存在意義(2)
二日後、何の滞りもなく、口座を作り終えた。最も、二人で共用するものだと言っても、名義は愛花だし、春乃のほうも、すぐに手続きを終えた。
ぼくはと言えば、ついてきたものの、特に何か用があるわけじゃなかったので、同じく暇を持て余していた、春乃の弟と妹と遊んでいた。
「お兄ちゃん。前はありがとう。逆上がりできたよ」
「そっか。良かったよ」
妹のほうは、前に逆上がりを教えてあげた、アキちゃん。どうやら、無事にできたようだ。
あの時に感じた何かは、これだったか。
「なーなー。兄ちゃん、お姉ちゃんのカレシかー?」
「悪いが、お前たちのお姉ちゃんのカレシではない。あっちにもう一人いるだろう。あっちのカレシだ」
「おー。愛花ちゃんのほうかー。愛花ちゃん、姉ちゃんより可愛いしなー」
「一つ、お前に注意をしておこう。あいつの前でそれを言ったら、お前は首を絞められるぞ」
「誰がそんなことするか!」
手続きを終えた、春乃から一発ゲンコツをもらった。
「ってぇ〜。お前、前科あること忘れてるだろ」
「なんのことかしら〜?」
次言ったら、またやるわよ、という眼差しだった。これ以上は何も言うまい。
「愛花も終わったか?」
愛花も通帳を手に戻ってきた。
「うん。これで、お金の管理は安心。名義は私だけどひなちゃんが持ってるってことでいいよね?」
「ああ。必要な時は言ってくれ。無断で使うことはないように」
「はーい」
しげしげと通帳を見つめてなかなか、ぼくに渡してくれない。
「愛花さん。早く渡してくれませんかね?」
「う〜。はい……」
遊びの時間は終わりと告げられた子供のようにしょんぼりして、ぼくに渡した。
「あのさ……向日葵どうだった?」
「何だ兄ちゃん。フタマタか?」
「おい、春乃。この坊主はなんでこんなことばっかり知ってる」
「6人兄弟の五番目なんだけど、私含めて上が女ばっかりでね……。妹のマンガ借りて読んでるうちに覚えちゃったみたい」
「影響力って怖いな。そうだ、坊主じゃあれだし、名前は?」
「俺か?俺は、こんとんなるやみのしはいしゃ、かおすえんぺらーだ!」
「おたくのお子さんは中二病でも煩わせたのかい?」
「マンガの影響よ……。こいつは龍太。小学校一年生」
「なんだよ姉ちゃん!本当名前言ったら、悪の組織に追われるぞー」
「いないからそんなの。悪の組織の名前は?」
「学校という名のへいさかんきょうから追われるぜ……」
随分現実的な悪の組織だ。小学生からしたら、そんな風にも見えるか。わけのわからないままに、学校に行き、集団行動を学ばさせられ、宿題を課される。
「お前の弟。よー喋るな。もっと、一年生って舌ったらずな喋り方じゃないか?」
「ひらがな、カタカナぐらいは読み書き出来るわ。漢字はまだだから、ひらがな表記みたいな喋り方になるわ」
「そんなのどうやって分かるんだ?」
「……感覚よ」
よーわからん。
「せっかくだし、うちに来る?前に約束してたし」
「いいのか?急に」
「まあ、何もないけど、愛花も一緒だし」
愛花は、アキちゃんとかおすえんぺらーと遊んでいる。親友なくらいだし、兄弟とも交流はあるんだろう。二人とも愛花に懐いてるみたいだ。
見ているとアキちゃんのほうが寄ってきた。
「ねー向日葵ちゃんは?」
「あいつはな。部活動というものをやっているから、まだ学校にいる」
「おにーちゃんはやらないの?」
「ぼくもやってるぞ。今日はお休みだけど」
「あんまり休んじゃダメだよー。お父さんも『多く休んじゃうとクビになる』ってがんばってるよ。クビってなんだろう?」
まだ、君が知らなくてもいい言葉です。
「向日葵はいないけど、愛花と一緒にアキちゃんの家に遊びに行っていいかな?」
