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ひまわり畑  作者: otsk
26/51

少年の意地(3)

 後半も膠着状態は続いた。15分ハーフだから、そこまで時間はない。

「もっと攻めろ!てめぇら!」

「ゲンさんそこで立ってるだけだから楽だよな!」

「何だと!てめぇを磔にしてキーパーやらせてやろうか!お前に当たったら、相手チームに三点だ!」

「やめてください!」

 向こうはまだ軽口を叩ける余裕はある様子。だが、夕夜だけは息は切らしてないが、寂しそうな目でボールを見つめている。

「おら!夕夜も動け!」

「は、はい!」

 オッさんの声に押されるように走り出す。元より、サッカーの司令塔はキーパーだ。司令塔はまた、別か。キーパーは守護神だし、いくつも役職持ってたら、やるのが大変そう。

 夕夜はボールを受け取るが、ぼくがチェックに行くと、すぐにフリーの人を見つけ、パスを出してしまう。

「ぼくと勝負するの避けてないか?」

「そうでもねえよ……」

 ぼくから顔をそらして、夕夜は走る。あいつなら、多少のブランクがあろうと、ぼくを1対1で抜くことは不可能ではないだろう。熱を持っていた、前半ですら、あいつは1対1でぼく相手にドリブル突破を仕掛けてくるようなことはなかった。

「ったく……なら、こっちから行くぞ!」

 手を上げて、こっちにパスを出してもらう。見よう見まねだけど……

 足を軽快に動かし、フェイントを入れる。が、夕夜がそれに釣られる気配を感じさせない。最後にルーレットで夕夜を抜こうと試みたが、惑わされることなくボールを奪い取る。

 夕夜は大きく蹴り出し、ゴール前に出すが、やっさんがそれを受け止める。

「ちっ」

 舌打ちをして、次のプレーに入る。緩慢とは言わないが、いまひとつ、身が入っていないようだ。

「ったく、店長はこんなことさせて、何がしてえんだ?また、サッカーやらせようって魂胆かよ。ダメなんだよ。こんなんじゃ……」

 それから、夕夜は一度もシュートを打たなかった。いや、試合中は一度も打ってない。

「残り五分ですー!」

「バッキャロウ!ロスタイム15分よこしやがれ!」

 ロスタイムの意味がこの店長は分かってんだろうか。

 ただ、それを見ていた人影が。

「向日葵……?それに愛花も」

 春乃に豊山さんもいる。

「おー。タイムだジョー」

「タイムっす」

「いや、続けてください」

 一度は目に入れたその姿に背を向けて、再開しようとする。

「なんだ、折角来てくれてんのに。挨拶の一つもなしか?」

「いいって、言ってんすよ……」

 オッさんは訝しんで、夕夜を見ているが、ぼくに反応を求める。だが、夕夜の言わんとせざることも何となく、理解できる。わざわざ中断して行ったところで、あいつはかけてもらいたい言葉なんてないのだ。かけてもらうなら、終わってからの方がいい。

「オッさん。続けよう。残り五分だ」

 お前もかよ!と顔をしかめたが、ジョーさんに再開の指示をして、再び始める。こちら側のスローインだ。

 ルイージさんにパスする。ぼくにパスをして、ドリブルをする。

 女の子たちの黄色い声が聞こえる。だが、一人だけ、声が聞こえない。

 僕を止めに来たおじさんたちを抜き去り、夕夜とまた、1対1になる。

「…………」

「…………」

 足を止めて、お互いの動きを伺う。大人たちも、横槍を入れるのは野暮だと思っているのか、その場から動こうとはしない。

 沈黙を破るように、一人の女の子の声が響いた。

「頑張って!夕夜くん!!」

 その声に反応して、夕夜は動き出した。反応が遅れたため、あっさりボールを取られてしまう。でも、あいつにはシュートは打てないはずだ。パスする相手を探してる間に、ゴール前に戻ればいい。

