バトン(4)
「受験日って何曜日でしたっけ?」
毎度のごとく、部室。今日は、愛花と部長がいるだけ。二人はちゃんとバイトに行っている。夕夜はバイトを辞めずに済んだようだ。その代わりぼくが面倒を見るハメになったけど。それは春乃も一緒だが。
「1位と2位が揃って見てやれば、平均点なんか軽く超えられるだろ」とのこと。
「旭君。リレー小説第二弾やらない?」
部長が唐突に提案してきた。
「また、藪から棒に、何を考えんです?」
「最終的にみんなに『起承転結』を経験させようと思って。年寄りの頼み事と思って、ね?」
ね、と言われても、結を書いたぼくはあまり納得のいく出来ではなかった。タイムリミットのせいといえばそこまでだけど、夕夜はわずか4日で書き上げてたし、ぼくはかなり時間をもらっていたから、言い訳にしかならない。
「ひなちゃん、私のどうだった?」
「ああ、あまりにも甘々過ぎてお腹いっぱいだったよ……」
登場人物は基本的に2人だけだったけど、最終的に結婚まで持っていきよった。50ページちょいで。最初から付き合ってる状態だったから、ゴールが早かったんだろう。
「私たちがモチーフだよ」
でしょうね。客観的に見るとここまで、ベタベタなカップルかぼくたちは。
「少し理想も入ってます」
「精進します……」
「まあ、守山さんのは恋愛ものとしては、これ以上ないくらい甘々でこっちが嫉妬しそうだったわよ。創作物だというのに、なんか見せつけられてるようで……」
「部長は、その……」
「その、なに?」
「いえ、何でもありません」
怖すぎ。嫉妬どころか憎悪になりかけてるよ。
「まあ、次の小牧さんはあっさりした青春がテーマっぽかったから、甘々なの読んだ後はよかったわね。箸休めみたいな感じで。初めてなんだから、色々と挑戦してもよかったんだろうけど、きっと、あの子も書く前に読んで悶絶した後に書いたからそうなっちゃったんだろうけど」
春乃は確かに読みやすかった。承でハードルガン上げだったから、上手いこと調和させたと思う。
「夕夜はどうでした?」
「ビックリしたわよ。冒頭1番、いきなり爆発したってなに?その後平然と始まってるし、その爆発については説明なしか!って」
あれをそのまま採用したアホがそこにいました。
「男の子の恋愛観が見れて、面白かったわね。最終的に告白で終わってたから、続きがあれば見たかったけど、続き、別視点の主人公が結婚まで行ってるし」
「えへへ」
褒めてないぞ、愛花。暴走具合で言えば、愛花をトップバッターに持っていったほうがよかったのかもしれない。
「ひなちゃんのはどうでした?」
愛花が問う。
部長は少し、難しい表情が変わった。
「結としては上手くまとまってるけど……毛色が違いすぎるのがあれかしらね。リレーなんだから、文体に違いはあっても、根底的なものは変わらないように見えたんだけど、旭君のは、なんか人生観を説かれてるように見えたわ」
ぼくとしても、前の三作とあまり変わらないように書きたかったのだが、下書きで書こうとした結果、最初の一文すら書けなかった。そのせいで、ぼくの文章だけ浮き足立ってるような話になってしまったのだ。ぼく自身は書く前までは、そんなこと書くつもりはなかったのだけど……。
「旭君だけは単品で見た方が面白いかな。リレー小説の最後としては違和感があるぐらいで」
「でも、やっぱり四人で作ったものだから……それはそのままで残してもらえますか?」
「もちろん、捨てるなんてことはしないわ。後々、あなたたちが成長した時に負の遺産として残るかもだけど」
なんか、嫌な言葉を残してくれた。
「旭君」
「はい?」
「テストの結果に関わらず、終わったら付き合ってもらえるかしら。会わせてあげる」
「愛花は一緒じゃダメですか?愛花のほうがぼくなんかよりずっとファンなんですよ」
「ダメ。旭君だけ。守山さんはまた、別の時に会わせてあげる」
しゅんと、口を尖らせてすねてしまう。それに近寄り、部長は愛花の頭を撫でる。
「何も、いじわるしてるわけじゃないのよ。あなたたちの今後にも関わる話だから、我慢してくれるかしら?」
今後?