「ほんと?亜希の家に来てくれる?」
「ああ、お姉ちゃんに誘われたからな。一緒に遊ぼうか」
「やったー!」
やっぱりこれくらいの子が一番純粋で可愛いよね。ええ、ぼくはロリコンではありませんよ。小さい子には皆平等です。
「あんた、子供好きだったっけ?」
「可愛いもんだろ。夕夜を相手にしてるよりずっといい」
「まあ、私たちにもあれぐらいの時があったって考えると感慨深いかも」
「そして社会という荒波にもまれ、ぼくたちは汚い大人となるのだ」
「分かり易い人生訓ありがとう。でも、亜希はまだ知らなくてもいいのよ」
春乃は亜希ちゃんを抱っこする。確か、二年生って言ってたっけ。春乃の世話焼きはこうやって、妹弟を世話してるから来てるのかもしれない。この子達が6,7才だから、ちょうどぼくたちがこの子達ぐらいの時に、この子たちが産まれたのか。子供たちの一年の成長は早い。
「春乃もこの子たちが可愛いだろ」
「今だけよ。二つしたの妹は生意気盛りだし」
「二つ下?うちの中学にいるのか?」
「地元……あんたも同じ学区ね。その中学に行ってるわ。姉をいいようにこき使いおって」
「まあまあ、仲良い証拠じゃん」
「あんたたちは気持ち悪いほどべったべただけどね」
「ほっとけ」
悪態つけるだけましなものだ。自ら交流を絶ってるやつもいる。少し、向日葵から話を聞いた。
「ほら、なにぼさっとしてんの。行くわよ」
春乃の親に挨拶をしながら、向かうことに。
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「上がって」
春乃に案内されるままに、家に上がる。
「なー、兄ちゃん!遊ぶぞー!」
龍太がプラスチックの剣を持ってきた。
「危ないから、家で振り回すな。あと遊びたいならお姉ちゃんの部屋に来なさい」
「えー」
「だったら、あんただけリビングにいるのよ?」
「それじゃつまんないー」
「まあまあ。ぼくはリビングにいるよ。なんなら、外の方がいいんじゃないか?」
「そうね。遊び盛りに家にいさせるほうが無茶ってことかしら。私も行くわ」
「あれ?愛花は?」
急に姿を見せなくなった彼女を探す。
春乃は肩を竦めると、指で居る方向を示す。
「何やってんだ?愛花」
床に倒れこみ、ぷるぷると指を動かす。何かを伝えるようだ。
ひ な た
そのまま、動かなくなった。
「何がしたいんだこいつは」
「いつもどおりよ。誰からの反応もないと立ち上がるから」
「じゃあ、お前らー外行くぞー」
「「おー」」
亜希ちゃんと龍太が手を挙げて賛同する。それを引き連れて外へ。
全員出て、最後に出ようとすると、抱きついて引きとめられた。
「ひどいよ!何かしら反応してよ!」
「いや、どうすればいいかわからんかったから、春乃の言うことに従った」
「犯人を突き止めるんだよ!」
「あれじゃ、犯人はぼくにしかならないだろう」
「だからひなちゃんが『ぼくがやった。彼女はぼくの重すぎる愛に耐えられなかったんだ……』とか、それっぽく、理由を言い始める」
「もうちょい、打ち合わせしてからやろうな。突飛すぎて、対応に困る」
「はーい」
「あとさ……」
「ん?」
「当たってる」
背中に二つの柔らかい感触が。
「うわわわ!ひなちゃんのえっち!」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてよー!」
顔を真っ赤にして、抗議してる愛花をなだめながら、近所の公園に向かうことにした。
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少し、夕暮れの公園。遊んでいる子もまばらだ。すでに五時半である。
