ターゲット
朝、ぼくは話題を切り出した。
「目的人物を探そう」
「誰のこと?」
朝食の場にて、予定通り起きた愛花は首を傾げる。
ちゃんと時間通りだったので、洗濯物は起きてすぐに干したようだ。別に確認がしたかったわけじゃないやい!……そりゃ興味はあるけども……。年頃の男子高校生ですし。
「なんか、えっちなこと考えてない?」
「愛花の下着を確認したかったなんて考えてない」
「だだ漏れだよ。ひなちゃん……」
まずった。
「それはともかくとして。目的人物……ターゲットとしよう」
「誰か探すの?」
「春乃が言ってたろ?愛花と向日葵の好きなアニメの原作者がうちの学校にいるという噂」
「噂は噂でしかないと思うけどね〜」
「嘘か真実かは調べてみれば分かることさ。とりあえず、岡崎という苗字を片っ端から探してみよう。本人がいるかもしれないし、もしかしたら兄弟にいるかもしれない」
「妙にやる気だね〜」
「これからは常に新しいイベントを求めていこうと思う」
「初っぱなからそれだと、ガソリン切れするよ〜」
「その時は愛花とデートしますか」
「私は息抜きか!」
「冗談。今月分の小遣いが手に入ったら、映画見に行くか。そういう約束だし」
「ちなみに入るのは?」
「明後日。第二木曜日と決められてるんだ」
「ゴミ捨ての分別日みたいな言い方をされても……」
「そういや、ゴミが溜まってた。学校行きがてら出しに行くか」
勝手口にまとめておいた、ゴミ袋を担いで玄関へ向かう。
「これで井戸端会議にでも参加してれば立派な主夫だよな」
「ちゃんと将来働いてよ」
「目指すは公務員かな」
安定してそうだ。ブラックだとも聞くけど。
就職口は他にもあるだろって?あのオッさんの下にはつく気はない。
とは言っても、公務員と一口に言っても色々あるしな……。教師だって立派な公務員だし、国家公務員という最もそうなのまで、公務員だ。
「どちらにせよ、大学に進学した方が就職はしやすいのかね……?」
「まあ、一年もまだ始まったところだし、深く考えることもないよ、ゆっくり行こ」
将来まで見据えたことなかったけど、向日葵には進学して欲しいしな。姉さんだって、奨学生制度で渡ってるし。海外の大学に奨学生で入るって、並外れた頭じゃ入れないと思うんだけど、昔から僕以上に桁外れだしな……。何が、桁外れって、言うと長くなるから割愛。
ゴミを出して、当番のおばさんに挨拶して学校へ向かう。
相変わらず仲良いわね、と冷やかされたが、それも今更なことなので軽く会釈して去ることにした。
ーーーーーーーーーーーーー
「目的人物を探そう」
「それ、朝も全く同じセリフを言ってた」
「誰なのよ、目的人物って」
「それで、俺は一体、なんの嫌がらせをされてんだ?向日葵ちゃんと一緒に行こうと、テニス部が終わるまでコート付近で待っていたというのに、ちょうど終わる直前に連行されたぞ」
「あんた、ストーカーに間違われるわよ」
「正真正銘彼氏だよ!」
「向日葵ちゃんの迷惑にならない程度でやりなさい」
「今日は一緒に帰れっかな」
「あいつ部活でここ出るのは19時過ぎだぞ」
「全く、ここの担任は中学生の女の子をそんなに残して何を考えてるのや……ぶげっ」
夕夜の頭に出席簿がささっていた。当てたのはカドのようだ。痛そう(他人事)。
