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ひまわり畑  作者: otsk
14/51

最初の一歩

 文化部棟の廊下を歩き、突き当たりの一番奥の部屋を目指す。

「割かし活動してるもんなんだ……」

 運動部との喧騒とは違うけど、賑やかな声が扉の向こうから、漏れ出ている。文化部って、なんか一つのことを黙々とこなしてるイメージだけど……。

  確かに、軽音部とか吹奏楽部とかもあるから多少なりとも音があるのは当然のことだろう。吹奏楽とか下手な運動部よりキツイとか聞いたこともある。どちらにせよ、入る気は無いけど。

「ひなちゃん、どこ?」

「もう、そこの突き当たり。ノックはしておこう」

「さすがにそこまで無遠慮じゃないよ」

 扉をノックして、返事を聞いてから扉を開く。

 円を囲むように置かれた四つの長机の奥に佇むよう外を眺め入ってる蔵次さんの姿があった。

「あら、いらっしゃい。今日は来ないかと思ってた」

「ちょっと担任に捕まって野暮用を押し付けられまして、ようやく終わったところです」

「ふ〜ん?ところで、ここにこんなものがあるのだけれど」

 デジタルカメラをチラつかせている。何か面白いものを撮ったのだろうか。

「ちなみにここは二階。一階は高めの窓が設置されてるトイレ」

 何が言いたいんだろうか。

「旭くん。あなたも人の告白を覗き見てるとは、ゴシップ好き?」

「あんた、一体何を撮った!!」

「上級生に向かってあんた呼ばわりとは……まあ、許してあげましょう」

 そう言って、カメラをぼくに投げ付けた。

 とっさのことだったが、なんとかキャッチする。

 そして、最新の画像を確認する。写されてるのは、ここにいる三人と春乃。

「…………」

 ここの部屋、あの真上だったのか。あの二人だけが入らないようにしてるあたり、配慮してるのか、それともぼくたちに対する嫌がらせか。

「消去」

「無駄ね。パソコンに落としておいたわ。ああ、もちろんあの子たち二人の写真は撮ってないわ。そこはプライバシーだもの」

「ぼくたちにプライバシーはないんですか」

「告白の現場を盗み見してるような子達にプライバシー云々言われても。ネタ半分にとっておきましょう。いつか使うかも」

 ふふふと不敵に笑って、椅子に座る。なんか、脅迫材料を作られてしまった。滅多に人目につかないところだから、向日葵も選んだろうに目撃者がいるとは。

「もしかしたら、あの子が旭くんの妹さん?」

「お察しの通りです」

「可愛らしい子ね。お相手は?旭くんも妹さんにご執心みたいな話を聞いたけど」

「諸事情でお互いに距離を取ろうって話になって、ぼくの数少ない友人です。あいつならまだ任せられますから」

 メールの文面は異常なほど腹が立って仕方がなかったけど。あいつ、恋愛経験ないだろ。

「向日葵に変な噂が立たなきゃいいですけど」

「あなたが根回ししてたんじゃ?」

「よく知ってますね」

「ちょっと取材をね」

 おっとりとした外見の割りに結構行動的でアグレッシブな人だ。やっぱり、物語を作るにはそういうことも必要なんだろうか。

「それで、来たってことは何か用があったんでしょう?ほら、そちらの二人も座って」

 呆気に取られていた愛花と豊山さんを招き入れる。二人とも相手が上級生とあって緊張した面持ちだったけど、部屋へ一歩、足を踏み入れた。

「えっと、こっちの小さいのが、守山愛花。ぼくの幼馴染です。ぼくが話したら入ってくれるって」

「よろしくお願いします……って小さいは余計だよ!」

「女の子は小さい方が可愛げがあると思うけど」

「えっ、そ、そうかな〜」

 褒めたら、照れ始めた。扱いやすい彼女である。まあ、褒められて有頂天な彼女はほっといて豊山さんの紹介に入る。

「えっと、こっちが豊山綾さん。隣のクラスだけど、ちょっとした繋がりで」

