脇役な私
私には偏っているとはいえ、前世の記憶がある。
そして、その前世の記憶が正しいのならば、今、私が生きている世界はジャンル:君と世界を救うRPGと付けられた、俗にいう乙女ゲーの舞台なのである。
乙女ゲーとしてはもちろん、普通に正統派RPGとしても出来がよく、人気が出たこのゲーム。
舞台となる世界は、剣と魔法のファンタジー色満載で、今は封印されているとはいえ、魔王っていう厄介な存在がいたりする。
女神の託宣を受けた少女が、導きに従い、聖剣を手にし、仲間とともに魔王を倒す旅にでるという大まかなあらすじのゲームの世界。
そこで何の因果か、私は、イレーヌ・バダンテールという名前の貴族の娘という、健気な主人公を苛め、ストーリー中盤で殺されるという憎まれ役に生まれて変わってしまったのだった。
詳細は省くが、私はこの現実を受け止めるのに時間がかかった。
誰が自分の死に際、しかも結構悲惨な状況を知って元気に生きていける?
落ち込んだ。かなり深刻に。
でも、何の手も打たなければ、待っているのは若すぎる死でしかなく。
しかも、それは最愛の母と弟を巻き込んだ結末だ。
あがくしかなかった。
表向きは、何も知らない貴族の娘として振る舞い、裏では母と弟を巻き込んで、来るべき魔王復活に備えての対策で忙しかった。主に金策で。
結界の強化や領内の兵士に支給する武具、防具など金はどんどん消費されていく。
父親はどうしたかって?
あんな女と金遣いがだらしない中央の一役人なんか、端から宛になんかしていない。
私とたった一ヶ月しか誕生日が違わない異母弟を、母親が亡くなったからといって家に迎え入れさせた厚顔無恥な男など、公式の場でもなければ顔も見たくない。
異母弟。
そう、こいつが目の前に現れた十歳の春。
お陰で私は前世、しかもゲームとそれにまつわる思い出だけが鮮明に蘇り、丸一日知恵熱で寝込む羽目になったのだ。
異母弟、リオネル。
ゲームにおける攻略対象キャラで、常に男性キャラの人気TOP3内にいる美形剣士。強キャラで、大抵のプレイヤーはこいつをメンバーから外さなかっただろう。
私みたいな焦げ茶のくせ毛とは違い、銀髪のさらさらロン毛とか、ろくに手入れしていないのに荒れた様子のない肌とか。半分血がつながっているだけに、美形の美形さに腹が立つ。
こいつが家にいると、母の精神が不安定になるので、早々に支度金とそれなりに品のいい剣を与えて、騎士以上の階級の子弟が通う全寮制の学園に放り込んだ。
「バダンテールは私が継ぐの。父の手前、さすがにまだ幼い貴方を捨てはしないわ。でもね、面倒を見るのは私が成人するまでの話よ。それまでに騎士団に入るなりして自立しなさいな。もっとも我が家の対面を傷つけるようなら、その時点で見限らせてもらいますから」
なんて、つい嫌味まじりのセリフ付きで追い出してしまった。
だって、こいつ、初めてあった日からずっと無表情で、私を冷めた目で見るんだもの。
ゲーム知識で知ってはいる。どうしてリオネルが無表情なのか。
母が死んで、父を探して、でもそこで見たのは父が他の女と愛をささやいている濡れ場。
しかも、実は自分が愛人の子であったことを初めて知ったのだ。
そして、傷心の彼を父はろくな慰めもせず、我が家へと連れてきた。
当然起きる醜い夫婦の修羅場。その場を逃げることも出来ず、間近で耐えるしかなかった彼に我が家の人々は優しくなかった。
自分を守るための無表情であり、冷めた目なのだ。
だからと言って、私が優しく接することが出来るかといえば、否だ。
私だって、前世は思い出すし、熱は出るし、両親は修羅場だし、弟は家の雰囲気に怯え泣き出すという状況だ。
本当ならたかが10歳の子供がやる仕事ではないのだが、指示を出せる人間が私しか居なかった。
「私もすぐに入学することになるとは思うけど。あまり話しかけたりしないでね?必要なものがあれば、手紙に書きなさい」
つらつらと、自分でも突き放した物言いだと、内心呆れながらも言葉を重ねる。それに、リオネルは文句を言わずに、学園へと向かった。
だって、我が家の平穏のためにも、未来の世界の平和のためにもこれが一番いいのだ。
リオネルに半年遅れて、学園に入学。
そこは、貴族と騎士に分かれた女たちの静かな戦いの舞台でもあった。
なんでゲームでイレーヌが主人公を苛めていたのか?はっきりした理由が作中で明かされおらず、色々と考察されていたけど。この派閥が原因か。
この学園は、魔王復活の兆しに、王国が用意した騎士階級以上の子弟を戦力として育て上げる箱庭だ。
そして、ここに通う生徒は、下は騎士階級、上は王族という上手く行けば玉の輿が狙える環境である。
一代限りの騎士階級と、領地持ちの貴族階級の間には感情的な溝がある。
そして、玉の輿を狙う女生徒たちにとって、まず親の階級が派閥を作る最初の契機となったのだ。
