侯爵夫人
「もう、また貴方ったら断りの手紙ばかり。そんなのではイレーヌが行き遅れてしまうわよ」
今日もわざわざ我が領内にお越しくださった叔母様が、私の裁量にケチをつけてくださる。
まったく、あの人が愛人の子なんて連れてきてからというもの、私の周囲には碌な事がない。
今や名ばかりの侯爵でありながら、いやだからというべきか。あの人ったら、私にイレーヌの見合い話を丸投げにするし、ドミニクの見合い話も丸投げにする。
まあ、あの人に話を持って行くような節穴のところなんて、最初からお断りなんですけどね。
それにしたって、けんもほろろに断っているっていうのに、見合い話は際限なく届く。
中にはいいかなぁと、心揺らぐ条件をつけてくださるお話もあるにはあったのよ。
でもね。
イレーヌは頻繁に届く手紙を読む限り、どうやら意中の相手がいるみたいだし。
ドミニクはまだ幼いし、父上に似たあの子を遠くになんてやりたくないし。
大体、二人共私たち夫婦には出来過ぎた子なのよ。下手に決めて、嫌われたらどうしてくれるのかしら。
そう、特にイレーヌは。
こうやって私が好きなだけ引きこもっていられるのも、あの子が頑張っているからなのだし。できれば、あの子の好きにさせたいの。
手紙に頻繁に名前が出てくる彼。多分、彼のことが好きなのよね。
なんというかあの子って、大人並に仕事が出来るのに妙なところが幼いの。それとなく話題に振っても、どう考えても自覚していない返事ばかり。
内心、じれったく思っちゃって、つい口出ししそうになったわ。
それでいてそろそろ婚約や結婚はしなきゃいけないなんて、貴族の常識はあるみたいで。
ドミニクなんかはどちらも歳相応なのに、やっぱり私のせいなのかしらね。
「これ、貴方ったらまた人の話を聞いてない!」
「痛!ちょっと、叔母様、やめてください!」
わが子のことに頭を悩ませていたら、まだ居たのか叔母様に耳を引っ張られた。
結構痛い。
叔母様の話なんて、いつも同じ事の繰り返し。
私がこうして引きこもっているのが、特に気に食わないみたいなのよね。
別に好きで引きこもっているのだから、放っておいてほしいわ。
それに、下手に出かけようものならあの人の女癖のせいで、嫌な気分になるばかりなのに。
こう見えて仕事だってちゃんとこなしているのよ。具体的な方針は、娘に任せてばかりだけど。
「イレーヌはお相手を探しているようだ、と聞いてるのよ。なのに、その母親たる貴方が」
……叔母様ったら、本当に口がお忙しい人ね。話がループし始めてるのに、気づいて欲しいわ。
イレーヌも義務感だけで、相手を探しているから叔母様にまで話がいくのよ。
でも、そうね。イレーヌが自分の思いに自覚が無いのなら、お膳立てしてあげるのは母親の役目かもね。
都合がいい事に、相手の名前や職場など、あったこともないはずなのにかなり詳しく知っていることだし。
身分の件は、当主存命のため保留となっているバッヘム領があることだし、養子にでもしてもらえれば釣り合いが取れるわ。
あの子が嫁に行っても、ドミニクがいるから跡継ぎには困らないし。
と、いうより、これならイレーヌもドミニクも遠方に行かずに済むわね。
ああ、なんていい事を思いついたんでしょう。
「ちょっと、また耳を引っ張られたいの!」
あ、叔母様を忘れそうになってたわ。
そうだわ。
どうせなら、叔母様にも協力してもらいましょう。
引きこもりの私と違って、叔母様なら中央の人々とも懇意でしょうから。
耳を引っ張られまいと両手で抑えながら、私はしおらしく見えるよう謝ってみせた。
その後、イレーヌが調査隊の一部と共に行方不明となったことで、彼女の計画は二転三転とした。
結果としては、彼女の行動がレオナルドの行動と相まって、誘拐からの奪還後、速やかな婚約劇へと進展していった。
もっとも彼女の怒りは、魔族に娘を誘拐されるに至って一層大きくなり、その後、王家も神殿も徹底的に毟られたという。
もしかしたら、後世、イレーヌが悪女などという印象が出てきたのは、母親たる彼女の行動が誤って、または混ざって伝わったからかもしれない。
絶賛引きこもり中のお母様。
イレーヌの気持ち、お見通しでした。