 崩された体制を瞬時に整え、ゴール前に走る。案の定、夕夜はパスを出した。

 そして、一つ、今までやらなかった変化があった。

 夕夜がパスを出した後にゴール前に走り込んでいる。

 だが、パスを出すタイムラグがあったおかげで、ぼくは先に戻っていた。

 夕夜は、それでも、手を上げてパスの要求をしている。

「俺に……ください!!」

 相手は、こっちの味方を一人かわして、中へ蹴り込んだ。

「夕夜!ぼくがいるのを忘れてないだろうな!」

「忘れちゃいねえ!だけど、お前も越えなきゃいけねえ!お前を超えることを証明してやる!」

 元より、フィジカルの勝負ではぼくは分が悪い。体格はいいほうではないし、ぼくは小回りを利かして、自分に被害が及ばないようにするのが基本だ。だから、せめて動きづらい体制にすることが、ここでは最善策だ。

「うおおおおお」

「うらああああ!」

 ぼくを強引に押しのけ、来たボールをボレーでゴールに叩き込んだ。

「はあはあ……」

 笛が鳴り響く。ゴールだ。

「ったく。ファウルなしかよ」

「俺は一切手だししてないからな。あの人、サッカー分かってるぜ。しかも、よく見てる」

 倒れこそしたものの、完全に押し負けただけだ。ファウルはない。

「まだ二分あります!もう一点決めてやりましょう!」

 夕夜の声が響き渡る。野太い声が、グラウンドにこだまする。

「まだ負けちゃいませんよ!あのケーキ屋に吠え面かかせましょう!」

 こちらも負けじと、声を張り上げ、鼓舞する。こっちもまだ戦意を失っちゃいない。

 残り二分。こっちのキックオフで開始する。


 ーーーーーーーーーーーーー


 スコア 1-2。夕夜のチームの勝利。負けたチームはグラウンド整備。

「なんで負けたんでしょうね?」

「サッカー経験者がいたかどうかの差じゃないか?」

 確かに分散したとはいえ、このおじさん軍団、誰もしっかりとしたサッカーをやったことがなかったらしい。実際にやってたのは足を怪我したジョーさんだけ。

「皆、武道が多かったな」

「オッさんは?」

「俺は、頭脳労働だ」

 頭突きとかの類だろう。

「甘いものは脳を活性化させますけど、頭がよくなるかどうかは別問題ですからね」

「な……なんだと……」

 驚愕の真実を目の当たりにしたかのような表情をされた。あんたはぼくの倍以上、生きているはずだろう。これは一般常識の範囲だぞ。奥さんも付き合うの大変なんだろうな。

 一通り終えて、改めて集められる。

「よーし。来週は予定通り野球だ。最近出席率悪いからな。登録してるやつらは全員こいよ。今日はさすがに急すぎたから文句は言わねえが、連絡つくやつには伝えてくれ」

「来なかった場合は?」

「ケーキを吐くほど食わせた後に千本ノックの刑だ」

 このオッさん人生楽しそうだな。楽しいことを見つけて、やりたいままにやる。こうして、無茶振りに付き合ってくれてる人たちがいるのもこの人の人望なのだろう。反面教師として育ってきたが、こういうところは羨ましい。どうやら、そういう技術は向日葵が受け継いだようだし。向日葵は天性のものかもしれないけど。

「そうだよ。向日葵!」

 オッさんたちが各々解散しようとして、女の子たちに話しかけようとして、オッさんに追い返されたのは言うまでもない。

 ぼくは、まだ六時にもなってないのにここに来ていた向日葵を呼んだ。

「なんでここに」

「呼びました」

「呼ばれました」

 愛花と向日葵がお互いに手を上げて、ちょろっと舌を出す。

「よく美浜が許したな」

「あの人の勝手な独断で練習切り上げ、私は強制退去させられました〜」

 しょんぼりと肩を落とす。だが、そこまでがっかりしてる様子もない。

「豊山さんも?」

「私も付き合う感じで……」

 苦笑しながら、近くのベンチに腰を落ち着ける。

「まったく。水臭いわね。なんで日向だけなのよ」

「だってよ……」

 たぶん、こいつは呼び出された理由が分かってたんだろう。それにあえて行った。でも、夕夜にとってはあまり知られたくないことだ。ぼくだだって、オッさんが誘ってると言われなければ呼ばなかったかもしれない。

