新たな日常
朝、4時30分。
目覚ましが鳴り、止める。
「やっちゃったな……」
今日から向日葵は家にいないのだ。この時間に起きる必要もなくなったのに、目覚ましはセットしたままで起きてしまった。二度寝しようにも、完全に目が覚めてしまって、再び寝る気も起きない。
「弁当でも作ろ……」
とりあえずやることを見出し、布団から這い出た。
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うちの学校は学食か弁当を持参するシステムを取っている。中学は弁当か給食を選べるのだが、ぼくの弁当のほうが美味しいという理由で向日葵に弁当を持たせていた。
忘れずに作ってくれているといいのだが……。
「しまった……」
弁当のおかずを焦がしてしまった。まだ、時間はあるか……。早く起きてよかった……。ぼくは、ふと、壁にかけてある時計に目をやった。
7:00。
おかしいな。時計の針は7:00を指してるように見える。目を凝らしても指している針は変わることはない。
「やば……愛花のだけでも作らねえと」
「おはよ〜。ひなちゃん」
「おはよう。ちょっと弁当ミスしたから、作り直す。ご飯はパンを温めておいて」
「うい〜」
髪を色んな方向に乱れさせたままだけど、椅子に座って温めたパンをかじりつく。
「ひなちゃんいつから起きてるの?」
「目覚ましをセットし直すの忘れてて4時半に起きた」
「うわ〜。いつもそんなに早くから起きてたんだね。私もちょっと早く起きてみようかな」
「どんくらい?」
「6時50分」
ほんとにちょっとな幼馴染の頑張りだった。
「じゃあ、明日一緒に弁当作ろう。なんか、調子が出なくてさ」
「こりゃ重症だあね」
重症だろうな。向日葵がいなくなったから、気持ち的なところで変に浮ついているんだろう。彼女が一緒に住んでるというのに申し訳ない話だけど。
「お兄ちゃんがこんなんじゃ、向日葵ちゃんももしやすると……だね」
「…………」
考える得る話だけど、ここで助けに行っていたら離れた意味がなくなる。
「愛花。それとなく様子を見に行ってくれ。近況報告をよろしく」
「影からサポートしてたんじゃそれもまたいつも通りだよ」
「むう……。変な虫がつかないといいんだけど……」
「向日葵ちゃん、男の子にも女の子にも人気だからね〜。もらったラブレターは数知れず」
「男子はぼくが手回ししたから、まあどうでもいいとして。女子にも人気あるのか」
「主に年下からだって。憧れの対象とかそんなんじゃないかな?」
「幾分か変なの混じってそうで怖いんだが……」
さすがに中学生女子にそこまで疑念を抱くこともないか。
「……今年入った一年があれだな。しめとくか」
「高校生が大人気ないよ」
「下手にした手に出ればつけあがるからな。上下関係というのは身に染み込ませておかないと」
おかげでぼくより下の中学2年3年は上下関係をかなりきっちりさせている。いいことだ。
「でも、一年からしたら三年生なんて高嶺の花じゃないかな?話しかけることも難しかろうて」
「一気に老け込んだ口調になったな……。でも、向日葵は下に甘いから、テニス部なんて向日葵目当てで入る奴もいるかもしれん」
「ここまで妹バカが進行してるとは……。じゃあさ、付き合ってる人がいるってことにすれば?」
「一昨日、向日葵も言ってたけど、まあ、彼氏として一応承諾した」
「本当にいいの?」
「向日葵とあいつ次第だな。っと、もうこんな時間だ。出よう」
「あ〜まだ、髪が〜」
「はあ、ちょっとこっち来て」
トコトコとぼくの前に来る。ふわっと、髪の香りがぼくの鼻を突き抜けた。向日葵とはまた別の匂いだけど、いい匂いだ。
香りを堪能してる場合じゃない。早くセットしてあげないと。軽く、霧吹きで髪を濡らして、髪を梳かしていく。
小ネタだけど、髪をとくというのは誤用みたいだ。髪には梳かすという言い方しかないらしい。
「髪は縛る?」
「そだね。後ろに一本でまとめておくよ。あ、髪ゴム上だ」
「待ってるから早く取ってきなさい」
「は〜い」