「そういえば、旭くん。入学式サボったとかいう情報を得ているのだけど、そこかしら?」

 何故、そんなことを知っている。というか、勘が鋭すぎる。

 誤魔化しても、追求を避けることは出来なさそうな雰囲気だったので素直に頷くことにした。

「なんで、蔵次さん、そんなに情報を持ってるんですか」

「私が持ってるというより、旭くんが派手に行動を起こしすぎじゃないかな……。結構有名なのね。名前出しただけで、色んな情報を仕入れることができたわ」

「蔵次さん、文芸部の部長ですよね?」

「そうよ?それ以上でもそれ以下でもない」

 しれっと、何を当然のことをといった口調で話す。割と饒舌な人だな。

「で、豊山さん。だっけ?あなたは見学って言ったところかしら?」

「あ……はい」

「あなたも綺麗な子ね。何かしら。旭くんの周りにはそういう女の子が集まる気でも発せられてるとか?」

「い、いえ……そんな私は、綺麗とか……」

「うーん。自分に自信が持てないか……。よし、入部」

 意味の分からない論理展開で豊山さんの入部が確定したみたいだ。

「って、何してんすか!本人の同意もなしに!」

「既成事実は周りから積み上げて行くものよ」

「今のは既成事実じゃなくて、情報の改竄だ!」

「元々、ある情報ではないのだから、改竄も何もあったものではないわ。でも……まあ、拒否権はあるわ。文化部二つの掛け持ちは出来ないけど、運動部一つ、文化部一つなら掛け持ちも可能。豊山さんは運動部に入るつもりは?」

「テニス……やろうか迷ってまして」

「そうなの。まあ、運動部やってる子に限っては来れる時だけでいいから、入っていても強制はしないわ。でも、何らかの部活に入ってた方が有意義に過ごせるんじゃないかしら?」

「…………」

「何か、部活に嫌な思い出でも?話したくないならいいんだけど。聞いて、私がどうにかできるというわけではないし」

「いえ……。でも、私は部活で有意義に過ごせたことがないんで……ちょっと想像ができなくて……。私は、昔から引越しが多くて、色んな学校を転々としてました。引っ込み思案なんで、中々友達も出来なくて、出来ても、すぐにまた引越し。寂しい思いばかりして……それなら、いっそのこと友達は作らないでおこうって。高校に入る前に決めたんです。実を言えば、私も入学式をボイコットしようとしてたんです。それで、トイレを装って屋上にいって……」

「そしたら、先客に旭くんがいた、と」

「そうですね。来ていきなり、趣味が妹の成長記録つけることって言い放ってきましたからね。反応に困りました。でも、次に妹の誕生日パーティーに来てくれないかって誘われて、ああ、見ず知らずの私にもこんな風に声をかけてくれる人がいるんだって思いました」

 愛花からそんなことしてんたんだ、的な目で見られたけど。よくよく考えれば、初対面の相手にぼくは何を考えてあれを言い放っていたんだろう。ちょっと、あの日のぼくは思考があっち方向にぶっ飛んでいたのかもしれない。今もそんなもんじゃないのか、と問われれば、はい、そうです。と返事しそうだけど。

 妹を心配に思う心は離れたからと言って、簡単に断ち切れるものじゃない。だから、あの日、ぼくは涙も流して、少し心にスキマを作った。

 でも、向日葵はぼくの所有物じゃない。自由にさせてやるべきなんだ。

 何の話だったっけ?

 ああ、豊山さんが文芸部に入るかどうかって話だったか。

「前にも言ったけど、テニス部入ってくれるなら、向日葵も喜ぶと思うんだ。こっちだって強制するわけじゃない。居場所はあって困るもんじゃない。豊山さん、かなり強いって話でしょ?向日葵にも勝ってるぐらいだ。あいつ、県大は常連で、去年もあそこでコケなければ全国行けたかもってぐらいにコンディションも良かったんだ。豊山さんは今まで、テニス部にいい思い入れがないかもしれない。けど、ここでなら作れるんじゃないのかな?せっかく実力があるんだから、辞めちゃうのはもったいないよ」