「だって、何よ?」

「まあ、春乃。お前もバイトなくて暇してたんだろ。皆、オッさんがケーキをおごってくれるって」

「てめぇ日向!俺はそんなこと一言も……」

 えっ、と女の子たちから落胆の眼差しを向けられ、頭を掻いて、一個だけだぞと店へ案内した。

 店へ入る前にお膳立てしてやるか。優しい兄だな、ぼくは。

「夕夜、向日葵はぼくじゃなくてお前を応援した。その意味、汲み取ってやれ」

「お、おう……」

「向日葵は、これから夕夜にどうして欲しいのか言ってやれ」

「う、うん……」

「話終わったら中に入ってこい」

 ぼくは二人を外に残し、ケーキ花崗のドアをくぐった。

 そして、席に着き、少し泣いた。


 ーーーーーーーーーーーーー


 日向に外に出された。俺はどうすりゃいいんだろう。汲み取ってやれって、俺は別に女の子の心を読み取れるほど、乙女心に詳しいわけではない。

 向日葵ちゃんを前にしても気の利いた言葉一つ出てこない。実際、俺がなんでこんなことをしていたのか、彼女に知る由はない。俺の身の上話を彼女は知らないはずだ。いつか、話すかもしれないけど、今知る必要はない。でも、彼女がまたサッカーをやって欲しいと言うのなら、拒むために話す必要がある。

 俺は日向が言っていた言葉をそのまま尋ねるようにして、向日葵ちゃんに話しかける。

「俺は……これからどうすりゃいいのかな」

「どうもしなくていいよ」

 彼女から出た言葉は意外だった。

「実は後半の頭から見てたの。夕夜くん、気付いてたよね。私がいたこと。それでも、楽しそうにプレーすることはなかった」

 全員で姿を表す前から、俺は気づいていた。確かに気づいてなお、本心を隠したままプレーをしていた。

 前半見てただけだけど、日向も含め、俺以外全員トーシロだった。動くことはできるけど、それだけ。一点目は本当にまぐれだろう。素人のおじさんが合わせてくれたのは嬉しかったさ。俺のパスを受け取ってくれる人がいるって。でも、やっぱり素人の人ばかりじゃ限界はあった。マンツーマンでディフェンスされたら、まず動けねえしな。だから、とりあえず、点が取られないように動くしかなかった。

 俺自身がシュートを放つことはしたくなかった。

 誰に命令されたでもない。俺だけの意志だ。意志っつうより意地かもしれない。打ちたくない理由があるから。たとえ、遊びであってもそれは徹底することにしていた。

 最後にシュートを決めたが、ほとんど無意識だった。向日葵ちゃんの声で走り出して、ゴールまで繋げた。でも、決めても爽快感は得られなかった。

「俺さ、ゴール決めたじゃん。どうだった?」

「かっこよかったよ。私はサッカー詳しくないから技術云々は言えないけど、とにかくかっこよかった」

「そうか。よかったよ」

 ただ、カッコつけたかっただけなんだよな。あれは。好きな女の子の前で見栄を張りたいためだけの。でも、きっと、もっと見たいと言われても俺は首を横に振るだけだ。

「向日葵ちゃん。俺さ、サッカー辞めたのは、家族から見捨てられたからなんだ。ああ、いや別に縁を切ったわけじゃない。でも、半ばそんな感じかな。家で孤立してる」

 向日葵ちゃんは真剣な目をして、俺の方を向いて、話を聞いている。

「ダサい話かもしんない。俺に兄がいるのは知ってるよな。その兄に俺の取り柄、全部取られた。でも、これ以上熱を入れることなんで出来ないんだ。今、ケーキ作ってるけど、あいつだってやれば、俺以上にやってくる。俺がやってんのは結局、逃げて悪あがきしてるだけなんだ」