「珍しく、あいつが遅れてきたと思えばお前が1枚噛んでいたわけか。どれ、今からで話を聞いてやるから、生徒指導室な。大丈夫。内申書には関係しない」
生徒指導室へ連行されるだけで相当な気がするけど、この人には逆らえない。下手に逆らったら十六連コンボを食らわすそうなので。
出席簿をぼくに預けて、夕夜が連れ去られて行った。もうすぐチャイムなるんだけど。
キーンコーンカーンコーン。
そう思ってるうちに鳴ったか。
「じゃあ、あんたが出席とっておきなさいよ。夕夜は欠席か遅刻扱いでもいいんじゃない?」
担任がいないからと言って、やりたい放題だ。それでは委員長として示しがつかんな。出席にしといて、生徒指導室へと備考欄に書いておこう。……アラビア語で。
まあ、そんなもの書けるはずもないので、適当に点呼して、担任はこの時間は来ないかもしれないという旨だけを伝えて、席に戻った。
担任が来ないことが分かると雑然とし始めた。別に咎める気もしない。愛花がこっちへ寄ってきた。
「さっきの話だけど、岡崎さんを探します」
「…………誰?」
そりゃ、誰だろう。いきなり岡崎さんを探しますとか言っても、聞いてる側が何を指して岡崎さんと言ってるか分かってないため、誰?と反応するしかない。主語も動詞もあるのに伝わらないのが日本語。難しいね。
「岡崎さんというのは愛花の好きなアニメの原作者だ。春乃がこの学校にいるかもしれないって話をしただろ?」
「ちょーと小耳にね。もしかしたら卒業してるかもしれないわよ?」
「いるかもしれないだろ?というわけで手探り次第に岡崎さんを探してみる」
「フルネーム覚えてるわよね」
「岡崎 祭だったっけ?でも、本格的に探すのは昼放課だけかな。ぼくと愛花は今日はバイトだ」
「そっか。じゃあ、今日は夕夜を連行して文芸部に行ってみるわ。入部届けも出さなきゃ」
「悪いな」
「いいのいいの。愛花のためだし。監視しときたいし」
どっちかといえば後者の目的の方に重きを置いている気がする。
少し喧騒が大きくなってきた教室に美浜に連れ立って、夕夜が戻ってきた。
こってり搾られたらしく、ぼくたちに目もくれず、自分の席へとぼとぼと歩いて行った。夕夜の席は窓際一番後ろ。いわゆる主人公席。あいつは永遠に主人公の右腕が一番いいポジショニングだろうけど。愛花はその前。
「まあ、何があったかわからんけど、愛花が慰めてやってくれ。さすがに不憫になってきた」
「あいあいさー」
さて、一時間目は現国だったか。美浜が連れ立って来たのもそういうことです。
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例により昼放課。昼食を取り終え、豊山さんも連れ立つことにした。適当に隣のクラスにいないか聞いただけだけど、成り行きで。
「えっと、一年で五クラスか」
うちはA〜E組まで。どのようにクラス配分されてるのかは分からないが、来年からは色々と細分化されるとかなんとか。来年になれば分かることだろう。
「うち、D,Eにはいないことが確定している」
「とりあえず、行ってみようぜ」
「「「「………………」」」」
夕夜が一人で颯爽と歩いていく。
「誰か来てくれよ!」
戻ってきた。
「なんだ、さびしんぼ」
「美○しんぼみたいに言われてもな……俺、こんな見た目だし、聞く前に怖がられちまうよ」