なんか一緒に暮らす相手が妹でも彼女でもやってることはあまり変わらない気がする。結局お母さんみたいになってしまうのはそういう性分なんだろうか。
「よし、レッツゴー」
「鍵は……よし、オッケー」
「手、繋いでく?」
「………」
断ったら男として最悪だよな。でも、恥ずかしさも少しある。愛花のほうは全く意識してなさそうだけど、ぼくたちは今付き合っているという自覚があるんだろうか。
聞いてみるか。
「愛花。愛花はぼくのなんだ?」
「同棲相手」
「…………」
間違ってないけど、その回答はどうかと思う。愛花はなにか間違ったこと言ったかな?という疑問系の顔をしているけど……。期待してた回答と違うからって否定しちゃダメだよな。でも、期待してた回答はちゃんと教えよう。
「あのな、愛花。ぼくと愛花は恋人同士なんだ。ということは、愛花はぼくの彼女なの。それ以前に学校では、間違ってでも同棲してるなんて言うなよ」
「う〜む。確かに言ったら大変なことになるね」
「だろ?」
「一緒に住んでるならいいかな?」
「言葉変えただけで、言ってること一緒だから」
「でも、春ちゃんや夕夜くんにはいつかバレるよ」
「あいつらはバレても付き合い長いから理解してくれるだろ。一応名目上はぼくと向日葵がお互いから離れることを実践してるわけだから」
「先に付き合い始めたことだけ言っておく?」
「それもバレるまでほっとこう」
半分公認みたいなものだし。ただ、向日葵とどっちつかずだったから、男子諸君から反感を買っていたわけで、愛花と付き合い始めたのだから、その必要もなくなる……はず。
「意外に難儀な人生送ってるよね、ひなちゃん」
「全校の男子生徒を敵に回してたような気分だったからな……」
歩くこと十数分、またも後ろに妙な気配。
を、感じたが、愛花の手を引いてスルーすることにした。
その妙な気配はそのまま立ち尽くしてるようだ。それも一秒で切り返して追ってきた。非常に危険を感じたので、とりあえず蹴っておきました。まる。
「まる。じゃねぇよ!友人に対する挨拶か!それは!」
「おはよう、夕夜」
「おはよー、夕夜くん」
「本当に挨拶だったようだな……まあいいや。おはよう。ところで、日向。ちょっと聞きたい。あ、愛花ちゃんはちょっと待ってて」
そう言って、ぼくに近寄り携帯のメール画面を開いて見せてきた。
「なに?」
「メールの文面を見てくれ」
from:旭 向日葵
件名:時間大丈夫かな?
夕夜くん、放課後、校舎裏に来てくれる?
話したいことがあるから
「…………」
行動が早い妹だった。そりゃ、守ってくれる人探せよとは言ったけど、かなり性急だな。というか、隣に誰かいないと寂しいのか?あいつも。割とさびしんぼなやつである。
「俺、なんて返信したらいいんだよ。向日葵ちゃんに呼び出されるって、俺なんかやったかな?下手したらお前が出てくるんじゃないかって怖くてよ」
なら、その本人にメールを見せるんじゃない。やっぱり、アホだと思った。
しかも、メールは7時前。朝練が始まる前に送ったようだ。ちなみに今は8時半前。
「送っておけよ。向日葵待ってるかもしれないから」
「お前来ない?」
「行かないから。大切な話かもしれないだろ」
「そ、そうだな。とりあえず、了解と。これでいいか」
「ちゃんと行ってやれよ」
「日向……なんかおかしくねえか?」
「別にいつも通りだよ」
「いや、向日葵ちゃんに対して妙に淡白というか、素っ気ないてかさ。お前にこれ見せたら、突っ走って、向日葵ちゃんに早まるんじゃないって言うぐらいかと。喧嘩でもしたのか?珍しい」
「ぼくたち、兄妹もお互いがお互いを離れなきゃいけないって話にお前たちが帰ってからなってさ。ただいま実行中。離れたら、ぼくの庇護から外れるってことだからさ。自分のことは自分でやることと、制約を立てた」
「へ?ってことはお前たち兄妹は同じ屋根の下で別々に暮らしてるみたいな状態なのか?」
「いや、愛花の家で預かってもらうことした」
「なんだってまた」
「どうしても家だと、ぼくが全部管理してるから、ぼくに頼らざるを得なくなるからね。ギリギリ手が届かない距離で離れようということになって」
