バトン(2)
カンニング疑惑というのは、腹立たしい。もちろん抗議の声を上げることにする。
「先生。ぼくの中学時代の成績知ってるでしょう?」
「ああ、もちろん知ってる。だから呼び出した」
「どういうことです?」
「そもそも、本当にカンニングしたんだったら、即刻指導室だからな。疑惑の段階だ」
「そもそも、なんでそんなのがリークされてんです?」
「さあな。私も分からん」
この人自身も面倒な話だと言わんがばかりに、ため息をつく。
「せめて、終えて、全部返ってきてるならまだしも、全部返却し終えてないじゃないですか。先生方がぼくを疑ってんですか?」
「まあ……そういうことだな」
ったく。先生というのはすぐ、能力の高い人間を疑いに出る。別に今に始まったことじゃない。中1の時も同じことがあった。次のテストも同じことをしてみせたから、疑いは晴れたが、それまでの数ヶ月間どんだけ、面倒な日常を送らされたことか。今度、その情報垂れ流した、アホ教師を御剣先輩に調べてもらおう。ぼくの担当だった教師は誰もやめてないし。
「でも、こうやって呼び出すってことはぼくにはもうすでにそういう疑惑がかけられてるってことです。ぼくを敵に回したいですか?ぼくは構いませんよ。どれだけ、こっちに迷惑かけてるかぼくの手で判らせてあげます」
「まあ、落ち着け旭」
別に美浜には特になんの罪もない。大方、呼び出せって言われて呼び出したに過ぎないだろう。
「そもそも、カンニングは人のやつ見たり、参考書を見たりすることでしょう。ぼくは100点です。わざわざ人の見る必要もないし、参考書なんか見てたら、監督の先生にバレるでしょう。何を根拠にその先生はぼくがカンニングしたと?」
「口の聞き方には気をつけるんだな旭」
低い声がぼくの耳に入る。
いかにも、えらっそうな風体でこの学校の実権は私が握ってると言わんがばかりの教務主任だったか。
それを知った上でぼくは問う。
「で、先方はどう言った了見でぼくがカンニングしたと?」
「ありえないんだよ。全科目100点なんてものは。中学時代のだって、誰か改竄したんじゃないのか?」
学校の教師というのは、子供を伸ばすためにいるものではないのか?これでは、将来の芽を摘もうとしてるようにしか見えない。
「どうだい?素直にカンニングしたと認めたら」
「先生。ぼくのクラスで次の順位は出てます?」
「ああ。小牧だ。700点満点中672点だ」
平均96点。春乃も十分取ってる。なるほど、これじゃ、ぼくが春乃のやつをカンニングしたって思われてるわけか。
「先生、春乃が100点を取った科目は」
「数学だけだな。あとはちょろちょろ取りこぼしがある」
「普通の子はこうなんだよ。どれだけ優秀でも、何かしら取りこぼしがある」
揚げ足取りでもしたかのようにニヤつく。ウザい顔だな。見るだけで腹が立ってくる。
「なんです?まるで、満点を取れないのが普通だとでも言いたげですね。ええ、そりゃ普通でしょう。でも、解答が存在する以上100点が取れないことはありえないんですよ。ぼくは全部において、それを導き出した。ただ、それだけです」
その返答に腹立たせたのか、不機嫌そうな顔に変わる。
「お前は、学校のテストは満点をとっている。だが、全国模試では100点どころか、トップ10にも入ってない。これは、どういうことだね?」
「そんなの、あれ名前載るじゃないですか。知られたくないんで、適当な点数取るようにしてんですよ」
「貴様は自分が狙った点数を取れるとでも言うのか」
「途中式とか部分点のある国語とかだと難しいですが、英語、社会、理科は可能ですよ。もっとも、満点を取れって言われたら取ることも可能です」
「ちっ。減らず口を。じゃあ、次の六月に全国模試がある。3年もやるものだ。それで全科目100点取ってみろ。それで認めてやる」
「やってやろうじゃないですか。取れなかったら、カンニング犯でもなんでもすればいいです。取った場合どうします?」
「ふん。その場で辞職して退職金を貴様にくれてやる。疑ってすいませんでしたと土下座でもしてやろう」
「言いましたね?その約束忘れないでくださいよ」
「どうせハッタリだろう」
踵を返して、職員室から出て行った。
「うざったいな。何?あれ。本当に教師かよ」
「そうカッカするな。お前、本当に出来るのか?」
「一回名前載るぐらいいいですよ。あー、でも載せないを選択することも可能ですよね」
「ああ。あくまで自分の実力を知るためのものだからな。その辺はどうとでもなる」
「科目は?」
「六月のやつは国、数、英だ。先にあるやつは科目が増えるが……今回は関係ないだろう」
「でも、全国模試で満点取ると……あいつらは……」
「そうだな。距離を起きたがるかもしれない。お前と釣り合わない人間だって感じるかもしれないな。わざわざ高みから、自分たちの所へ目線を下ろして話してんじゃないかって思うかもしれない。だが」
一度、そこで切る。
「それがなんだ?お前はそれ以前からかなりありえないことしてるからな。それでも、付き合ってる人間がいる。彼女がいる。今更、あいつらが、付き合う態度変える奴らか?」
「そうですね……やってやりましょう。ぶっちゃけた話、今からでもいいんですが」
「問題がない。そこは我慢しろ。申し込みは私がしておいてやる」
「ありがとうございます」
「まあ、用件は以上だ。悪かったな」
「いえ、先生は何も悪くないですよ」
「あと、もう一つ」
「はい?」
「お前の妹の県選抜、来週の土曜からだ」
「分かりました」
