ジャック
俺がリーリアを拾ったのは、まだ魔王が復活する前のこと。
まだ父が健在で、俺と父の二人は長雨で山道に異常がないか見に行った時に、土砂に半身が埋もれた少女を見つけた。
記憶を失って、自分の名前も分からない少女にリーリアと名付け、妹として一緒に暮らすことになった。
幸いにも、怪我を負っていなかった少女は、すぐに動き回れるほど元気になった。
栗色の髪を結い上げるだけで、こちらを嬉しげに見上げてくる少女。その姿に、幼いながらも俺は彼女を守ろうと心に決めた。
最初は大変だった。記憶が無いということはここまで不便なのかと。
赤子を一から育てるかのように、俺と父はリーリアにゆっくりと教えていった。
村の人も、そんなリーリアを哀れに思ってか、色々と手伝ってくれた。
でも、それも魔王が復活するまでのこと。
活性化したモンスターは度々村を襲い、畑を焼いた。
騎士団は来ることなく、村の男達は次々と傷つき倒れていった。
俺の父もその時の怪我が原因で、魔王討伐の数カ月後にはこの世を去った。
それから俺は、リーリアと二人。生き残った村の人々の力を借りて過ごしていた。
俺は必死に働き、暇さえあれば怪我によく効く薬草を取りに山へ入った。
リーリアは本当なら他の女の子と同じように、家の仕事を教えてもらうべきだった。が、リーリアは父が亡くなってからは、俺が視界に居ないことを酷く恐れるようになった。
仕方なく、俺はリーリアを伴い山へ入るようになった。
長雨の時期が終わり、村の近くの山で地崩れが起きた。そして、古代のものと思しき遺跡が見つかり、首都から調査団が来ることとなった。
貴族の女性がリーダーのその一団を、村長は丁重にもてなした。若く美しい騎士の一団に、村は久しぶりに活気づいた。
村長に言われて、俺とリーリアが遺跡までの道案内役になることが決まった。一団の足を引っ張らないで道案内できるのが俺達くらいしか居なかったからだ。
村の若い男手は皆、首都へと出稼ぎに出ていたからだ。残っている男たちは皆どこかに怪我を抱え、自由にならない不便さを抱えている。
16になったばかりの俺とそれよりも幼いリーリアを紹介され、貴族の女性、イレーヌは嫌な顔をしたが、代わりがいないことを周りから説得され折れた。
もし、この時、俺とリーリアが道案内にならなければ、今でも村で二人暮らせていただろうか?
女神っていうのは、何を考えているのだろう。
口に出して言えば不敬だと異端視されるが、託宣を受けたという勇者を前に、俺の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
リーリアが人ではない、と言う。
古代の魔王の封印を解く鍵だ、という。
女神がそう言ったのだと。
確かに、リーリアは俺が拾う前の記憶はないし、人より傷の治りは早い。
力の加減が分からなくって物を壊すこともあるし、病気をしたこともない。
でも、だからってリーリアが人ではないというのは変だ。
訴える俺の言葉は届かない。
女神の託宣は絶対で、リーリアはただの村娘ではなくなってしまった。
リーリアが神殿へと連れて行かれ、俺は一人になった。
ここまで一緒に旅をしていた騎士の人たちは、自分たちの任務に戻ってしまった。
旅の間、俺とリーリアを守ってくれたフリッツは、落ち込む俺に言葉少なに慰めてくれたが、彼もまた任務へと向かってしまった。
仕方のない事だ。
まだ癒えぬ世界に、再び魔王が現れるという危機なのだから。
二年という短い月日で再編された騎士団は、以前の半分にも満たないという。
慣れぬ首都にこのまま取り残されるのかと思いきや、俺に救いの手を伸ばしたのはイレーヌだった。
てっきり首都についてしまえば、俺のことなど忘れてしまう。そう思っていた相手だっただけに、驚きばかりが先に立ち申し出に疑うことなく手をとった。
別宅と言われ、連れて行かれた屋敷は村長の家の数倍大きい立派なものだった。
こんな立派な家に住むイレーヌが、旅の間は村のおばさんと変わらないくらい家事が上手いのだから不思議だ。俺を出迎えてくれた老夫婦みたいに、身の回りの世話をする奴など山ほどいるだろう。
同じ貴族の出身だというオリヴィアやフリッツなんか、調味料の区別もつかなかったのに。
