存在意義
小牧春乃。高校一年、15歳。誕生日5/4。成績優秀。教師からの人望が厚く、面倒見がいい。それゆえ、不正も許さず、それを徹底的に正す。彼女はそれが自分の役割だと考えているし、周りも彼女はそういう人だと受け入れている。決して、彼女はあからさまにおかしなことを言う人間ではないのだ。ハメを外す時をわきまえているし、人との距離の取り方も分かっている。でも、彼女の正義感はいったいどこから来ているのだろう。ぼくは、多数の人間と上手く付き合う技術なんかないし、付き合おうとも思わない。人間関係が多くなると、関係はこじれやすいし、歪も簡単に生じる。深く付き合うのはごく少数で構わない。他人のために一生懸命になれないし、人が人を助けるのは自分の身内だけで十分だろう。でも、彼女は見ず知らずの人にさえ、手を差し伸べる。本当に助けを求めている人を見極めて。
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「うにゅ〜〜〜」
ぼくの彼女、守山愛花は教室の机で唸っていた。先日、夕夜から回ってきたリレー小説は今、愛花の番なのである。
「ひなちゃん、ひなちゃん。見せるのはルール違反だけど、アドバイスを聞くのはオーケーだよね?」
「まあ、夕夜にもしたし。書くきっかけになるなら、ぼくはいくらでもしてあげるよ」
「さすがひなちゃんだよ〜。頼りになるね」
「で、何を聞きたい?」
「世界観設定」
統一しろと言われていたはずだが。
「夕夜に沿って書けばいいだろ。沿わないなら、夕夜のところに出てきた登場人物を使って、アナザーストーリー的な感じで書くとか」
「アナザーストーリー?」
「別視点での物語ってことかな。まあ、夕夜の話ではこういう選択をして、こうなったけど、この選択をしていればこういう結末になったっていう感じで書くか、もしくは夕夜の話で二人以上出てきてるなら、別の人物を主人公にして書いてみたり」
「は〜なるほど〜。参考になったよ。ちょっとメモする〜」
小さな花柄模様のメモ帳を取り出して、書き込む。
「えっと……アナザーストーリー、っと。具体的に……なんだっけ?」
説明が長すぎたか。簡潔に言ってやろう。
「ぼくが書いた方が早いか?」
「ひなちゃん、字下手だし」
「すいません」
判別できないほどではないが、ぼくの字は下手である。愛花も上手いわけではないけど、女の子らしい読みやすい字を書く。字って性格出るとか言うけど、あれはあまりアテにしない方がいいね。意外と夕夜は字がうまかったりするのだ。
「えっと、主人公を別の人物にするか、違う選択肢を選ぶか。あとは新しく登場人物を作って、その中に夕夜のところに出てきた人物を入れたりしても面白いかもね」
「リレー小説って難しいね。もっと簡単に書けるものだと思ったよ」
「まあ、書き方なんて色々だしな。夕夜が続きがありそうな終わり方をしてたら、その続きを書いてもいいし」
むしろ、50ページぐらいなら、その方が書きやすいと思うが。
「よーっし!大作書いちゃうよー。期待しててね〜」
「その言葉はぼくじゃなくて、次に書く春乃に言ってやれ」
「春ちゃ〜ん!あれ?いない?」
教室で声を上げるが、春乃らしき人物の人影はない。代わりに夕夜の机で突っ伏してる姿だけは視認できる。でも、今はあいつに用はない。
今現在は昼休み。あいつだって、いつもぼくたちといるわけじゃない。他の人たちとの交流もあるだろう。ぼくたちが口を出す筋合いもない。
「ここで、書いてても誰かに見られそうだから、家で書きましょう」
「そうだな。あと今日はバイトだぞ」
「そうでした」
オッさんたちとフットサルをして、筋肉痛になるかと思ったが、存外ぼくの身体は頑丈らしく、特になんの違和感もなかった。これで後日に来たら嫌だな……。完全におっさんじゃん。