よく分からなかったが、愛花は素直にこくんと頷いた。チラッと、こちらを見て目があったが、恥ずかしかったのか逸らしてしまう。
「話がズレちゃったけど、受験日だったわね。土曜日よ」
「部長、金土日で合宿ってできませんか?」
「合宿?学校で?」
「そうです」
「出来なくもないけど、またどうして?」
「理由はおいおい言いますけど、この場は缶詰で物語を書きたいということで」
部長は察したかのように、一息つくと、立ち上がった。
「ボイスレコーダーは?」
「あると嬉しいです」
「えっ?なに?」
愛花だけは自体を飲み込めてない様子。後で説明してあげよう。下手に動揺させても、可哀想だし。同じ境遇に陥ったあの人だから、理解できることだろう。それでいい。
「学校を宿舎代わりに使うでいいわよね。参加者は……全員大丈夫かしら?」
「参加規定は?」
「三人以上となってるわ。たぶん、旭君は私と旭君だけのほうがいいと思うけど……彼女さんが許さないわよね。守山さんも大丈夫かしら?」
「え?え?あ、はい」
よく分かってないまま、承諾。
「小牧さんと弥富君は?」
「まあ、あいつらは……」
考えてなかったけど、どうしよう。外すと、怒られる未来しか見えない。
「仕方ないわね。私が上手く言っておくわ。こういう時に機転はきかないのね」
「すいません」
「じゃあ、提出しておくわね。承認は担当顧問と校長の印があればいいし。大丈夫よ」
そう言い残して、出て行った。
ぼくと愛花が取り残される。
ほうけている愛花に説明することにした。
「愛花、この合宿は文芸部としての合宿ではない。故に夕夜と春乃は必要ないんだ」
「合宿なんだから、皆でワイワイやろうよ〜」
「合宿は学校にいる口実だ。土曜なのが幸いした。これで、完璧にことは運べる」
「ひなちゃんの模試に関係することなの?」
「察しが良くて助かるよ。もっとも、模試は終わったその日に送られるわけじゃない。まあ、二日後と考えればいいかな。その二日間の猶予と送付するまでの間が勝負だ。まあ、送付する時にはすでに糊付けされるだろうから、その前までだろうけど」
「何の話なのか分からないけど……」
「こういうことだ。送付するその日まで美浜に管理してもらう。現状、頼れる人はその人以外いない。ただな……」
現在、向日葵の県選抜に同行しているため、学校にいない。連絡しても取り合えないだろう。
「帰ってくるのが金曜なんだよな」
「だから、夜も残ってる口実を作るために合宿と?」
「帰ってくるのが夜とも限らないけど、可能性を考えてね。あと、美浜の職員室の机の鍵も預かりたい。そこに入れてもらえれれば、下手に細工することもできないしね」
「そうすると、送付するのは月曜日?」
「なるね。ぼくたちが登校しない日曜日なんか狙い目だ。鍵を預かるから、よっぽどいいだろうけど、念のためにボイスレコーダーだ」
「もしかしたら、声を出さずにやるかもしれないよ?」
「人の心理状態で、何か悪事を働く時は独り言が増えるんだと……夕夜が言ってた」
あいつのおかげでいらん知識が増えたけど、役に立つこともあるもんだ。
今頃、ケーキ屋でくしゃみしてケーキのクリーム乗せを失敗してる頃だろう。
「何だろ……こっちが悪いことしてる気分」
「盗聴は立派な犯罪かもしれないが、これに関しては正当防衛だ。そもそも向こうがけしかけてんだから、罠を二重、三重に張っても、文句を言われる筋合いはどこにもない」
「徹底的だね……私には真似できないよ」
「真似する必要なんかないよ。愛花は汚い手なんか使っちゃダメだ」
「うん……」
弱々しい返事をする愛花を見る。その表情はどこか寂しそうだ。
「私は何をすればいいかな?」
「そうだな……お茶でもすすっててくれ」
ふくれっ面になるが、実際にはそんなにすることはないし、本当にお茶でもすすっててくれればいい。盗聴器の類も、この部室にはないだろう。あの人が部長だし。ここを陣取っておけば、仕掛けられることもない。放課後以外はここは閉まっているのだし。
やがて、手続きを終えて、部長が戻ってきた。下準備の開始だ。
