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ひまわり畑  作者: otsk
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夕夜の葛藤(4)

 二年になって、あいつは高校生になった。あいつの進学先は俺の中学の上の高校だった。それだけならまだしも、あいつはサッカー部に入った。きっと、親から俺より才能があることを鼓舞しろとでも命じられたんだろう。あいつは親の言うことに絶対服従だ。いつも、反発して逆らってる俺なんかより、ずっと可愛いだろうな。別に俺は愛情をあんな親から注がれたいなんて思えなかった。反発するのは、親に構って欲しいことからの表れだっていう説もあるけど、俺は全力で否定するね。むしろ構って欲しくないから、これをやっている。

 そして、サッカー部に入ったあいつは頭角を表し、一年ながら、チームのエースストライカーで、今まで一度も出たことなかった全国大会に導いた。

 その年の俺はといえば、県予選敗退。

 まざまざと実力差を見せつけられた気分だった。俺にはこれだけやる力がある。お前は永遠にそこで立ち止まってろとでも言わんがばかりだった。

 でも、その年は俺にとっての転機があった。

 それがなければ、今でも腐って、腐って、腐り切った人生をまだ進み続けようとしていたのかもしれない。


 ーーーーーーーーーーーーー


 その子とは、たまたま部活に行く途中で出会った。

 彼女が落としたハンカチを届けただけ。それだけだった。

 でも、拾った俺の顔を見ても怖がらずに笑顔で言ってくれたんだ。

「ありがとうございます。お兄ちゃんからのプレゼントで大事なのだったんです」

 大抵、俺が善意で何かしようとしても、俺の顔を見て、怖がるやつしかいなかった。だから、引きつった顔で「あ、う、うん。ありがと」みたいな微妙で曖昧な返事をするんだよ。同級生からも、そんな感じで傷ついたね。

 そんなわけでその子には一目惚れだったよ。調べてみれば、その子は今年入学した一年で1番人気で可愛い子だという話だ。特に目標も何もなかった俺は、その子と付き合いたいがために早速呼び出して、告白しようと思ったんだ。こんな、目つきの鋭いやつで上級生だし、怖がられてお終いかもしれないという結末しか見えてなかったけど、挑戦はしたかった。まあ、あわよくばいい返事がもらえると期待してたんだよな。まあ、事は俺が思ってたのとは違うことが起こったのだったけど。


 ーーーーーーーーーーーーー


 放課後に呼び出すと、向こうも応じてくれた。俺の顔を見て、

「この前ハンカチ拾ってくれた人ですね」って、笑顔を向けてくれた。心底可愛いと思ったよ。まあ、同級生にもそこそこ可愛い子はいたけど、その笑顔は俺に向けられることはなかったからな。その笑顔が俺に向けられているのが、嬉しかった。

「その、話ってなんでしょう?」

「あのさ。その、良かったら、俺とつきあ……」

 そう言いかけた時、俺の体は吹っ飛ばされていた。

 何か起こった?

 体を起こすと、その子の前には一人の男が立っていた。

 やれやれ、彼氏がいたのか?そりゃ、吹っ飛ばされるわな。

 いやいや、おかしい。俺もそれなりに体格には自信がある。俺の目の前に立ちはだかっているのは、俺よりも見た感じは10cmほど低い、小柄なやつだった。中学二年にしては平均ぐらいとも言える。

 そいつの体はものすごく震えていた。ていうか、見たことがある。確か、同じクラスの……。

「旭、日向?」

「そーです。旭日向です。そして君は……」

 言葉に詰まる。何を言い出すか、とりあえず待つ。

「………顔は見たことがあるけど、名前が出てこない。悪いけど名乗ってくれ」

 出会ったそいつはどこまでも失礼なやつだった。

「弥富夕夜だよ。名前ぐらい覚えとけ。同じクラスなんだからよ」

「そうだ。弥富くんだよ。……で、うちの妹に何だって?」

 …………妹?

 そういや、このこの名前は……旭 向日葵。

 調べてる間にいくつかの噂は耳にした。この子に告白しようとしたやつは数知れず。だが、直接断られたわけじゃないが、全員が焦燥感に浸り、二度と告白をしようと思わなくなる。その理由が、絶対的兄の守護のため。ただ、それだけ。