「私がマッサージしてあげたじゃん」
「やってもらったのは背中周りだしな。足をやってもらえばよかったと今さら反省している」
風呂でマッサージしなかったし、ツケが回ってきても文句は言えないな。まあ、来ないことを祈るしかない。
「給料日はいつだっけ」
「確か、翌月の第二木曜日」
「それ、銀行口座がある場合だろ。個人営業なんだし、手渡しだと思うんだけどな……」
自分で言っててなんだが、それはそれで、管理が杜撰な気がしてきた。
「銀行口座作るか。名義は愛花にして、ぼくのもそこに入れてもらおう」
「いいの?」
「ぼくは家の口座あるし。口座作るのにも、親の承認とか必要だから、おじさんかおばさんに言ってからな」
「うん。ひなちゃんのも入れちゃっていいの?」
「いいもなにも、愛花とぼくは働いてる時間一緒だし、半分で割れば一緒の……はず」
「自信なさげですね」
ちょっぴり自信なくなってきた。下手すれば、愛花のほうがぼくより給料がいいような気さえする。
「今日聞いてみるか。そういや、夕夜とか春乃は持ってるのかな」
「春ちゃんいないけど、夕夜くんはいるから聞いてみましょう」
寝ていた夕夜をひっぱたいて起こす。
「なんだ!敵襲か?店長が学校に乗り込んできたのか?」
こいつの中でもオッさんはかなり危ない人になってるらしい。
「別に誰も来ちゃいない。夕夜、銀行口座とか持ってる?」
「ん?あー、あるぜ。高校入ったらバイト始めようと思って、中学の時から口座だけは持ってる」
中学生は労働基準法だかなんだかで働いてお金が発生することは違法になったような気がする。例外としてドラマの子役とかアイドルの類は認められている。割と夕夜はそういうところに抜け目がないのだ。
「なんだ?お前ら作ってないのか?ないなら手渡しでくれるだろうけど、あった方が便利だぜ。今から作るとお前らのは将来の貯金になるか?ハハ」
夕夜は笑っているが、ぼくはそこまで考えが及んでなかった。どうしようか。二人のって言っちゃったから、どう考えてもそうとしか取れないじゃん。
「まあ、それでいいか。そうしよう。な、愛花」
「ふぇ?ふぁ、ひゃい!」
ろれつが回ってなかった。色々、思考を巡らせていたが、ショートしたに違いない。
「お前はほっといてもそこまでいきそうだしな。いいんじゃねえの?親の了承とか抜きにしても」
夕夜はあっけからんと言う。遠慮がないというか、全部見通してるというか。
「ふぁ〜。お前が起こすから眠いのに寝れなくなっちまったじゃねえか。枕くれよ」
「そんなもんねえよ」
「向日葵ちゃんに膝枕にしてもらいてぇな〜」
「今のは寝言だということにしてやる」
「すいません」
そういや、デコにキスしてたっけか。軽くぼくはショックだ。ぼくじゃなくて、夕夜のほうを応援したのも。これが恋というやつか。恋は下心から始まるものらしいけどな。
「いいじゃねえかよ。恋人なんだし」
「ぶっちゃけ、僕だけの意思なら認めたくはない。だが、向日葵の意思が第一だ。それでも、お前が向日葵に膝枕してもらってる現場を目撃したら全力で妨害しにいく」
「嫌な兄貴だ……」
「もー。膝枕なら、私がしてあげるから。向日葵ちゃんの自由にしてあげないと。可哀想だよ」
「ぼくは下心じゃないぞ」
「なんの話か因果関係が全くつかめない」
どうやら、ぼくも微妙に錯乱しているようだ。半ば家族みたいな恋人だし、愛花は。だから、愛が半分、恋が半分。恋はいつか冷めるものらしいけど、それが愛に変われば永遠に冷めないだろう。愛は中に心が篭ってるから真心だってさ。人生の国語の先生から聞いた。
「春乃は作ってんのかな?」
