分からない距離
テストは現文が一時間目。赤点取ると美浜が恐ろしいほど怖いので、クラス中が本気だ。中には現文しか勉強してねえわ〜とか言ってるやつもいるほど。影響力が強すぎる美浜先生。マジ尊敬します。
実際のところこんな軽口を叩いてるほどぼくにはあまり余裕はない。テストの方は何も問題はないが、教科書も参考書も出さずにただ、机で俯いてるだけの愛花の姿が気になる。夕夜が話しかけているが、首を振るだけだ。あんなこと言って、翌日に変わらないように話しかけてきたぼくに戸惑っているんだろう。隣の春乃も何か言いたげな顔をしていたが、さすがに勉強に集中したいのか話しかけてくることはなかった。
教室の中は何も変わらない。変わったのはぼくと愛花の関係だけなんだから。愛花の隣の女子も気にしていたが、やはり首を振っているだけだった。一瞥するようにぼくを見ていたが、構っている暇もないようで、すぐに目をそらした。昨日何があったか当人以外で知ってるのは春乃だけだ。もしかしたら、経由で夕夜も知ってるかもしれない。でも、知ってたらあんな風には話しかけないよな。あいつはそういうところはわきまえるやつだ。話しかけて反応が薄い愛花に戸惑ってる様子を見ると、あいつは知らないんだろう。
そんなところで監督の先生が入ってきた。各自、荷物をしまい準備する。
さて、ぼくも集中しよう。彼女が気になって満点逃しましたなんて言ったら、それこそ笑い草だ。ちゃんとやってるところ見せてやろう。
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今日は三時間で終了。
終わると同時に春乃が話しかけてきた。まあ、言いたいことが山ほどあるんだろう。聞いていこう。
「あんた、どういう神経してんの?」
「どういう神経してるかって言われてもな……。愛花とは隣同士の幼馴染なんだし、あれだけで縁切ったってわけにもいかないだろ」
「あれだけってねぇ……。愛花にとっては一大事なのよ?あんたはそれをあれだけで片付ける気?」
「言い方が悪かった。そりゃ、ぼくにとっても一大事だ。ぼくだって、しばらくは顔も合わせられないな、って思ったよ」
「で、仲良く登校してきたと?」
「あれで仲良く見えましたかね」
「まあ……そう言われれば違和感はあるけど」
確かに一緒に入ってきたけど、彼女のほうはずっと俯いてるままだ。ぼくのほうも扱いに困っている。
「まあ、一緒に来れたのも向日葵がお節介焼いたからなんだよな……」
「向日葵ちゃんらしいわね。ていうか、向日葵ちゃんいなかったら、あんたら、あれで本当に付き合い終わってかもしれないのよ?」
「確かにそうだな……」
ぼくと愛花の間に向日葵が仲介してくれたから、まだ関係を壊し切らなくて済んだと言えるだろう。まあ、壊し切らなかっただけで、壊れる寸前ではあるのには変わりないんだけどさ。
愛花と言えば、すでに教室から姿を消していた。
「……春乃」
「なによ?」
「愛花、どっか用事あるとか言ってた?」
「何も聞いてないわよ」
「だーもう!」
携帯を取り出して、愛花に連絡を取ろうとするが、指が止まる。
「たぶん、そんなんだから恋人って関係が保てなかったのよ。あんたたち……いや、日向のほうか。あんたは愛花を子供扱いしすぎなの。一人の女の子なのよ?ずっと過保護で親みたいに接してたせいで、横に並んで歩けてなかったのよ」
「そう……なのかな……」
「今の行動がそのものでしょ。なんだっけ。毎朝起こしに行って、毎日一緒に登校して、どこへ行くにも親代わりに守ってあげてたんだっけ?」
本当に聞けば聞くほど、過保護な親そのものの行動をしていたんだな。愛花だって、一人の高校生の女の子なのに、いつまでも手を引いてあげないと歩けない子供みたいに接していたんだぼくは。でも、それは愛花自身も気づいてはいないだろう。
ぼくは喜んでそれをやっていた。
愛花もそれを喜んで受け入れてた。
それで起きた結末がこれだ。
「今日はどうしたの?」
「……………」
春乃から目をそらす。言わなきゃいけないんでしょうか。朝の珍騒動を。だって、あれは総評すればぼくがただ単なる変態だってことじゃん。
でも、目をそらし続けても、春乃は訝しむだけだろう。またしても、話さなきゃいけないのか?