「あんま遊べないな」
「いいのよ。少しでも。あの子たちもあんたたちと遊びたいんだから」
「おーい!兄ちゃーん!早くー!」
「そうだな」
あんまりこういう機会はない。小さい子供達と交流するのも悪くないな。
「よし!あそこまで競争だ!」
「よっしゃー!よーいどん!」
フライングもいいところで、龍太は駆け出した。
「龍太!高校生なめんな!」
大人気ないながらも、全力で龍太の横を駆け抜け、反対側の鉄柱にたどり着く。
「ちくしょー!大人気ないぞー!」
「はっはっはっ。大人は皆汚い手を使ってくるぞ。そういう時龍太ならどうする?」
「えー?うーん?よくわかんねえ!」
「おう……なかなか男らしいぜ。ぼく、微妙に感動」
「なあ。どうやったら兄ちゃんみたいに速く走れる?」
「そうだな……風を感じろ。風と一緒になれ」
「風と一緒に?」
あーるきーつーづーけーて、どーこまーでゆくーのー かーぜといっーしょになーら あーるきだーそーう
「何歌ってんのよ」
「聞いて感動した名曲だ」
「アニメ映画なんですけど」
「感動するものにアニメも三次元もないさ」
「俺も感動した!」
「そうか。なら、今度お姉ちゃんにも一緒に見せてやってくれ。お姉ちゃんは冷め切っている」
「おう!でも、どうやって風と一緒になるんだ?」
「ふむ?よし、肩車だ。これで風を感じるんだ。これと同じぐらい風を感じれるようになれば、きっと龍太も同じぐらい速く走れるだろう」
「なんかすっげー!」
「よし!こい!」
「レッツゴー!」
龍太を肩に乗せて、走り回る。うん、思った以上にスピード出ない。これなら、さっき龍太が自分で走ってた方が速いわ。
「悪い、龍太。お前を乗せたままじゃ風と一緒にはなれない」
「俺も風を感じたい!」
「そうだな。簡単に風を感じれるアイテムがあるぞ」
「なんだ?」
「お前もよく知ってるあれだ」
「あれだな!」
あれで通じるのか分からんけど、どっかへ駆けて行った。数分して、キコキコと自転車が現れた。どうやら、分かったようだ。
「兄ちゃん。風を感じられない」
「ちょっと、それじゃ難しいな」
一年生というだけあって、まだ体は小さい。それに合わせた自転車だ。
「よし。ぼくが押してやる。龍太は力いっぱいこげ」
「おし!」
キーコキーコ。
「ぬおおおおお!!」
小学生を乗せた小さな自転車が公園で爆走中。
「うおおお!すげぇー!」
もうすでに龍太はペダルをこいでいない。
タイヤに合わせて、グルグルと回り続けている。
ガッ!なんかに引っかかって、止まった。
「ぐおお」
ぼくが勢いをつけすぎて、ペダルに脛を打ちつけていた。まさか、兄妹共々脛を打つ羽目になろうとは……。呪わてんのか、ぼくたちの脛は。
「兄ちゃん!すごかったぜ!こう、ガッーって!ビューって!風になったぜ!」
「そうか。それはよかったぜ……だが、今は少し休ませてくれ……愛花のお姉ちゃんに遊んでもらいな……」
「う、うん」
愛花と亜希ちゃんが遊んでいる砂場へ向かって行った。
それを見届けると春乃が寄ってくる。
「すごいわね。あんた。才能あるんじゃない?」
「保育園の先生を候補としていれとくよ……というか、痛い……」
「どこ?見せて」
制服の裾をめくり上げて、打ちうけた部分を見せる。
「うわ、痣になってるわよ。ちょっと待って」
持ってきていたポーチから湿布を取り出した。
それをぼくの傷に貼り付ける。
「イチチ……」
「これでよし。本当は私じゃなくて愛花の役割だろうけど」
「いや、ありがとう。まさか、怪我するとは思わなかった」
「かなりハイテンションになってたからいつかすると思ったけど、案外早かったわね」
