向日葵の決意(4)
向日葵と一つ屋根の下で過ごすのも、今日で一旦終わりだ。
そんな今日は向日葵と最後のデートの予定。
彼女ができたばかりなのに妹とデートしてるんじゃねぇ!という意見はごもっともですが、ちゃんと許可は得ているので問題はないです。さすが、彼女兼幼馴染み。
「向日葵〜。まだか〜?」
「もうちょっと〜。三分待って〜」
三分待ってたら、パズーだってバ◯ス唱えて破壊しちまうよ。あれ、最強呪文だよね。大佐もあそこで余裕ぶっこかなきゃ勝ってたのに。
そんなくだらないことを考えてると、向日葵が降りてきた。いつものジャージ姿ではなく、愛花からプレゼントしてもらったワンピースに春乃からもらったヘアピンで髪を留めている。
「ど…どうかな?お兄ちゃん」
「うん。可愛い。記念に写真を撮っておこう」
「いつのまにそんなかっこいいカメラを」
流石に携帯では色気がないので、デジタルカメラで撮影。
「向日葵、モデルとか向いてそうじゃないか?背は女の子にしては高いし、細いし、モデルなら胸は関係ないぞ」
「胸はほっといてよ!これから増量するの!」
「まあ、そのワンピースの胸が膨らむことを楽しみにしてるよ」
「私たちの関係知らない人が聞いたら、お兄ちゃん刑務所行きだよ……」
「向日葵がお兄ちゃんと呼んでる限りは大丈夫だよ」
「明日からやめようかな〜」
「場所が変わるだけで、ぼくたちの関係は変わらないからな?」
「分かってるよ〜」
「じゃあ、行きましょうか」
話してる間にもかなりの写真を撮った。ぼくの秘蔵フォルダがまた潤うな。
「じゃ、帰ったらお兄ちゃんの画像フォルダ消しとかないと」
「なんと」
「離れられないのはどっちなのよ……」
妹に飽きられてしまった。おかしいな。バレないようにカムフラージュしてたのに。
「いや、ファイル名『向日葵成長記録』だし。何もカムフラージュできてないよ。むしろど直球だよ。バッターアウトだよ」
「せめて、各一枚ずつだけは……ご慈悲を……」
「……むう。まあ、私も昔の写真がなくなるの嫌だし、いいよ、残しておいて。別に恥ずかしいのが入ってるわけじゃないし」
「ありがとー!向日葵ー!」
「お兄ちゃん!周りの人見てるって!」
「いや、いつも通りだなって見守っててくれるから大丈夫」
向日葵が嫌がってたら、完全アウトだけど。おまわりさんに手錠かけられちゃうね。デートする前に事情聴取だね。おまわりさ〜ん、ぼくは潔癖ですよ〜。汚れてませんよ〜。愛情表現です〜。
「で、お兄ちゃん、今日はどこに行く?」
「今から出たところでこの周辺に遊園地の類はないよ?」
「じゃあ、今度こそケーキ屋のおじさんに挨拶に行こう」
「なんて?」
「お世話になりました?」
「ぼくたちがどこかに引っ越すみたいだろ」
「これからもお世話になります?」
「間違ってはいないけど、何か違う」
「じゃあ、どうすればいいのさ?」
「おっ久〜!くらいに走って抱きついてあげろ。あの人も奥さんいるから、その隙に告げ口しておく」
「お兄ちゃん離婚させる気だ!」
人聞きの悪い。あんな強面のくせに女の子にデレデレのオッさんに引導を渡すだけだ。
「まあ、今日連絡があるはずだけど……いいか。行こう」
ここまで連続していくのも久しぶりだけど、向日葵の行きたいところに連れて行ってあげよう。ついでにこれからのシフトも聞けばいいし。
向日葵と昨日より少しだけ強く手を握って歩き始めた。
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オッさんのケーキ屋に到着。今まで確認してなかったけど『ケーキ花崗』と看板があった。花崗のところをアルファベット表記にしてもいいんじゃないかな。『ケーキMikage』。これを筆記体にすればかなりいいデザインになると思う。やるのはオッさんにだから、ぼくがとやかく言う話ではない。