 向日葵ちゃんはその瞳に何を映しているのだろう。俺の前に立っているのに、俺の姿は映ってないように感じる。

 少しの沈黙の後、口を開く。

「夕夜くん」

 名前を呼ばれる。その可愛らしい声に俺は惹かれるように耳を傾ける。

「私はね、夕夜くんのことが好き。でも、それはサッカーをやってる夕夜くんじゃない。お兄ちゃんに何度倒されても立ち向かう夕夜くんが好き。だから、私はサッカーをもう一度やってほしいなんて言わない。私もテニスやってるけど、辛い練習でも、最終的には楽しいがあるからやってるんだと思う。夕夜くんはサッカーを今やってても楽しいって感じられないんじゃないかな」

 そのとおりだ。始めた頃はただ、ボールを触ってるだけで楽しかった。技術が上達にするにつれ、周りは結果を求め始めた。それに順応するように俺も、結果を求め始めた。結果、俺のサッカーへの執着心というものはなくなった。今更、初心へ戻ってやるにも、無理だ。周りは結果を求めてくる。やる以上は結果を出さなければ誰も認めやしない。

「ねえ、夕夜くん聞いて」

 沈黙を肯定ととったのか、続きを始める。

「私ね、夕夜くんが今悲しいなら、慰めてあげたい。辛いなら、そのはけ口になってあげたい。嬉しいなら、それを共有したい。楽しいなら、一緒に笑いたい。私は、お兄ちゃんに守られてばっかりだったから、誰かを受け止めるなんてできないかもしれない。でも、力になりたいの。たとえ、世界中が夕夜くんの敵になったとしても、私は夕夜くんの味方でいる。絶対。頼りないかもしれないけど……さ……。だから」

 目尻に涙を浮かべて、俺を見る。

「そんな顔しないでよ」

「えっ?」

 ほおに一筋の水滴が流れる。涙?なんで……。俺、別に悲しくなんかないはずなのに……。零れ落ちてく、涙が止まらない……。

 どんな顔して話を聞いていたんだ。この世の全てに絶望でもしてたかのような顔でもしてたのかな。情けない。好きな女の子を困らせるような真似だけは絶対にしないって思ってたのに……。そういうのは男の役割だろ。

 涙を拭うが、まだ溢れ出てくる。

「とまんねえや……はは……何でだろ……」

 泣きじゃくるわけでもない。この涙の原因は俺には分からない。

 向日葵ちゃんは、俺に近づいて前から抱きついた。シャンプーの香りだろうか。いい匂いがする。

「ねえ。夕夜くんは私のこと好き?」

「ああ、大好きだ。初めて見た時から今までずっと。初めて俺に対して向けてもらえた笑顔だったんだ。だから、俺が守りたいって思ったんだ。日向よりも強くなって……まだ、あいつより強い自信なんてないけどさ」

「いいんだよ。夕夜くんは夕夜くん。お兄ちゃんはお兄ちゃん。私は今の、ここにいる夕夜くんが好き。私はこうやって抱きつくぐらいしか、安心させる方法が分からないけど、これで夕夜くんも泣き止んで欲しい」