「ということは、向日葵ちゃんの部屋は今、空っぽ?」
「私がいるよ」
「はい?」
「バカっ。愛花、何口走ってるんだ」
「え?どういうこと?」
愛花が口走ったせいで、結局説明する羽目に。なんで、初日から……。
「って、ことは?愛花ちゃんと向日葵ちゃんが場所入れ替わって、日向と愛花ちゃんは付き合うことになって、同棲してると?」
実に分かりやすく、簡潔にまとめてくれた。ありがとう、我が友人。できれば、余計な詮索をしなければ、この説明をする必要もなかった。
「てめぇ!日向!なんて、羨ましいことしてやがる!」
「いや、そこでお前宛のさっきのメールだ」
「このメールがどうかしたか?向日葵ちゃんから来たから、消さないようにロックしておく」
「それは別に構いやしないけど、もっと根本的なことだ。お前が向日葵を守ってほしい」
「ストーキングしろってか?俺を犯罪者にはしないでくれ」
「違う。もっと、合法的に近くにいれる方法があるだろ」
「?」
「向日葵の彼氏になってくれ」
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「で?何?あんたたちは付き合うことになって、バカはずっとニヤニヤしてると?」
春乃にも早々にバレた。それ以前に夕夜の態度が丸分かりだからである。ここまで、あかさらまだと、ぼくがこいつに屈した気分でなんかやだ。釘は刺しておく必要があるな。
「お前、向日葵を泣かしたら、どうなるか分かってるよな?」
「へ。お前の影響下にない向日葵ちゃんは可愛い女の子だ。お前に口出しされる権利はないね」
「そうか。最後まで制約を聞いてなかったのか。あくまで最大限自分の力でやるが、どうしようもない場合はぼくに頼ってもいいことにしてるんだ。別に縁を切ったわけじゃないからな。あからさまに向日葵の様子が変だったら、全責任をお前にして、鉄釘をお前の目に突き刺してやるからな」
「…………はい。肝に命じておきます。お義兄様。この命、向日葵様を守るために使い尽くすことを誓います」
「よろしい」
「目がマジだった……」
「おー、よしよし」
彼女が頭を撫でてるが、あんたは一体どちらの味方なんだ。
「もちろん、ひなちゃんだよ」
「ありがとう、愛花」
「はよ、戻ってきなさいバカップル。授業始まるわよ。しかも、日向は委員長でしょ」
すっかり忘れてた。美浜による教師という名の権力をぞんぶんに使いまわして、ぼくを委員長にしおったのだ。副委員長は決まってないようだけど。
「次のLHRいつだっけ?」
「今日の六限目よ。まあ、他の委員会やら係やら決めるんじゃない?頑張れ、委員長」
肩に手を置かれたが、これは『あたしは手伝わないわよ』という意思表示なんだろうか。一限目の教師が入ってきたところで、散り散りに自分の席へ戻って行った。
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授業風景は割愛。見るところと言ったら、あの先生禿げてんな〜とか、あの先生カツラだな〜とか、あの先生トライアスロンを趣味にしてそうだよな〜とか、あの先生キレなくても常時怖いよな〜とか。
「常時怖い先生は私のことかな?旭」
「いえ、誰も先生の名前出してませんよ」
例のごとく、美浜に捕まっていた。理由はLHRのエスケープ。何が面白くて、ぼくが議事進行しなくちゃならないんだ。ぼくは、だから中学の時から人の前に立つことをやってこなかったんだ。
「正直な、お前を委員長にしたことを失敗したかな、と思い始めてきている」
「そうですか。それは思い過ごしではないと思うので、今すぐ新しい人を委員長にするべきだと思いますよ」
「それがな。私だって、よく知ってるからと言って選出したわけじゃないんだ」
「と言いますと?」
「クラスで一番成績の良かった生徒を委員長にするようにされてるんだ」
「はい?ぼく、推薦ですよ?入学試験の成績なんないでしょ」
「お前、うちの中学で全科目で一度も取りこぼしなく100点取り続けただろ。記録もちゃんとあるぞ。ただ、多少の素行不良が目立つが……そこは目をつむったんだろう」
