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ひまわり畑  作者: otsk
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少年の意地(2)

 フットサルのコートは狭いので、基本的にぼくたちのチームはマンツーマンでマークをつけることにした。もちろん、夕夜のマークはぼくがついている。

「へっ。お前でも、俺は止められねぇぜ」

 ドリブルをしかけてくるかと思いや、後ろに向いてパスを出した。誰に?全員マンマークだ。

 ボールを受け取ったのは……まあ、空いてんのはオッさんだけだ。

「キー攻めかよ!!」

 キーパーが飛び出して、攻撃に参加することだ。無論この間はゴールが空くので、ボールを蹴りこめばチャンスなのだが……。

「うらうら!どけどけどけぇー!!」

 奇声を上げながら突進してきた。何の工夫もないドリブルだけど、顔が狂気に満ちてて、近寄りがたい。皆、マークを外さないようにだけして、鬼を牽制している。

「なんだぁー!誰もとめえねぇのか!俺が決めるぞ!」

「そんな顔が怖いだけのドリブルなんか、止めるのは容易いわー!!」

 スライディング一番、オッさんが操っていたボールを奪い取る。オッさんは地面に転がった。よし、チャンスだ。

「オイー!今のファウルだろ!」

 オッさんが叫ぶので、ジョーさんの方を見るが、手を交差させて、バッテンを作る。ノーファウルだ。

「もらい!」

 ガラ空きとなったゴールにシュートを打ち込む。

 決まった。

 確信したが、一つの足が伸びてボールの進行を妨げた。

「ま、大体予想はしてたさ」

 夕夜は、さも同然と言った顔でボールを止めた。

「次は俺からだぜ!」

 ボールを奪いに行った、うちのチームの一人をかわしてスピードにのる。

 やばいな。あーなると、よっぽどのやつじゃないと止まらない。

「ほっ」

 巧みにボールを操る。まるで、ボールがあいつに吸い付くように。

「ぼくともう一人で囲んでください!」

 反応したメンバーが夕夜にプレッシャーをかけにいく。だが、夕夜はそれを少しもいに介さずにその傍を駆け抜ける。

「甘いな!日向!一人マーク外したってことは、一人空いたってことだぜ!」

 夕夜の言うとおり、マークを外したことで、一人ゴール前に走り込んでいた。そこに合わせて、芸術的なパスを出す。足を出しても届かない位置に。

 やがて、そのパスをワンタッチで合わせて、ゴールのネットを揺らした。

「ピー!」

 ゴールが入った合図の笛が鳴った。

「おお!すげえ!足出しただけで入った!」

「いやいや。うまく合わせてくれてありがとうです。できない奴はあれを外しますから」

 夕夜は相手チームのメンバーから賛辞を受けていた。オッさんはどうだ、という顔でぼくを見ている。いや、あんた転んでただけだろ。

 とはいえ、一つ分かったことがある。

「皆さん!夕夜はぼくが止めます!あとケーキ屋は素人なんで顔が怖いだけです。あの人がボール持ったら、迷わずスライディングしてください!よほどの限りファウル取られません!」

「おい!そりゃひいきじゃねえか⁈」

 なんか叫んでるけど、気にしない。あの人見た目以上に頑丈だし。それ以前に基本的にキーパーは攻めたりしない。

「あの、店長。ゴール決めたい気持ちは分かりますけど、キーパーなんで、その定位置にいてください。今はたまたま上手く行ったものの、次はうまく行きませんよ」

 夕夜が店長をたしなめていた。

「何だと!?じゃあ、キーパーなんてなしだ!全員攻撃!」

「ルール上キーパーはいてください」

 ジョーさんにルールを盾にたしなめられる。オッさん、子供より子供だろ。小学校のサッカーでも、キーパー無しの全員攻撃なんて真似はしないぞ。

「じゃあ、位置について」

 ジョーさんの笛で再びキックオフ。さすがにオッさんはゴール前にいた。だが、威圧感は半端ない。下手に動くより、あの方が適任だな。夕夜はナイスな人選をしただろう。

 ちなみにうちのキーパーは柔道家っぽい人、やっさん。さすがにあのシュートは芸術的すぎたため、止められなかった模様。

 いわく。

「次、ボール持った奴が来たら、投げ飛ばす!」

 ファウルどころか一発退場になりかねないことを言い出したので、全員でたしなめるのことに。こっちもこっちで闘争心が沸き立っている。

 隣の味方にキックオフをする前に作戦を耳打ちする。

 味方の人は頷いて、目線を前に向けた。

 そして、蹴り出し、ぼくに預けて、ゴール前に走り出した。

 ぼくはそこに向けて高く、ボールを蹴り上げた。

 誰も届きはしない。あの人だけが届く位置に。

「バカめ。日向!コントロールミスか?」

 ミス?違うね。完璧だ。オッさんの運動能力は重々承知してるが、それでも届かない位置はどうしようもない。

 走り出していた、味方は落下してくるボールに合わせて、高く跳んだ。

 そのままヘディングで叩き落とし、ゴールネットが揺れる。

「はっ……?」

 オッさんは呆気に取られている。何が起きたのか分かってないのだろう。普通キーパーというのは、ボールを受け止めるだけでなく、高く上がったボールが上空にあったら競り合わなければならない。オッさんはどうせ素人だから、競り合いをしてこないと踏んだ。結論は正解だったというわけだ。

 ピーと笛の音が鳴り響いた。

「完璧です!ルイージさん!」

 ルイージさん。というのはあだ名である。別に某有名配管工兄弟の片割れとかいうわけではない。ファイアーボールとか繰り出さないし、掃除機使って、冒険したりしない。この人の本名は瑠偉次るいじというらしい。背は190cm超えてそうなほど長身。背高くて、その名前ならそうならざるをえないか。