「いや、あえてその見た目でかなりのフレンドリーさをアピールしてみろ。というか、一番お前が交友関係広いだろ」
「C組に知り合いはいなかった」
「役に立たねー」
ぼくも交友関係なんかほぼ皆無だし、人のことは言えんけども。
「春乃か愛花は?」
「私はあんまり……」
愛花も交友関係に乏しいようだ。話せる程度はいるかもしれないけど、深く関わるようなやつはいなかったのか?愛花も容姿はかなりいいし、性格も温和だから、友達多そうだけどな。
「あっ、居たわ」
「岡崎さんが?」
「知り合いよ。お〜い、雪芽〜」
多分呼んでる人は、窓際付近で読書をしている女の子だろう。確かに見たことがある。
「来ないぞ?」
「没頭しちゃってるわね。入りますか」
春乃に任せて、呼んできてもらうことにする。少し物怖じしてたようだが、読書を切り上げて来てくれた。
「よくよく考えればわざわざ呼んできてもらわなくても春乃が聞きゃよかったな」
「あんたたちが調べてんだから、あんたたちが聞かないと意味ないでしょ。……っと、この子は日下部 雪芽。見たことぐらいあるでしょ」
「というか、去年同じクラスだった」
夕夜が宣言。実はこいつは中学二年の時だけ一緒のクラスで、一年と三年は別クラスだ。理由は二年時に同じクラスにして間違えたという噂が跋扈しているとか。なんだ。人を問題児みたいに。
「えっと、日下部さん?ぼく、D組の旭 日向。よろしくね」
「あなたがあの……」
あの、ってなんだろう。ぼくはそんなに変な噂が立っているのだろうか。
「いや、さすがに容姿は知ってます。三年間一緒の学校にいましたし。でも、直に見ると……割と普通」
だから、人をなんだと思ってるんだこの子は。
日下部雪芽。読書家らしく、休み時間は大抵本を読んでるとか。放課後も図書室に入り浸っていて、彼女自身も図書委員をやってる。背丈は愛花と同じぐらいの小さめの女の子。
まあ、ぼくが知りうるのはこれぐらい。そもそも中学はそこまで人が多くないから、大体の人物像は掴める。
「えっと、春乃に連れられたけど……何の用かな」
「ああ、人探ししてて。岡崎ってやつ、このクラスにいないかな」
「岡崎……女子ですか?男子ですか?」
「いや、分からない。とりあえず、岡崎という苗字のやつがいたら教えてほしいんだけど」
「そうですか。確か、A組にいたと思います。ただ、なんか変わり種とかいう噂……」
「よし、行こうぜ!」
「ちょっ、夕夜!あ〜えっ〜と、日下部さん!ありがと!」
「あっ……」
ぼくは夕夜に引っ張られ、隣の隣の教室。1-A組に立ち止まる。
「ここなら、俺の知り合いがいる」
「ったく、礼ぐらいちゃんと言えよ」
「苦手なんだよな。ああいうタイプの子は」
「大人しそうな、普通の子じゃん」
「あいつ、去年うちのクラスの委員長だったんだが、なんか事あるごとに俺は目をつけられて、追い回されてた。追い回されすぎて登校拒否が出そうだった」
「そんなに積極的な子なのか」
委員長やってたなら、春乃と繋がりがあるのも当然か。
「で、お前の知り合いとやらは?」
何人かで、談笑してる男子グループがあった。その一人を呼びつける。
「うっす。どうした夕夜。お前のクラス反対側じゃん」
若干脱色したように見える髪が特徴的な男子だった。校則違反じゃないの?
