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ヴィクトール

 戦後、慌ただしく決まった結婚は、俺の本意ではなかった。

 アンジェリカと結ばれることは良いが、それが彼女の意思を無視した形になるのを恐れていたからだ。

 旅の間、彼女にはよく粗暴だとか、人の気持ちを考えろだとか叱られたが、さすがの俺にだって愛しい人の気持ちを考えるくらいはできる。

 彼女はこの結婚を受け入れてくれたが、俺は不安で仕方がない。

 彼女は世界を救った勇者だが、俺は彼女の住まう国の王子だ。

 身分差から断らないのか?

 そんな考えが脳裏によぎる。

 何故なら、彼女ほど魅力的な女を俺は知らない。

 一緒に旅をした仲間も、俺の幼馴染も、彼女に惹かれていた。

 俺ほどではないにしろ、彼らも良い奴ばかりだ。

 彼女のために、命すら投げ出した奴もいる。

 俺だって彼女のためなら命は惜しくない。だが、それは彼女が悲しむから隠しているだけだ。

 本当に、今の俺は彼女が第一で、それ以外どうでも良かった。

 王子として生まれ、育てられてきたが、彼女を傷つけるのなら国だって捨てる。誰を敵に回してもいい。

 そう考えて、しかし、自分の暗い部分がこれで彼女を確かに自分のものにできると、訴えてくる。

 結婚してしまえば、彼女を思う男たちは表向きだけでも諦めざるをえない。

 女神の勇者である彼女が、女神の名のもとに結婚を誓うのだから。俺の国だけでなく、女神を奉じる神殿を敵に回すほど愚かな奴も居ないだろう。

 なれば、少しはこの胸の不安は消えるだろうか?





 イライラする。

 式後、慣例に則った宴の数々にもそうだが、何より感情のまま起こしてしまった事の後始末がうまくいかないことに、俺は苛立ちを隠せない。

 アンジェリカに相応しい男であると、示すつもりだったはずが、今、親や兄妹によって彼女と距離を取らされ、反省させられている。

 表向きは、各国の要人もいる場での酒での失敗への反省と、外遊準備だ。

 実際は、宴でやらかした、国内で現在もっとも勢いのある侯爵家への対応を検討している。

 既に、兄の手で当事者である娘とやり取りはあったが、俺個人も反省を示さなければいけないという。

 反省はしているが、結婚したばかりなのに自分の妻にも碌に会えないのだから、イライラするのはしかたない。

 アンジェリカは、兄の嘘を信じているので、俺に禁酒するように迫ってくるから、俺はここ数日一滴も飲めていない。

 

「少しは落ち着きなさい。冬眠明けのクマみたいになっていますよ」


 酒を飲めない俺の前で、ソファーに座った幼馴染はワインなぞ飲んでみせる。

 お前だって、俺のように家から散々叱られているくせに、なんでそうのんびりとしているのか。


「こんな返答をもらっておいて、落ち着けるか!」


 俺は、卓上に先ほどまで目を通していた手紙を置いた。

 それは過日の一件を、非公式だが謝罪する手紙へのバダンテール側の返書だった。

 差出人は、バダンテール侯爵夫人。

 俺が危害を加えてしまった女の母だ。

 形式通りの挨拶から始まる冗長な手紙の内容は、要約すれば。


『反省した?謝罪したい?うちの娘傷つけて、言葉だけで済まそうだなんて。まあ、今回のことは、王を始めとした方々からの取り成しもありますから、事件はなかったことでもいいです。が、それなりの代償は約束していただきましたから。もちろん、あなたのお友達にもしっかりと払っていただきますから。バダンテール家はあなたの謝罪を受け取りました。もっとも、娘がそれで許すかは別問題ですけど』


 と、いうものだった。

 肝心の娘の心情はぼかされ、果たして俺の謝罪が届いているのかわかりはしない。

 非があるのは完全にこちらだ。それは分かっている。

 が、仮にも王家の人間に対して、ここまで居丈高なのはどういうことだ。


「良かったじゃないですか。侯爵家としては、表向きの理由で納得してくれるというのですし」


 幼馴染、エーリヒは肩をすくめてみせる。

 まるで関係ないという物言いだが、知っているぞ。お前の家も似た対応をとられていることを。

 あの夜、俺と一緒にいた者は皆表向きがどうあれ、この件でそれなりの代償を支払うこととなっている。

 兄が決め、父が承諾したのだから逃れられない。

 貴族ではないものは、勇者の一行という対面がある為、別の理由からだが、それぞれが降格なり減給なりをされた。


「お前の家は、どうすることになったんだ?」


「我が家の方は、街道の修繕費をバダンテール領側も持つことになりました」


 それだけか?

