ドミニク
僕の名前はドミニク・バダンテール。
中央の文官な父とバダンテール侯爵夫人を母に持ち、姉イレーヌと異母兄リオネルの下に生まれた地味な少年。
それが、僕である。
次期当主の姉に、美形で剣の腕も立つ異母兄と比べられることが嫌で仕方がなかったのだから、下手に目立つよりは地味な方がましだった。
もっとも比べられることは嫌だが、二人のことは大好きなのです。そこのところは間違われたくない。
姉が僕の歳のころには、既に母から領主の仕事を分け与えられ、過不足なくこなしていた。
今の僕は、学園で学ぶだけでも精一杯であるのに。我が姉ながら、なんと凄い人なのだろう。
もっとも、そんな姉への評価は我が家の周囲に留まるらしい。
バダンテールの家から離れるほど、姉への評価は悪くなる。
侯爵家の生まれなのに、下働きの娘の真似事をしているなんて自覚が薄い、という程度ならまだ許容範囲だ。
実際、姉の趣味である裁縫や料理、掃除などは、貴族の子女たるもの侍女に任せて自らはしないのが普通なのだから。
でも、姉は言うのだ。身の回りのことくらい自分で出来ないと、いざというとき困る、と。
実際、魔王が復活し国中が混乱に満ちた際のこと。離れて暮らす家族が心配だとか、部屋から出ることに恐怖を感じるとか、様々な理由で職を辞する者がでて一時家のことが回らなくなったことがあった。
その時、身の回りのことができないでいたら、僕は自分の下着すら履き替えるのに難儀したことだろう。
基本、貴族の慣例に従う姉がそれに外れた行いをする時は、ちゃんと意味があることを僕達バダンテールのものは知っている。
なのに、外の人々の評価は、酷いものになると、強欲な女とか守銭奴とか、金の亡者なんて言葉が出てくる。
ちょっと、なあなあになっていた街道の使用料を見なおしたり、貸金の利子をはっきりさせて支払ってもらったりしただけのことなのに。
そうして集まったお金だって、私腹を肥やすことに使ったわけでなく、当時はまだ噂の域をでなかった魔王復活への備えに投じた。副産物として、治安の向上などがもたらされたのだから、姉のしたことは間違いではない。
学園で何かと顔を合わせることが多く、仲良くなったヨハンも概ね僕の意見を肯定してくれた。
ヨハンは僕よりも年下だが、大変頭がよく、学園の講師よりも難しい魔法を詠唱できたりする。
まだ体が小さいため、力では負けることが多いのに、それでも間違ったことをしていると思ったら、先輩だろうが王子だろうが敢然と立ち向かう彼はかっこいい。
もっとも、時にその正論は、カチンと、いやガツンとくるので喧嘩になってもしかたがない気がする。
さすがに僕も。
「お前の姉上を見かけたが、あれだな。お前もそうだが、正面からだとバカにされてる気分になるな」
と言われた時は、久しぶりにヨハンと殴り合いの喧嘩になった。
うすうす自分でも気づいていたが、あまり認めたくない欠点だったからだ。
どうせ姉弟そろって悪役顔だ。おかげで、学園に来てから友達作るのに難儀したわ。
異母兄の十分の一でもいいから、美形だったらこんな苦労はしなかっただろうに。
国に平和が戻り、勇者の結婚という祝いに盛り上がる中。
招待された宴に、僕は浮かれていた。
間近で、しかも運が良ければ、勇者と言葉を交わせるかもしれない機会は、僕の心を興奮で満たした。
勇者アンジェリカ。
姉と同じ年の少女は、どんな苦境出会ってもくじけず、仲間を鼓舞し戦った。
その笑顔は太陽のように輝かしく、見た者の心を温める。
その剣の冴えは、並の騎士では到底かなわない。
相手の貴賎を問わず、別け隔てなく接し、慈悲を与える。
女神の意思の代行者。
美しき勇者は、まだ魔王を倒して日が浅いにも関わらず伝説の存在となっていた。
そんな生きた伝説と会えるのだ。興奮しないでいるなんて無理だ。
もっとも、すぐにその興奮は水をさされたわけだが。
姉と共に出席した宴は、笑みを貼りつけた大人たちの嫌な視線にさらされる居心地の悪いものだった。
誰もが主賓たる王子と勇者に祝福を述べながら、その人の輪から離れると口にするのは、己の保身や自分よりも上手くやっている者への妬みだった。
ここにいる人の多くは、姉の噂を信じているものが多いのだろう。
世間話や世辞に紛れて、姉へと振られる話題は、借金の申し入れや難民の押し付け、物資の融通の要請だ。
さすがの姉も時折笑顔をひきつらせながら、そんな貴族たちの相手をしていた。
僕とヨハンは子どもという立場を使って、姉をそんな人の輪から逃そうとしたが、あまりうまくいかなかった。
さすがに知識だけでは、海千山千な大人を退けることは難しかった。
こういう時、子供であることが悔しくなる。
僕にとって、忌々しい事件が起こった三日目の宴。
ヨハンの服のボタンがとれかかっていたことに気づいた姉が、付け直すために使用した控え室からの帰り道。
公爵家の娘、ということだけ知っている同級生が、姉にぶつかった。
何をそんなに慌てていたのか。謝りもせず、立ち去った少女の代わりにその場に残ったブローチ。
姉は、彼女が落としたものを親切にも届けようとしただけなのに。
