夕夜の葛藤
小説制作開始から三日目。夕夜から特に連絡が見られないため、進んでいるものと思い、声をかけることにした。ちなみに今日は日曜で愛花とデート中にケーキ屋に立ち寄ることに。
「で、なんだ?俺がバイトしてるというのにそちらは仲睦まじいことをアピールしようと嫌がらせに来たわけ?」
厨房から抜けてきて、裏口で会話。なんで、あるか分からないけどビールだが酒だがが入っていただろう箱を椅子にする。愛花にはもちろんそんなことさせるわけにはいかないので、なぜか設置してある普通の椅子に腰をかけさせた。
「しかも的確に休憩時間を狙うとか鬼畜の所業としか思えねえ」
「まあ、そういうな。約束の期日だからちょっと聞きにきただけだよ」
「何を?」
「小説の進み具合」
「………」
目を閉じて、黙り込む。
「何だ?思うように進まないのか?豊山さんに頼るんじゃなかったのか?」
「いや……俺は隠された才能を開花させるかもしれん」
「その才能はケーキ屋で発揮してくれ」
「冷たいこと言うなよ。俺だって、一生懸命書いてんだぞ、これでも。ただ、書き出しがまとまらねえんだ。書き出しまとまらないから、書きたいこと書き綴ってみたんだが、50ページ超えた」
「おお、すごいじゃないか。だが、書き出しってのは小説において、一番目を引くところだろ。その一文だけで読むの辞める人もいると聞くし」
小説なんかは試し読みが出来ないものもあるし、時々買い損しそうな時もありそう。最初が面白かったら逆にそのまま買ってくれるってこともありそうだけど。
「そうなんだよな。愛花ちゃん、結構読んでるだろ?どうゆうのが気になる?」
愛花に話を振って、最初の書き出しを考えるのか。悪くないけど、愛花にまともなアドバイスを出すことが出来るのだろうか。彼女を疑うぼくもどうかと感じるけど。
「そだね〜。こう、わー!こみ上げるものがあって、きゃー!って感じれて、おー!っとなる感じが私好み」
やっぱり間違ってたようだ。
夕夜も同じ結論に達したらしく、『お前の彼女どうしたらいい?』みたいな顔でぼくを見ている。
安心しろ。ぼくも似たような感想だ。だが、ここでぼくは愛花を貶すような真似はしない。愛花を傷つけずかつ、夕夜に的確なアドバイスをするのが、今のぼくの役割だ。
「そうだな。愛花の言うとおり、最初の一文にインパクトがあるのが、いいのも一理ある。だけど、ぼくらは素人なわけだし、インパクトがあるとすれば『俺は突然爆発した』ぐらいでないと」
まあ、文としてはそれほど上手いものではないけど、いきなり主人公っぽいのが爆発したら、これで終わりかよ!とか、え?まだ生きてるよな?的な想像欲を掻き立てられ、続きが気になるだろう。ただ、この書き出しが夕夜の書いたやつに合ってればだけど。
「すげえ。いきなり物語が終わったかのような始まりだぜ。続きがあるのか気になる。なるほど、そういう始まりを目指せばいいのか。さんきゅ、日向。お前と友達でよかったと始めて思った」
「ぼくは未だにお前を友達と認めてない」
「お前……俺除いたら男友達いないんじゃないのか……?」
最近、凛太郎と御剣先輩が知り合いに出来たし、多分大丈夫だと思う。
そもそも、こいつが友達だと感じられないのは向日葵と付き合ってるからかもしれない。というか、お互いに利用しあって……いや、一方通行で利用してるだけのように感じてきた。向こうがどう思ってるかは分からないけど。
「と、休憩終わりだ。アドバイスありがとさん。愛花ちゃんも」
「いやいや〜」
愛花は照れてるけど、君は基本的には何もしてません。ぼくがフォローしつつ、アドバイスをあげただけです。
「まあ、オーバーしても流石にあの人も怒らんだろ。焦らずやればいいんじゃないの?お前もバイト忙しいだろうし」
「まあ、これぐらいやらねえとな。お前を越えなきゃいけねえし。…………あいつにも」
一瞬だけ、憎悪にも似た顔を見せたが、すぐに目を閉じて元のいつもの表情に戻る。目つきが鋭いから、戻ってもあんまり怖さに関しては変わんないんだけど。
ぼくたちに背中の向けたまま厨房へ戻って行った。
