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ひまわり畑  作者: otsk
36/51

壊れゆく関係

 季節はすでに七月に入った。より一層夏の暑さが増してくる。ここまでくると、冷房の効いてないところはサウナ状態だ。

「なあ。ここまで暑いならさ。かなりの量の汗をかくわけじゃん」

「そうだな。この学校の制服は通気性かつ汗の吸収力に優れ、脱臭も同時にしてくれる代物だ」

 かなり制服として優秀である。デザインも悪くない。

「この制服、透けなくね?」

「透けブラでも期待してたのかお前は」

「目の保養にさ〜いいじゃねえかよ〜。期待してたんだよ〜」

 泣きが入るが、こんなのに構ってるほど暇でもない。

 かというのも、以前に言っていたリレー小説第二弾をやれとのお達し。トップバッターは一人だけ浮いてた、との理由でぼくから。

「明日からテストなんだけどな〜」

「今回どうなんだよ」

「現代文赤点だったらバイト辞めて補習だと。きついぜ。先生、いっちょ、出るところだけお願いします」

「現代文は明日だぞ」

「ガッデム!」

 そういうのはもっと前に頼め。春乃が見てたみたいだけど、あんまりよろしくはないらしい。

 部室には男子2人だけという、むさ苦しい空間。女子三人はどこ行ったのやら。

「知らない?」

「俺が知るわけないだろ。言うだったらお前に言うだろ」

「それもそうだ」

「ちょっとは否定してくれよ!」

「暑い、叫ぶな、不快指数があがる」

 この部室、どこから持ってきたのか、扇風機を付けたのだが、首をガチャガチャやってたせいで、ぶっ壊れた。原因は夕夜。

「壊したのお前なんだから、責任とって、エアコンを取り付けるぐらいやれよ」

「高すぎやしませんかね……」

 こんな一室につけるなら、もっと他のところに学校側もつけるだろう。エアコンって、取り付けるとなると業者とかの手がないとつけれないしな。

「バイト代はたいて扇風機買い直すぐらいはいいだろ」

「今からか?」

「壊したのいつだと思ってる」

「あ〜一週間は前だったか……」

 今日は月曜日。なんか急用らしく店が休み。エアコンでもぶっ壊れたか?

「帰ってこねえなあ……」

「ああ……」

「お前、連絡取れよ」

「…………」

 こっちからは連絡を取りづらくなっていた。もちろん、向こうから何かあれば返信はしている。それでも、業務連絡みたいな返信しかできてないが……。

「はあ……お前、何やってんだよ」

「何って、小説書いてる」

「一行どころか一文字も書いちゃいねえじゃねえか。どうしたんだよ、あのバカップルが。倦怠期か?」

「倦怠期ね……」

 それなら、どれだけよかったか。倦怠期なら、その期間を過ぎれば元の関係に戻れる。

「別に愛花ちゃんじゃなくても、春乃か部長でもいいじゃねえか」

「どうせ、一緒にいるだろ……」

 春乃に送ったら、話し合えって場を作ってくるだろうし、部長にしても、愛花がその場にいるなら、やりづらいだろうし。当人にはとても送れない。どうなってるんだ、ぼくは……。

「愛花ちゃん、困ってんぞ。お前がなに考えてるが分からないって。私じゃ、力になれないのかなって」

「特に、これと言って考えてることもないよ」

 考えることを放棄してるとも言える。あの日の部長の言葉は、到底片隅なんかに置けず、ぼくの考えの中心を渦巻いている。だから、ほとんど考えることを放棄してる。考えてしまったら、まずそれが一番最初に来てしまうから。

「……そうかよ」

 夕夜は席を立った。

「勉強教えてもらおうかと思ったが、今のお前と一緒に居ても何も面白くねえ。帰らせてもらう」

「分かったよ……」

「チッ」

 吐き捨てるように舌打ちをして、荒々しく扉を閉めて行った。当然だろう。こんなぼくと一緒にいようなんて、考える酔狂ものはなかなかいやしない。一緒に暮らしてるはずの愛花でさえ、距離が遠く感じられる。まるで、ぼく一人だけ取り残されてしまったようだ。

「何やってんだろうな……ぼくは……」

 気晴らしに小説の一つでも書いてみようと思って、ぼくから提案したものだ。どうせテスト週間なんて、ぼくには何の意味もない。復習なら授業だけで十分だ。だから、こうしてノートを開いて、物語を綴ろうとしてる。……何も出てこない。空っぽだ、ぼくは。