「どうだろうな。きっちりしてるから作ってるかもしれんが、作ってないだったら、一緒に行ってやれよ。自分だけ作ってないと、あいつ寂しがる……悔しがる?」
なぜに疑問形?まあ、言わんとせんことは理解できたので、戻ってきたら、聞こう。
だが、春乃が戻ってきたのは、チャイムギリギリだったので、聞くことはできなかった。別に隣だから、聞くことも可能だったけど、最前列だから不用意に話すことができないのが、もどかしい。
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結局、話すのは放課後となる。授業間の放課に銀行口座の話なんかあまりしたくない。
「春乃」
荷物をスクールバッグに詰めてる春乃に話しかける。
「どうしたの?」
「春乃って、銀行口座とか作った?」
「そういえば、作ってないわね……。バイト代とか振り込んでもらうのにそっちのほうがいいかな」
「ぼくもそう思ってさ。作ってないなら、一緒に行かないか?」
「愛花は?」
「愛花も一緒。愛花はぼくと共用」
「なに?あんたたちは将来の人生設計でも始めたの?」
誰に言ってもこんな反応になるのか。ぼくが何も考えてないだけなのか?
「そっか。あんた、家に親がいないから簡単には作れないか。それで、愛花と共用……なんかおかしくない?」
理解が早くて助かると思ったが、どうやらそうも上手くはいかないらしい。
「家の口座に入れてもらえばいいでしょ」
「なんか、家のやつに不自然に増えてたら、親父が怪しまないか?」
「まあ、一理あるって言えばあるかもだけど……まあ、別に詮索することでもないわね。いつ行く?」
「春乃が都合がいい時で、土日だと早くしまっちゃうから、平日の方がいいか」
「だったら、木曜日しかないじゃない……。まあ、分かったわよ。木曜日、部活休むこと、部長に言っておくわね」
「悪いな」
「困った時はお互い様。私も言われなければ銀行口座のことなんで思いつきもしなかっただろうし」
春乃は荷物を詰め終わり、席を立つ。
「じゃ、バイトがんばなさいよ」
「あと一つ、愛花から」
「そこいるじゃない」
教室の奥の方を指差している。その愛花は夕夜と話しながら、何かしらメモを取っている。どうやって小説を書いたか聞いているのだろう。
「超大作を作り上げるって」
「締め切りに間に合わなくなる、本末転倒なことにはなるなと言っといて」
こいつは愛花には結構甘め。
「夕夜は?」
「そのうちくるでしょ」
夕夜には割とドライであった。
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バイト中、オッさんにバイト代を聞く。確かぼくは時給900円と高校生なら割と高めの料金設定だったはず。そして、この店に休日の料金アップとかありません。
「あん?愛花ちゃんの時給?」
「そう。銀行口座作ろうと思って、ぼくは今、作れないから愛花のところに一緒に振り込んで欲しいんだ」
「なんだ?結婚のための資金貯めでも始めたのか?」
どうにも話すにつれて、ストレートになってくる。
そんな気はない、といえば嘘になるけど、出来るか?と聞かれれば、安易に頷くことは出来ない。
「二人で使うんだから、愛花の分も分かっておけば、使える分が分かるでしょ」
「まあ、そうだな。でも、聞いたところで、もし、お前が愛花ちゃんの分を使ってたら?逆にお前の分を愛花ちゃんが使ってたら?」
「……ちゃんと履歴に残るし、ぼくと愛花はそれを隠すようなことはしない」
「だろうな。バカップルだが、そういうことは真面目……というか、お互い隠し事が下手だしな。すぐに顔にでやがる」
俺にそっくりだな、と鼻で笑う。ぼくは悪いところばっか、この人から教わったのかもしれない。
