旭日向の日常
桜が舞う季節。学生なら卒業とか入学式とかクラス替えとか、うきうきだろう。嫌なやつと別れれるとこ考えたらうはうはだろう。
だが、それは一般的な学生の価値観であり、どこにでも例外というものはあるものだ。
ぼく、旭日向がその例外の一例である。何が例外だって?そんなもの決まっている。
「なぜ、うちの妹がこの学校にいない!」
「いや、なぜってそもそも俺たちは新入生の上、お前の妹は双子ではないから俺たちより年下であり、まだ中学生であるからだ。というか、同じ学校自体にはいる」
冷静かつ的確にツッコミを入れたのは、中学の時からの縁で、何が縁だったかかも忘れたが友人の弥富夕夜。
そう、ぼくたちはこの春、高校生となった。かと言っても、中高一貫校であるため、受験などは特になく、ストレートで進学したわけだが。
「一応、区分されてるとはいえ同じ校内なんだから会おうと思えば会えるだろ」
「そこまでして会って、『お兄ちゃん気
持ち悪い……』などと言われてみろ。僕はどうなる」
「どうなるもなにも一度気持ち悪い兄貴にでもなったらどうだ?」
「お前は僕の唯一の生きる希望すら奪うつもりか!!」
「いや、日向の生きる希望が妹だけとは初耳情報だが……。確か、姉もいなかったか?」
「ソンナヒトノソンザイハシラナイ」
「肉親を無かったことにするな」
「またやってんの、あんたたち」
声をかけてきたのはこちらも中学からの友人である小牧春乃。大人しそうな名前に反して、非常にアグレッシブで春休みの間にも、日本を自転車で横断してきたとか。
「勝手なナレーションを入れるな。あたしはおしとやかな子よ」
「おしとやかな子は、中学の毎放課にぼくにプロレス技を仕掛けにきたりしない」
「何よ。あたしが好きでやってると思って?」
それ以外何があるというのだろう。というかただ単なるイジメの現場だ。折れずにここまで来たのはひとえにぼくの強靭な精神力と妹の存在があったからだ。
「半分……いや、八割ぐらいはあんたへの制裁のつもりだったんだけどあんだけ技をかけられて懲りないとはね。警察に突き出して、刑罰に処しておくか……」
なにを恐ろしいことをつぶやいているのだろうかこの人は。それ以前にぼくはなにかやったのだろうか。全く記憶にない。
「人を唆して、パシリにしたり、恐喝したり、教室の黒板破壊したり、教室の黒板破壊したり、教室の黒板破壊したり……」
「教室の黒板破壊してばっかりじゃないか!というより今言ったやつ全部濡れ衣だ!誰がそんな口八丁で怪力野郎だって!?」
「誰もそんなこと言ってないけど……」
くそ、どこのどいつだ?ぼくを陥れようと画策したやつは……。いや、今更探してもしょうがない。中高一貫校と言っても、全員が全員上がるわけでもなく、陥れようとしたやつがこの学校にいるとも限らないのだ。
「そうだ。夕夜。明日、妹の誕生日なんだ。プレゼントを用意してくれないか?」
「いや、なんで向日葵ちゃんのためにプレゼント用意しなくちゃいけないんだ」
言い忘れていたが、ぼくの妹の名前は旭向日葵。太陽のような笑顔で笑い、天真爛漫を自ら体現している。兄であるぼくを、心から慕ってくれる健気な妹であり、美少女である。
「実はな……」
ぼくは深妙な語り口で話し始める。
「笑わなくなったんだ」
「え?」
「何がきっかけか分からない。ただ偶然明日が誕生日だ。自分の誕生日に何かプレゼントをもらえれば自然と笑顔も戻るかもしれない。ぼくが色々尽くしたがダメだった。ただ、夕夜。お前なら何か変えられるかもしれない。その一歩がプレゼントを送ることだとぼくは考えている。中身は何でもいい。頼んでいいか?」
「お、おう」
「では、早速今日の入学式後によろしく」
「おう、任せとけ」
夕夜は胸を叩いて了承してくれた。持つべきものは優しい親友だな。
「じゃあ、ぼくは式が始まる前にトイレに行ってくるよ」
「早く戻ってこいよ」
「分かってるって」
ぼくは教室の外に出る。
そして直後に肩をがしっと、何かに掴まれ……いだだだ!!