ぼくは、職員室の扉を閉め、もう一度部室へ向かった。
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「何だったんだ?」
「教務主任への宣戦布告」
「今度は何をおっ始めようって?」
「バカがぼくにカンニング疑惑をかけやがった。ほっとけばいいものをぼくに完全に火をつけた。あれは退職コースまっしぐらだね」
「はー。そりゃバカだな。中学でもそれで、一人でテスト受けさせられて、全科目満点取ってんだろ?」
「それすらも、中学の教師が改竄したんじゃないかってよ。ああ、わざわざ先輩に頼むこともなかったな」
「何を?」
あんまり気にしてなかったが、その時の監督がその人だったんだろう。もうすでにその教師は定年退職している。
「さすがに定年退職した人にまで飛び火させることもないか」
「中学の時にカンニング疑惑かけたやつか?」
「そう。生徒がぼくを貶めるならまだしも、教師がぼくという可能性を摘もうとしてくるんだから、馬鹿げたもんだよ」
「俺には縁遠いなー」
そう言って、本に目を落とす。
優秀過ぎるのも困りものだな。高校でする勉強なんて、社会に出たら、まず必要のないものなのに。なぜ、そんな要らない知識を高校は詰めさせようとするのか。
ただ、その知識はすでについてしまっている。原因と言っちゃなんだけど、姉のせいなのかもしれない。
ぼくは姉に追いつこうと必死だった。姉が話す言葉を理解しようと、がむしゃらにやった。
そして、中1にして、高等学校の勉学すら終えてしまった。
覚えてしまえば、あとは吐き出すだけだ。出された問題は、その中にある知識から紐解いていけばいい。今、授業でやってることも復習にすぎない。すでに終えた勉強の。
「ひ~なちゃ~ん」
考えごとをしてると、愛花が抱きついてきた。
「あなたたち、見てて呆れるほどバカップルね……」
部長に飽きられていた。
「ひなちゃん、あったかいのです」
「はいはい。もう、今からでも結婚したら?祝ってあげるわよ」
「ぼくも愛花も結婚できる年齢になってないです」
「結婚願望はあり……と」
しまった。かまかけられた。
「ここまで、頭いいと人間ってどこか異常が生じるらしいけど、日向君の場合は特になさそうね」
「いえ、ありますよ。部長」
「ん?」
「変態的に妹を溺愛してます」
「ああ」
納得されちまったよ。
「ほほう。その証拠とやらを見させてもらおうか?」
「周知の事実だけど、あんたが望むなら見せてやるわよ」
なにやら、荷物をさばくってるようだ。そして、携帯を取り出す……って。
「それぼくのだろう!」
「ちゃーんちゃーかちゃーんちゃん」
口で言いながら、待ち受け画面を出す。
「なんで、彼女じゃなくて妹の写真が待ち受けなのかしら?」
「ぼくのライフポイントは瀕死なので、言及するのはまた今度で……」
「まったく。一ヶ月経ってもこれとは」
「ついでに向日葵はぼくの画像が待ち受けだぞ」
「揃いも揃って……」
「私は三人で映ってるのー」
愛花が見せてくれる。
「これにしよう。って、いつのこれ?」
かなり小さい頃に見える。
「えーっと。私たちの小学校の卒業式。可愛いのです」
「ああ、こんな頃もあったな……」
久しぶりに見て、感動する。
「わー。三人とも可愛いわね。日向、愛花と背あまり変わらないじゃない」
「この時はまだ、成長期じゃなかっんだよ」
あれぐらいの時は、まだ若干愛花のほうが高かったような気もする。いつしか、目線の高さが変わって、ぼくのほうが高いのが当たり前になった。
「愛花それ送って」
「あいあいさー」
送られてきた画像を待ち受けにする。
「落ち着かない」
「まあ、あんたの画像の向日葵ちゃん。最近のだしね」
小さい頃は小さい頃でもちろん可愛い。なんだかな……。
「なるほど。ぼくが映ってるからか」
「あんた自分のこと嫌い?」
「いや、違和感の問題。なんかずっと見てたら、ぼく二股かけてる奴に見えないか?」
「果てしなくどうでもいいけど、あんたがそう見えるなら、戻せばいいでしょ」
「それもそうだ」
再び、元に戻す。愛花から送られた画像はそのまま大切なものフォルダへ入れておく。
「そうだな……今度集合写真でも撮らない?」
「却下」
部長に拒否られた。
「即答すぎます……。部長、写真嫌いです?」
「風景とか、動物もふもふ的な写真は好きよ。ただ、自分が映ってるのはどうにもね」
気持ちは分からなくはない。どうしても、写真って、『あれ?自分こんなんだっけ?』みたいになることも多い。
かくいうぼくも、あまり好きではない。撮る方は好きだけど、撮られるのは……気恥ずかしいんだろうか。
でも、自分がそこにいた証として写真を撮りたいのだ。
「仕方ないわね。また、揃った時にでも撮りましょう」
部長の了承を得て、小躍りする愛花。
緩やかな日常が過ぎてく……。
「明日から面倒だな」
「カンニングか?」
「ぼくはどうでもいいけど、愛花と向日葵が心配だ」
「まあ、あらぬ疑いかけられたりしそうだしな」
「一番被害を被るのは春乃かも」
「え?なんであたし?」
「ぼくは春乃のをカンニングしたと思われてる」
「教務主任殴ってきていいかしら」
「やらんでええ。そんなのしたら、下手すると退学だぞ」
「がるるるるるるる」
「春ちゃん。どーどー」
すっかり沸点に達した春乃を愛花がなだめる。
「まあ、でも模試の前にやれることはあるな」
「なに?」
「相手の弱みを握ることさ」
あの人の出番だ。
ぼくは笑を堪えながら、あの場所へ向かう。