「愛花ちゃんは950円だ。ついでに言っとくと春乃ちゃんも同じ。夕夜は800円だ。あいつはレッスン料として差し引いてる」
「やっぱり女の子に甘いな、オッさん」
「オッさんじゃねえ。店長と呼べ」
「はいはい。店長」
愛花と働いてる時間は同じだから、これで自由に使える。使うなら、ちゃんと用途は言わないとな。
「具体的には?」
「まあ、誕生日プレゼントとか……。デート費用だったり……」
「まあ、必要な生活費は送られてるからな。あんまり使うことはねえかもしんねえけど、あって困るもんじゃねえ。大事に使っとけ」
「給料日は?」
「あー、第二木曜と言ったが、固定してるわけじゃねえし。前借りしたいなら、言ってくれれば、振り込んでやる。その分のバイト代は当たり前だが、差し引く。覚えておけよ」
「うーす」
案の定、愛花のほうが高い。そうすると愛花のほうが稼いでるのか。情けないな。だけど、これ以上バイト増やしても、あまり意味をなさないよな。愛花の誕生日まで、倹約しながら貯めていこう。学生だし、大したことはできないかもしれないけど、少しでも喜んでくれるように。
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バイトが終わり、守山家に訪れていた。その食卓で、晩御飯をつついている。久しぶりに向日葵も一緒だ。
「銀行口座?」
「はい。バイト始めたんで、あったほうが好都合だと思って」
「将来への積立金?」
「もうそれでいいです……」
愛花の母親は、あらあらと申し訳なさそうにする。別におばさんが悪いわけじゃない。ただ、皆があまりに同じ反応だから説明するのが面倒になった。
「お兄ちゃん。家のやつあるじゃん」
「下手に家に入れると、不用意に使っちゃいそうだし、親父が怪しがる。親父にはあしがつかないようにしたい」
「子の心は複雑だあ」
向日葵は銀行口座は持てないので、適当に流す。そもそも、二人とも分けて使うならまだしも、一緒に使うとなってるから、面倒な話なのだ。使う分にはあまり問題はないのだけど。
「日向くんが管理してくれるなら、うちもいいわよ。ああ、未成年は親の承認が必要だったわね。一緒に行けばいいかしら」
「お願いします」
「お兄ちゃん、今日はどうする?」
「なんか、友達の家に来て、泊りの催促を受けてるみたいだ……」
事実そんなものなのだろう。夜遅くまで起きて、色んな話をしたい、それだけの願望。愛する妹のお願い。兄だから、聞いてやってもいいだろう。
「愛花を置いてくから、一緒に風呂に入って、一緒に寝ればいい。さすがに女の子だけの部屋に男が入り込むわけにもいかんし」
「前は三人で寝てたのに〜」
何年前の話だ。少なくとも小学校の高学年に上がる頃には、もうしてなかったはずだぞ。一人一人に部屋を与えられて……そういえば、向日葵は姉さんと共同だった。ぼくは男だから、一人だけ離されたけど。姉さんは放浪癖が多くて、適当に行き着いた友達の家に寝泊まりすることも多く、向日葵は一人で寝ることもあり、その時は『お兄ちゃん、一人で寂しいから一緒に寝よ?』と言ってきたものだ。ああ、去りし甘い日々。今は愛花をほかっていくことも出来ないし、『お兄ちゃんがいてやるからな』と向日葵だけに手を差し伸べるのとも出来ない。
ぼくって、無力だな……。
今日は愛花を守山家に置いて、向日葵と一緒にいてもらうことにした。向日葵は喜んだし、愛花も嬉しそうにしていた。
誰かに自分を必要としてもらえるのはそれだけで嬉しい。自分の力がその人のためになるのだから。
一人ではそれは叶わない。
自分はこれから先も誰かに必要とされ続けることが出来るのか。そんなことを考えながら、ベッドに潜り込み、眠りについた。