「意外に楽しいもんだぞ。全力でバカみたいに遊ぶのも」
「私は男の子じゃないから、龍太が喜ぶのが分からないのよ」
「ぼくでよかったら、また遊び相手になるよ。夕夜だって呼べばいいし」
でも、あいつの場合は子供苦手そうだ。なんとなくそういう傾向にありそう。ただ、あいつも子供なのでこういう場合は同族嫌悪と言います。
「そうね。亜希とは遊んであげられるけど、龍太も一緒にって遊べないもの。そうしてくれると嬉しいわ。もっとも、友達でも早く作ってくれればいいけど」
「まだ、始まったばっかりだ。自然とできるもんだろ。小学生って」
「あんたも小学生の頃は友達いたみたいねぇ」
「いや、ぶっちゃけあんまり記憶にない。小学生の時……ぼくは何をしてたんだろう」
人間、嫌な記憶ばかり残るものだ。良い記憶はあまり、印象に残らない。いつも、愛花と向日葵と一緒にいた気がする。2人に危険がないように、女の子のする遊びに付き合ってた気がする。クラスの男子が冷やかしたりしてたけど、そんなのは特に耳に入らなかった。逆に羨ましいならそう言え、と言い放っていたような気もする。全部ぼくの『気がする』だけで、具体的なことはあまり覚えちゃいない。
「昔っから、今の今まで、やってることの根本は変わっちゃいないんだな、ぼくは」
「何のこと?」
「ぼくは好きな女の子と一緒にいたいだけだってこと」
「あんたは恥ずかしいことをよく、躊躇いもせずに言えるわね……こっちが恥ずかしいわ」
「春乃も見つかるといいなその相手」
「……そうね。相手は……あんたなら、あたしも楽だったかも」
「こっちは苦労しそうだけどな。案外、春乃がアプローチかけてたら、返事をしたかもしれない」
「浮気性よね。日向は。愛花、心配するよ?」
「大丈夫だ。今、言われても愛花以外に返事なんてしないから」
「羨ましな。愛花が」
「春乃ならいい相手いるって。こんなシスコン変態兄貴なんかより」
「自分で言うか」
「自覚はあるさ。それだけのことをやってきた。愛花と付き合い始めるまでは、向日葵を守ることだけがぼくの生きる意味だって考えたぐらいだ」
「少しは改めた?」
「どうだろう。まだ、割り切れてない感じもする。天秤にかけられたら、どちらを救いに走るか分からない」
「あんたならどちらも助けられるわよ。もっとも、そんな状況を作らないことね」
「そうだな」
ベンチに腰をかけて、怪我した足を休めながら、愛花たちを眺める。まるで、幼き日のぼくたちを見てるみたいだ。一人、少し大きくなってるけど。あんな日がぼくたちにもあった。今は少し寂れた公園で。同級生がからかいに来た時はぼくが、追い払ってったっけ。すぐに姉さんも来て、仲裁してたな。あの人はぼく以上に強かった。あの人はいったい何を求めて、海外へ飛んだのだろう。何か意味を見出して、戻ってくるのかもしれない。
その時には、成長したぼくを見せられるように、両の手で伸ばされた手を掴んで離さないように。
「日も沈んできたな。帰ろうか」
「悪かったわね。遅いのに付き合わせて」
「いや、楽しかったさ。亜希ちゃんと遊んでやれなかったな。また、一緒に遊んであげよう」
「そう言っとくわ。あ……」
甲高い声が聞こえる。どうやら、中学生が通っているようだ。時間的に部活帰りか?いや、少し早い。どこかに遊びに行っていた帰りだろう。
ただ、なんであの年頃……いや、ぼくたちの年代もだけど、集まるだけで中身のない会話を繰り返して、頭の悪い笑いかたするんだろう。たぶん、ぼくはそういうのが嫌だったんだ。聞いてるだけで耳障りだし、何が面白いのか全くわからなかった。だから、関わりを持とうと思わなかった。だから、春乃の説教でも聞いてる方がよっぽど、ぼくにとっては居心地よかった。
