フラグな私
現在、城に軟禁状態と言いたくなるような状況です。
いえ、すでに旅の間に得た情報を話し終えているわけで、別に城を出ようと思えば直ぐ様出ていけるのです。領地のことも、今は母が采配しているようですから、少々予算に足が出始めているでしょう。首都の別宅に戻れば、そんな母の采配に手を加えることもできますし。
正直、家のことを考えるのなら、早々に城から居を移すべきです。
が、あまりな事態に気になって、リーリアたちを残して立ち去りがたく。
そして留まっていれば忙しい周囲に、役目を負わされるわけで。
今の私の御役目は、以前のものに加え、女神の託宣を受けし方々の接待役という大層なものとなりました。
正直、しんどいです。
女神関係なら、神殿の出番でしょうから、そちらと懇意な貴族の娘を連れてくればいいでしょうに。
一応、私も事情を知る関係者である為、警護をする都合上、できるだけ固まっていてくれたほうがいい、というのは理解できます。
それに、相手からの要望もあったことなので、しょうがないのでしょうね。
私が接待するお相手の一人、勇者アンジェリカは学園にいた頃とあまり変わっていないように見えました。
「私、ずっと貴方と話したいと思っていたの。こんな機会だけど、嬉しくって」
バカのことがあったので、少し身構えていましたが。
ただ純粋にこちらを伺う様子に、力が抜けてしまいました。今更な気はしますが、宴でのバカのこと、事実とは違うとはいえ謝ってくれたわけですし。
一体、どうしてバカを選んだんでしょうかね。恋って不思議です。
夏に咲く花のように、生命力に満ちた彼女に恋話を振ったら大変そうなので、聞きませんが。
それでも、やはり勇者だと、感じさせられるときがあります。
その言動は、普通の少女と何ら変わりがないというのに、注がれる眼差しに老成した慈愛さえ感じられるのです。
お茶の時など、幼い王子にねだられては勇者としての旅の思い出を話してくれます。が、語らないだけできっと辛いことが多かったと感じます。
時折、見ているこちらが息苦しくなるほど、切ない表情を浮かべられます。
ただ、彼女のおまけが非常に厄介で。
夫であるバカが部屋に顔をだすのは仕方ないですし、勇者としての彼女の力を必要とする仲間たちが顔を出すのも仕方ないです。
ですから、こちらが何の関心もありませんよと、部屋の隅に引っ込んでいるのに、わざわざ声をかけるのをやめてくれませんかね。
「アンジェリカが優しいことをいい事に、調子に乗るなよ」
調子に乗るも何も、出来ればとっとと婿を取って領地に引き籠りたいのですが?
本当に、奥さんしか見えていないバカですね。
そんなのだから、妹姫に影で猪って揶揄されているんですよ。
「なんだ、この茶は?」
「お気に召しませんか?我が領で最近作りはじめた抹茶といいます。本日のお菓子にはこちらが合うかと。アンジェリカ様もお褒め下さいました」
バカは妻と居られる時間が減らされたことをこちらに当たってくださいますので、勇者特製のお菓子と一緒にもてなして差し上げました。
抹茶という、この国では作られないお茶に対し、眉間に皺がよるほど訝しげにしながらも、愛しい奥方の名前を出されれば口にするんですよね。
もっとも、ものすごく薄く入れたので色のついた熱湯と変わりありませんが。
これでも、アンジェリカ特製のお菓子の威力よりはマシな扱いですよ。
彼女の唯一といえる短所が独特の味覚で、料理をすると異様に味が濃くなるのです。
暇つぶしに一緒にお菓子作りをすることが多いのですが、ほぼ同じ工程を踏んでどうしてここまで喉が痛くなる味になるかがわかりません。この十倍味を薄めれば、美味しいと思えそうですのに。
そんな、彼女の手前捨てられないお菓子は、バカに処理させます。
愛の力ですね。
今日も、感動の涙を流して完食しています。
お仲間様のエーリヒは、会うと領土経営の話になりますので疲れます。今更謝罪したところで、貸した金の利子は下げませんよ。
残るお仲間の方は、こちらはこちらで疲れます。もう、私と目が合うだけで屠殺場に運ばれる牛のような目をしてきます。
加害者はあちらなのに、どうして私のほうが罪悪感を感じなければならないのでしょう。無駄に顔が整っているからか、凄まじい威力です。それでも年上ならば、綺麗バッサリと割り切れたのですが。いい年をした男が情けない。
彼らが城の女性たちに人気があるので、口にはしませんが出来れば誰かに愚痴りたいところです。
もう一人の私の接待相手は、リーリアになります。
彼女が私に懐いていたために、接待役に私が選ばれたとも言えます。
私達が国に帰るまでの旅の間、この国でも色々なことが有ったようです。