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先日の約束通り映画館へ。ぼくたちが行くのはカップル割引があるところだ。一人1300円のところ1000円になる。
まあ、よく素直になれない女の子が無理矢理、主人公っぽい男を連れて行く場面とかあるけど、偽らないで恋人になればいいのに。でも、ああいうのは大概、男の方がにぶちんというか、頭か耳腐ってるんじゃないのか?ってぐらいどうしようもないやつだからな。いや、意外にああいう状況に放り込まれたら、気づけないものなのか?なったことないし、これからもなることないだろうから、ありえないけど。
まあ、映画館に着くと、チラホラカップルっぽいのが見られた。野郎どもで来ていたやつから、向こうの目があくんじゃないのか?ってぐらいに睨みつけられたけど。
「愛花なに見たい?」
いっそのことイチャイチャしてるのを見せつけてやることにした。後ろからギリギリと歯ぎしりの音が聞こえる。すげえ。歯ぎしりってあんなに音が鳴るものなんだ。ぼくもやってみよう。
ギリギリ。
「どうしたの?ひなちゃん。歯になんか引っかかってる?取ってあげようか?」
「あ、いや。何でもない。ちょっとした挑戦心」
ぼくが神経過敏になってるだけなのだろうか。愛花は特に気にしてない様子。
「あっ!これ見たい!」
愛花が指差してたのは、ハリウッドのアクション物『スパイダーマン4』。
へぇ。4がやってるのか……。いや、待て。
「愛花。やめとけ」
「え?なんで?」
「あれ、スパイダーマン4じゃない。スハイダーマン4だ」
パチモンだった。なんだ?スハイダーマン4って。誰か、ストーリーを教えてほしい。教えられたからって見るわけじゃないけど。
「他に見たい奴ないか?」
「あっ、ちょうどコ◯ンやってる。あれにしよ」
コ◯ンか。あれなら、間違いじゃないだろう。流すの間違えてル◯ンとか流れてたら逆に笑うけど。にしても、あれの真の黒幕って誰なんだろうね。博士か?
「私的にはオッちゃんかな〜?」
「ほう。その推理は?」
「コ◯ン君を逆に利用してる気がする」
「中々面白いね。まあ、原作終わってないし、結末はどうなるか分かんないけど」
あんまり、下手に喋るとどこぞかのマニアがにわかは黙ってろときそうな気がしてならない。
「あっ、席一杯だ……」
「なら、次の時間は?」
「あ、これなら、後ろの方にふた席空いてる。ここ、お願いします」
「お二人で2000円になります」
財布を取り出そうとする愛花を制して、お金を払った。
少し時間があまる。
「下にゲーセンがあったな。二時間ぐらい潰せないか?」
「むー」
楽しくなさそうだ。女の子が行くようなところじゃないか。
なら、女の子が興味を引くようなことを提案すればいい。
「プリクラでも撮るか」
「本当!?」
思った以上の食いつきようだった。入れ食い入れ食い。
すぐさま下に降りて引っ張られて、プリクラ機に行く。これやったことないんだよな……。
「愛花。やったことある?」
「春ちゃんと前に。向日葵ちゃんともあるよ」
なんだよ……。ハブられてたのぼくだけかよ……。連れてってくれよ……。
一人いじけるぼくに、愛花はなだめながら、プリクラ機に連れてく。
手際良く、機会を操作していく。こういうの見てると女の子だな、と感じる。その姿は嬉々としていて楽しそうだ。
数枚撮って、落書きが出来るらしい。全部愛花に頼りっきりだけど、いいかな。ただ、チラッと落書き前に見えたのはかなりパッチリに開かれたぼくの目だった。
眉唾ものの噂かと思ってたけど、かなり盛ってるというのは本当だったようだ。だって、プリクラ機の前のモデルさん、一緒にしかぼくには見えません。
「ひなちゃんできたよー」
「ありがとう」
半分に切り取って、ぼくにわけてくれた。出来映えのほうはと行きたいところだけど、言ったらすごく恥ずかし気分になるので、どんなもんであったのかはご想像にお任せいたします。
「まだ時間あるねー」
「うーん」
周りを見渡す。メダルゲームに音ゲー、クレーンゲームなどが置かれている。そして、かの有名な太鼓のゲームには雄叫びをあげながらハイスコアを出していた。怖えなあの人……。なんか見たことある。
「ハハハハハ!!まだまだぁ!!」
「美浜先生じゃない?」
「見なかったことにしよう」