「でも……私を受け入れてくれるんでしょうか」

「高校入って、初めてテニスを始める人だっているさ。うちは中学も合同だし。まあ、さすがに高校生と打ち合ってるのは向日葵ぐらいだけど」

「さらっと、向日葵ちゃんの自慢を入れてきたね」

 入れた理由は特にない。

 話をしても、豊山さんは迷っているようだ。自分で決定する自信がないのか。でも、ここで押し問答していても日が暮れてしまうだろう。

「ん……よし。入部テストだ」

「「はい?」」


 ーーーーーーーーーーーーー


 美浜から許可を得て、コートの一つを借りることが出来た。

 まあ、何をするかは察しがついてるいだろう。

 ぼくはすでに快くテニスウェアを貸してくれたやつに礼をしながら、着替えてウォームアップをしている。

「脅してたよね……。中学からの知り合いに」

 何か言われてるが、中学からの知り合いなんて知っていてもあいつら以外は知らないことしている。だから、いくら横暴にしても、ぼくには何のデメリットもない。

「それで、旭くんは全国出場者に挑んでるわけだけど、彼自身はどれくらいの成績なの?」

「実は二年で入部して、小さな県大会でしたけど優勝してます」

「桁外れ過ぎるわね……」

 ちなみに、最後の出場の大会の予定だったので、良いところ見せたくて頑張った結果だ。人間、何が原動力になるかは分からないよね。

 事実、それが最後に出た大会となったけど。

「あれ以上は生活に支障が出るってんで辞めた、だそうです」

「それだけのポテンシャルがあるのに勿体無い気はするけど……彼の生き方なら、否定はしないわ」

 遅れること数分、向日葵からテニスウェアを借りたみたく、テニスコートへ向かってきた。向こうも軽く柔軟をする。

 ギャラリーも多少増えてきた。

「なんだなんだ?」

「旭がなんかやるってよ」

「相手女の子じゃん」

「全国出場者って話しらしい」

「お前知らねえの?あれ豊山綾だぜ?」

「え、マジで?」

「お前らー!練習サボるな!」

「うわっ、やべ!」

 美浜の一言で散り散りに散って行った。が、チラチラとこっちを見ている。練習しろよ。

「じゃあ、1ゲームマッチな。時間はそこまで取れん。一時間で終わらんかったら、セットポイントを多くとってる方が勝者とする。旭、ルール覚えてるよな?」

「バカにしんといてください」

「そうだな。豊山も準備いいか?」

「はい。よろしくお願いします」

 審判は美浜。ラインジャッジは向日葵がやってくれるそうで。

 サーブ権は豊山さんからだ。

「ラブオール!」

 一回、二回、ボールをつき、高く空へ放り上げる。その無駄のない動きは、やはり辞める気などサラサラない人の動きだ。

 パンッ。

 ラケットからボールが弾き出される。今までに何度か、向日葵を相手取ってきたけど、引けを取ることはなかった。

 だけど、打ち出されたボールはぼくの想像していたよりも遥かに速く、伸ばしたラケットは手に届かなかった。

「15-0!」

 コールが告げられる。サービスエース。今まで……一度も取られたことなかったんだけどな。それだけ、自分の瞬発力と観察眼には自信は持っていた。

 ハハッ。こりゃ、向日葵も勝てやしないわけだ。でも、俄然面白い。

「旭。なまってないか?」

「いえ。先生。今ので、目が覚めましたよ。全国って言っても、所詮女子だって、どこかで見てた自分があったと思います。それが、反応を遅らせた」

 もう、その慢心はない。多分全力でも向日葵と同等かそれ以下なのだから勝てる算段はどう見積もっても低いけど、やれる限りはやってみよう。

 ちなみにこの部活でぼくに入部当初以外で勝ったやつはいません。


 ーーーーーーーーーーーーー


「ゲームカウント、6-4。ウォンバイ豊山」

「はあはあ」

 負けた。女の子に。やっぱ、やってないとダメだなあ。負けたから言い訳にしかならないけどさ。

「旭くん……強いですね。本当に三ヶ月しかやってなかったんですか?」

「今は、月一回ぐらい向日葵に付き合ってるぐらいだよ。本腰入れてはやってない。でも、正直勝てるとは思ってた。この辺りで向日葵より強い選手って見たことなかったからさ」

「そこまで強いなら、続ければいいのに」

「無理無理。副顧問が怖すぎ……」

 あっ、殺気。死んだかな。

「お前、強制入部……と言いたいところだが、まあ、家の事情はあるからな」

 ぼくからは目を離し、豊山さんに体を向ける。

「豊山。やはり、続けて見る気は無いか?サボりだったとはいえ、こいつ男子でもかなり強いほうだからな。うちでも、トップ張れるぐらいだ。な?全国ベスト8」

 全国ベスト8?

