表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

リオネル


 長いようで短かった一年。

 魔王が倒されるまでの期間、俺は一体どれだけの魔物を切り捨てたことだろう。

 学園が休校になった後、母と過ごした記憶がある街に戻った。

 アンジェリカには、魔王討伐の旅に誘われたが、それよりも俺は街を守ることを選んだ。

 何故と問われて、明確に返せる動機はなかったが、ただそちらのほうが大事なものを守れそうな気がしたのだ。

 街に帰った俺を、昔の友達や叔父は温かく迎えてくれた。

 そして、俺は街の仲間とともに、自警団を作り、街を襲う魔物と戦った。

 領主からは、街を守る支援など一切無い中、俺達は持ち寄った僅かな物資で戦い続けた。

 物資の中には、なぜかイレーヌから送られたものがあった。

 少々古ぼけてはいるが、きちんと手入れのされた武器や防具。保存食や薬品などの消耗品もひと通り揃っていた。

 これを届けた使いの者は、いよいよ街を捨てなければいけなくなった場合のイレーヌ側の受け入れ先まで教えてくれた。

 バダンテール領は、こうなることを見通していたのか数年前から領主の指示の下、準備を進めていたのだそうだ。

 最終的に、俺達の街はかなり傷ついたが、街人の大半は無事に保護され、今は復興に勤しんでいる。

 魔王亡き後、ほぼ無傷のバダンテール領のことを悪し様に言う風潮があった。が、その準備によって助けられた俺達は、逆に何故復活すると分かっていて対策を進めていなかったのか?悪し様に言う貴族たちの無能さを笑ってやった。

 自警団長宛に、イレーヌから労いの言葉が綴られた手紙と共に復興の支援物資も届けば、街の中でのイレーヌ人気は高まる一方だ。

 外では、イレーヌの名は“強欲娘”とか“守銭奴”だというのにだ。




 魔王が倒され10日が過ぎた頃、俺宛に使者と招待状が来た。

 使者は、銀の守護者という二つ名で呼ばれるほどの活躍を見せた俺を騎士団に入団させようという勧誘員。招待状は、学友で一応は知人である俺へと、王子と勇者の結婚式への招待だった。

 どちらも復興に忙しい今、応じる暇は無いと断ろうと思っていた。なのに、それを知った叔父を筆頭に街の人々は、我が事のように喜び、俺を首都に送り出した。

 だが、街を出てすぐに、今の俺には少々問題があることに気がついた。

 結婚式へ来ていく服が無いのだ。

 正式に騎士になれば、団服が支給されるが、俺が入団するのは結婚式の後だと使者は言っていた。

 つまり、服を借りても、正式に騎士となっていないものが公式の場に団服を着ていくことはできない。

 学園の制服や過去仕立てた服は、戦火によって傷み、これも着ていくことが出来ない。

 改めて仕立てようにも、貯蓄は復興の足しにと叔父に渡してしまい、碌に残っていない。

 首都についてから、知り合いに借りるか。それともイレーヌを頼るか。

 どちらにするべきか。コインで占ってみた。




「貴方って、一体何を考えているのかしら」


 コインの結果、俺はイレーヌを頼った。

 唐突に俺が目の前に現れたイレーヌは、切れ長な目を丸くして驚愕してみせた後、しぶしぶ招き入れた。

 学園へと入学するために追いだされて以降、一度も尋ねたことがないのだ。驚きもするだろう。

 僅かな期間すごしたこの場所にあまりいい思い出はない。と、言うよりもどう過ごしていたのか覚えていない。

 覚えているのは、質素堅実な外観の割には豪華で綺羅びやかな内装と、ここ以外で食べたことのない料理の数々だ。

 何を話せばいいのか。場を紛らわす話題が見つからない。

 仕方なく、不調法だが、単刀直入に要件を伝える。


「…そう……そうね。形式的には貴方まだ未成年ですものね。我が家の庇護下にある以上、下手な格好で出席されても困るもの。こちらで正解よ」


 確かに言われてみれば、まだ俺はこの家に属する立場のままだったことに気がついた。

 もし、式典で彼女の基準に満たない格好をしていたら、きっと酷い嫌味を言われていたことだろう。

 彼女が俺に嫌味を言うのは、いつものことだが。

 その後は、イレーヌの言うままに大人しくしていた。

 服を一着仕立てるために、採寸から始まり、布選びやデザインなど細々と決めていく。

 それらは、誰か人を呼ぶのかと思えば、イレーヌ自身が行った。


「貴方が作るのか?」


「何よ。これでも裁縫はプロ並みよ。こんな時期でなかったら、貴方の分もちゃんとした職人に頼むけれど、生憎仕事に復帰した彼らは私と弟の分で忙しいの。移動の時間も考えれば、仕上げは向こうで済ますことになるけれどぎりぎり間に合うわ」


「人がいないのか」


「人はいるけど、仕事が出来る環境が少ないのよ。他の領地と比べて損傷は少ないと言え、0ではないから。……美形すぎるのも考えものね。色々と着せたくなってしまうわ」


 デザイン画が描かれた紙と俺を見比べながら、ため息を吐く。


「お褒めの言葉ありがとうと、言うべきか?それと、俺はこのデザインでいいと思うが」


 適当に目についた、卓上の隅に除かれた紙を取り上げて見せる。


「駄目よ。それは既婚者が着るのが一般的なデザインよ。でも、そうね、こういう系統がいいなら、これにしましょう」


 そう言って、一枚のデザイン画を見せる。イレーヌが選んだそれと、俺の手にあるデザイン画にどう違いがあるのかよくは分からなかった。が、さすがにこれ以上彼女の視線に晒されて、人形のようにいじられるのは耐え難かったので、うなづいておいた。