日曜ということもあり、店内はいつも通りの女の子たちから親子連れやらお年寄りの人もいた。親子連れの人やお年寄りの人はいいんだけど、女の子たちはなんかいつもいるような気がする。毎日食べてて飽きないんだろうか。
今日のレジ打ちには、オッさんの奥さんが立っていた。これじゃ、作戦は決行できないか。
「あら、いらっしゃい。日向くん」
「久しぶりです。旦那さんは?」
「奥にいるわよ。今日はどうしたの?」
「向日葵が久しぶりに挨拶に行きたいっていうのと、バイトの話聞いてません?」
「ああ〜。昨日、喜んでたわよ。『活きのいいやつがバイトやるってよ』って。日向くんのことだったのかしら?」
「いや、ぼくの友人です。まあ、ぼくもやりますけど」
「あら、そう。じゃあ、私は出なくてもよくなるかしらね」
「そうなるように頑張りますよ」
「頼もしいわね。じゃあ、ちょっと待ってて」
そう言って奥に引っ込んで行った。
待つこと数分、すぐに出てきた。
「おお〜、向日葵じゃねえか。あとおとも」
「名前で呼んでくれ」
向日葵と一緒にいるとこの扱いである。いかに向日葵が優遇されてるかが分かるね。面倒を見てきたとはいえ、息子みたいな存在と娘みたいな存在では娘のほうが可愛がるのは、まあ男としては普通ではある……のか?オッさんのストレス解消に付き合ってたのはぼくの方だけど。
「お前は見てると時々ストレスが溜まるが、向日葵は見てるだけでストレス解消になる」
とんだ差別だった。息子と娘の区別か?どっちにしろこの人の子供ではないけど。
「なんだ、向日葵。色気づいて。デートか?」
「そうですけど?」
「…………」
口を開いて、こっちを見てる。別にいいじゃんかよ。兄妹でデートしたって。仲がいいって証拠じゃん。そういや、デートしてる時にケーキ屋に来たことなかったっけ。
「何を企んでる」
「いや、普通に仲良く歩いてるだけだよ。勘繰るなよ」
「あれぐらいだと、自然と親元を離れるもんだけどな……。年の近い兄弟なんてそれが顕著だろ。まあ、でも昔っから向日葵はお前にべったりだからな。お前もそれを好んでた……いや、今もか」
なんか、可哀想な目で見られる。なんだ、人を妹にしか心を開いてないやつみたいに。
「何だって、また急に」
「向日葵が挨拶したいって言うから来ただけだよ。あとついでにシフトのこと聞いておこうと思って」
「そっちがついでだったのか……。まあいい。シフト表というのを作ってみた。初めてだっから手書きだけどな」
曜日ごとに各名前が書き連ねられている。手書きだから、拙い感じだけど、ちゃんとやってくれてたようだ。
「……一人足りませんよ?」
「え?昨日来た日向と愛花ちゃんと、日向のツレじゃなかったのか?」
「女の子二人って最初に言ったでしょう」
「な……なんだと……」
「まあ、シフト表空白ありますし、空いてるところに入れましょう。ああ、女子二人ってのはやめといた方がいいです」
「あん?なんでだ?」
「帰り夜になりますからね。男が送るのが筋です。逆に男二人はいいですよ」
むさい店内がさらにむさくなるけど。
「じゃあ、お前と愛花ちゃんはセットな。あともう一人の女の子はなんていうんだ?」
「小牧春乃です。まあ、女の子1人だけのシフトは……さすがにないですね」
夕夜1人だけのシフトは二日ほどあったが。その日に春乃を入れておけばいいだろう。基本的には週3日のシフトだ。これなら無理なくバイトできるだろう。
「夕夜のやつは大丈夫なのか……?」
勉強なんて今更という感じなんだろうか。でも、あいつは暗記科目が苦手なだけで、理数系の理詰めの科目は得意なはずだ。いうほど勉強ができないわけではないけど……。いざとなれば見てやるか。愛花もいつも見てあげてるし、変わらないだろう。