中学生の中の一人がこちらに気づいて寄ってくる。
「あれ?お姉ちゃんどうしたの?こんなところで、隣の人彼氏?」
「学校の友達よ。亜希たちと遊んでくれてただけ」
「なんだー。お兄さん、彼女とかいたり?」
「あそこで一緒に遊んでる子だよ」
「ふーん」
興味がなくなったかのように、待っている中学生の集団に目を向ける。
中学生の集団はこっちへ来た。
「へー。千佳のお姉さん、美人ジャーン」
「彼氏いないの?俺、立候補するわー」
「なにー?私じゃ、不満だってのー?」
「いやいや、千佳も十分可愛いってー」
なんか、頭悪そうな会話が始まった。こういう奴ら、相手にするのはめんどい。春乃も、同じ考えなのか、立ち上がった。
「日向。今日、ありがとね。また明日。亜希ー。龍太ー。帰るわよー」
亜希ちゃんと龍太を呼んで、帰る準備をする。
「何だよ。俺たちが来た途端に帰ろうとして」
「俺たちがなんか悪いことしてるみたいじゃん」
「私たち、何もしてないよねー?」
ああ、耳障りだ。きっと、そういう人種に関わってこなかったから、余計ぼくはそう感じているんだろう。でも、こいつらは不快に感じるだけで、特に手も出してないし、罵声を浴びせたわけでもない。手を出したら、負けだ。耐えることにしよう。
「つまんねぇの。おら、ガキどもどけよ」
中学生の一人が、亜希ちゃんを突き飛ばし、砂場の山を蹴っ飛ばした。
砂埃が舞う。
ったく、何なんだ。こいつらは、一から十までぼくの勘に障る真似しやがって……。
前に出ようとしたぼくを制し、春乃がその中学生の前に立ち、ビンタをお見舞いした。
「てぇな!なにすんだ!」
「なにすんだ?あんたねぇ。うちの妹になにしてくれてんのかしら?」
「ああん?女だからって、調子に乗っちゃってんの?」
「女だから?じゃあ、あんたはなに?女は等しく男より下だって言いたいわけ?バカね。じゃあ、上下関係っていうものを骨の髄まで分からせてあげようかしら……?」
「は……春ちゃん。ダメだよ、喧嘩は……」
「愛花、下がってなさい。これは喧嘩じゃないわ。ルールの一つもわかってない、守れない、バカな中坊に対する躾よ」
「誰がバカだ!」
「まあ、何一つあなたには正当性がないもの。現にそんな知性の塊もないような反論しかできてないし」
「こんのアマぁ!」
中学生の拳が春乃の頬に入った。
春乃はそのまま倒れる。
「偉そうに説教垂れやがって……」
その瞬間、キレた。
「おい、そこのクソ。いや、クソのほうがまだ肥料の役に立つな。産業廃棄物。てめぇはどの了見を得て、その子を殴った」
「ああん?なんだ?そいつが挑発してくるからに決まってんだろうが!」
「言い訳もクズだな。その子が最初にビンタしたのは、遊んでいた妹を突き飛ばしたからだ。お前はその女の子に謝ったか?謝ってないだろ。それ以前に先にいた、しかも自分よりあからさまな弱者に向かって、どけだあ?お前何様なの?」
「て、てめぇには関係ないだろ!」
「じゃあなに?あそこにいる、お仲間さんはお前の正当性を証明してくれるの?全員が『お前は悪くない』って、言ってくれんの?聞いてみろよ」
「お、お前ら!」
誰も、こちらを見ようとしない。隙あらば、自分はこの場から立ち去ろうとしてるぐらいだ。誰も面倒ごとは付き合いたくない。他人のフリだ。
「誰も証明してくれないな。こっちは先に殴られてる。いくらやっても、過剰防衛にしかならない。言っとくけど、ぼくは強いぞ」
「ぬ、抜かしやがれ!」
また、一発殴ってくる。避けようと思えば簡単に避けることはできた。しなかったのは、倒れたまま、身動きできない、春乃の姿があったからだ。