休日にゲーセンで太鼓ぶっ叩いてストレス発散してんじゃないよあの人も。
気づかれないように死角に回って、他のゲームに興ずることにする。幸い、奥の方に設置してる上、かなりのめりこんでるようなので、しばらく戻ってこないだろう。
「そうだなぁ。クレーンでなんか欲しいのある?」
「んー」
キョロキョロとクレーンゲームの商品を見ていく。
「わあ〜」
ものすごく分かりやすく、目を惹かれていた。
「これが欲しいんだな?」
「私がやる!」
「そう?」
あんまり得意そうじゃなさそうだけど、とりあえず任せてみることにする。
ウィーン。
アームがユラユラと動いて、ターゲットに近づいていく。
ウィーン。
ちょっと移動したが落ちてこなかった。
「うう〜」
悔しそうだ。
「まだやる?」
「やる」
「…………」
このクレーンゲーム。一回100円だけど。500円入れれば六回できるようだ。
「愛花、あと何回で取る自信が?」
「あと一回〜」
きっと何回やっても無理そうだな。
幸い、周りに一杯積まれてるタイプのものなので、標的を絞らなければ取れる確率は高い。
「愛花。どれ欲しいの?」
「あれ。あの黒い子」
なんだろう。コウモリ的なマスコットを指差しているようだ。しかも、こんだけ大量にあるのに、それは一個だけ。
「愛花。五百円入れて、六回やろう。五回やって無理だったら最後のは僕に任せて欲しい」
「あ……」
「ん?」
「100円があと四枚」
「一枚ぐらい出すよ……」
全部出してあげればかっこいいところだけど、愛花の分の映画代払ってるし、残念なことにぼくにも余り手持ちはない。今日もへそくりを引っ張り出してきてるし。
再びチャレンジ。
三回目で目的のものとは違うが取ることができた。
「これは……?」
「これは主人公の幼馴染の子。向日葵ちゃんが好きだったから、取ってみました」
よく見れば基本的には、人型のぬいぐるみのほうが多い。そこになぜか分からないけど、場違いに放り込まれた感じのモンスター。
「むう。なら、主人公も取らないと釣り合いが……」
なんか、目的を見失ってるような気がする。ちなみに、愛花はあと二回。
「愛花、自分が欲しいものを狙わなくていいのか?」
「う〜そっちも欲しい……。でも、向日葵ちゃんのためにはあっちも……」
なんだかんだ、愛花も向日葵のことが大好きである。
「よし。愛花は向こう狙って。ぼくが、コウモリを取ろう」
そんなに筋が悪くないみたいだし、取れなかったとしても、一つあれば及第点だろう。
「がんばるよ〜」
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映画も見終わって、帰宅途中。映画の内容は……まあ、なんだって爆発ネタが好きなんだろう。あれ、推理も何もあったもんじゃないような気がするんだ。とりあえず、そんな感想。でも、愛花はご満悦の様子。
取りたかったものは全部取れたのだ。
「にしても、なんでそんなにがんばったんだ」
「私がさ。半分追い出しちゃったみたいな形だからさ。少しでも、謝罪……なのかな。謝りたいんだよ……。物持って行くのも反則みたいだけど」
少し、影を落として呟く。夕日で愛花の顔が影なってしまって、表情は読み取ることができない。
まだ、言葉を続ける。
「謝罪……っていうより、感謝かな。向日葵ちゃんに。私のこと恨んでるかもしれないけど」
「バカ。向日葵が人を恨むようなことする子か。愛花も知ってるだろ。そりゃ、寂しい思いしてるかもしれない。でも、愛花がやったことは間違っちゃいないんだから。だから、プレゼントって、笑顔で持って行ってやろう。そうすれば、向日葵も喜んでくれるって」
泣きそうだった、愛花を慰めるように、歩く。人がいないからいいものの、端から見たら、ぼくが泣かせてるようにしか見えないだろうな。でも、涙を堪えて、ぼくに笑顔を向けた。
「そうだね。こんな気持ち抱えてちゃ、向日葵ちゃんに迷惑かけちゃうね。うん。笑顔笑顔」
自分に対する罪悪感が残っているのか、少しぎこちない笑顔のように見えた。
まだまだ、ぼくは愛花の彼氏にはなり切れてないのかもしれない。
そんな気持ちを抱えながら、向日葵にプレゼントを届けることにした。