素行不良は、一学期に一度くらいのペースで式をボイコットするので、それのことだろう。授業は真面目に受けてるし、テストは向日葵のためにすごいお兄ちゃんを目指して頑張った結果だ。
「そのツケがこんなところで回ってくるとは……。まあ、決まっちゃった以上はやりましょう。副委員長はどうなってんです?今日、決めたでしょ?」
「お前がおらんせいで10分ほど開始が遅れたが、守山が自分の監督不行き届きですって、やってくれることになった」
すまん。愛花。
「なんだ、心ではすまなさそうにしてそうだが、顔はにやけてるぞ。そんなに守山が副委員長で嬉しかったのか?」
「変に、知らんやつとやらされるより、幼馴染とやってたほうが気が楽です」
「あっそ。じゃあ、今日のペナルティ。今、テニス部はランニング中だから、コートのネット張ってこい」
「全部?一人で?」
「全部。一人で」
復唱するなよ。いくつあると思ってんだよ。
すでにいくつあるか分かってないテニスコートへ足を向けることにした。
先に愛花に言っておこう。
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「うわー。こんなに大きかったんだねー。うちの学校のテニスコート」
一人でやるから、いいと言ったのだが、ついてきてくれた。手伝ってくれるなら、早く終わりそうだ。
「なんで、今日に限って外してるんだよ。いつもつけっぱじゃないのか?」
「まあまあ。帰ってくるまでに終わらせちゃおう」
それでも、いくつかはつけっぱなしになってたから、意図的にだろう。新入部員に教えるためのものだったのだろうか。だったら、ぼくにやらせようとするんじゃないよ。
「くそ。元テニス部員をなめるなよ」
「三ヶ月だけだけどね」
三ヶ月でも、体は覚えてるものだ。愛花に手伝ってもらいながら、30分程度で終わった。
ちょうどテニス部のランニングが終わって戻ってきたようだ。
だが、その列の中に向日葵の姿がなかった。
一人の女子テニス部員を捕まえて聞いてみることにする。
「向日葵ちゃんですか?なんか、珍しく今日は遅れるって。なんか、あったんですか?」
「あー」
そういや、放課後校舎裏に夕夜を呼び出してたな。律儀に部活を始める前に行ったのか。
「とりあえず、明日一人の男の死体が見つかるかもしれないけど君が気にすることじゃないからね」
「は、はぁ」
呆気に取られてる女の子に礼を言って、愛花をつれて校舎裏へ向かうことにした。いや、行かないとは言ったけど、そんな口約束は絶対じゃないからね。
そして、校舎裏の茂みの影。
「ひなちゃん、趣味悪いよ〜」
「いや、大丈夫だ」
もう一つの影の塊を指差す。春乃と豊山さんがいた。
「春ちゃん……」
「い、いや。これはあくまでも、妹みたいな存在の向日葵ちゃんの成長を見届けたいという親心的なね?」
親心、子知らず。という諺があるけど、実際のところ、子心、親知らず。のほうが世間一般には多い気がする。おせっかい焼きが多いのだ。子もほっといてほしいだろう。
「で、そういうあんたはなんでいんの?」
「よく考えたら、向日葵と付き合うということは夕夜は全校生徒の過半数を敵に回すわけだ」
「まあ、向日葵ちゃん、ファン多いしね。うちの中学に在籍してた人ほとんどそうだったんじゃないかしら」
ちなみにファンクラブはあったようだが、兄のぼくが公認してないので作り上げるたびに潰して回っていた。女子だけのグループなら問題はないので、放置。
「おかげでファンクラブは女子限定になってるわよ」
「事実そうしたからな。紛れこもうとしたやつは一人残らず潰してた」
「あんたの素行不良って、ボイコットじゃなくてそこじゃないかしら……」
兄の心、妹知らず。いや、実際分かってたみたいだけど。ぼくが猫可愛がりしてたから。ただ、その姿が猟奇的だったようで、妹人気があってもぼくには人気というものはないそうです。
「いや、向日葵ちゃんが可愛いんだから、あんたもそれなりにマトモな顔してるけど……………うん」
なんだ、その間は。性格がアレだと言いたいのか?そうだろ?そう言いたいんだろ?
