこ経由で聞き入れたのか、親父がぼくがバイトをしていることを知っていたのでその金で行けと。理不尽すぎる……。
先日、愛花に全部あげたから、ぼくの預金は全くと言っていいほどなかったが、なんとか給料前借りで借りてきた。まあ、オッさんと揉めたのもそれが一つの要因でもあるのだが。
格安で往復5万もあれば行けるのを見つけたので、交渉の結果上乗せで8万給料前借り。しばらく、素寒貧で生活しそうだ……。
「そういや先生。なんで飛行機苦手なんですか?」
「そうだな……あれは十年前、高校の旅行でのことだ……」
「いや、長くなりそうなんでそこまででいいです」
しかもこの人の年齢が27,8ということが確定しちゃったよ。そろそろ、結婚適齢期過ぎ始めてるだろ。誰かもらってあげようよ。美人だし、面倒見いいし、いい奥さんになれそうだよ。ぼくは絶対にもらいたくないけど。
「そうか。だが、こうしてお前と喋ってる間も刻一刻と時間は過ぎてな。仕事はどんどん積み重なって行くんだ。おかげで、まだ結婚できやしないし、他の教員も哀れみの目で『休んでもいいんですよ』って言ってくる。この悲しみが解るか!旭!」
ぼくの肩に手をおいて訴えてくるが、ぼくには永遠に理解できそうにありません。精々、魔法使いやら、賢者と呼ばれないようにしようと努力することだけです。
別に30過ぎて経験がなかったからって、自分の中に魔力が生まれるわけじゃありませんけど。んなもの生まれてたら、日本に結構な数の魔法使いが生まれてますよ。アメリカなんか怖くないレベルだよ。
「どっちにしろ、滅ぼされるな……」
「何の話だ?」
軍事兵器は怖いなという話です。核攻撃も防げるというキャッチコピーの人がいても、多分その魔法使い単体はクソのようにザコいと思います。
『○時○分の新千歳行きの飛行機に乗るお客様……』
アナウンスが聞こえてきた。
「じゃ、これなんで行ってきます」
「ああ、墜落しないことを祈っているよ」
なんだ。あんたの乗った飛行機は墜落でもしたのか。恐ろしいこと言うんじゃないよ。
「じゃ、お姉ちゃんによろしく」
………………お姉ちゃん?
「なんて言った向日葵」
「お姉ちゃんによろ」
「聞いてないぞ!」
「ほらほら。早く行かないと」
「嫌だ!今からでもキャンセルしてやる!」
「この後に及んで何を言っている旭。そんなことしたら向こうに迷惑がかかる。あと、ある有用な情報屋が学校にいるんだが、ある日を境に情報が止まっている。向日葵から聞いたお前の愚行を全部そいつにリークしてやってもいいぞ」
「あんたが発信源か!」
道理でなんかぼくの情報が妙に揃ってると思ったよ!全部裏からやってたのは美浜のせいかよ!向日葵もぼくの愚行を漏らしてんじゃないよ!
とりあえず、恨めしそうに向日葵を睨みつける。
「てへっ」
あ〜可愛い〜。って、甘すぎるだろぼく。向日葵はこの人に全幅の信頼を寄せすぎている。しかも、そのせいで弱みを握られてんだけど。
「ちくしょー!向日葵!向こうに来たら覚えてろ!テニスで散々しごいた後、ゆっくり背中を流して、入念にマッサージして、美肌にしてやるからな!」
「めちゃくちゃ、いいお兄ちゃんだなお前」
「あれ、一緒に風呂に入ることが前提になってるのはスルーですか?」
「ん?いや、お前たち兄妹見てたら、それくらいしててもおかしくないような気がしてきた。いかんな、私も毒されているようだ」
頭を唐突に抑え始めた、美浜と、のんきに手を振ってる向日葵に背を向けて、ゲートをくぐる。
前に、一人、二人……三人、四人、五人、六人、七人。
「多いな!そこは一人だろ!」
「まあ、そこはなあなあで」
足も今は悪いはずなのに、綴さんもいた。なんか数が少ないように思えるのは、ある情報屋がいないだけです。
「向日葵ちゃんから聞いてんだよ。ったく、羨ましいね。成績優良者には特別に北海道旅行とは」
適当な嘘を付くんじゃないよ。向日葵。うちの学校にそんなシステムないから。
「いいわね〜。北海道。私も取材がてら行ってみようかしら」
「ちょうどいいんで、今からでも部長が乗って行ってもいいですよ」
「本当!?」
「いや、普通に犯罪だから。都合のいい話には裏があるのが道理だよ。祀さん」
「うおっ。凛太郎に正論言われた」
「なんで凛太郎もいるんだよ」
「姉さんの付き添いだよ。そうじゃなきゃ、誰がお前の見送りなんて行くかよ」
割と健気な弟である。女の子顔だとは思ったけど、よくよく考えたら、綴さんとソックリなんだよな。納得。
「あ……あの」
豊山さんも来てくれていた。
「豊山さんもわざわざありがとう。別に今生のお別れとかじゃないのに」
「私も向日葵ちゃんによかったらって。それで……その……」
「どうしたの?」
「な……なんでもない……です……」
なんだろう。何かあるような気がするけど、女の子に深く詮索はしない方がいいだろう。
「まあ、こんなに集まったのもこの子のためだけど」
「わっ」
春乃に押されて、さっきまで皆の後ろから見ていた愛花が出てくる。向日葵から言われたとおり、起こしに行ったり、一緒に登校したりしてたけど、どうにも距離が掴めないままの幼馴染。
「言いたいことあるくせに、何も言わずに黙っちゃってるんだから。皆が行くならって言うから、こうして皆で来たの。は〜い、他の皆さんは撤収しましょう〜」
「は、春ちゃん!」
「ほな、ばいなら〜」
お前は一体何人だ。
全員逆方向に連れて行く。というのも、かなり場所とっていて邪魔だったというのもあるだろうが。
愛花とぼくだけが残される。お膳立てされても、愛花が何か言わない限りは、ギリギリまで待つしか選択肢がぼくにはない。
「お客様、まだいますか〜?」
「あっ、すいません!もう少し待ってください!」
「あっ……」
「愛花。もう時間だけど……」
「うん。すぐ……言うから」
昨日は会わなかった。一昨日までは向日葵が間に入って話してた。その向日葵は今は間にいない。
愛花は少しずつ言葉を紡ぐ。
「ひ……ひなちゃんさ……。私と付き合ってて、どうだった?」
「どうって……。楽しかった。付き合ってるって関係はそれまでの幼馴染って関係と全然違うって思った。でも、付き合ってても隣には立ててなかったんだ」
「そっか……」
「だから、これは……」
恋の意味も知らずに付き合ってた自分への戒め。その自分と決別するため。
「これは、本当の恋の意味を知るためのぼくの旅だ」
「なんか……自分って何か分かってなくて、自分探しの旅をする人みたい」
「実際、そんなものだろうよ」
「お客様ー!」
せっつかれる声が奥から聞こえる。
「悪いな。愛花。話だったら、また向こうでしよう。来るだろ?」
「うん……。向日葵ちゃんと行くからね。でも、ここで言っておきたいから……」
「え?」
「ひなちゃんのこと、まだ好きだから!」
その言葉を背に、後ろ向きで大げさに手を振って、愛花と別れた。
よかった……。あそこまでして、愛花はぼくのこと好きでいてくれてる……。
ぼくは飛行機の中で泣きながら、北へ、向かった。