私達が閉じ込められた遺跡。そこに残された碑文から、古代の魔王のことを知り、魔族がそれを目覚めさせるのではと話がでたところ、タイミングよく勇者のもとに女神からの託宣が有りました。
本来ならまだ外遊中だったはずの勇者夫婦が、国に戻ってきた理由がそれになります。
私が前世の知識を披露する必要もなく、リーリアは女神に示された鍵として保護されることが決まりました。
彼女を害することは、古代の魔王の目覚めにつながる、と勇者アンジェリカの発言があったおかげです。
でなければ、短慮な者たちが、リーリアに何をしていたか。
考えるだけで恐ろしい。折角退けた鬱イベントを、再現しなければならない事態など御免被ります。
ですが、女神の託宣を受けた勇者の発言は、神殿によって保証されましたので、今のところリーリアの身は無事です。
神殿は男子禁制なため、ジャックは我が家が保護しました。一緒に暮らさせて上げたいですが、しばらくは離れ離れでしょう。
一人になった本人は、寂しさを感じる暇もなく、慣れぬ城での生活に疲労困憊のようですが。
私は生まれた時からそういうふうに躾けられてきたので、特に厳しいとはおもっていませんでした。が、どうやら、アンジェリカもリーリアも城の決まりや作法などが窮屈で仕方ないそうです。
これが慣れってやつなんでしょうね。
季節が変わり始めた頃。
事態を終息へと向かわせる、様々な情報が城へと集まりました。
一番の大きな衝撃を与えたのは、魔王復活を望む魔族が、沖の孤島にその勢力を集めているというものです。
そういえばゲームで鬱展開があった遺跡ダンジョンも、沖の孤島でしたね。そこかも知れませんね。
このまま勢力を大きくなるのを黙って見ているわけではなく、各国連携しての対策が日夜合議されています。
他国から来られた方の中には、リーリアに不躾な視線を向けるものが居ます。そのため、ようやくここに慣れ、笑顔が増えてきたのにまた表情が曇りがちになりました。
義兄であるジャックも戦闘訓練に参加するようになって、不安なのかも知れません。
アンジェリカは準備が整い次第、戦いに出られるようにと、ここ最近は訓練所に入り浸りです。
一度、リオネルと手合わせしているのを見ましたが、なんでしょうあれ。まるで二人居るかのような残像を生み出す俊敏な動きのアンジェリカも凄いですが、その攻撃を流し受けきるリオネルも涼しい顔をしてできることじゃないでしょう。
はぁ。これが魔王を倒せるだけの実力ってものなんですね。呆気にとられてしまいました。
そんな中、魔族討伐に役に立たない私は、必然的に、部屋にこもりがちなリーリアの側に控えることになりました。
わざわざ、鍵を狙う魔族の前に鍵を晒すほど、国の代表たちも愚かではなく女神の加護厚き神殿にて、リーリアは守られることとなりました。
彼女を狙っているのが魔族である以上、清浄な気で包まれた神殿には容易に攻め入ってくることはできません。
しかし、後から思えば、安全な場所にいるという油断がありました。
準備が整い、勇者率いる連合軍が出立して数日後の夜のこと。
私はその日、義兄のジャックまで戦線に加わって行ってしまい、不安がるリーリアを寝かしつけていました。
「一人は嫌なの」
そう言われ、まだ幼さが残る寂しげな表情でお願いされたら、無碍に出来ません。
私とて、参戦したレオナルド達が心配でしたから、リーリアの気持ちも分かり、眠るまでの約束でベッドの傍らに腰を下ろしていました。
就寝前とはいえ、せめて杖の一つくらい身に着けておけば、その後の展開は違ったものになったでしょう。
リーリアに子守唄を歌っていたら、不意に部屋の明かりが消えました。
慌てて、照明の呪文を唱えた時には、部屋には私達以外の存在が侵入していました。
それに気づいてからは、悲鳴を上げる間もないほどの呆気なさ。
私は、何か毛のあるモンスターに床へと這いつくばらされ、魔族が気絶したリーリアを抱えるのを黙って見ているこしかできませんでした。
このまま、みすみすリーリアを連れ去られてしまうのか。
そして、私は死ぬのか。
悔しい思いで、魔族を睨みました。
「……お前でもいいか」
睨みつける私の顎を爪先で持ち上げると、勝手に納得しだしました。
何をされるのか。
せめてもの抵抗をしようと、身動ぎした瞬間。
私は頭部に衝撃を受け、意識を失った。
ようやく勇者と絡んだ。
●女神
世界を舞台に、信仰を集める物語を演じさせる舞台装置。
自身の意思の代行者を通じ、世界と係る。
●勇者
魔王が現れる時代に、女神によって選ばれる代行者。
過去の勇者の晩年の記録はない。
●人型戦闘兵器
古代、魔王に対抗するため、女神の力によらない勇者を生み出すための技術の結果。
成長する兵器。
●神殿
女神を奉じる宗教組織の拠点。
国の垣根を超えた勢力をもつ。
一部を除き男子禁制。