「げぇ!てめぇは旭!」
「やあどうも。キテレツ君」
「んなけったいな名前はしてねえ!御津だ。御津!てめぇから受けた屈辱、今から晴らしてやるぜ!」
「ちなみに向日葵はこいつと付き合い始めた。だが、何かあったらぼくがいくからこいつは実際何もできない」
「てめぇ、夕夜死ねぇ!」
「矛先変えてんじゃねぇ!」
御津と夕夜の戯れ(?)をひとしきり見た後、御津に話しかける。ちなみに勝者は夕夜。
「というわけで、御津くん。このクラスに岡崎ってやついる?」
「岡崎?ああ、いるぜ。何でも特待生だとか」
「なんかスポーツで入ったのか?」
「いや別の分野らしいが、今は教室にいねえ」
「何の部活に入ってるかは?」
「あー、科学部だったか。たぶん特待もそれだろうな。なんか、怪しげな薬品を日々研究してるらしい」
「なんか、変な学年に入っちゃったなぼくたち」
「その変なやつにお前も含まれてるがな」
なんと。いや、自覚はあるから今更、体裁を取り繕う必要はない。
「え〜っと。このチキン野郎が向日葵様と付き合い始めた?じゃあ、旭は今どうしてんだよ」
「愛花ちゃんとどうせ……ぐふぉっ!」
「余計なことを言うんじゃないよ夕夜くん」
「さーせん」
「なんだ、守山となんかあったのか?そういや、幼馴染だったか」
「よー知ってるな」
「お前の身辺整理は済んでる。全て済ませて挑んだのにのさせれたからな」
「ちなみに夕夜にものされてる時点でぼくに勝つことは不可能だからな」
「今、身に染みたわ。お前らも早くづらかったほうがいいぞ。野次馬が集まり始めてる」
御津の言うとおり、周りには喧嘩っぽいのを観戦しに来たのか、人だかりができていた。
その合間を縫って、先生が入ってくる。
「なんだ!この騒ぎは!」
「あー。人探しです」
「人探しでなんでこんな騒ぎになる」
「いやー、こいつ中学から有名で人気なんですよ。ちょっと邪魔なんで回収してきますね」
適当に言い逃れして、その場を去ることにした。中学時代で言えば、荒れてた夕夜よりもぼくのほうが知名度が高いらしいけど。
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放課後。
「というわけで、A組で科学部所属ということが判明したけど、夕夜が騒ぎを起こすもんでこれ以上聞けなかった」
「俺が悪いんですかねぇ?!」
「役に立ったのか立たなかったのか。今日のところは捜査打ち切り?」
「調べれるなら、あとで科学部を見に行ってほしい。できたら、知り合いになってると可」
「まあ、やれるだけやってみるわ。雪芽に聞いたけど、何かかなりの変人だとか。性別は男。顔は女の子よりだと」
「いわゆる男の娘か」
「見た目だけでしょ。中身まで女の子よりだったら、そいつは男じゃなくて女として生きた方が世の中のためよ」
「見たこともない奴によくもまあそこまで言えんな」
リアル男の娘は見たことないな。属性を持ちすぎだろ。変なやつという噂だけど……。
「ひなちゃん。そろそろ行かないと遅れちゃうよ」
「そうだね。じゃあ、あとはよろしく」
「頑張れ〜」
「春乃。昨日、なんかなかった?」
「まあ、初対面だから自己紹介から入って、夕夜と一緒に行ったせいで恋人と間違われた。ムカつくわ」
「総評として何もなかったと」
「さすがに平日だからね。そこまで客も多いわけじゃなかったし、気楽にやれたわ」
「情報ありがとう。愛花行こう」
「うん」
「手まで繋いじゃって、仲の良いこって」
「春乃、モテそうなのに相手とかいないの?」
「下に兄弟が多くて、それどこじゃないわ」
「へぇー。兄弟いたのか」
「そういや、うちに来たことなかったわね。また紹介するわ」
「ぼくのことも紹介しといてくれ」
「はいはい。さっさと行きなさい」
しっしっ、と適当に手を振った。
ぼくたちが出たのを確認してから、教室を施錠して文化部棟に向かったようだ。春乃に任せとけば、明日には調べがついてるか。
どんなやつなんだろう。