「と、こんなもんですかね。目に付くところに貼っておけばいいかな。更衣室は……」
「ああ、制服にエプロンでもしてくれればいい。特には必要ないだろ。指定の制服もこの店はないしな」
「あっそう……。じゃあ、これくらいかな。皆に連絡回しとくよ」
「ついでに俺にも教えておいてくれ。急用が出来たら、連絡できたほうがいいだろ?」
「でも、愛花は携帯持ってないんだよ」
「じゃあ自宅に連絡する。流石に知ってるだろ?」
「いや、俺にかけてくれればいい。てか、セットって言ったのオッさんだろ」
「わーったよ。何か隠してねぇか?」
「別に、何も……」
勘の鋭いオッさんだったけど、同棲しようとしてることを知られたら面倒だ。でも、学校でも知られると面倒だよな……。実質二人だけなんだし。実質も何も、正真正銘二人だけの同棲生活だけど……。まさか、高校入ってすぐにこんなことになるとは思いもよらなかった。
「お兄ちゃん、ケーキ買って〜」
「オッさん、ケーキ一つ、奢りで」
「仕方ねぇな。裏から回れ。目の前でタダで渡すわけにはいかないしな」
「だって、向日葵。ちょっと裏へ行こう」
「あ〜ん。いけず〜」
「どこでそんなん覚えた!今から変なことするみたいだろ!」
「まあまあ」
妹になだめられる兄の姿。はたから見ると、痴話喧嘩?痴話も何もないけど。
あんまレジ前でうだうだやってても邪魔だったから、店から出て裏へ回ることにした。
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「お兄ちゃん、一個ぐらい気前良く買ってよ」
「男子高校生のお小遣いは少ないのだよ……」
「いくらだっけ?」
「5000円」
「私3000円だよ?それでも今月まだ使ってないから残ってる」
「実を言うと、愛花か向日葵と一緒に出ると絶対に何かをぼくは奢ってるんだ」
「殊勝な心構えだね」
「すでに小遣いは1000円を切ろうとしてる」
「おう………それはすまかったよ」
「親父はぼくには学費と生活費と小遣い5000円以外には一切出さないという仕打ちだ。向日葵にだったら、好きな本でも、服でも預金に関わらず買ってあげていいとなってる」
「ものすごい過保護だね、私」
だったらプレゼントもそこから出せば良かったのではないかと思われるかもしれないけど、プレゼントは自分のお金から捻出してこそ意味があると思う。これでも、頑張って切り詰めてるんだよ……。趣味とかは特に無いのになんでこんなに出費してるかが謎なところだ。
「もふもふ」
「美味しいか?」
「ふわあ〜」
美味しいようだ。顔が別世界にトリップしてる顔だけど。幸せそうなので放置。ついでにぼくの分も用意してくれるかと思ったけど、そんな甘やかしはなかった。冷たいよ、このケーキ屋。男は金払えってか。
「もふもふ……もふ?」
向日葵の手が止まった。
「どうした?」
「お兄ちゃん食べる?」
「くれるの?」
「なんか寂しそうな目をしてたから。私だけ食べてるのも申し訳ない」
「じゃあ一口」
「あ〜ん」
近くから視線が漂っている。
「何してんすか」
「気にしないで。続けて続けて」
「向こうで店番してください」
「残念……」
トボトボと戻っていった。ついでに奥さんの名前は美紗子さんだったな。オッさんは、厳だったような。あの人はどうでもいいや。今では名称はオッさんで貫いてるし。
「というわけで続きを」
なんか向日葵が目を光らせている。そんなにやりたかったのか?若干ながら息を荒らげているので怖い。もっと自然な感じでやって欲しい。
「お兄ちゃんが恥ずかしがってるのを見て、私は楽しみたい!」
なんか性格が歪んでる気がしてきた。こんなんだったかな、うちの妹。友達に変な影響受けたか?