そんな変わり者のイレーヌが、勇者とリーリアの接待役として城に居続けることになった。
俺は、老夫婦経由で当面の生活やら色々と自由にしてくれて構わないと伝えられた。が、貴族の家に居ても落ち着かないので、俺は少しでもリーリアの近くに居るために騎士団の訓練に参加することにした。
結局はイレーヌや旅で一緒だった騎士の伝手を使う形になったが、これでたまにイレーヌと一緒に菓子をもってくるリーリアに会えるようになった。
人ではないと言われたリーリア。だが、慣れぬ環境にイレーヌの袖を離さない様は、旅の時と同じ様子で、何ら変わりないように見えた。
リーリアは、イレーヌに懐いている。物を知らぬ自分に、根気よく付き合ってくれる優しい人だと。
イレーヌも託宣の内容を知りながら、旅の道中と変わりない態度で接してくれている。
先刻だって。
「ほら、またほどけてる」
ゆるく形のくずれた腰のリボンを指し、リーリアの足を止める。
リーリアも気づいて結びなおそうとしているが、蝶結びは苦手だからどうもうまく形にならない。
「あれ?」
困ったように首を傾げるリーリア。
しょうがないなと思い、俺が結びなおそうと手を出す。
しかし、その手がリボンに届く前にイレーヌに軽くはたき落とされる。
「これくらい、自分でできないとダメよ」
口調はキツいが、イレーヌはリーリアの手を取りゆっくりと結び方を教え直していた。
少々時間はかかったもののなんとか形になったら、リーリアは嬉しそうにイレーヌへと笑いかけた。
イレーヌも目を細め微笑む。
そんな様子に少し嫉妬するが、俺は二人の仲の良さに、少し安心した。
リーリアが女神の託宣のように、その身に使命があっての存在ならば。
俺は少しでも早く、リーリアをその使命から解き放たれるように。
祈ろう。
そして、微力を尽くそう。
勇者と各国の連合軍が、魔族の拠点とする島に攻め入る。
俺も一刻でも早くリーリアが自由になれるようにと、参戦した。
リーリアは俺に行ってほしくはなかったようで、涙を浮かべて俺を睨んだ。
訓練に参加させてもらったといっても、ただの村人だった俺ではものの役にもたちはしないかも知れない。
それでも、リーリアに対して捨てられない矜持が、俺を連合軍へと参戦させた。
だが、その島に肝心の魔族の姿はなかった。
代わりにこれでもかという数のモンスターで島は埋め尽くされていた。
罠だ。
そう断じた後、島に連合軍を残し、勇者は一足先に国へと急いだ。
余力を残す船での移動ではなく、消耗の激しい魔法での移動だ。
人数も限られるそれに、俺は便乗した。
一瞬にして国へと戻った勇者たちは、魔族が狙うリーリアの元へと急いだ。
誰もが言葉少なに走った。
だが、一縷の望みを断ち切るかのような光景が、目に映った。
リーリアが居るはずの神殿は、建物が崩れ、物々しい雰囲気で包まれていた。
神殿の女官たちは、悲壮に顔を青ざめさせ、何事かと問うてきた勇者にすがる有様だ。
俺は勇者へと集う中から女官を一人捕まえ、何があったか尋ねる。
足を止められ、困惑した様子で俺を見る。
俺が手を離さないことに瞬間迷ったものの、女官は応えた。
「魔族の襲撃を受け、リーリア様とお付き添い頂いていたイレーヌ様が拐われました。」
今にも崩れ落ちそうな弱々しい口調は、それでも俺の耳にしっかりと届いた。
信じられない。
だって、ここは、女神を奉じる神殿なんだぞ。
それが!
俺の側を離れた女官を視線で追いながらも、俺は今の言葉を受け入れられなかった。
だが。
だが、視界に映る勇者の厳しい表情が。
俺に事実を突きつけた。
ジャック視点の話。
●ジャック
「ゲーム」難易度:難しい
死亡ルートにバリエーションがありすぎる主人公の義理の兄。
リーリアよりレベルが低い時に、イベントに入ると死ぬ。
好感度が低い状態で、イベントに入ると死ぬ。
必須アイテムを取り忘れると死ぬ。
とにかく死ぬ。
だが、唯一主人公が人間であると言い続け、彼女を拒絶するイベントが一切ないキャラ。
故に、作品の良心。だが死ぬ。
プレイヤーの心が折れる。
「本編」
16歳。薬草取りを生業とする村人。
旅にイレーヌなどが加入したため、死亡フラグは折れたものの成長フラグも一部折れた。