 机の上に、シャーペンの置き忘れを発見する。ドラキリーアドベンチャーのキャラがプリントされたシャーペンだ。愛花のお気に入りである。

 そのペンを手にとって眺めてると、扉が開いた。

「あっ……ひなちゃんだけ?」

「ああ……夕夜は帰ったよ。暑いしな、ここ」

 真実は隠したまま、嘘をつく。

 そして、愛花にシャーペンを突き出す。

「あ、私の。やっぱり、ここにあったんだ。ありがと、ひなちゃん」

「別にそこまで礼を言われることじゃないよ」

 微妙に言葉がトゲトゲしくなる。違う。ぼくはこんなことが言いたいんじゃない。

 愛花の目を見てられなくて、シャーペンを押し付けて、目を逸らす。

  それを受け取って帰るかと思ったが、愛花もそこに立ち尽くしていた。

 もう、限界かな……。

「あのさ……愛花……」

「ひなちゃん。今、二人きりだよ。夕夜君も帰ったし、春ちゃんも部長さんも図書室で勉強してる」

  何を言い出す気だ、愛花は。

「だから……」

「愛花」

  その先を口に出させないように、ぼくは打ち切る。もう、言わなくちゃいけない。

「愛花、もうおままごとはやめにしよう」

「それって……」

「もう……恋人として、付き合うのはやめよう……」

  最低だ。ぼくは。幼馴染がずっと抱えてきた気持ちを受け止めて、あの日、ぼくは愛花と付き合うことにしたんじゃなかったんだろうか。でも、ぼくにはもう無理だ。愛花が望んでも、ぼくが耐えることができない。耐える?何から?それすらも分からなくなってる。結局、逃げるだけだ。目の前の一人の女の子から。

  その目の前の女の子はなくことはなかった。代わりに……………付き合ってから、まだ一度もしてなかったキスをした。

「最初で最後の私の返事。私を振ったこと後悔しろ。ひなちゃんのバーカ」

  扉を開けて、走り去って行った。

  これで……良かったんだ。良かったんだよ。今なら、まだ傷は浅くて済んだはずだから。

  入れ替わるように、春乃が来た。

「ねえ、愛花こっちに来てない……って、なんで泣いてるの、あんた」

「分からない……でも、もうぼくが限界だったんだ」

「ちょっ、何の話よ。日向?日向!」

  ぼくはその場で春乃に見られてるにも、関わらず泣き崩れた。最後まで添い遂げようと一度は、思った最愛の彼女を手放した。二度と、泣かすことはしないって、誓ったのに、繋いだ手を離さないって誓ったのに。守れなかった。

「なあ……春乃……。もう戻れないのかな……」

「戻れないって……あんたたち、別れたの?」

 しゃくりあげながら、頷く。ビンタの一つでもしてくれたほうが、楽だった。あんた、何やってんの!って叱ってくれたなら、まだ愛花を追いかける力はあったから。

  でも、春乃はそうはしなかった。

「そうか……。部長がさ、後悔してたんだ。余計なこと言わなければよかったって。さっきさ。何のことか分からなかったけど、はっきりした。でも、それだけ泣けるなら、それだけ愛花のこと思ってた、ってことでしょ。あんたが必死に考えて、出した結果なら、あたしは責めたりしない。あたしが、口出ししてどうなる話じゃないし。でも、あんたたちはこれで終わりじゃない。周りがどう思うか分からないけど、あたしがあんたたち繋いであげるから」

  そうは言ってくれるけど、無理だ。きっと。一度、恋人同士になれば、結ばれる以外、赤の他人以下になってしまう。ぼくたちが十五年間積み上げてきたものが、たった数ヶ月の夢で壊れてしまった。

 お互いがお互いしか相手はいないと知ってたから、こうして付き合ったのに。

「どうして。こんな結末になっちゃったかな……」

「未来なんて誰も予測できやしないわ。あんたたちみたいな、バカップルでさえ、別れるのはあっという間だもの。でも、これからどうするの?同棲だってしてたし、バイトのシフトだって一緒にしてたし、預金通帳もあるでしょ?」

「預金通帳は愛花に全部渡す。シフトは顔合わすの辛いから春乃と一緒にしてくれるか?同棲は、殴られるの覚悟で、一人で愛花の親に話に行く」

「そう……。あたしからは特に何もないわ。愛花はあたしが慰めておくわ。どちらも、なにも悪くないのに、別れるなんてね……。うん、あたしは帰るわね。一人にしといてあげるから、楽になるまでそうしてなさい」

  春乃はそう言って、出て行った。春乃はまだ友達でいてくれる。

 どちらも悪くない。傍目からはそう見えただろうか。でも、どう考えてもぼくが最初から最後まで全部悪かったのだ。まだ、付き合うべきタイミングじゃなかった。あそこで断っておけば、幼馴染の仲のいい友達のままでいられた。勝手に限界を感じて、自分に失望して……。

「ぼくに人を好きになる資格なんてなかったのかな……」

  誰もいなくなった部室には、その問いに返答する人はいない。

  きっと、今のぼくの顔は涙でひどく泣き腫れているだろう。ぼくの顔なんて、どうでもいい。誰にどう見られてもいい。

  重い足取りで、家路についた。

 

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