「ごあいにくながら、この行動はぼくにとっては恥ずかしいより嬉しいにカテゴリーされるから向日葵の欲望には応えられないな。それよりも息を荒らげない、年頃の女の子が」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよね〜」
「ああ、ぼくはお兄ちゃんであるゆえお兄ちゃんだ。キング・オブ・ブラザーだ」
「ほこで、きんぐ・おぶ・おにいひゃんって言わないあたりがおにいひゃんらしいね〜」
さっき、ぼくに突き出していたケーキは向日葵の口に吸い込まれていた。口に含んだまま喋ってるので若干ろれつが回ってない。
結局一口だけもらって、後は一人で平らげた。
今はそんなほのぼのした昼下がりを過ごしている。向日葵が部活を始めてからは、なかなかこういう時間を取ることもできなかったから、いい気分転換になっているといいんだけど。
そんな心配もよそに向日葵は楽しそうにしている。ぼくはそれが嬉しいし、出来ればこんな日が続けばいいと思う。思うけど……。
「お兄ちゃん?食べ終わったし、次行こう?」
「ああ、そうだな」
「次はどこに行こっかな〜」
きっとこんな日は今日で最後になるのかもしれない。寂しい気持ちのほうが大きいからこんな気持ちになってるんだろう。
だから、今は……。
「お兄ちゃん!この服どうかな?」
「いいんじゃないか?もっともお金ないから買えんけど」
「む〜。来年はちゃんと買ってよ」
「ああ。そのためにバイトやるんだから」
「ということで、これをキープしよう」
「一年後に残ってるか分からんぞ」
「その時はその時。ほら、お兄ちゃん写真撮っておいて」
「せっかくだから、試着してみろよ。それ撮ってあげるから」
「妹の生着替えをご所望か」
「見飽きた」
「見飽きるほど見せた記憶はないよ!てか、そんなに見てたの!?」
「おっと、口が滑った」
まあ、生着替えも両の手の指で数えられるほどしか見てないけど。どんな兄貴だと問われそうだけど、ここで今ひとつ弁解しておこう。
ぼくは向日葵の成長記録と題して日々写真を撮ってデータに落としてある以外にもアルバムを大量に作っている。大量と言っても、一年に一冊埋まる程度だけど。ぼくの優れた視力により、身長、体重、スリーサイズ全て詳細に載ってる。まあ、その辺はぼくの視力じゃなくて、健康診断とかのやつ見て、メモを取ってるだけだけども。あれ?前に変態的な意味で取られていた気がする。……ここで変態と認めるべきか、否か。
…………。
否だな。妹の成長を見届けるのは兄の務めであり、あるべき姿だ。
「にしても、遅いな……」
語ってる間に、十分ぐらい経った気がする。上だけだったし、そんなに時間がかかるようなものでもなかったと思うけど、やっぱり女の子の着替えは時間がかかるのか?それとも、突撃しろという暗示か?だが、ここで突撃してみろ。向日葵から愛花に伝わったら、破局を迫られるぞ。それでなくても、一緒に風呂入ったりしてるから弱みなんてメチャクチャ握られてるけど。やたら、変態行動に走るもんじゃないね。風呂に一緒に入ったのは向こうからだったけど、ここで大事になるのはそうなるまでの過程ではなくて、そうなってしまった事後という結果だけなのだ。要するにその一緒に入ったっていう事実が伝わったら、ぼくの立場すぐに危うくなる。すでに危ういけど。
「ひ……」
いや、呼ぶべきか?むしろここまで出て来ないってことはぼくが嬉々として入らなければ、向日葵を悲しませることになるんじゃないか?
「というわけで決行」
周りから見えないように、試着室のカーテンを少しだけ開き顔を潜り込ませた。
「…………」
「…………」
膠着状態が続く。下はショートパンツを履いているけど、上はブラだけ。ワンピースは床に脱ぎ捨てられていた。寒かったのか、恥ずかしいのか胸を腕で隠している。
「すいません」
特にリアクションがなかったため、とりあえず何事もなかったかのように元の場所へ戻った。ここで知り合いに会うような、展開的には修羅場というか、当事者でなければ面白展開は待ってないだろうけど……。
「…………」
「…………」
知り合いいた。
いや、知り合いなんてもんじゃない。彼女だ。
絶賛、服を選んでる最中だった。選んでた服を戻して、こちらへ歩み寄ってくる。
そして、ぼくのところへたどり着き、じっとぼくの目を見据える。
「冤罪です」
とっさに出たのは、犯罪ではないということだけを伝えただけだった。幸い、商店街の店なので防犯カメラなんて洒落たものはついてない。
ビバ、田舎!