ヨハンの機転がなければ、姉は冤罪をかぶることになっただろう。
勇者は、王太子の嘘をそのまま信じた。
姉が盗人呼ばわりされた現場を見ていないから、しかたのないことなのだろうけど。
僕だって事情を知らなければ、いかにも腹芸が苦手そうなお人好しな顔の王太子の言葉を疑わないだろう。
実際は、その顔に反して堂々と嘘を語っているのだから、やはり人は見た目だけでは判断できない。
だから僕は、王太子の嘘を信じきって、夫となる第二王子を咎めている勇者の様子に失望した。
ヨハンは、勇者の美点の一つは人を信じることができることだと、言っていたが。だが、それは本当に美点だったのだろうか。
結局、事件は、王太子によってなかったことにされた。
その後、姉は王太子夫妻に望まれる形で、城に出仕することになった。
与えられた役目は、王子の子守と王太子妃の話し相手というものだ。
あと数年もすれば次期王となる王太子一家と、公私にわたって親密になれる役目なのだから、名誉なことなのだろう。
詳しく訪ねようとすると、姉が口ごもったので、きっと他にも難題を押し付けられたのだろうが。
起きていない事に対して、謝罪はない。
そうヨハンが言っていた通り、姉の様子では王家から弁償はあっても謝罪はなかったのだろう。
第二王子と勇者は姉の出仕前に、近隣諸国へ外遊するから顔を合わせる心配はないが、姉を傷つけるだけの人ばかりの城なんかに僕は行ってほしくはない。
でも、城には騎士団に入団した異母兄がいる。最悪、首都には父もいる。
何かあれば、どちらを頼ることも出来るだろう。
姉も、自ら服を作るくらいなのだから嫌いではないのだろう。だって、姉は母と僕以外に服を作ることは滅多にしないのだから。
父?父は当然嫌いだろうさ。母が引きこもりがちになり、姉が早々に領主の仕事を手伝わなければいけない状況をつくりだした元凶なのだから。
それでも、見捨てない程度にはお互い情がある。
味方はいる。だから、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、僕は僕に出来る事をする。
姉が危機になった時、今度こそ助けられる大人になること。
そのための努力をすると。
再開した学園に、僕とヨハンは再び通うことになった。
一年前とは大分顔ぶれが変わったことに、悲しいものを覚えもした。
変わらなかった顔ぶれの中に、剣術指南役の講師がいた。
レオナルド講師だ。
異母兄とは違った男前で、女生徒はなぜか様付けで呼んでいる。
姉もそうだった。
もしかしたら、姉はこういう男性が好きなのだろうか?
父とは正反対な印象だし、同性の僕から見たってかっこいい人だ。
だとしたら、僕が彼のようになったら姉は喜んでくれるだろうか。
ヨハンは、剣術など僕の主義ではないといって授業を受ける気はないようだった。
姉も異母兄もこの授業をとっていたから、もしかしたら当時の二人の様子も聞けるかもしれない。
そんな軽い気持ちだった。
ある日のこと。
人気のない場所で彼と遭遇した時。ふと思いついたといった感じで、僕は彼に姉のことを言われた。
「ああ、ミス・バダンテールは君の姉君だったか。姉弟そろって、真面目に取り組むさまは似ているな」
その言葉に、侯爵家への阿りや姉に対する嘲り、嫌な意思は感じられなかった。
ただ、素直に思ったことを言っただけ。そんな感じだった。
だから、僕はもっとこの人の口から姉のことを聞きたくなった。
「似てますか?僕と姉は」
似ているとは、実際よく言われる。
ただそれは、癖のある焦げ茶の髪や顔立ち、または好物のことなどだった。
授業に取り組む態度を、そう言われたことはなかった。
何をもって似ているというのか。
「そうだな。最初はやる気が無いのかとも思ったが、君たち姉弟は、よく見ようと集中すると瞼を軽く伏せる癖があるな。それがやる気がないというか、馬鹿にしているというか、逆に関心がないように見えてしまう。一対一の戦いにおいては相手の油断を誘えるかも知れんが、普段は損することが多そうだな」
僕はその言葉に、自分の手を目元に持っていく。
そんな癖が僕と姉にあったとは。
むむむ、今後は表情にも気をつけないと。
今回はドミニク視点の話。
●ドミニク
「ゲーム」中ボス
姉に溺愛されて育った嫌味なシスコンデブ。
美形な異母兄のリオネルに暗い憎悪を感じている。
最後は、魔族に利用され、リオネルの手にかかって死亡。
「本編」
姉に愛されて育ったシスコン気味な子。
地味に努力家。
人に悪印象を与えやすい顔がコンプレックスで、異母兄の顔を羨ましく思っている。
●ヨハン
「ゲーム」難易度:普通
幼くして様々な魔法を習得し、一度見たものは忘れない、天才と呼ばれる神童。
中性的で純真そうな容貌に反して、かなりの毒舌家。
天才ゆえの孤独を感じている。
「本編」
持ち前の毒舌で、入学早々ドミニクと殴り合いの喧嘩になった。
以後、何かと一緒に行動することが多くなった。
持ち前の頭脳を生かしてイタズラするので、最近、神童という評価が悪童に変わりそうである。