「何するんだ!」
「こっちのセリフよ!よくもまあ、ぬけぬけと濡れ衣だと言い切ったわね!この前スーパーで会った時、普通に笑顔で挨拶してくれたわよ!」
「いや……これはな……つい二日前のことなんだ……」
「いや、二日前に会ったんだけど」
「…………二日前の夜に起きたことなんだ」
「嘘に嘘を重ねるな!正直に白状しろ!」
「すみません。お金が無かったので、プレゼント買いたかったけど、買えないので、体良く買ってきてもらおうと考えてました」
勘が鋭い友人を持つと苦労するな。友人選びは考えないと。
「とにかく、夕夜にはあたしから言っておくから。いいわね?」
「しょうがないな……」
どうしよう。向日葵の誕生日というのは本当だが、金がないのは事実だ。普段からどっかに行ってはお土産を買ってるからな。どうにかしないと。
トイレから戻ると同時に教室に駆け込んでくる姿があった。
「遅かったな愛花」
その姿の正体は、守山愛花。ぼくの家のお隣さんで幼馴染だ。
「ホントだよ……。なんで迎えに来てくれなかったの?」
「さすがに高校生になるんだし、さすがに自分で起きれるかと」
「起きれないよ!」
なんかおかしいセリフな気がする。
中学の時は毎日寝坊するので毎日迎えに行ってたものだ。というより、こういうイベントはぼくが起こすんじゃなくて、起こしてもらう方なんじゃないの?それか、ぼくが積極的にアタックして好感度を上げろと?ゲームじゃあるまいし。
ついでと言っては失礼だけど、愛花もそこそこ可愛い。妹がいなかったら告白してるところだ。妹も幼馴染の女の子もいない、男子諸君。ざまみろ。
こんな調子なので、おかげで付き合ってるんじゃないかと噂が立てられたけど。向こうもこっちも全くその気はないがバカップル扱いされていた。高校も一緒でクラスも一緒となればまた同じ扱いになんのかな……。
「他の人たちは?」
「他の人?ぼくの友人関係は他に知らない」
「意外に寂しい友人関係だね……」
ほっといてほしい。
「もう何人かいそうだね。ほら、あの辺とあの辺と」
近くにいた春乃が指を指してどの辺りにいるかを教えている。さすがに初日とあって、知り合い関係同士で集まってるみたいだ。知り合いがいない人はどうするんだろうか。まあ、ぼくには関係のない話だ。
「よし、あの辺の人に話しかけてみよう」
「おい、やめろって!これ以上友人関係を増やしてどうする!?」
「全く、あんたの寂しい友人関係を解消しようと動いているのに。友人の友人は友人じゃないんだよ?」
「大丈夫。さすがにぼくも友人の友人を友人と思ったことはないから」
「だったら、もっと交友関係持ちなさいよ。あって損するもんじゃないでしょ?」
「いや、損するね。少なくとも今のぼくという人格が失われることを言っておくよ」
「あんたはたかが一介の高校生がどんな影響力を持つと考えてるのよ……」
増やしたら増やしたで、金を貸してくれだの、ノートを貸してくれだの、くれくれの友人が増幅するに決まってる。それを「はい、どうぞ」と渡せるほどぼくは寛容ではないのだ。
「悪い、日向。俺も金がなかった。貸してくれ」
すでに一人いるしな……。というか、春乃から聞かなかったのか?
「夕夜。冗談だ。向日葵は今日も元気にへらへらと笑いながらいつも通り学校に向かって行った」
「さっき聞いた。それはともかくとしてなんかプレゼントしたい」
あげてどうする気だ。
「俺の生活に華やかさというものを……」
「お前に妹はやらん!」
「痛い痛いギブギブ……」
パンパンとぼくの腕をタップする。さすがにこのまま締め上げてもよかったが、若いみそらで犯罪歴はつけたくないので放しておく。
「ってことでここは一つ。お義兄さま」
「誰が義兄だ!」
「ひなちゃん。ひなちゃん」
今度は愛花に呼び止められる。
「ん?」
「これ」
「ぼくにプレゼント?」
「違う違う。お金ないと思って、向日葵ちゃんのプレゼント」
「さすがぼくの幼馴染!」
「埋め合わせよろしくね」
ぼくの頭を撫でながら、きっちり催促はしておく。抜けてるように見えて、ぼくよりそういうところはマメである。
「来週映画でも見に行こうか」
「うん!」
「やっぱ、付き合ってるんじゃないの?」
机に突っ伏したままだった、夕夜が呟いていた。