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洗濯物を回収して、ケーキ屋へ向かう。
洗濯物に関しては手伝おうと思ったのに、拒否された。相変わらず信用はないようです。信用されれば、愛花の洗濯物も任せてもらえるようになるんだろうか。いやいや、邪な気持ちはない。向日葵のだって欲情せずに洗濯してたし。でも、向日葵は抵抗しなかったのに愛花は抵抗するということは、やはり、そこは兄妹かそうでないかという違いなんだろうか。乙女心は複雑怪奇。
商店街に入ると、賑やかになってくる。夕飯時なので奥様方がこぞって買い物をしているようだ。こういう雰囲気は見ていて中々いいものである。
「よう。塩辛いるか?」
魚屋のおじさんが話しかけてきた。この言い方だと、町の人にエンカウントであったみたいだ。
「いや、今からバイトなんで」
「どこでやるんだ?」
「あそこのケーキ屋です」
「ゲンのところか。そういや、お世話になってたんだって?孝行してやれよ。まあ、これは餞別にやろう」
塩辛を入手した。持ってきたカバンの中に入れておくことにする。フタもしめてあるし、変にぶつけなければ中身が漏れることはないだろう。
「そっちのお嬢ちゃんは?前も一緒にいたな。彼女か?」
「そうです」
「そっか〜。いいな〜若いってのは。うちのは年を取るごとにぶくぶくと……いってぇ!」
「あんた、晩飯抜きね。まあ、こんなのはほっといて何か持っていきな。二人分ぐらいまけるよ」
「本当ですか?じゃあ、オススメを」
「今日はアジの開きかね。ほら」
「ありがとうございます」
アジの開きを二つ入手した。
「ひなちゃん、バイト遅れちゃうよ」
「あ、ごめん」
「あら、バイトだっのかい?引き止めて悪かったね」
「いえ。ありがたくいただきます」
「また、寄ってね〜」
中々に恰幅のいいオバちゃんだった。その分懐も広そうな人だな。いい人だ。
チラと見ると、愛花はお腹周りを気にしていた。
「愛花は痩せてると思うよ」
「そうかな〜。向日葵ちゃんより小さいのに、体重あまり変わらないんだよ?」
「まあ、運動やってるやつ、しかも向日葵はかなり動いてる方だしな。比べる対象が違うだろ。ちょっとぐらい肉がついてるぐらいがいいって」
「ひなちゃんがそういうなら……」
「ちなみに今は?」
「向日葵ちゃんのマイナス二キロ」
「うーん。もっと食わせてやればよかったな、向日葵に。愛花の親に連絡しとこう」
「うちは割に多めだよ」
「人の感覚によるしな〜。肉の分量を多めに、その分野菜も食べるようにしてもらう」
「結局、心配しちゃってるね」
「むー」
メールの文面を送信するとこで迷ってしまったが、結局送ることにした。食事ぐらいはいいだろ。
「もしかして、勝てなかったのは筋力の問題か?」
「何なの?急に」
「豊山さんに向日葵は負けたわけだが、サーブのスピードが向日葵より格段に速かったからね。あれは技術根本より筋力のほうかなと」
「結論として食わせてやれば良かったと」
「まあ、そうだな。向日葵、あんまり欲を言うやつでもなかったし。出したものは喜んで食べてくれるから。足りなくても文句を言ってなかったのかもしれない」
「どっちも互いに優しすぎたんだね。そんなに心配してるとストレス溜まるよ」
「うん。今はバイトに集中しよう」
ぼくたちはケーキ屋の勝手口から入った。バイトとしてくる時はこっちを使えということだったからだ。
「おう、来たな。エプロンはそこのロッカーだ。荷物も一緒にそこにしまっとけ。ちなみに十分遅刻だ」
たぶんその十分は魚屋に捕まってたからだと思う。でも、遅刻は遅刻だ。謝罪はしておこう。
「すいません。次は気をつけます」
「これで学習してくれればいい。大方魚屋の親父に塩辛勧められてたんだろ」
なんで知ってんだ、このオッさん。エスパーか。
「ご明察。塩辛あげます」