「マジですか……」

「何だ、向日葵に聞かなかったか?」

「いや、私に勝って、全国大会に言ったってだけ」

「それを相手に4セット取ってるお前もお前だけどな。本気でやれば全国制覇いけるだろ」

「そこまでやる気はありません」

「あっそ。じゃ、私はテニス関連ではお前には絡まんことにする」

 他のことには執拗に絡んでくるという意味に聞こえる。嫌だ。そんな学校生活。

「先生の目をかいくぐって、自由な学校生活を送り届けて見せる!」

「お前はピザの配達人かなんかか?学校生活を送り届けるってかなり変な日本語だからな」

 さすが、現国教師。日本語の間違いには鋭い。

「ツッコミどころを残しておいたわけですよ。ツッコミを入れた時点で先生の負けです」

「どうだ?豊山。今はまだ、仮入部期間だし、その間様子を見るっていいうのも悪くない手だと思うんだが」

 ぼくのことを完璧にスルーし、豊山さんの勧誘をしていた。悲しいです。ラインのジャッジをしていた、向日葵が寄ってきた。

「また、どうして来たの?耐えきれずに会いに来たの?」

「ああ、いや。豊山さんが迷ってるみたいだったからさ。あんだけの実力持ってるのに、家の事情なんかで辞めちゃうのは勿体無いって思って。何とか、やる気にさせたかっただけかな」

「お兄ちゃんが、私以外に負けるのを見たの私と一緒に部活に入った時以来だよ」

「まあ、向日葵に負けた姿を見られたくなくて頑張ってたからな」

 まあ、それも今日で終わったわけだけど。全力を尽くして負けたのは初めてだ。

「の割りには全国模試とかだと、偏差値60いくかいかない程度だよね」

「あれは、そういう風に点数取ってるんだよ。各教科平均プラス10点ぐらい。学校のテストは担当の先生の性格と出題範囲を鑑みて、傾向を立てて、無理のない安心プラン」

「急に保険の勧誘みたいな謳い文句に。それだけで100点を取り続けれるものなの?」

「どんなものも正解は決められたルートが存在するからね。だから、ぼくの苦手科目は現国なんだ」

「読み取りにくいと」

「結局のところ、作者の意図してるのと問題の答えなんて異なるもんだし。それでも……」

 寝転がっていたが、その体を起こして、向日葵に向ける。

「やっぱり、国語としての解答は用意されてるから、それを読み取れれば解答は可能だ」

「普通は出来ないよ」

「お兄ちゃんは普通ではないのだ」

「お兄ちゃんが人なのか怪しくなってきた」

「そもそも人類かどうかすら、危ぶまれてる……が、証明はできる。人じゃなかったら、ここまで向日葵を大切に思ってないからな」

「感情……ね。ま、一番、シンプルで人であることを証明しやすいかな。うん。私も練習に戻るね。愛ちゃんをよろしく〜」

 走り去って行った。何か、達観するようになったな向日葵も。

 さて、戻るか。テニスウェアは流石に洗って返すか。脅して取ったけど、洗って返すぐらいは礼儀だ。あっ、脅したって認めちゃったよ。

 豊山さんと一緒に戻ろうと思ったが、テニス部員に囲まれていた。向日葵もそこへ入って行ったみたいだ。まあ、向日葵が何かイジメられてるなんて話は聞いてないし、うまくやっていけるだろう。女の友情は表面的だとも聞くけど。

 着替え終えて、一人寂しく、敗者は去ることにする。

「負けちゃったねー」

「まあ、負けることはあるよ」

「また、やる気はないの?」

「一緒にいれる時間が少なくなるし、バイトもあるし」

「なんか、ちょっと嬉しいな」

「どうして?」

「向日葵ちゃんより私のこと優先してくれてるから」

「あなたたち、私がいること忘れてるわよね……」

 蔵次さんが、やれやれと頭を抱えていた。いきなり、こんなんだからな。抱えたくなるのも無理はない。

「何なの?幼馴染って聞いたけど、付き合ってるって認識でいいのかしら?」

「じつは一昨日ほどから。色々、紆余曲折ありまして」

「構わないけど……そうね。あなたたち題材にしてラブコメディも書こうかな」

「今は何か書いてるんですか?」

「それは守秘義務」

「何でですか?」

「いつか言う日が来るかもね。私は戸締り確認してから帰るけど、あなたたちも一緒に来る?」

「どうする?」

「まあ、荷物もここにありますし、そのまま帰ります。一応、豊山さんにも言っておこう」

「そだね」

 一個、目的を忘れていたような気がするけど、その疑問は明日へ後回しにすることにして、一日を終えた。

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