少年の意地
「むう」
一人、ぼくはうなっていた。
「どうしたの?ひなちゃん」
もぐもぐと朝食を取りながら、ほのぼのとしている。いや、実際はもう少し急がねばなんですけども。
「イベントがない」
「何もない日常も大切だよ。息抜き息抜き」
「誰かがアクションを起こすことを信じるか」
夕夜あたりが起こしてくれるだろう。そういや、原稿はほとんど完成してるとも言ってたし、書けるということは文才は割とあるのかもしれない。この際、文章の善し悪しは言わないでおこう。次書くのは、愛花だ。
「愛花は小説の構想とか考えてんの?」
「私?まあ、夕夜君次第かな。こう見えても、国語は得意だよ〜」
国語の成績で文章が書けるものでもないと思ったけど、本人やる気だし、やる気を削ぐような発言は控えよう。
「ひなちゃんは?」
「ぼく?ぼくかぁ」
ぶっちゃけ何も考えてない。リレーというぐらいだし、自分勝手に暴走するのはトップバッターの夕夜だけでいいだろう。あんま、小綺麗にまとまりすぎてても、それは小説としては面白くない気がする。
「愛花と同じ」
「えへへ。一緒〜」
こんなことでも、喜んでくれる愛花は優しいと思う。
にこにこと笑う彼女を見てから、時計を見比べる。
「………」
8:20
「見間違いかな……」
8:21
秒針は進むことをやめてなかった。止まってたら、それはそれで大パニックだろうけど。時間が正確なことは分かる。
「遅刻だー!」
のんびりしすぎた!ちくしょう!向日葵がいなくなった弊害がここで出たか!
「とりあえず、食器は水に浸しといて!髪は学校で縛ってあげるから!」
「あーうんー」
彼女はどこまでも、マイペースでのろのろと動いていた。
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「彼女と遅刻とは、勘違いされるわよ?」
息も絶え絶えに辿り着いた、教室で春乃から忠告を受けていた。
愛花はぼくが引っ張って行く形だったから、席で死んでいた。大丈夫か?
「ギリギリ間に合ったから、勘弁してくれ……」
「あんたがしっかりしないと。あの子はマイペースでぽやぽやしてるんだし」
「次は気をつける……」
そう言って、会話を終わらせた。次は移動教室ではないので、机の上に伏せて、寝ておくことにする。
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放課後、夕夜から何やら誘いが。
「今日バイト休みなんだ。久しぶりに遊ぼうぜ」
「部活行けよ」
「いや、店長からの誘いなんだよ」
あの人は働け。
「なんだって僕に?一応、部活に行く予定だったんだけど」
「俺も原稿完成したから、それだけ置いて行く。玄関で待っててくれ」
「あ、おい……」
まったく。こっちの了承も得ないで、勝手に決めやがった。それよりも、あいつ完成したのか。仕事の早いやつだな。
愛花に用事が出来たことを伝えると、泣かれそうだったけど、そういうことではないことを説明して、泣き止んでもらった。この間に春乃に殴られたことは言うまでもない。話の内容は最後まで聞いてください。
玄関で待つこと10分ほど。夕夜が来た。
「よー待たせたな」
「一発殴っても支障はないよな?」
「暴力に訴えるのはやめてください!」
「お前、向日葵は?」
「今日は男だけってことで」
彼女には言えんのに、男のぼくには言うか。
こいつの行動がイマイチ分からない。まあ、隠したいことの一つや、二つあるか。ぼく自身隠していることはある。深く詮索しないのが、優しさってものだ。
「行こうぜ」
先に歩いていた、夕夜が急かすようにぼくを呼んだ。
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「ここ……。公園か?」
「なんか指定されたんだよ。俺もよくわかんねえけど」
公園と併設して、ちょっとしたグラウンドがある場所だ。何かおっ始めるのか?