 華奢な腕に力を込めて、俺に抱きつく。不思議と落ち着く気がした。人って、あったかいんだな……。こんな温もりはもう俺には得られないものだと思っていた。

「向日葵ちゃん」

「うん?」

「俺、向日葵ちゃんの前で泣くのはこれで最後だ。これからは嬉しいこと、楽しいこといっぱいやろう。ベタなことしか言えないけど……」

「それでいいよ。気の利いたセリフなんていい。夕夜くんが思ったことを言ってくれれば」

「そうだな……。じゃあ、キスして欲しい」

「ええっ!?いきなり?」

「だって、付き合い始めたっていうのに、手も繋いだことないぞ俺たち。デートも出来てないし……たまには」

「たまにというより、初めてだよ……うう……じゃあ、目、閉じて。見られるのはまだ恥ずかしいから……」

 言われた通りに目を閉じる。視界は暗くなった。待ち構える。キスを待ち構えるってあまり聞かない言葉だな。

 そして、デコに軽く柔らかい感触が。

「って、デコ?」

「唇はまだ早い!もっと順序踏んでから!」

 意外と古風な彼女の考えが可愛らしく見えて、笑った。

「もーなんで笑うのー?」

「理由なんてねえよ。はは」

 つられるように、向日葵ちゃんも笑った。やっぱりこの子には笑顔が似合う。俺は、この子の、旭向日葵という女の子の笑顔を守りたい。そう再び思わせるには十分だった。

「あと、もう一つ。夕夜くんお兄さんに勝ってるのあるよ」

「別にいいよ。無理しなくても。あいつとは折り合いつけるしかないし」

「無理なんてしてないもん。うん。私、きっとそのお兄さんよりも夕夜くんのほうが好き。お兄さんのほうを好きになるなんてないよ。夕夜くんは自分に自信を持って」

 照れ臭くなって、俺はほおをかいた。

「じゃあ、そうだな……日向と俺、どっちが好き?」

「うぇ?う、うーん」

 唸ってしまった。きっと、まだあいつのことも大好きなんだろう。別に俺は今はそれで構わない。

「いじわるだったな。そんなに頭抱え込まなくてもいいよ。そろそろ、ケーキ屋行こう」

「あ、うん!」

 俺は自然と向日葵ちゃんに手をさせ出していた。向日葵ちゃんもそれを握ってくれる。

 俺は日向が羨ましかったんだな。仲のいい兄弟というものに憧れを見ていたのかもしれない。

「でも……やっぱり、逃げっぱなしじゃかっこ悪いよね」

「え?」

「お兄さん。見返したい?」

「見返す……とは、やっぱちげぇかな。ただ、俺も逃げっぱなしは性に合わない」

  でも、そのために何ができる?

  俺には思いつかない。そもそも、兄という存在から逃げている以上、具体的な原因はどこにも存在していないのだ。兄というものを恐れているのか?

「俺があいつを避けてる以上、改善もしないし解決もしない。でも、俺もわざわざ向こうに会いにも行きたくねえんだよな」

「えっと、お兄さんは高等部の生徒会長だったっけ?」

「そうだな。それで、わざわざサッカー辞めてる。続けてても、どっかに進学出来んだろうに。あいつは生徒会長という肩書きにこだわった」

「きっと、罪悪感があったんだよ。夕夜くんに。それ以上に夕夜くんと仲良くしたいって思ってる。夕夜くんのことを無視してるのは親であって、お兄さんはしようとはしなかったんでしょ?今は夕夜くんが一方的に遮断してるから交流はなくなってる」

  俺の彼女はいったい、何を言いたいんだろう。兄のとっている行動は俺には何一つ理解できてやしない。むしろ、俺はあいつが生徒会長となったのは、サッカーはもう十分に俺に差を示したから、さっさとやめたに過ぎないと考えてるぐらいだ。

「俺には分からない。あいつは、あいつの行動はどんな意味があるんだ?」

「きっと、サッカーを続けてれば夕夜くんをさらに苦しめる。続けてる限り、関係は良好しない。そう考えたお兄さんは、部活をていよく辞める理由を探し、かつ咎められない方法を探した」