と、まあこんな言い訳が通じるはずもなく、
「場所は……選びなよ」
「はい……」
優しく諭されて、愛花は立ち去った。
なんで、居たのかというのは無粋なので深く追求しないことにしよう。むしろ、ぼくたちのほうをつけていたんじゃないかと思うけど。
「行った?」
「うん……。ぼく、最低な彼氏にランクダウンだよ……」
「なんか、悪かったね。悪ふざけに付き合わせちゃって」
「目の保養にはなった」
「それはどうも」
向日葵も向日葵とて特に気にはしてないようだった。というか、悪ふざけ言っただろ。行動的には正解だったけど、人としてはやっぱり間違いだったよ。
「じゃあ、気を取り直してレッツゴー」
写真だけはしっかり撮って、次の目的地へ。目的なきデートは続く。
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「海へ行こう」
「無茶言うな」
この街は山に囲まれていて、丘に登っても海のうの字も見えやしない。地理的には海に隣接してないのだ。海へ行くなら、電車かバスに乗っていかなければならない。
「ぼくには金がないんだ。察してくれ」
「優しくて世話好きな兄だけど貧乏だなんて……何もしてやれない、私は兄不幸だよ」
なかなか聞かない新単語『兄不幸』。世の中のお兄ちゃんは妹がいたら、尽くしてあげてね。健気な妹ならきっと慕ってくれるさ。反抗し始めたら知りません。ぼくの管轄外です。
「金がなくても、楽しめるところか……。久しぶりにあそこへ行こう」
「あそこ?」
まあ、誰だって遊んだことのあるあそこだ。わざわざそこまで引っ張るようなことでもないけど。
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「公園?」
「公園」
どんな子でも一度ぐらいは足を運んだことはあるだろう。ただ、最近は遊具が危険だとかなんとかで色々撤去されているようで、昔あったおもしろ遊具はないし、最近は携帯ゲームが発達してるから外で遊ぶ子も少ないというのも聞く。事実、この公園も一人、女の子が逆上がりの練習を頑張っているところだった。
「うう〜〜。……しょ!」
地面を蹴り上げるがなかなか体が上がらず、回れない様子。
「うう〜〜……」
長いことやってるのだろうか。結構涙目になっていた。
「向日葵も小さい時にああやってやってたよな」
「帰る頃には大車輪を達成したよ」
鉄棒のての字も知らなかったのに、コツを掴んだら大車輪をやりおった。運動神経はぼくもいいつもりだけど、根本的な身体能力は敵わない気がする。
「手伝ってあげよう」
「向日葵は見てろ。お前感覚派だから、教え方下手だろ」
「できるよ〜!」
「じゃ、やってみろよ」
「見ててよ〜」
鉄棒を掴んで涙目になってる女の子の元へと駆け寄っていく。どうでも、いいけど、教えるにしても、お前には鉄棒低くないか?やろうとしたら、頭ぶつけるぞ。
でも、やろうとトライしてる。
勢いをつけて〜。
ガンッ!
