ここからもう一度
6:30 目覚ましが鳴る。あれだけのことがあっても、体は同じように反応してしまうものだ。まずは、向日葵を起こすか……。
部屋を出て、向日葵の部屋に向かう。前に、ベランダの方へ目が向く。チラチラと布が見えてる。しまったな。昨日しまうの忘れてたのか。全部愛花に任せてたからな。愛花もそこまで、気が回らなかったか。
起こすより先に洗濯物取り込んでおこう。
ベランダの敷居をまたぐ。
「こんなにあったのか……」
何か、女の子ものの服がある。向日葵のじゃない。愛花のやつだ。まったく、自分のやつも回収せずに帰っちゃったのか。
洗濯物を取り込んでるうちに、あるものに目が留まる。
「……………」
これ、愛花の……。
「うわわわあああー!!ぼくは見てない!ぼくは見てないぞ!」
パニクる。でも、しっかり握りしめてるのが男の性です。柔らかいです。
「おにーちゃん……どうしたの、朝から……近所迷惑だよ……」
「◯△×◻︎※☆@#!!」
言葉にならない奇声をあげてしまう。とっさに、後ろに回す。ほかの洗濯物は……うん、全部取り込んであるな。
「あ……はは、向日葵。愛花の服がまだあったから、届けてくるよ……」
冷や汗をかきながら、向日葵にしどろもどろ返答する。
「むー?お兄ちゃん。右手上げて」
右を上げる。
「左上げて」
左を上げる。
「後ろ向いて」
後ろ向く。
「ズボン脱いで」
「なぜそこまで!?」
「やましいことないんだったらいいでしょー?」
ヤバイ、勘付いてる。……逃げよう。
洗濯かごから愛花の洗濯物を引っつかんで、向日葵の横を走り抜ける。
「あっ、お兄ちゃん!」
向日葵の声が遠くなるのを感じながら、自分の窓のサッシに足をかける。屋根へ飛び出る。向こう側は、空き部屋だったはずだ。
よし、鍵はかかってない。侵入成功。続いて、愛花の部屋へ侵入作戦を開始する。
何?早朝迷惑?昨日ことはどうした?それとこれとは、話が別です。向日葵から何されるか分かったもんじゃない。どう考えてもあの状況だと、ぼくがよからぬことことを考えてたようにしかとられないだろう。
愛花の部屋にたどり着く。鍵はついてない。
いける!
違うわ!何もいかないよ!ていうか、別れた直後に何やらせようとしてんだ!
「愛花ー!!」
とりあえず、元気良く入る。
「ふぇ……。ひなちゃん……?」
まだ寝ぼけ眼のようだ。
「ここにお前が忘れた洗濯物を置いておく!下着とかあったけど、決して何もしてないから気にするな!ちゃんと起きて登校するんだぞ!」
「え?……う、うん」
「よし!ぼくは帰る!今見たのは全部幻想だ!イマジンブレイカーなんて使おうとするなよ!」
自分でも意味のわからないセリフを残して愛花の部屋をあとにした。全部幻想だと信じてもらいたいが、起きたことは全部現実だということにされると今からやるプランに支障が出る。
空き部屋から、自分の部屋にまた舞い戻る。ふっ。アクション映画の俳優ばりの演技だったぜ。
「にこ〜」
現実は甘くありませんでした。
待機中の向日葵様の姿が。顔しか笑ってない(泣)。
「大丈夫。怒らないから。今、何で逃げたか言ってもらおうか、ね?」
「すいません……」
「すいませんじゃなくて、妹から逃げたってことは何かあるんだよね。やましいことがあったからだよね?」
「…………」
黙秘権行使。黙秘権って便利。やましいことがあったことは認めてるもんだけど。
「お兄ちゃん。黙ってても何も展開しないよ。正直に言えばすぐ終わるよ」
「……愛花の下着が干したままだったので、取り込もうと思ったけど、今まで取り込んだことなかったのでテンパってたら、向日葵が起きてしまったので、隠しました」
「正直でよろしい。もう……最初こらそう言えばよかったのに」
言ったら言ったで、誤解しか招かないと思う。
「で……判決のほどは……?」
「わ……私のでいいなら……」
「妹で欲情するほど落ちぶれてないやい!」
「ちっ」
舌打ちしよったわこの妹。あわよくばぼくを狙ってんじゃないのか?
「お前は彼氏がいるだろ」
ぼく非公認の。
「お兄ちゃんが公認してくれないんだもん。お兄ちゃんの彼女は私は公認したのに」
「別れたけどな……」
「……すいません」
一気に空気が重苦しくなる。
「……こんな押し問答してても仕方ない。朝食を食べよう。時間ないからパンな」
「せっかく、お兄ちゃんの料理食べれると思ったのに、いきなり手抜きですかー」
「文句言うと朝食抜くぞ」
「それは勘弁です」
軽口を叩きながらリビングへ向かった。
ーーーーーーーーーーーーー
守山家の前に立っている二人。そこから、微動だにしようとしないんだから、見る人によって不審者にも見られかねない。
「ぼくがやらなくちゃ……いけないんでしょうか、向日葵さん」
「それが第一歩です」
向日葵の提案の一つ目。愛花を前のように起こしに行くこと。さっき起こしたんだから、それでよくない?と言ったわけだが、幻想ということにしたので、リセット。ここかららしい。
果たして、ぼくの呼び出しに応じてくれるのだろうか。
インターホンに手を伸ばす。が、中々押せない。
ピンポーン。
「うおおい!」
「焦れったいなぁ。お兄ちゃん。こういうのは第一歩がたいせつ……」
ダッシュ。ぼくは何も知らない。何も見てない。ピンポンしたの向日葵だから、ピンポンダッシュでもない!
