旭日向の日常(3)
豊山さんが輪に入ると早速質問責めなっていた。まあ、いわゆる『うちのクラスに転校生がきた!』状態なのだろう。女の子というのは、とにかく人の詮索が好きである。
「どこから通ってる?」
「今度一緒にテニスやろ〜」
「勉強は得意?」
「好きなタイプは?」
「今日の下着は?」
バキッ!
いい音がなって、1人の体が宙に舞っていた。
「お前、初対面でなに聞いてんだ?」
「どさくさ紛れに聞けばつい教えてくれるかもと思って……ガクッ」
自分で言うなと思いつつ、女子たちの馴れ合いを眺める。
「あ……あの……その……」
まあ、案の定しどろもどろな返答。
助け舟を出すか……。
「はいはい。そこまで。豊山さん困ってるだろ?」
「何よ日向。女の子のコミニュケーションに口を出すつもり?」
「明らかに答えにくそうだったろ。それといっぺんに質問するな。聖徳太子じゃあるまいし」
「いや、それだと聞くだけだし千手観音じゃね?」
こいつ復活してたのか、タフなやつだな。
「千手観音じゃ手が多いだけでしょ。十一面観音よ」
確かに顔が多いが、全部が全部返答してくれるわけでもないと思う。
「こんなアホな会話はいいんだよ!」
「お前が聖徳太子とか中途半端に知識ひけらかすからだろ?」
「千手観音に言われたくねえよ!」
「すげえ……俺、いつから手が千本も生えたんだ……?」
そんな奴が身近にいたら即縁を切ってる。
「あの……千手観音と十一面観音は一緒ですよ……?」
「マジで?」
「やーい。お前だけ間違ってやんの〜!」
小学生並みの囃し立てられ方をされる。こいつだけには言われたくねえよ。
「でも、一概に一緒とも言えないです」
「そうなんだ」
「いつまでこの談義続くんだ?」
「あんたが案を出すまで」
「お前らも出してくれよ〜。何のために集まってんだよ〜」
「実行班よ」
「参謀は?」
三人から指を指される。そらそうですよね。あんたら、考えてくれないことなんてとうの昔から気付いてたよちくしょー。
「で、考えついたの?」
「まあ、まとまりつつはある。だけど、今一つインパクトが足りない」
「去年はどんなのやったんだ?」
「サンタクロースで煙突から突入しようと思ったけど、そもそもうちには煙突がなかったから、窓から突撃した。危うく通報されそうになったぜ」
「あんた、四月バカは一日限りよ。この季節にサンタクロースとか時期外れもいいところね」
「喜んでくれたぜ?」
「そりゃ、お前のやることなら向日葵ちゃんは喜んでくれるだろうな」
「お前に妹はやらんぞ?」
「今のが下心があるように見えましたかねぇ!?」
ぼくは二人に目配せをする。二人は同時に頷いた。
「だってよ」
「お前らなんか嫌いだーーー!!」
一人離脱。
「あの……いいんですか?」
「いつも通りだからね。十分もすれば戻ってくるわよ」
「そうですか……」
豊山さんはたぶん本気で心配してくれているだろう。後にも先にも、夕夜を心配してくれる子はこの子が最後だろうな。
「さて、最終段階へと入りますか」
「弥富くん抜きでいいの?」
「いなくてもなんとかなる。後で教えてやるから何の支障もないよ」
「可哀想です……」
夕夜が去って行った扉を眺めてそう呟く。まあ、ぼくたちには日常茶飯事だけど、今日が初めてじゃイジメの現場に見えるかもしれない。
「大丈夫だ。あいつはアレでも中学で腕を言わせてたし、体も心も丈夫だ」
「腕を言わせてたって……?」
「その話は長くなりそうだから、気になるなら本人から聞いてくれ。で、そいつをしめたのがぼく」
「ええ……!!」
信じられないと言った顔で頭から爪先まで見られる。ぼくの背は170あるかないか程度だし、体格もガッチリしてるわけじゃないからそりゃそうか。でも、疑われたままじゃな……。
「誰か証明して」
「あんた、私より弱いじゃない」
「あい……」
この二人は僕よりも強い。権力的な意味で愛花。暴力的な意味で春乃。
「というわけで権力図を書いておく」
春乃>=愛花>>>>>>ぼく>>>>>>>>>>>>>夕夜
「こんな感じ」
「これは……」
「男は女の子に叶わないということだよ。夕夜はヘタレだし」
「誰がヘタレだ!誰が!!」
帰ってきたようだ。
「よう。今度はどこまで行ってたんだ?」
「自販機まで行ってジュース買ってきた。但し、日向の分はない」
「お前の寄越せ」
