夕夜の葛藤(2)
「じゃーな」
俺はあいつらに背中を向けたままでを振った。
「戻りました〜」
「おう!そっちのオーブンのやつ下ろしてくれ」
「はい!」
指示を受けて、ケーキのスポンジを置いていく。慣れたもんだ。一週間もやれば、自然に体が動くようなる。ただ、流れ作業で手を抜くことがないように慎重にやる。
「夕夜。顔が怖いぞ。いや、元からだが、なんかあったか?」
ほっといて欲しいものだ。あいつみたいに整った顔をしてるわけじゃない。いや、俺だって悪くないんだろうけど、目つきが昔から……昔からじゃないな。たぶん、中学に上がってからだ。なんか、睨みつけてるみたいだと形容されて、遠巻きにされるようになった。サッカー部に入っていたから、その連中は付き合ってくれてたけど、内心は鬱陶しがってたかもしれない。
今、顔が怖くなってるのは、自分が何かに追われてると感じているからかもしれない。
何から?
何からだろうか。
「まあ、お前も向日葵と付き合い始めたんだって?」
「ぶっ!だ、誰から!」
「そんなの一人しかいないだろ」
日向のやろ〜。俺をどんだけネタにしてえんだあのやろ。いつか、学校中に広まってそうだぜ。
「大方、日向と愛花ちゃんがデートしてんの見て、自分もやってやりたいと思ってるんだろ。若いのはいいな」
違う。きっとそんなことじゃない。俺とあいつは違う。やりかたは俺なりにやる。向日葵ちゃんも理解はしてくれる。でも、本当に俺なんかでいいのか?あんないい子が俺なんかを頼ってくれてる。俺なんかと付き合ってたら、変な噂立てられちまうんじゃないかな……。
店長に言われたこととは違うから、話すことにする。作業しながらでも、話すことは可能だ。
「店長。俺、自分に自信が持てないんすよ。どうしても、あいつと比べちまうんです。比べる対象じゃないって分かってはいるんですけど。どうしても」
「なんだ。長くなりそうだな。終わってからにするか」
「はい……」
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「ありがとうございましたー」
最後の客を見送って、店じまいをする。
「まあ、これでも飲みながら話そうや」
「ありがとうございます」
店内に設置された椅子に座り、話を始めることにした。
「で、何の話だったか?」
ここで、それもどうかと思う。一から言わなきゃならんのか。
まあ、整理するためにももう一度最初から話していこう。
「俺は向日葵ちゃんと付き合い始めました」
「まあ、そうか」
「でも、俺はバイトがあるし、向日葵ちゃんも部活だからお互いに忙しいんです。だから、日向みたいにデートしてやることはできないんす。まあ、そのことに関しては別に劣等感を感じることはないんです。向日葵ちゃんには理解してもらってる」
「それで?お前は何に劣等感を抱いてるんだ?」
「…………」
俺は一呼吸おく。
「俺はあいつの代わりにならなきゃいけないんです。向日葵ちゃんと付き合うっていうのはそういうことなんです。比べることはないって頭で分かってても、体はあいつを越えなきゃいけないって落ち着かないんです。あいつはあいつの形で誰かを幸せにしようとしてる。俺はあいつに任されたのにそれができないんじゃないかって。今日、あいつらを見てて思ったんです」
「お前にとって、日向は超えるべき壁ってわけか」
「日向だけじゃないんです。俺には。いつも、俺の前には壁があったんです」
これは、俺が物心ついた頃から今に至るまでの話。