「性格がキチガイすぎる」
「あのさ、春乃。もう少しオブラートに包むことはできなかったのか?」
おかげさまで、精神ダメージは4871ダメージ。MAX9999です。体力は∞。精神ダメージでぼくを屈せることが出来たなら、負けを認めよう。打ち勝ったの春乃ぐらいしかいないけど。ちなみに精神ダメージは一日経てば全快します。
「彼女のおっぱいで慰めてもらいなさい」
「ええ〜、は、春ちゃん。こ、こんなところで……。ひなちゃん、泣きたい?」
「帰ったらぞんぶんに泣かせてもらう」
「にしても、いつまで立ち話してるのかしら?30分以上経つわよ?」
それ以前にこいつらはいつから張り込みしてんだ。
そう思ったのも束の間で、二人は別れた。完全に向日葵を見送った後、夕夜はメールを打っているようだ。誰宛にだ?
チャララチャララ、チャラララン。
携帯のメール着信音が鳴り響いた。ぼくにかよ。幸い、気づいてかなったようで、そのままメールの内容を確認する。
from:クズ
件名:なし
向日葵ちゃんから告白された……。夢じゃないよな?お前とこの喜びを共有したい
かなりぶん殴ってやりたい気分だったが、ここは抑えることにする。まずは、この場から離れるとしよう。見つかると面倒だ。
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「返信するのはいいんだけど、あんたの夕夜のアドレス登録に悪意しか見えないんだけど」
「えっ?クズだろ?」
「せめて、名前で登録してあげなさいよ……」
まあ、今更変えるのも面倒だからそのまま返信を打つことにする。
「とりあえず、明日からは向日葵じゃなくてあいつの周りにも注意が必要だな」
「どうして?」
さっきまで喋ってなかったけど豊山さんが聞いてきた。
「豊山さんは越してきたばかりで知らないかもしれないけど、向日葵はかなり人気あるんだ。それが、特定の男と付き合ってみろ。どうなる?」
考えている……。とりあえず、どうなるかシュミレートしているんだろうか。
「大変カオスなことになりました」
「それぐらいで済めばいいけどな……。きっと、あいつをその立場から引きずり降ろそうと、様々な手から襲われることが予想される。まあ、あいつ自身も割と強いから、のされることはないとは思うけど……その旨だけ伝えとくか」
夕夜にメールを送って、もう一度校舎へ引き返すことにする。
「まだ、帰らないの?」
「やること思い出した。文芸部寄ってくる」
「また、なんかやり始めたの?」
「ちょっとね。部員が少ないからさ、よかったら入らないか?本読んでたりするだけでもいいし。運動部との掛け持ちもできるらしい」
「私入るー」
「さすが、愛花。じゃ、一人確保。春乃と豊山さんはどうする?」
「愛花一人連れて行かれるのも癪に障るし……あたしも入ってあげるわ。あ、でも、今日バイトなのよ。夕夜引っ張ってくわ」
「了解。じゃあな」
「バイバーイ」
挨拶もそこそこに足早に駆けていった。そうか。バイトがあったな。しかも、あいつ、週5でバイト入れてたし、これじゃ、向日葵と一緒に帰れなくなる……。でも、いつも部活の子と一緒に帰ってるし、あいつも一緒に帰れる時でいいだろう。もしかしたら、さっき長々と話していたのはそのことについてだったのかもしれない。
そして、振り返ると愛花が、豊山さんの手を引っ張って校舎の中へ入っていった。
あれ?ぼく、置いてきぼりですか?発案者ぼくだよ?
「というか、愛花は場所が分からんだろうに……」
やれやれと頭を抱えながら、ぼくも校舎へ戻ることにした。