「いねぇな。店長」
「まったくだ。呼び出しておいて、遅れるとは。ケーキの一つでも手土産に欲しいな」
「ねぇよ。そんなもの」
後ろから、オッさんが歩いてきた。他にも何人かおじさん軍団が。本当に何かやる気なのだろうか。
「よっしゃ!野球やるぞ!」
ぼくは、置いた荷物から転がってきたボールを拾い上げ、振りかぶった。
「火の玉ストレート!」
「くぼぉあ!」
「うおっしゃぁ!」
見事にオッさんの股間に命中。狙い通り。いやー、スッキリ。
「お前、殺人鬼だな……」
隣で、友人が何か呟いている気がしたが、オッさんもあれぐらいじゃ死ぬまい。
「すごいな。130km出てたんじゃ」
「ゲンさん一撃とは」
「いい肩をしている」
おじさん軍団から賛美の声が漏れていた。ストレス解消に投げただけだけど、無駄にコントロールよく当たってしまったからな。
「君、部活は?」
「はい?文芸部っすけど」
「草野球に興味はない?」
「はい?」
草野球?
「おい……やっさん……。俺が今日用があるのはそっちじゃねえ……」
オッさんが苦し紛れに、言葉を発する。辛そうだ。犯人ぼくだけど。
「そっちの……目つき悪いほう……」
「ゲンさんほど悪い人はいねぇわ」
「俺のことはほっとけ!デカイのいるだろ!」
「こっちか。なるほど、いい身体してるね。スポーツやってた?」
「去年までサッカーやってましたけど」
「採用」
何かの面接に夕夜は通ったようだ。
「え?あの、意味がわからないんすけど」
倒れたままのオッさんをさしおいて、話を始めるやっさんと呼ばれたおじさんと夕夜。夕夜ほど背はないが、体つきが鍛えてる人だった。柔道家かな?
「いや、ゲンさんから体力持て余してる少年がいると聞いてね」
「別に今日は草野球しに来たわけじゃねえよ」
じゃあ、この野球用具は一体なんなんだ。
「今日はフットサルだ」
「野球じゃねえのかよ!ゲンさん!」
「ガタガタ言うんじゃねえ!指切り落として、代わりにソーセージにしてやるぞ!」
言うことがヤクザである。代替品としてソーセージを持ち出すのが、この人流。実際にはやらないけど、この人が言ったら、マジでやってきそうで怖い。甘いもん作りすぎて、血の気に飢えてんのかな。
「なんだって、またフットサルを」
ぼくはオッさんに聞いてみる。
オッさんはぼくに耳打ちをするように肩を回した。
「あいつ。サッカーやめたらしいじゃねえか」
「ああ。肌に合わなかったって言ってたけど」
「聞いてなかったか。どうにも、あいつの兄貴が関連してるらしい」
あいつはあまり家のことは話したがらない。兄がいるというのは知っている。なんせ、生徒会長だ。
「あまり、突っ込まない方が、あいつも嬉しいんじゃないの?」
「もったいねえだろ。見た感じあいつは才能の塊だ。あいつ、用具が使えなくなったからやめたらしい。あいつ自身諦めてはないように見えんのよ」
「ふむ……」
確かに、あいつの身長は中学時代、サッカー部を引退してから5cmほど伸びてる。あいつ元々デカイし、気にするほどではないけど、それでもサイズは合わなくなったのかもしれない。
「買ってもらうこととかは?」
「あいつ。学費以外何ももらってねえみたいなんだよ。あるとしたら、お年玉かなんかで、小遣いはまかなってたんじゃねえのか」
おかしな話である。弥富家はこの地域では割と有名な名家だ。あいつに小遣い程度のお金を分けることは不可能ではないはず。没落したという話も聞かないし、あいつから、支援を絶っていると考える方が妥当か。
「で、何をすると?」
「さすがにサッカーコートじゃ、おっさん共じゃ、動き回れん。それでも、多少なりは運動をしてる連中だからな。フットサル程度なら動けるだろうと思ってな」
「あいつの本気加減を見極めると」
「さすが日向。察しがいい。俺が育てただけあるな」
あんたを反面教師にして育ちました。というのもこの人の奥さんから「あの人みたいにだけはなっちゃだめよ」と言い聞かせられたからである。