 もっと大きな要求をしてくるように思えたのだが。


「それだけ?とか考えていませんよね。魔王復活以前ならともかく、今の我が家は結構経済的にキツいんですよ。そこに今回の件は完全に予算不足で、我が家はバダンテールに借金しなくてはいけなくなりました。おかげで、俺はあわや勘当の身ですよ。まあ、まだバダンテールから輸入している食料の値段を上げられなかった分、マシだと言えます。魔王のせいで録に収穫が出来てないのに、今年も不作になりそうなんですよね」


 前髪を指でいじりながら、エーリヒがため息を漏らす。

 常々、俺を馬鹿にし、説教をする奴にしては珍しく弱々しい態度だ。

 確かに、モンスターの襲撃で街は守れても、農地を荒らされていくのは旅の間、実際に目にしている。

 魔王が倒されても、未だ荒らされた土地は復興ままならず、今年の収穫も期待できない。


「ミス・イレーヌは守銭奴などと言われていましたが、どうやら彼女一人の力でのあだ名というわけではなかったみたいですね」


 その言葉に、あの日、俺を前にして、逆に見下すかのような目を向けてきた女の顔を思い出す。

 普通の女なら涙を流すような場面でのイレーヌのすました表情は、俺の感情を逆撫でするばかり、冷静にはさせなかった。

 彼女の手にしていたブローチの存在が、それに拍車をかけていたのだが。

 あれは、アンジェリカの、いや旅を共にした者すべてにとって、大事なテオの形見であり、それを知らぬ者が手にしていいものではなかった。

 故に、一緒にいたエーリヒたちも俺を止めなかった。

 形見だからという理由、だけではない。それだけなら半分は止めに入っていた。

 カッとなりやすい俺とは違い、争いごとを避ける奴もいたのだから。

 ブローチの石が赤く染まり、近くに魔に染まりし者の存在を警告していたからだ。

 俺たち以外に、その場にいたのはイレーヌで。

 ならば、彼女こそが警告された魔に染まった者だと、思い込んでしまった。

 実際には彼女が手にする直前に触れたものこそが、そうだったというのに。

 それが今、こうして俺の首を締めてくる。

 

「……そう言えば、あの犯人の女は、どうなった?アンジェリカの知り合いだったらしく、姿が見えないのを気にしていた」


 学園にいた頃、何度か見かけた記憶がある公爵家の娘。

 アンジェリカとの婚礼が決まり、城に滞在する彼女の話し相手として呼ばれた女の中に居たと言う。

 アンジェリカを誘い出す為に、魔族にそそのかされた愚かな女。


「あの子なら、神殿預かりに。もう世俗に戻ることもないでしょう」


 確かにそうか。

 罠にはめられてのこととはいえ、魔に染まったものが元の生活に戻ることは難しいだろう。命があるだけ、まだ良かったと言えるかどうか。

 実を言えば、魔王を倒したアンジェリカの使命はまだ終わってはいない。

 魔王を倒したとしても、魔族という残党がいる。だが、アンジェリカの使命はその魔族を相手することではない。

 これを知っているのは、旅に同行した仲間たちだけだが。

 女神は言った。

 この地には、まだ災禍が眠り、目覚めの時を待っていると。

 それが具体的に何かまでは教えてくれなかったが、アンジェリカの勇者としての力が消えていない以上、いつか来るその時に備えなくてはいけない。

 明日か、それとも十年先か。

 その時、俺は彼女を守れるのか?

 俺は、アンジェリカを失う不安に勝てそうもない。

 


反省してるのかと問いたくなるヴィクトールの話。


●エーリヒ

「ゲーム」難易度:普通

 ヴィクトールの幼馴染な侯爵子息。

 冷めた物言いで、親しい相手以外を突き放す。

 選択肢が天邪鬼な点さえ把握すれば、攻略はそれほど難しくない。


「本編」

 アンジェリカに失恋したが、思ったより傷ついていない自分に傷ついた。

 現在、自分のせいで傾きかけた家の復興に尽力している。


●テオ

「ゲーム」難易度:難しい

 古代の賢人によって作られた対魔族用人形戦闘兵器。

 自分を起動した勇者を主人とし、行動を共にする。

 死亡ルートを三回も回避しなければならない


「本編」

 最後の死亡ルート回避に失敗したので、現在故人。

 イレーヌが拾ったブローチは、彼を構成していた一部を加工して作った形見の品。

 魔の気配を探知することが可能。

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