「それが生徒会長だってか?」

「まあ、私の推論だし、事実は分からないよ。でも、やっぱり拒絶してるのは夕夜くんの方だと思う。親とは仲直り出来なくても、お兄さんとだけは……」

  そこで、口を閉じる。難しいことではあると分かってるんだろう。

「うちもさ。片親だし、ほとんど不在だから本当の親の愛情なんて分からないんだ。でも、お兄ちゃんはさ。献身的に私の味方をしてくれた。本気で嫌ってるなら、たぶん平気で貶めることをすると思う。私は、そういう人、見てきた」

  学校中の人気者である彼女にも、当然それを妬む人もいる。彼女は人を貶すことも嫌うこともよしとしない。汚れ役は全部日向が背負っていた。だからこそ、この子はいつも笑顔でいられたし、真っ直ぐ、素直な子でいられてる。でも、その分悪意に関しても敏感なんだろう。日向が守っていたと言っても、全方位から守り切れるわけじゃない。目撃、もしくは被害にあったことも……。小さなことであっても、傷つく。人は誰かを貶めて、自分が優越感に浸る。貶された人がどれだけ傷つくかも知らずに。うちの親はその典型だ。俺と兄を比べ、出来のいい兄を優遇し、出来の悪い俺は、腫れ物扱い。だけど、親はそうであっても、俺の兄貴がそうであるわけではない。きっと、向日葵ちゃんが言いたいのはそういうことだ。

「今すぐにとは言わないよ。夕夜くんが歩み寄れると感じられるその時で。それでも、躊躇いそうなら、私が隣にいてあげる。きっと、お兄ちゃんも愛ちゃんも春乃ちゃんも、綾ちゃんもいてくれる。夕夜くん、一人じゃないんだから」

「そうだな。いつのまにか、一緒にいてくれるやつ、一杯いてくれてんだな」

  一部、暴力をふるってくるのもいるけど、きっと、本当に付き合う気がないなら、徹底的に無視すればいい。あいつらのは、ただじゃれあいだ。俺もあいつらもそれを分かってるから、いつも、今でもつるんでる。

「そうだよ。うん、長話しすぎちゃったね。中に入ろう」

  俺たちが話してたのは、ケーキ屋の路地裏。人目に付くとこで、あんなことは出来ません。すぐ裏は厨房だし、ケーキを食べる場所は離れている。よほど、聞き耳立ててさえなきゃ、聞いてやしないだろ。

  裏口の扉を開ける。

 ドサッ。

「てめぇら……本当に期待を裏切らないよなぁ……」

  普通に裏口の扉にくっついていたため、開けただけで流れ込んできた。

「わ、私はやめようって言ったんだよ?」

「よく言うわよ。日向以上に聞き耳立てようとしてたくせに」

「お、お兄ちゃん……どこから……」

「あ……えーっとだな……どの辺りだっけ」

「私に確認取らないでください……」

「お前ら!一列に並びやがれ!」

  俺が叫ぶとともに、逃げ去る。あいつらデバガメ根性丸出しか。結局どこからどこまで聞いてたのか分かりやしなかったし。

「ったく……やな友達持っちまったな」

「嬉しいでしょ?」

「まあな」

  それだけ気にしてくれるやつらがいるのは、正直嬉しい。さすがに、いただけないところもあるけど、許容範囲だ。

  彼女の兄貴で、親友の日向。その彼女の愛花。愛花の親友で俺たちの世話係の春乃。出会ったばかりだけど、彼女と同じテニス部で、全国出場もしてる綾。きっと、縁が無ければ、出会うこともなかった。始まりは、彼女のハンカチを拾っただけかもしれない。たったそれだけでも、繋がりは出来るものだ。

 その繋がりがもう一度、取り戻せるなら……。

「なあ、向日葵ちゃん」

「なに?夕夜くん」

「俺、いつかあいつと話に行くよ。その時はさ……一緒に来てくれ」

「うん。私でよければ」

  いつ、あいつと距離が縮められるか分からない。まだ、頑なに拒んで意地を張ってんだろう。まだ、メドは立たない。でも、いつか話に行こう。手遅れにならないように……。

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