 ちなみにルイージ本人は170程度でヒゲの超人配管工おじさんは155らしい。ルイージ、ぼくとあまり変わらないじゃないか。

 ついでにルイージさんはバスケをやっていたらしい。競り合いにも強そうだ。ただし、無口である。

「店長!キーパーなんだから、手使っていんですよ!ボールが高いからって、突っ立ってないでください!」

 夕夜がオッさんに向かって命令していた。どうやら、あいつにも熱が入っているようだ。オッさんは豆鉄砲でも食らったように、目を開かせていたが、元どおりの顔に戻る。

「日向!まだ1対1だ!やるからには負けねえ!たとえ、お前であろうともな!」

「こっちのセリフだ!」

 夕夜と対峙する。こうやって、面と向かって戦うのはあの日以来だろうか。あれは技もスポーツマンシップのへったくれもないただ、大切な人を取られたくがないがための喧嘩だった。あれは、あれで理由はあった。

  オッさんは夕夜にまたサッカーをやらせたいみたいだけど、これで夕夜の熱が再燃するんだろうか。

  あいつの口からは辞めた理由は聞いていない。オッさんが冗談であんなことを言うとも考えにくいから、事実であろうが、それでも決めるのは夕夜自身だ。ぼくたちが横からとやかく言う話ではない。最も、こんなお遊びサッカーなんかで火がつけば、それに限った話ではない。別にあいつはサッカーを嫌ってるわけではないのだから。

 再び、ボールをセットして、ゲームをスタートする。


 ーーーーーーーーーーーーー


 前半終了。さすがに運動してるというだけあって、おじさんたちはまだまだ元気そうだ。

「スコアはイーブンのままか」

  結局、あれ以来、点は入らなかった。ゴール前にハイボールをあげても、オッさんは無茶苦茶せってくるし、下からなら、夕夜が止めてしまう。

  対してこっちは、徹底的なマンマークで基本的に夕夜以外に触らせないようにした。その結果が功を奏し、追加点は入らなかった。オッさんは言いつけ通り、ゴール前を陣取ってたし。

「にしても、あのサッカー少年はなんでシュート打たないんだ?」

「……元々、あいつはストライカーではない上に、以前に致命的な失敗をしまして、よほどではない限り、自分から打とうとはしないんです」

  三年時はすでに比べられることを良しとしなかったためか、基本的にパサーの役割に徹底していた。本来はストライカーだったのだ。でも、打たなくなった理由はサッカー部員なら誰もが知ってるし、誰も異論を上げることはなかった。

「あいつにとっては最後のチャンスの大会で、PKを外したんです。結果、チームは負けた」

「そんなの誰にでもというわけではないが、無い話じゃないだろ。あの少年……夕夜君か。夕夜君が打たなくなった理由になってはない」

「あいつ、二つ上に兄貴がいましてね。その人は、高校に入ってからサッカーを始めた。あいつはすでに一年以上キャリアを積んでいた。あいつ、親からほとんど見捨てられてた状態らしいんです。さすがに中学と高校ですが、兄以上の結果を残せば確執を許すことになってたらしいんです。まあ、又聞きなんでどこまで本当か微妙なところですが」

  結果、夕夜は県予選落ち。片や、兄貴は全国大会出場。しかも、兄はチームのエースストライカーとして、チームに大きく貢献した。始めて、数ヶ月と言ったところの話だったのにだ。

  夕夜は完全に親から見放されたらしい。荒れることはなかったが、全て失った抜け殻のようになってしまっていた。

「それでも、辞める気はなかったんだな?」

「あいつにとっては、たぶん、それこそ完全に敗北を認めることだったんでしょう。失ったままでも、反抗したかったんだと思います」

  自分の兄に勝っていたと思っていた唯一の取り柄まで取られたとしても。

「それで、ポジションを転向したんだと。まあ、うちの中学は夕夜がポイントゲッターだったんで、著しく攻撃力は落ち、ほとんど勝つこともなくなったようですけど」

  あいつからは聞くことはないけど、そこまで人数が多いわけでもないから自然と噂は耳に入り込んでくる。チームメイトも惜しんでいたが、事情を知っている以上無理強いもできなかったんだろう。それからだろうか、あいつのキャラが不自然なほどに明るい、ボケキャラみたいになったのは。それまでは、誰も近寄らせない、一線を引くような雰囲気を漂わせていた。

「まあ、外すことを極端に恐れてるのかもしれません。トラウマってとこかもです」

「でも、打ちたくないわけでもないだろう。サッカーっていうのはシュートして、ゴールを決めるのが一番の華だ。一押しがあればいいんだろうけどなあ」

  俺たちでは無理だよな、と続けた。そんな程度で解決できるなら……。あいつも愚行だとは思ってるんだろう。あいつがやってるのは逃げてるだけなんだから。あいつは自分の兄に対して、異常なほどに引け目を感じている。ぼくたちが計り知れるところですがはないが、あいつにとってはそれほどのことなんだろう。でも、逃げ続けてなお、兄に勝とうとする手段を模索している。今の手段はそれがケーキ作りとなっている。

 あいつが勝ったと思える瞬間は果たして迎えることができるのだろうか。『俺にはこんなことできない』って言わせれば、それでいいんだろうか。

 その判断はあいつに委ねるしかない。

「後半、始めますよー」

  ジョーさんの声に引っ張られるようにコートへ向かった。

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