おおう。まさか、頭と脛を両打したようだ。芸術的なまでにやらかすなあいつ。
地面に這いつくばって、痛みを堪えてる。教えようとした女の子にまで心配をされてるが何がしたかったんだあいつ。
「しょうがないな……」
女の子の元へまで寄って行く。女の子は心配そうにオロオロしていた。
「おい、向日葵。すいませんでしたは?」
「おおふ……。想像以上の低さだったよ……。頭も脛もかなり痛いよ……」
「隣に高いやつあるのにわざわざそっちでやるんだ、お前は」
「同じ視線でやればわかりやすいと……思ったんだよ……」
痛みを堪えて、プルプルしている。どっちにしろ続行は不可能そうだ。
「お嬢ちゃん。名前は?」
心配してる女の子に声をかける。
「亜希」
「あきちゃんか。家はこの辺り?」
「ううん。ちょっと離れてる。家の近くだとクラスの子がいるからちょっと遠くまで来たの」
「恥ずかしいから一人で練習してたのか。でも、一人じゃ難しいだろ?」
「うん。私、あまり運動神経よくないから、体育でも一人だけ逆上がりできないの……」
よくいる子だ。でも、太ってて体が動かしにくいということではなさそうだ。むしろ細いし、そうすると体の動かし方が悪いんだろう。
「よし、お兄ちゃんが手伝ってあげよう。そこのお姉ちゃんは体力無尽蔵だから、ほっといてもいつか復活するから大丈夫」
「そうなの?」
「だよな?」
向日葵はグッ、と親指を立てて、大丈夫だというサインをした。そのまま体を引きずるようにベンチへ向かって行って、死に絶えた。
「本当に大丈夫?」
「ちょっと心配だが、今はあきちゃんを手伝ってあげるよ」
「彼女さん?」
「妹だよ。うちの妹も君ぐらいの時に教えてあげたんだ」
「へぇ〜。お姉ちゃん、可愛い」
「あきちゃんも可愛いから、大きくなったらべっぴんさんになるかもね」
「そ、そうかな?えへへ」
嬉しそうに顔を綻ばせる。掴みはOKだな。緊張もほぐれたようだし、始めていこう。
「じゃあ、もう一度逆上がりやってみて」
「う、うん」
地面を蹴って体を浮かせるが、あまり浮かばなく、そのまま地面に降り立つ。
「あきちゃん。怖い?」
「ちょっと……」
「じゃあ、前回りはできる?」
「それなら」
くるんと回って、降り立つ。どうやら、全く運動が出来ないというわせではないようだ。なんで、前回りをやらせたかというと前回りが出来なければ、逆上がりをやるのはさらに難しいからだ。ステップアップは大事だよね。
「あきちゃん。逆上がりする時何が怖い?」
「頭ぶっちゃいそう。お姉ちゃんみたいに」
若干トラウマになってるじゃねえか。うちの妹は何を植え付けてんだ。
「あいつは見た目以上に頑丈だから。じゃあ、まずはお兄ちゃんが見本見せるから見てて」
「うん」
素直な子である。最近はひねくれてるか、うざったい子供が多いけど、こういう子ばかりなら社会は安泰なのにな。主体性がないって言われそうだけど。やっぱり、年上の言うことは従うべきだね。
ぼくは見本を見せるために、地面を蹴り上げて、鉄棒に体を押し付けて一回転して、地面へ立つ。そうすると拍手が上がった。
「あきちゃん。やり方は分かった?」
コク、と頷いて、逆上がりの態勢をとる。地面を蹴り上げた。が、一回転することなくまた戻ってくる。
「できない……」
「そうだなぁ。あきちゃんさ、体が鉄棒と離れちゃってるんだよ。前周りする時体を離して回れた?」
ふるふると首を振る。
「あとは、蹴り上げて足を上げるだろ?それが前に行きすぎてるんだ。もっと上に蹴り上げるようにして、そうすれば体が鉄棒に近づくから」
「上に?」
「もうちょっと大げさに言えば、後ろに対して蹴る感じ。ある程度上がったら、補助してあげるから頑張ろう」
「うん」
イメージが掴めたのか、次はさっきより、体が鉄棒に近づいた。
「もうちょっと、もうちょっと」
「うん。……しょ!」
足が鉄棒の上を越えた。ぼくは、その越えた足を後ろへ行くように力を加えた。
そして、一回転しあきちゃんは地面に立った。
「回れた」
「やったな。あきちゃん。やれば出来るんだよ。諦めちゃダメだ」
「おめでとー!」
復活した向日葵が駆け寄って抱きついていた。そういや、子供大好きだったなこいつも。でなければ、手伝おうなんて言わないか。
「でも、今のはぼくが補助したからな。今ので回る感覚が掴めたと思うから、次は自分だけで回れるように」
また、コクと、頷き鉄棒と対峙する。少し、戸惑っているようだったけど、意を決して地面を蹴る。そして、綺麗な円を描いて地面へ着地した。
「やった……できた……。できた!お兄ちゃん!」
「おめでとう、あきちゃん。なんかご褒美あげるよ……あった、飴」
あきちゃんの小さい手のひらに、イチゴ味の飴を乗っける。それを受け取って、また顔を綻ばせた。
「もうすぐ暗くなるな……。そろそろ帰った方がいいよ。この辺りうちの近くだから、良かったらまた教えてあげる」
「ありがとー。お兄ちゃん、お名前は?」
「ぼく?ぼくは日向。あそこのお姉ちゃんは向日葵。よろしくね」
「わたし、小牧亜希っていうのー。またね〜お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「うん。またねー」
手を振って、乗ってきた自転車にまたがって去って行った。……小牧亜希?