「じゃあ、ぼくとあいつは別れないとですね。あとは適当に別れてください」
「ぞんざいだなぁ。お前のスピリットはそんなもんかよ」
元よりこの人の戯言に付き合う気はあまりない。思ったけど、魂もソウルもスピリットも意味合いは一緒。果てし無くどうでもいい。
「おーい。ジャンケンで決めんぞ!グーパーだ!」
ぼくと夕夜の存在を無視してる気がする。というかこれは、戦力的な問題としていかがなんだろうか。まあ、グーパーで決めるぐらいだし、分散してもあまり問題ないだろう。
「おーし。いい感じに散ったな。日向。俺と同じチームか違うチームどちらがいい?」
「違う方で」
徹底的にボールをぶつけてやりたい。
「かー!それが息子の言う言葉かよ!俺は寂しいぜ」
「元よりあんたは育て親なだけであってあんたの子供ではない。それにあんたが協力したいのは……あっちだろ?」
慣れた様子でリフティングをしてる夕夜を見やる。オッさんはそうだな、と頷き夕夜の元へ行った。まだ、日は高い。
「うっし!15分ハーフだ!時間はジョー!やってくれ!」
「hu!it's miracle!!」
なんか外人出てきた。しかも、出てきて早々、意味がわからない。何も奇跡は起きちゃいない。
「ついでに見た目外人だが、国籍は日本生まれ日本育ちのバリバリ日本語が使える。今のはキャラ付け」
「ちょ!ゲンさん!台無しじゃないっすかー!マジで、雰囲気ぶち壊しっすわー」
今時の若い男のようだ。しかも、この人が一番運動できそう。
「ちなみにこいつの運動神経は50mを9秒台で走る」
小学生張りの運動神経だった。外人の恵まれた体躯のバネはどこにやったのか。
「イヤー、五年前までは6秒切って走れたんけどね。運動は怠っちゃいけないね」
特に太っているわけでもないし、どちらかといえば、絞ってる身体なのだが、ここまで運動能力は落ちるものか?
「ジョーさん。怪我すか?」
「少年!よく分かったね。五年前に靭帯やっちまったよ!hahaha!原因はゲンさんだがね!」
「てめぇが原因かー!!」
つーか、そのアホみたいな武勇伝聞いたことがある。五年前、商店街でカンフーやってたやつが、届け物のケーキを台無しにしたとかで取っ組み合いの喧嘩になり、相手の足をやってやったとか。障害事件だ。オッさんのもやられてるから、業務妨害にもなるのか?
「何言ってんだ。就職先もなかったこいつを斡旋してやったのは俺だぞ」
「勉強出来なくて、ニホンゴムズカシイヨ」
カタコトになっていたが、日本生まれ日本育ちで日本語ペラペラじゃないのか。それなら、ただ単にこの人の怠慢である。
「今は何を?」
「スポーツ用品店で店員としてやってるよ。たまに君も来てるよ」
「あー」
見たことある。狭い店内で陽気にヒップホップを口ずさんでた店員。この人か。
「一緒にいた子可愛かったね。彼女さんかい?」
「妹です。あいつが彼氏」
夕夜を指さして言う。あいつは器用に頭でリフティングしている。
「取られたのかい?」
「ちゃんと許可しました」
「若いのはイイネぇ」
この人もまだ若いと思うが、二十代前半ぐらいだろう。それでも自分より若ければこんな風に感じるようになるんだろうか。
「おーい!ジョー!早く仕切ってくれ!」
「はーい!haha行くよ少年!」
「あ、はい!」
そういや、フットサルてどんな感じだっけ。サッカーよりコートが小さくてゴールが小さいのは分かるけど、デカイ人がやったら入らないんじゃないか?
「じゃあ、店長キーパーお願いします」
「おう。一点もやらんぜ」
ふっ。オッさんがキーパーか。なら
「皆さん!シュートは全部キーパーの顔面狙いで!ガンガンいきましょう!」
「うおっらっしゃー!!」
こっちの人員超元気。恨まれてんな、ケーキ屋店主。
「ハーイ。キックオフね。フェアにやりましょう。一応、ファウルとハンドぐらいはとるから」
割とちゃんとやるみたいだ。それぐらいのほうが面白いか。
キックオフは向こうから。夕夜が蹴り出した。