「いや、別に起こしに行ってないなら、それでいいのよ。ただ、家に寄って一緒に来たってだけなら。でも、目を逸らすってことは何かやったのね?」
勘が鋭いです、春乃お姉様。ここは、ヒントを出しながら徐々に答えていってもらって、ならいいかって思ってもらう作戦に移行しよう。
「春乃。ちょっと一気に説明するのは難しいから、春乃が推測していってくれ。ヒントは出すから」
「しょうがないわね……」
「まず、ぼくと愛花の家の位置だ」
「隣同士だったわね。確か、屋根伝いにお互いの家に行けるぐらい近い距離」
「そう正解だ」
「乗り込んだってわけ?」
「待て。決めつけるのは早計だ。まず、確かに屋根伝いにはなっているが、ぼくと愛花の部屋は対面じゃない。だが、ぼくの対面の部屋は空き部屋だ」
「そこから経由して行ったと」
「まあ、そこは正解だ。だが、普通に起こすだけなら、ぼくは普通に玄関から行く。そうせざるを得ない状況があったからそうしたんだ」
「そうせざるを得ないって、別れたから親に顔を合わせにくいけど、起こさなきゃいけない義務感にかられて、両方の条件を満たす、誰にも見られずに愛花を起こす方法に走ったんじゃないの?」
なんか、よくよく考えればそれが自然な気がしてきた。もう、それで正解にしとけばいいんじゃないか?わざわざぼくが地雷を踏む必要はないんじゃないか?いや、待て。もしかしたら、愛花から聞いてくる可能性がある。予備知識がなかったら、ぼくを制裁しに舞い戻ってくるだろう。やっぱり真実は伝えておくべきか。
「春乃、微妙に違う。ぼくはあるものから逃げ、かつ愛花に用があったからバレないようにそのルートを使ったんだ。普段なら危ないからやめてって止める人がいるからやらないけどな」
「いや、あるものって妹をもの扱いするな」
まあ、うちにペットとかいないしな。親もいないことを承知してるから、消去法で向日葵しか残ってない。
「で、あんたはどうして向日葵ちゃんから逃げて愛花に会いに行くわけ?」
「これ以上ヒント出せません」
「なるほど……これ以上言うと、あんたの人としての尊厳が損なわれると」
そこまでですか?
「……愛花のことだし、洗濯物でも取り忘れて帰っちゃったんでしょ。いや、服だけならわざわざ向日葵ちゃんから逃げなくてもいいか……」
やばいよ。この人、洞察力というか推理力高いよ。コナン君だよ。コナン君はこんなくだらないこと推理するとは思わないけど。
「……日向。何汗かいてんの?」
「いや、下校時刻だから、クーラー切れて暑いんだろ」
「言うほど、暑くもなってないけど……向日葵ちゃんから逃げて、かつ愛花に用があった……日向、あんた愛花の下着とか見つけなかった?」
「………………何のことやら」
「ふ〜ん。何色だった?」
「白。純白」
殴られた。手が早いよ。
「隠してまで返しに行こうとするな!!どんな変態よ、あんた!」
「し、仕方ないだろ!愛花に全部取り込んでもらってたんだから、何が干してあるかまで知るかよ!たまたま取り込んでたときに、向日葵が起きてきたから、どうしようもなくて返しに行ったんだよ!」
「ん?取り込んだのは朝?」
「ああ、起きてすぐだ。向日葵を起こそうとしたら、洗濯物を取り込んでないことに気づいて、起きた出来事だ」
「なら……いい……のか?」
あ、ちょっと揺らいできた。このままもう一押し。
「ああ、やましいことは何もしてない。大義名分としては、忘れたものを返しに行ったわけだ」
「で、あんたはこれから帰って、妄想に浸ると」
「すげえ言い草ですね!?」
向日葵いるのに出来るか、んなこと。
「とりあえず、返しに行くまでは特に何もなかったと」
「一緒に来る前に、向日葵から愛花にいらんこと吹き込まれた」
「何を?」
「愛花の下着をペロペロ、くんかくんか、ハスハスしてたと」
「ぺ、ペロペロ?」
「どこでんな知識しいれたか分からんけど、大方漫画かなんかからだろ。って、そこはどうでもいい。そんな事実はどこにもないということだ」
「…………」
「どうした?」
まだ、ぼくがこれ以上に誤解を解かなければならないだろうか。
「いや、年頃の女の子ともなれば、見られないように部屋干しとかするんじゃない?下着とかは」
「そうなのか?」