ぼくは夕夜が手にしていたコーラを奪い取った。
「俺のコーラ!」
叫びも虚しく、コーラはぼくの喉を潤していった。
「ごちそうさま」
「全部飲み干された……」
「じゃあ、もらってくわねー」
うなだれてる夕夜をよそに二人にジュースを分け与えていた。
「しょうがないな。ぼくが飲んだ分は返しといてやるよ。ほら、これで買ってきな」
「うん……俺……強く生きるよ……」
とぼとぼとまた廊下へ去って行った。
「って、結局俺はパシリさせられただけじゃないか!日向買ってこい!」
また戻ってきた。忙しいやつだなこいつ。
「お前、明日の誕生日会来ても、不審人物として通報するからな」
「すいませんでした。お義兄さま……どうかこの下僕めもお呼びください……」
弱すぎる元番長だった。
「つーか義兄と呼ぶな!お前に妹はやらん!ぼくの妹だ!」
「あの〜段取りは……」
「…………」
すっかり忘れていた。
「あ〜うん。紙にまとめておくから、適当に配役決めといて。ぼくは残ったやつにするから……」
疲れて、自分から決める気になれなかった。まあ、どれもハズレではないのでどれかはやってくれるだろう。
「ねえ。この、時間を作るってのは?」
「ん〜。簡単に言えば向日葵の帰宅時間を遅らせるってこと。あと、感づかれないのように」
この時点で二人除外。愛花は隠し事が下手だし、夕夜にやらせたらなにされるかわかったもんじゃない。
「必然的に三人まで絞られたわけだが」
「わ……私もパーティ準備でいいよ。うまく時間を作れないから」
「そう?じゃあ、春乃。ジャンケンだ。負けた方がサンタクロースの格好で出る」
「あんた気に入ったの?」
「あえて、同じネタをやってみることにした。二回目までなら通じると思う」
「しょうがないわねぇ」
「ジャンケン」
ぼくがパー。春乃はグー。そしてそのままグーパンチが飛んできた。
「痛いな!ジャンケンは暴力に使うものじゃない!」
「あら、倒れなかったわね。しょうがない。兄妹デートでも楽しんできなさい」
「サンタコスでもいいよ?」
「私が髭を生やして、ずんぐりした格好で行くと思ったか!」
「春ちゃん可愛いと思うよ〜。私も一緒に着るよ〜」
「愛花がいうなら……もう……」
権力関係変更。愛花>春乃。天然には敵わないようだ。とりあえず了承はしてくれたので、予定は終了。
「そういや、部活とかやんないの?」
夕夜が聞いてくる。
「うちは全部ぼくが家事やってんの。部活やってる暇はない。だが、向日葵のためならいくらでも時間は作る」
「このシスコンめ」
「お前こそ。中学はサッカーやってたじゃないか」
「ダメだ。一度春休み中に行ったけど、肌に合わない」
「あっそ。愛花たちは?」
「部活って必須?」
「特に記述はなかったと思うけど」
愛花はスポーツはてんでダメだが、裁縫とか料理は得意である。親から花嫁修行だと仕込まれてるらしい。春乃はスポーツ万能。何かやらせればいいとこまでいく。が、本人にやる気がないため、特に何ができるというわけでもない。
「豊山さんは、テニス続けるの?」
「まだ、迷ってるんです。親の転勤が多いので下手に入って、変な時期に辞めることが何度かあったので……」
「また、転校しちゃうの?」
愛花は心配な表情で見ている。せっかく友達になれたのに、離れちゃうなんて寂しいもんな。
「時期がバラバラなんです。でも、高校の三年間は同じところ通いたいって言ったんだけど……」
さすがに一人暮らしというわけにもいかないだろう。女の子が一人だし、気弱そうな豊山さんのことだ。親も心配なはず。
「大丈夫。テニス部なら、向日葵も一緒だし、ここ中高一緒に練習してたはずだし」
確か、向日葵は高校生に混じって練習していたはずだ。何度か見た気がするし。
「何度かじゃなくて、向日葵ちゃんが一年の時は通い詰めだったでしょうが。しかも一学期の間は自分も入ってるし」
「たぶん続けてたら、大成しただろうな」
「永遠の未完の大器で終わったでしょうね」
「とりあえず、全員予定はないということで。はい、各自解散。プレゼント買ってこない夕夜は強制退去な」
「不公平すぎる!」
夕方いくつかのグラウンドの喧騒を背に教室で笑いあっていた。少ない人数だけど、こうやって心から笑える場所はなかなかてに入るもんじゃないだろう。ぼくは幸せ者だ。
「ひなちゃん〜。まだ〜?」
「今行くよ〜」
荷物をまとめて、教室を後にした。