 見た目はかなり弱そうだ。どうしたら、そこまでの力を出せるのか全くわからないけど、とりあえず吹っ飛ばされてた事実だけは受け入れよう。

「で、そのお兄ちゃんがどうしてここにいる?妹の恋路が始まるのを止めようってか?」

「向日葵にはまだ早い。というか、不良代表みたいなツラしたお前なんかに渡そうという気はさらさらない。というか、誰にも渡さん」

「はっ。ただのシスコン野郎か。悪いが、俺はその子のことが心底気に入った。無理やりというわけじゃないが、お前をねじ伏せれば、チャンスぐらいはくれんだろうな?」

「できるかな?」

 不敵に笑う。初見じゃわからなかったが、かなり鍛えてる体だ。肉のつき方に無駄がないのが、服の上からでも分かる。

「うおらっ!」

 一発、何処かに打ち込めば、それでも動きを止めることは可能だろう。

 だが、振るった拳は空を切った。

 やつは俺の懐へ入り、横っ腹に蹴りを食らわす。

「ぐわっ」

「弥富くん。去年、上級生数人をボコったって聞いてるけど、誤報かな?これぐらいじゃ。まあ、最も、ぼくに一発入れたのは誰一人としていないけどね」

「えい」

「いた」

「やったー。お兄ちゃんに一発入れたー!」

「いや、あのな向日葵。なんか違う。でも、可愛いから許す」

 きゃっきゃっと、戯れる兄妹の光景。本当に楽しそうだった。いつの日か、俺にもあんな日常はあった。でも、それは遠い昔になった。

「向日葵、離れてろよ。ぼくより弱い奴に向日葵を守らせるわけにはいかない」

「いや、お兄ちゃん……」

 心配そうに見守っていたが、この子自身もこの兄に守られてることに不満を持ってるわけじゃないようだ。この兄妹の間に俺が入っていいんだろうか。

 でもさ。

「やっぱり、引けねえわ」

「ん?まだ、やる気?そうくるなら、戦闘不能まで徹底的にやるよ?」

「こっちのセリフだ!」


 ーーーーーーーーーーーーー


 校舎裏の土の上に俺は倒れていた。サッカーの試合でも、ここまで無様に倒れたことはない。完璧に負けた。サッカーはチームスポーツだから、チームとして負けることはあっても、俺自身が負けることはなかった。直接やって負けたのは初めてか。あいつの場合はただ、追いかけてただけだからな。ハナから勝負も始まってなんかいない。

 旭の方はといえば、口の端を切っていた。一発は入れることが出来たのだ。

 そいつは、俺を見下ろす形で立っていた。

 そして、俺の顔の隣では、向日葵ちゃんがお気に入りのハンカチで俺の顔の汚れた部分を拭いてくれていた。

「これ以上関わるな……と言いたいところだけど、ぼくに一発入れたことと向日葵がお前のこと気に入ったみたいだから、ぼくの監視下において、向日葵と接触することを許可する」

「告白の方は?」

「そんなもん破棄だ。せめて、ぼくより強くなってから言えよ」

「はあ……。強いなお前。俺さ、ある一人以外は負けない自信があったんだ。お前は見た目はひょろい感じがしたし、スポーツやってるわけじゃないだろ?」

「ぼくは妹のためなら、何でもする。ぼくのエゴかもしれないけどさ。向日葵はぼくが守り続ける。そう昔から誓っている。だから、隣にはその必要がなくなるまでぼくが立ち続ける。でもそれは、強ければいいってもんじゃない。ただ、暴力的に強いだけのやつはいつか、向日葵を傷つけることになる。ひ弱なやつは向日葵を守ることはできない。ぼくが許すのは、目の前のことにひたむきで、一人の女の子のために体を張れて、絶対に傷つけないと誓えるやつだ」

 絶対に傷つけない……。例えば、付き合って、別れるとなれば、相手の子は心に傷を負う。手を出せばその子はキズモノとなってしまう。この兄はそのことをきっと懸念しているんだろう。相手の女の子は、まだ年端もいかないあどけない子だ。傷をつけたら、一生癒なくなるかもしれない。その痛みを自分で癒すことができるようになるまで、こいつは守り続けるのだろう。

 だけど、一体何が、こいつをそこまで駆り立てる?

 そこは俺の知る領域ではないのだろう。こいつが守ると言った以上そういうことなのだから。次に守るやつはそれを全部背負って守るべきなんだ。

「分かった。やたらに手出しはしないことにする。でも、今度やる時は、お前を越えてみせるからな」

「まあ、待ってるとは言わない。その時はぼくも強くなってることを考慮しとけよ」

 旭は向日葵ちゃんを引っ張って、その場を去ろうとしたが、向日葵ちゃんはちょっと断って、こっちに向かってきた。

「えっと……夕夜くんでいいかな?あんなお兄ちゃんだけど、仲良くして欲しいの。あんな性格だから、友達って言えるのは幼馴染の子一人しかいなくて。同じクラスなんだよね?よかったら……だけど」

 もじもじと言葉を紡ぐこの子は可愛らしかった。これじゃ、あの兄もずっと守ってたいよな。女の子からの頼みだ。聞いてあげよう。向こうが受け入れるかは別として。

「まあ、今日はさすがにバツが悪いから。明日からでも、いいかな」

「ぜひ!あっ、私のことは呼びやすいようでいいですよ」

「じゃあ、向日葵ちゃん。あいつは旭って呼んでるから、被ると分かりにくいし」

「はい!じゃあ、これからよろしくお願いします!」

 ペコっと、丁寧にお辞儀して、兄の元へ向かって行った。声も可愛いし、ハキハキと喋る子だな。見た目通りの名前だ。確かに人気あるのも頷ける。

 もうすぐ夏に入ろうかという季節。俺は二人の兄妹を見送って、家路につくことにした。

 日差しの時間が少し伸び始め、夕日が辺りを照らしていた。

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