存在意義(3)
あたしは六人兄弟の二番目。三つ上に大学に行っているお姉ちゃん。あたし。二つ下の千佳。少し離れて、7歳の亜希。6歳の龍太。末っ子に3歳の直樹。2男4女。最近の日本においては多いほうだろう。なかなか、男の子に恵まれず、頑張っただとか。あたしには関係のない話だけど。
年が近かったし、女の子同士だったから千佳とはよく遊んでいた。前はよくお姉ちゃん、お姉ちゃん、って何かあるごとにあたしを頼ってたわ。まあ、ある年頃になるとそれが鬱陶しくなってくるわけよ。その時が一番可愛かったのにね。それに気づくのは、あの子が中学に上がってからだった。
もう、すっかりあたしに頼ることは無くなっていた。自分のことは自分でやるし、前以上にベタベタしてくることもなくなった。まあ、こうやって姉妹であろうと離れてくんだろうなって思ったわ。日向のとこみたいないつまで経ってもベタベタな兄妹もいることには驚いたけど。
でも、あの子は部活にも入らず、その辺をほっつき歩いてばっかりだった。何か、習い事でもしてるなら別だけど、なんか中学でもガラの悪いやつらとつるんでたみたいで……。まあ、あたしを使いっ走りにするわけよ。でも、家の家事とかはほとんどあたしがやってるから、ついでに買ってきちゃうのよね。図に乗るわけだ。でも、ガラの悪い連中と付き合ってるって言っても、あの子は根っからの甘えん坊だから、変な道に逸れることはなかったわ。それは幸いかしら。結局、誰かといないと不安なだけなのよ。たまたま、たぶん日向が今日のした相手が一番強い奴で、それに乗っかろうとしてただけだと思う。だからこそ、あんたに謝りにきたし、あたしにも謝った。何がしたいんだか、あの子は。まあ、甘やかしてる時点であたしも、大差ないんだけど。
あの子につるむべき相手は、ちゃんと見極めろって言うべきかしらね。まあ、今までつるんできたやつらとはい、切ったって切れるわけじゃないと思うけどさ。
やりたいことがないから、あんなのとつるんでるのかもしれないわね。姉のあたしがレールを敷いてあげないとダメなのかしら。
姉は、逸れかけてる妹のために何ができるんでしょうね……。
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春乃の話を聞き終えて、暗くなってきた夕日がぼくたちに影を落とす。
「別に、春乃が間違ってたわけじゃない。兄弟はいつか離れて、別々の道を歩くんだ。妹がいつまでも自分の後ろを歩いてくれてるとは限らない」
それも、つい最近分かったばかりだが。
「やっぱり、道は与えるんじゃなくて自分で見つけなきゃいけないんだよ。向日葵は見つけ始めてる。春乃も千佳ちゃんが見つけるまで見守ってあげるべきじゃないか?」
「あたしは……あの子はあのままじゃ、自分でも何やってるか分からない道に行っちゃいそうで……怖いんだ」
すでに去った後の、公園の入り口を見据える。当然だが誰もいない。
「あの子は、きっと大丈夫だよ。悪いことしたら、ちゃんと謝れる、素直な子だ。間違いそうになったら、春乃が正してやるんだ。それまでは、見守る。それが先に生まれた人間の役割だと……ぼくは思う」
ぼく自信は少し愛情表現が歪んでいた気がするけど、結果論は間違ってなかったと思う。向日葵はいい子に育ってくれた。
「あたしのところも向日葵ちゃんみたいに育ってくれてたらね。まあ、それはそれで苦労しそうだけど」
「じゃあ私は?」
さっきまで会話に入らなかった、愛花が割ってきた。喋らずにいたのが辛かったんだろう。
「愛花は……一家に一台?」
「人を便利ロボットみたいに!?」
春乃の言ってることは理解できる。確かに一家に一人欲しい逸材だ。いるだけで、安心する。
「ひなちゃん……私、ロボット?」
「ちょっと、かの有名なロボットをもじろうかと思ったけど、愛花は名前も苗字も合わんかった」
「確かに、愛花えもんとか言いにくすぎるわ」
「わざわざ言わなくてもいいよ!」
ぽこぽこと春乃を叩いている。
「あはは、ごめんごめん愛花。愛花はあたしの親友。ロボットでもなんでもない」
「そうだよ!」
愛花のなだめて、春乃はぼくのほうを向く。
「友達はさ、こうやって作れるけど、姉や兄は無二の存在なわけじゃん。あの子たちにとって、私たちはどんな意味があるのかな?」
「それはぼくたちが決めることじゃない。あの子たちが、兄や姉にどんな意味を見出すかだよ。向日葵は下はいないけど、千佳ちゃんはまだ、弟も妹もいる。どう接していくかは、姉の春乃がその身で示せばいい。そうすれば、千佳ちゃん自身も、自分にとって姉がどんな存在かわかってくれる時がくるよ」
「だといいけどね」