こんな拳、向日葵を本気で取りにきたあいつの拳に比べたら、何も響いてこない。
「殴ったな?怒りに任せて。バカだな。そのまま立ち去っとけばいいものを……まあ、女の子殴った時点でてめぇはなんの同情の余地もないけどなぁ!!」
鳩尾に一発。まず、これで動きが止まる。こんな時間に歩いてる時点で部活なんてロクにやってない連中だろう。まったく、鍛えられた身体ではない。簡単にくの字にのたうち回る。立ち上がらせて、ほおに一発入れる。
「今のはぼくの分だ」
そしてもう一発、今度は全体重乗せて、もう一度同じ位置にお見舞いする。
「これが、春乃の分だ。通報したきゃ、通報しろよ。お前はただの、小さい子供の遊び場を荒らして、女の子を殴ったクソだけどな」
完全にノビた中坊をほっといて、春乃に手を差し出す。
「ホントバカだ、あんた。私だけでよかったのに」
「女の子殴られて平気でいるほどぼくは人間として終わってはいないさ」
「もう……。あんたフラグ立てすぎ。彼女いるんだから、へし折るしかないのに」
春乃と話してると中学生連中が寄ってきた。春乃の妹を筆頭にして。
「お兄さん!かっこよかったです!あいつ、威張り散らしてて、図体でかいから手に負えなくて。何にも言えなくて……根っからアホで……。だから!」
「だから、これを機に付き合いをやめるなんて言うなよ。あくまでぼくはこいつの間違いを正しただけだ。これでこいつが直るかどうかは君たち次第なんだし。そもそも、それを直そうとしなかったのは君たちなんだ。もしかしたら、言えば直ったかもしれない。直らなかったら、こっちから縁を切ればいい。直させようという努力もしないうちから縁を切ろうとするのだけはやめとけ」
「でも……私たち、お兄さんみたいに強くない……ですし……」
「また、何かあったら、春乃を通じてでもぼくに教えてくれれば、行って、矯正してやる。まずは自分たちでやること。ぼくからは以上」
「はい!」
数人が気絶した中坊を担ぎ、その場を退散した。
中学生の集団で春乃の妹、千佳ちゃんだけが残る。
「お姉ちゃん、ごめん。私のせいで怪我させちゃった」
「いいのよ。あたしがしゃしゃり出たせいだし。亜希、大丈夫?」
一番始めに突き飛ばされた亜希ちゃんの頭を撫でて、問いかける。亜希ちゃんは泣きじゃくっていた。
「うぇ……うう……」
「怖かったね。よしよし。悪い人は追っ払ったよ」
優しく抱きとめている。
一人残されていた龍太はぼくのほうに目を向ける。
「俺……何もできなかった。姉ちゃんたち、殴られたのに、俺、何もできなかった。俺……俺……」
「悔しいなら、強くなろう。人間、守りたいものがあれば強くなれるもんだ。お前も強くなって、あんな悪いやつ見返してやれ。少なくとも、女の子を泣かせるような人間だけにはなるなよ」
「うん……うん!」
「よし、いい子だ」
「あの……本当にすいませんでした!」
春乃は千佳ちゃんに亜希ちゃんと龍太を連れて行かせた。遅くなったから、心配させるわけにもいかなかったのだろう。
「春乃は……いいのか?」
「私は別に門限なんてあってないようなものだし、家すぐそこだし」
ぼくと愛花で春乃を挟むような形で座っている。
「春ちゃんもかっこよかったよ。私、兄弟とかいなかったから、いたら心強かっただろうな」
「あんたはいつも日向が兄みたいなもんだったでしょ」
「ひなちゃんは弟?」
「どの口が言うか」
口を引っ張って、いじりたいところだが、届かないので自粛。
「まあ、千佳ちゃんだっけ?なんであんなのとつるむように」
「そうね……」
ぼくと愛花は春乃から発する言葉に耳を傾けることにした。