「いや、あたしに聞き返されても困るんだけど、向日葵ちゃんは違うの?」
「別にぼくに見られようが特に何にも言わないからな。一緒に洗って一緒に干してた」
「愛花は?」
「一緒に洗うことは拒まなかったけど、もしかしたらぼくが取り込む可能性を懸念してか、部屋に干すとか言ってたような気がする」
「じゃあ、なんでその日に限って外に干してあったの?」
「?たまたまじゃないか?昨日、別れ話を持ち出すなんて愛花は考えてなかっただろうし」
「あんたの家で昨日、愛花が一人だけだった時は?」
「確か……ぼくが帰って来る前と、愛花の親に報告しに行った時」
「そんだけ時間があれば十分ね。たぶん、愛花の最後の抵抗みたいなものよ」
「最後の抵抗?」
「あんたたち、聞けばデートで手を繋ぐぐらいしかしてなかったらしいじゃない。根性なし」
「だっ……それは、向こうと取り決めだし」
「いや、そこはどうでもいいか。あんた、愛花の所有物かなんかに興味持った?」
「そりゃ、あったけど、愛花が徹底的にガードするから」
「何も持ってなかった、と。たぶん、衣類を置いてったの、意図的よ。あんたに、忘れらないために」
「はあ?」
「そういうものよ。でも、あんた全部返しちゃったのよね。最悪ね……。向日葵ちゃんを誤魔化してでも、自分のところに置いておけば良かったのに」
「向日葵に見つかったらどう説明すりゃいいんだよ」
「まあ、その時はその時よ。でも、さすがに元カノの下着を持っておくのは気が引けるわね」
普通の人は元カノでなくても、男なら女の子の衣類を所有してるのは何かおかしいと感じるだろう。
「まあ、日向のが懸命だったかしらね。今日はどうするの?」
「テスト期間中は向日葵の監視下に置かれることになった。今も待たせてる」
携帯を開くと、すでにメールが15件。怖いわ。妹。お兄ちゃん大好きか。ぼくも好きだが。
「はあ。じゃあ、引き止めて悪かったわね。じゃね。愛花と仲良くしたいんだったら、早く仲直りするのよ」
そう言い残して、春乃は去って行った。
仲良くねぇ。元々、喧嘩別れではないのだから、仲直りという表現にはいささか、違和感を覚えてしまう。愛花にとっては、すぐに前のように戻るのは難しいのだろう。だったら、ぼくの今やっている行動も軽率ではないのか?でも、時間が解決するにしても、話さないことには何も変わらない。
なら、もっと前に戻ってやり直したら……。
もっと前?出会った頃?もう、物心ついたときには当たり前のように隣にいて、当たり前のようにうちの食卓でご飯を食べてて、当たり前のように一緒に遊んで……。出会った頃みたいにやり直すのは難しいか。物心ついたときから一緒にいたなら、出会った頃を思い出すのも難しい。もう、本当に言葉も知らない頃から一緒にいたのかもしれないのだから。
でも、愛花をここまで過保護までに守るようになったのはいつからだ?向日葵は妹だから別ものとして。スタートラインは一緒だったはずだ。
それか、向日葵のことを守ってるうちに愛花のことも一緒に同じように接していたのか?
ぼくたちの間に生まれている距離はいつから生まれているんだろう。
「おに〜ちゃ〜ん」
校門で向日葵が呼んでいた。隣に愛花がいた。向日葵の方が背が高いから、制服が違わなかったら愛花のほうが妹みたいに見える。
先に行ってしまったと思っていた愛花は向日葵は捕まえていたらしい。愛花はどうにか先に帰ろうとしたみたいだけど、さすがに運動部と文化部じゃ力の差はダンチみたく、逃げられなかったようだ。
まったく。出来る妹を持つと、感謝しかすることはないな。
「愛花、一緒に帰ろう」
「え?…………う、うん」
少し間があったが、返事がもらえた。
「お兄ちゃん!私は!」
「夕夜はどうした」
「お兄ちゃんと帰るって言ったら、『俺はまだあいつに勝てないのか……』ってうなだれて帰ってた」
憐れすぎるなあいつ。彼女を兄に取られるなよ。そこであっさり引き下がるなよ。
まあ、たぶんその時には愛花は一緒にいたんだろう。それで諦めて帰ったと考えといてやろう。
まだ、日がこうこうと照っている昼下がり、向日葵を間に挟んで帰った。向日葵が間にいないとダメか。縮まらない距離に寂しさを抱えながら帰宅した。