けれど、どうしようもないやつもいる。人にも、世間にも迷惑をかけるやつもいる。正してやれなかった周りの責任なのか、最初から曲がって育ってしまったそいつの責任なのか。でも、正しく生きてバカを見るって考えのやつが、曲がった育ち方をするんだろう。たぶん、ぼくが殴った中坊はそんな類のような気がする。あいつがあれで、更正してくれれば、それに越したことはないが……。
「ぼく、出過ぎた真似しちゃったかな」
「あんたは間違ってないわよ。きっと、あんな中坊一人じゃ何もできないわ。周りはあいつが間違ってるって分かってたもの。信じてあげましょ」
夕日も沈み、星が瞬き始めた。公園の街頭が点き、少しだけ、明かりを灯す。
「たとえばさ……」
「ん?」
「あの中坊はぼくが止めた。もし、ぼくが道を踏み外しそうになったら……止められる人はいるのかな」
「……分からないわね。止められるかは知らない。でも、少なくとも、止めようと思う人は少なくともここに二人いる」
隣の春乃と愛花を見る。大切な友達と彼女のためにその理性を保つことは出来るのだろうか。……きっと、ぼくは大丈夫だろう。まだ、この二人以外にも、守るべき人はいる。
『女の子を泣かせるような男にだけはなるな』
そう言われたのはいつのことだったっけ。それは、姉さんからいつも聞かされていた。愛花といる時も、向日葵といる時も、それだけは守ろうとしてきた。
もう一つあったな。
『もし、泣かせてしまったなら、抱きしめてあげるんだ』
人は生まれてきてから死ぬまで、何かしらの温もりを求めているというのが姉さんの持論だった。一人じゃないって、分からすためには、これが一番だって。
ぼくはそれが出来るはずだ。でも、ぼくが自分は一人だと感じた時に、抱きしめてくれる人がいるんだろうか。頼まずとも、抱きしめて、慰めてくれる人はいるんだろうか。
今は……愛花がいる。繋がれた糸が切れなければ、ぼくは一人だと感じることはない。繋いだ手を離さないように……。ぼくが今いる理由はそれだけでいい。
「さて、私も夕飯食べなきゃ。あんたたちも食べてく?」
「さすがにそこまでお世話になるわけにもな。ぼくたちがいたら、下の子たちの取り分減っちゃうだろ」
「そうね。また、ゆっくり来て。あんた一人だったら上げないけど」
「信用ありませんね!ぼく!」
「私のところに来てる暇があるなら、愛花に構ってあげなさいって話。じゃね」
ぼくたちに背を向け、公園から去って行く。やっぱり、あいつはお姉ちゃんだな、とその背中を見て思った。
「行っちまったな」
「気を利かせたんじゃないかな。春ちゃんはそういう人だよ」
「あいつは根っからのお節介焼きだな」
「ねえ、ひなちゃん」
「ん?」
「もし、私が向日葵ちゃんで、向日葵ちゃんが私なら、どうなってたかな」
「愛花も可愛いからな。告白を退けるために孤軍奮闘の日々を過ごしてただろうよ。で、愛花の立場の向日葵が離れるべきだって言い出して、こんな感じに付き合ってたんじゃないかな」
「でも、私は向日葵ちゃんみたいに素直な子じゃないよ。嫉妬だってするし、嫌いな人は嫌いって言う。でも、もし私が向日葵ちゃんならっていう仮定条件でしか、全部ないんだけどね」
きっと、愛花と向日葵の立場が逆だったなら、歯車は噛み合わず、全く違う人生を送ることになってたんだろう。でも、そんな仮定条件はどうでもいい。今、こうやってぼくは愛花と付き合って、向日葵はぼくの妹だ。それ以外の何でもない。
ぼくは立ったまま、ぼくにそんな仮定条件を告げる彼女を人目を気にせずに抱きしめていた。
「ひなちゃん?」
「分かんない。でも、こうしたほうがいいと思った。……嫌だった?」
「ううん。ひなちゃん、あったかい」
愛花もそれに呼応するようにぼくに抱きつく。
きっとそれは短い時間だっただろう。でも、お互いの温もりを感じたまま、離し、手を繋ぐ。
「なあ、愛花」
「どうしたの?」
「ぼくはなんで存在してるのかな?」
それはきっと、自分では永遠に見つけ出せない。誰かに言ってもらわないと分からない、自分が自分として生きる意味。
「きっと、生きてる意味は誰かと一緒にいるため。隣にいる人を悲しませないため。私、ひなちゃんがいなかったらずっと、ずっと寂しい思いを抱えてる。私だけだったら、ひなちゃんがいなかったら、男の子の友達なんて誰も出来なかった。こうして恋人になるなんてこともなかった。だから、ひなちゃんは私の王子様」
大きな瞳に柔らかく、笑顔を作る。その自然な笑顔は、ぼくの生きていく意味を見出すには充分だ。
この笑顔を守るためにぼくは生きよう。世界を救うなんて大それたことなんてしなくてもいい。小さな幸せを……。