なんか気になったけど、その疑問はすぐに忘却の彼方へと去った。
「さて、向日葵。デートは続けるか?」
「まだ、続けるよ!伝説の明ける夜はこれからだよ!」
怪我をしてもなお、元気な妹だった。伝説って何が始まるんだよ。
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「で、結局ここか」
「お兄ちゃんに連れてきてもらってから気に入った」
「そりゃ、よーござんした」
ぼくと向日葵は一昨日にぼくが向日葵の名前のルーツを話した丘に来ていた。
「うう、ちょっと寒い」
日はすでに落ちかけていて、夜の青が深みを帯び始めていた。さすがに春先なので日が落ちれば冷え込んでくる。
「まったく、上着着てきてよかったよ」
ぼくは上着を向日葵に着せてあげた。ぼくが寒くなるが、向日葵を引くよりはよっぽどマシだ。
「あったかい〜。お兄ちゃんの匂い〜」
「今日はぼく離れするためのデートだったんじゃなかったのか?」
「まあまあ。今日までだからさ。お兄ちゃんともっと寄ってよ。あったかくなるよ」
「愛花に悪いんだけど……今日ぐらいは許してくれるか」
向日葵に寄り添って、落ちる夕陽を眺めていた。いつもと違う風景に見えて、その町の姿はなんだか儚げに見える。
向日葵も黙って、見ているようだ。
沈黙が流れる。
ふと、ほおに少し暖かい感触が。とても柔らかい。けど、少し不格好に押し付けたような。
「向日葵……」
「デートなんだし。これくらいね。唇は愛ちゃんのためにとっておいてあげよう」
二人向き合って、笑い合った。笑過ぎて、二人とも涙が出ていた。いや、きっと涙を誤魔化すために二人とも笑っていたんだろう。ちょっと、離れるだけなのに、家はすぐ隣なのに遠く離れる気がして。
ひとしきり笑った後も涙は止まってなかった。涙で景色が滲んで、とても前を向いてられなかった。
「お兄ちゃん。生き別れるんじゃないんだし、お兄ちゃんだって会いたかったら私に会いに来ていいんだからね。私も会いたかったら行くからね……」
泣き崩れそうな向日葵を抱きとめてやりたかった。でも、ここで抱きとめていたら、ぼくたちは離れることなんで出来ないだろう。向日葵も分かっているのか、泣き続けていたけど、前を向いて、ぼくを見据えていた。
向日葵が堪えているのに、ぼくが崩れるわけにはいかない。崩れそうな足をなんとか踏ん張って立ち続けた。
いつのまにか、夕陽も沈み、頭の上には月が出て、この街を照らし出していた。
やがて、涙も乾いた。
「そろそろ帰ろう。夕食は二人で食べよう。今日は奮発して作ってあげるから」
「うん。楽しみにしてる」
丘を降りて、涙で泣き腫らした顔を見てまた笑い合った。
家へ戻り、二人で隣り合って夕食を食べた。その味は思いの外塩っ辛い味になっていた。