ぼくのほうが先にスタートしたのに、向日葵に捕まった。これが現役との違いか……。妹に負ける兄って、もう威厳のかけらもありませんね。
首根っこ掴まれて、再び守山家。
愛花がちょうど出てきた。
ぼくを目に入れた瞬間、申し訳なさそうに顔を伏せる。
「ほら、まず挨拶」
向日葵がせっつく。
「あ、あー本日はお日柄もよく……」
「なんでそんな社交辞令みたいな挨拶なの!」
「……おはよう。愛花」
「おはよ。向日葵ちゃん」
おおう、ぼくのことはスルーですか。傷つく。
「お兄ちゃん!挫けないで!次は会話の展開だよ!」
「あ、愛花。朝何が起こったか覚えてるか?」
「朝……」
何とか、聞いてもらえたようだ。いきなり会話の切り出しがこんなんだけど。ていうか、幻想ということにしたのに、現実に引き戻そうとしているぼくはバカなのか?
「夢かどうか分からないけど……ひなちゃんが私の洗濯物を私の部屋に入るなり持ってきて『下着とかあったけど決して何もしてない!』って聞こえたけど……何だったんだろう……」
愛花、夢じゃなくて現実だ。しかも、なんでそこだけ聞き取ってんだよ。後のイマジンブレイカー云々は何も聞いてなかったとですか?
「そうだよ〜愛ちゃん。お兄ちゃんたら、置き忘れてったのをいいことに愛ちゃんの下着をくんかくんか、ハスハス、ぺろぺろしてたんだよ。決して何もしてないなんていうのは、お兄ちゃんが見苦しい言い訳をしてるんだよ」
「あることないこと言うな!ていうか、九割嘘だ!」
「え……?どこが本当なの?」
「決して何もしてないってところだけだ!」
下着の感触は味わったけど。
「そ……そっか。そうだよね……私なんかじゃ魅力ないよね……」
いかん。愛花さんが絶賛ネガティブモードに入ってしまった。でも、この場合どうやってフォローすればいいんだ?愛花の下着を使ってあれこれやったって言えばいいのか?いや、それただのど変態だろ!了承得てないのにやるか!……なんか、了承得てたらやってたかのような話になってきた。もしの話だ。もし、ぼくが愛花から許可を得ていたら、やっていたと思う人。
脳内会議連中全員挙手。
全員かよ!民主主義のバカヤロー!
「愛ちゃん、可愛いよ!私が男の子だったら、ほっておかないよ!ほかった人はここにいるけど」
おい、向日葵。お前はフォローしたいのか、ぼくを貶めたいのかどっちだ。仲を取り持ってくれる話じゃなかったのか?
「愛花、一つ言っておく」
「え?」
「あくまで下着というのは対象の人が穿いてこそ意味を成すんだ。誰も穿いてない下着はただの布切れだ。だから、あれは愛花が穿いてこそ、本当に意味を成すんだ」
「なんかかっこいいことを言ってるように聞こえるけど、内容はただのお兄ちゃんのパンツについての主張だよね」
ああ、そうさ!ぼくのパンツに対する見解だ。あ、でも穿いてる人が判ってるなら例外もあるかも。
「まさかお兄ちゃんがここまで変態になっていたとは……妹として、何か悲しいよ」
「お前が貶めるからこんなことになったんだろーが!」
「ぷっ。あはははは」
沈んだ顔をしてた愛花がようやく笑った。第一段階クリアだ。
「よし、お兄ちゃん。この勢いで告白だ」
「うしっ……って全然段取り違うだろうが!雰囲気も何もあったもんじゃねえわ!」
なんでパンツについて語ったあとに、その本人に対して告白せにゃならん。勢いでやったところで全部ぶち壊しだ。最初に立てたプランはどうした。
「もう、お前は見守るだけにしてくれ……」
「えー」
本当にもう切実に。仲を取り持つどころか崩壊しそうだわ。今、ギリギリの綱渡りしてんだよ。綱はミチミチ言ってんだよ。今にも切れそうなんだよ。
結局、それから話すことなく学校についてしまった。愛花はぼくの五歩ぐらい後ろを歩いている。隣では歩けない。
ぼくもその歩幅に合わせることはできない。まだ、一日目だ。無理に距離をつめることもない。
ちょっとずつでいいから……。ちょっとずつで……。
今日はテスト初日だ。ちゃんとやろう。忘れかけてたが、あの教務主任に目にものを見せてやらないとな。