「いや、いらんが……。じゃ、レジ打ちに行ってくれ。今打ってるやつに、使い方は聞きながらな。もう一人はウェイトレスやってくれ。愛花ちゃんのほうがいいな」
「ぼくの顔はダメか」
「いや、悪くねえが女の子の方が客受けはいいと思う。昨日来た子も評判だったしな」
春乃もしっかり仕事をこなしたようだ。
「いいな。あの子。うちで働いてくれねえかな」
「手当たり次第に誘おうとするのやめんか」
「こう女っ気というものをだな。女房だけじゃ、華やかさというものが。しかも、非常勤だし」
ぼくの目論見は見事に的中したわけだけど、このまま正社員になりたくはない。
愛花はウェイトレスでぎこちないながら、なんとかやってるようだ。
このケーキ屋は商店街にあるまじきことながら、カフェテリアがある。それが客を呼び込んでる一つの要因だし、繁盛してるならいいのだけれど、商店街と場違いに華やかなのである。ガーデニングはおばさんの趣味なのだろう。結構綺麗に花が咲いてたりする。天気が悪い時は中で飲食もできるし、割と場所は広い。
「すいませ〜ん」
「あ、はい」
「これとこれお願いできるかしら?」
「はい。こちらとこちらですね。お持ち帰りですか?こちらで食べていかれますか?」
「お持ち帰りで。バイトの子かしら?」
「はい。今日からです」
「頑張ってね」
「ありがとうございます。えっと……」
先輩が先にレジ打ちを終えていた。えっと、確かオッさんの従兄弟だったかどうか。歳は25らしい。随分と離れてるもんだ。オッさんは40だったような気がする。
「客と打ち解けるのはいいが、先にやるべきことをするんだ。後にも待ってる客はいるからな」
「はい」
「670円になります」
隣でキビキビと流れるようにレジ打ちをこなしている。なるほど、これは覚えておかないといけないな。慣れれば自然に出来るようになるのだろうか。
「ほら、ボッサっとしてないでお前もやるんだ」
「あ、はい。えーと」
「商品の値段打ち込んで、ここで清算だ。小銭と札分けてあるから、間違えんようにな。あと、ここでレシートだ」
レジ打ち一つでもやることは結構あるんだな。ケーキなので、バーコードを読み取らない分、打ち込んでやらなければならない。
少し空いて来たので、愛花のほうへ目をやる。
「わっ、あっ」
なんか、危なかっしい。ケーキはここで買っていくが、ドリンクの類は別にオーダーするようだ。いつもお持ち帰りだから知らんかった。コーヒーやら紅茶やら洒落たものを出してるようで、愛花はそれを運んでいる。それが、危なっかしいので、客もハラハラしながら見ている。たどり着くと、拍手をもらっていた。それを受けて、喜んでいる。いや、愛花よ。そこは喜ぶところじゃない。
時々ハラハラしながら、レジ打ちをこなして今日のバイトは終わった。
ーーーーーーーーーーーーー
「お疲れさん。少し余っちまってんな。持ってけ。お前ら」
「いいんですか?」
「生ものだからな。ほっとくわけにもいかんし。向日葵も食べるだろう。愛花ちゃんの親御さんにも分けてやれ」
「やった〜」
箱に詰めてもらって受け取っていた。
「もらうのはいいんだけど、毎日ってわけにもいかんでしょ」
「土日は完売したら終了だから気にするな」
「完売するんだ」
「失礼だな。評判だぞ。うちのケーキは。まあ、余ったら商店街の奴らにも分けてるからな」
「パンならまだしもケーキ毎日はキツくないか?」
「バカ野郎。飽きさせねえ工夫をしている。そんじょそこらの甘いだけのケーキと一緒にすんじゃねぇぜ」
「具体的に何が違うんすか」
「企業秘密だ」
くっくっくっとあやしげな笑いかたをする。というか、これが言いたかっただけじゃないのか?
「じゃ、そろそろ帰ります。愛花行くよ」
「うん。お疲れ様でした〜」
「次は送れずこいよ」
バイト初日は特に何事もなく終えた。
いつかここも何かイベントが起きそうだ。
帰り、ケーキをもらって上機嫌な愛花と他愛もない話をしながら帰宅をした。
ちゃんとケーキは向日葵にも渡しておこう。