 それから首都に向かう日まで、俺は周辺を見て回った。

 魔王討伐直後とは思えないほど、街は平穏を取り戻していた。

 無傷というわけではない。

 街を守っていた城壁は、魔物の爪痕を深く残し、崩れかけた部分もある。

 でも、そんな城壁は俺の街の倍以上の厚さがある。

 人の出入りがある門の付近には、魔物避けの術が念入りに施されている。

 こうして備えていたからこそ、今、この領地はどこよりも早い平穏を手にしたのだ。




 第二王子と勇者の結婚は、一週間かけて行われる盛大な行事だった。

 もっとも俺が呼ばれた式典はその一部で、後は市井に紛れてお祭り気分を楽しんだ。

 服の代金代わりにと、イレーヌのエスコート役を務めさせられたが、今頃は、彼女を慕うドミニクが幼いながらも健気にエスコート役を務めているだろう。

 ドミニクは、イレーヌとは違い、常に笑みを浮かべたおとなしい少年だ。誰からも好かれるというほどではないが、少なくとも嫌われることはなかった。

俺に対してもイレーヌのように嫌味を言うわけでなく、彼が大好きな姉の話をいっぱい振ってきた。 俺の知る彼女とは別人のようだったが。

 城下は、さすがに騎士団が駐留していた首都だっただけあり、イレーヌのところと同じくらい被害がなかったように見えた。

 すでに勇者による魔王討伐と、旅の間の王子との恋物語は、城下の人々の間で話題となっており、頼んでもいないのに行く先々で語られた。

 女性というのは本当に、噂話が好きなのだな。初対面である自分にさえ、遠慮無く話を振ってくる。




 勇者アンジェリカ。

 学園で合った彼女は、周囲の女生徒のように着飾らず、ただ父のように騎士になりたいと夢を語る少女だった。

 生い立ちゆえ、学園では人から、特に女性には遠巻きにされることが多い俺を厭わず、こちらが警戒する暇を与えず、自然と側にいた。

 いきなり手合わせを挑まれた時は、驚いたものだ。が、その真っ直ぐな視線に射抜かれて承諾したのも今ではいい思い出話だ。

 好きというには淡い、好意を彼女に抱いていたのだと。

 幸せそうな花嫁姿を見て、今更気づいた。

 だから、いつもだったら流していた、些細な出来事も許せなかったのか。

 気になる相手だったから感情は揺れた。良い方にも悪い方にも。

 それは実技試験の前、いつもの様に彼女に手合わせを挑まれた日。

 運悪く、彼女の攻撃を捌ききれず、切っ先が首から下げた守り袋まで傷つけるような事態になった。

 自分の手元に残った唯一の母の形見。その指輪が収まった守り袋は、常に肌身離さず持った大事なものだ。

 傷によってできた穴からこぼれ落ちた指輪。気づいた彼女が伸ばす手を思わず払いのけ、拾い上げるとその場を立ち去った。

 守り袋は布が古かったこともあり、俺では到底つくろうことが出来なかった。

 仕方なく紐を通して、首から下げたが、いつものやわらかな感触を胸元に感じられずに気持ちはささくれていった。

 そんな気持ちで行われた実技試験で、運の悪いことに彼女の組と戦うことになった。

 感情の暴走が、事前の打ち合わせを無視した結末をもたらし、大人げない自分を晒した。

 今、形見の指輪は新しい守り袋に収まっている。

 そっと、服の上から存在を確かめれば、優しい肌触りの布が胸に触れる。

 あの時、守り袋と共に、俺は彼女への恋へと続く可能性を捨てたのだ。

 

 


 婚姻の儀式が終わり、使者との約束通り騎士団の詰所に向かえば、学園で世話になったレオナルド講師が待ち構えていた。

 彼は、自分を快く迎えてくれた。


「頼りにしているぞ。銀の守護者」


「貴方に頼られるほど、俺はまだ強くありませんよ」


「まだ、な。謙遜するな、俺らと違い一線で戦い、きちんと守り通したんだ。結果を出した。誇っていいことだ」


 近い将来、騎士団を背負っていく人の言葉に、俺は頷くにとどめた。

 口を開けば、わずかにくすぶる不満をこの人にぶつけてしまいそうだったからだ。

 どうして、助けに来てくれなかったのですか。

 一番、この人に言ってはいけない言葉だ。

 レオナルド講師、いやレオナルド隊長の後を大人しく着いて行けば、先輩に当たる騎士の方々に紹介される。

 肩や背を叩かれるなど、少々手荒い歓待を受けたが。


「お前が配属される先は、学園内での知り合いもいる。顔を合わせるのは明日になるが、楽しみにしておけ」


 そういって笑う彼。

 知り合いか。

 あまり学園内の人間と上手く付き合えていなかったので、不安ではある。

 が、すでに一歩踏み出しているのだ。乗り越えるしか無い。


今回はリオネル視点の話。


●リオネル

「ゲーム」攻略難易度:易しい

 冷静沈着で寡黙な孤高の剣士。内心では愛に飢え、寂しさに耐えているが、生い立ちゆえ拒絶を恐れ、人の輪に入れない自己評価の低い人。

 異母兄弟との中は最悪。

 ゲーム中盤、主人公を庇って死ぬ分岐がある。

 中の人のせいで、スピンオフなどではクールなボケキャラ扱い。


「本編」

 ゲームよりは人付き合いがよく、自己評価もまとも。ただ、それを知らなければやはり、周囲と距離を置く自分に自身のない人である。

 異母兄弟との仲もそれほど悪くない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