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翌、金曜日。向日葵を乗せた車が学校へ到着。美浜の車だ。行くのは2人だけだったので、バスは出なかった様子。到着したのも、放課後の部活の時間だったため、迎え入れた人もまばらだ。
「おに〜ちゃ〜ん!」
出てくるなり、ぼくを見つけた向日葵は脇目もふれず、ぼくに駆け寄って抱きついてきた。周りの目がかなり、痛かったが、愛花がいなかったのは幸い。今日は夕夜が代わりに出ている。バイトは有給休暇。休んだら、給料は一円たりとも出ないけど。
「旭。久しぶりで会えて嬉しいのは分かるが、結果報告しないといかん。早く行くぞ」
「あっ、先生」
「どうした?今日はバイトじゃなかったか?」
「頼み事を」
「後で聞いてやる。テニスコートあたりで待ってろ」
校長へ話に行くために、向日葵を連れ、校舎の中へ消えて行った。
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制服姿のままの向日葵を連れ立って、美浜はテニスコートに姿を現した。
「向日葵、今日は練習いいのか?」
「今日なさすがにお休み。疲れちゃった」
「旭、世間話にしに来たわけじゃないだろ。明日のことか?」
「明日と……実質今日からと模試が送付されるまでの間です」
二泊三日で合宿すること。美浜の職員室の机の鍵を預からせて欲しいこと。理由として、送付するまでの期間、そこに模試の解答用紙を保管しておいて欲しいこと。
「随分と用意周到だな。誰も私が監督官なんて言ってないのに」
「カンニングを疑われてますからね。噂に歯止めはきかない。その口で私が言ったデマカセだって言わせなきゃね。そもそも証拠も証言の一つもないくせにさ。ぼく、一人で受けさせられるんでしょう?そうしなきゃ意味ない。監督官は二人。担任のあなたと、教務主任。荷物はシャーペンと消しゴムしか持って行きませんよ。どうせ、学校で寝泊まりしますから。明日、朝一で会ったら伝えといてください。場所はぼくたちの教室だそうで」
一週間この人はいなかったから詳細な連絡は受けてなかったはずだ。代理の担任から聞いた話をそのまんま伝えておく。
「カンニングの疑惑を晴らすのにそこまでやるかね、お前は」
「あの人の裏も色々とってるんで、これでぼくが満点取れば、おとなしく退職するでしょう」
「お兄ちゃん、まだ疑惑晴れてないの?」
向日葵が心配そうに顔を見る。
「元より、疑惑をかけてるのはそいつだけだしな。あとのやつらは面白半分で尾ひれを付かせてるだけだ。模試なんか答えはその場にないからな。どうやったって、カンニングはできない。証明してやる。ぼくが本物だってことをね」
「お兄ちゃん、学校へお泊り?」
「ん、そうだよ」
「私もする!愛ちゃんもいるんでしょ?」
「あのな、便宜上は部活の合宿なんだ。向日葵は部員じゃないし、参加届けを出した人しかダメだから」
「え〜」
「そうだ。無理を言うな。まあ、間違いを起こさんように監視はしといてやる」
監視員一人追加。
「下手に三人と言わず、全員誘っておけば良かったかな……」
「なんだ、全員じゃないのか?」
「下手に口を滑らすとあれなんで、文芸部の部長と愛花とぼくだけです」
「守山は分かるが……なぜ、文芸部部長?」
「まあ、一つは監督責任者。部長ですし。もう一つは、あの人も疑惑を持ちかけられたらしくて、ぼくのやりたいことを理解できる頭脳持ってんで」
「そういや、噂になってたな。テストで数学の一問除いて満点をとったやつがいるって。教務主任は歯ぎしりしてたがな」
きっと、やり込められた相手が注目を浴びてて面白くないんだろう。容易に絵が想像できる。
「そういうことなんで、今からは家に帰ります。荷物取ってこないと」
「ああ。承った。旭、妹も連れてってやれ」
「向日葵、一緒に帰ろうか」
「うん」
美浜の車から、テニスバックを取り出して、背負い、家へ向かう。教務主任はすでに定時で上がってるので、学校にはいないようだ。きっと、ぼくがあの手この手、張り巡らせてることは知らないんだろうな。目先のことしか、考えられないようなやつだし。
久しぶりに向日葵の手を引きながら、帰宅した。