さらにこの二つの派閥は、後々、細分化されていくのだが。ゲームのイレーヌは、その出生故に貴族派で、騎士の娘である主人公が気に入らなかったのだろう。
まして、母を悩ませる一人、リオネルと友好的なのも一因だ。
今の私には関係ないと、派閥に属さないこともできたが、魔王対策を取るためにも近隣の領地をもつ貴族の子弟と仲良くしないわけにもいかず。
結局は、貴族派閥の穏健派に属することになった。
派閥争いに無駄な労力は使いたくないのです。結界の改良やら、いざというとき母を担いで逃げるだけの体力強化とか、やらないといけないことが多すぎるのです。
あっという間に月日は流れ、私が16歳の年。ようやくというか、主人公であるアンジェリカが入学してきた。
普通、学園に入学するのが10歳から13歳の年齢だというのに、私と同年齢である彼女は普通より、かなり遅いスタートといえる。
それでも、ここに入学する前に、それなりのことは学んでいたのだろう。
同じ授業を受講する際にそっと離れた場所から伺えば、授業についていけないような様子ではなかった。
さて、ゲームでは序盤の学園パートだ。ここでメンバー候補と親密度を上げておかないと、強制キャラ三名しか仲間にならないという悲惨さ。
その持ち前の主人公パワーで、頑張って仲間と仲良くなってください。
仲良くなるよう手回し?しませんよ、そんなこと。
ゲームで仲間になるメンバーは乙女ゲーだけあって、美形揃い。
しかもただの美形ではない。天から二物も三物も与えられたような、癖は強いが結婚相手としてかなりの好条件もちが多い。
下手に手を出そうものなら、彼らを狙う婚活中の女生徒たちを敵に回す。そんな恐ろしいことができますか。
もちろん、同じ学生という立場。多少の交流はあります。貴族ですし、交友関係を広げるのは将来のためにもなりますからね。
ですから、嫉妬を買う前に、得た情報は世間話として公開し、好きな人がいるから別にそういう意味で話しかけたのではないと予防線をはる。
好きな人?いませんよ、残念ながら。
一応、友達内で話題に出すときは、直接会うこともない騎士団の方の名前を使わさせてもらっています。これなら自分は噂の対象になりにくいですしね。
そんな気遣いなど、主人公には必要のないことなのでしょう。
主人公が入学してから、攻略対象との接触イベントが起こる度に、人の恋愛話に格別の興味のない私にまで情報が回るくらいです。彼らの周囲には常に視線がある。
そんなゲームとは違う、現実ならではの問題に主人公はどうするのか?
すこし興味がありましたが、やぶ蛇は怖いので放置です。
でも、談話室での話題に、主人公の悪口が頻繁に上るようになってきたので、仲間集めは順調なのでしょう。
リオネルと噂がないのが、少し気になりますが。
なんて、くつろぎながら噂話に耳を傾けていた日々もどうやら終わりらしい。
ゲームで言えば、最初の好感度確認イベント。
王国騎士が剣術指南役を務める実技の試験が、今日、行われる。
指南役であるレオナルド様が割り振った、二人一組で行う模擬戦。
上位の成績を収めた生徒は、後日課外授業を受けることになる。それ以外の生徒にはきつい課題が出される。
どちらも個人的にはお断りしたい内容だが、まだどちらかと言えば手が抜ける課外授業のほうがマシか。
もっとも、ゲームではこの課外授業で主人公は勇者として聖剣を手に入れ、魔王の復活が世界中に知れ渡るのだが。
つまり、平和な日々の終わりが間近に迫っていることが改めて目の前に示されている状況なのだ。私にとっては。
しかも、ゲームではイレーヌは親密度最下位のキャラと組んで、主人公と戦闘。主人公が勝てばこの場に居るキャラたちの親密度は上がり、負ければ下がる。
だから、この世界がゲームとほぼ同じ流れなら、私は負けたほうがいいのではと考えもした。
しかし、審判を務めるのは若手の中で随一と言われるほどの剣の使い手、レオナルド様なのだ。手を抜けば見ぬかれてしまい、悪印象を与えてしまう。
なんで印象を気にするのか?
それはもちろん、前世からの一番のお気に入りキャラですから。
実際に会っても好きになりこそすれ、嫌う要素が無い。
他のキャラがバックに花を背負っていそうな美形ばかり。そんな中、レオナルド様は漢って感じのワイルドキャラなのである。髭も重要な要素だ。
優男な父とは正反対なところが何よりもいい。
だから、私はこの戦闘実技の授業を一番熱心に受けている。
出来れば勝ちたいし、負けても惨めな負け方はしたくない。
なのに、よりにもよってパートナーがリオネルって何なの?
ゲームだと、ここは俺様王子か陰険メガネが相棒じゃないの?序盤でリオネルは無理ゲーなのよ?よっぽど選択肢間違わなければ、ありえないのに。
現実だって、リオネルは同年代など相手にならないほどの実力の持ち主として、注目されているのだ。
基礎に忠実で敏捷さを生かした戦いをするリオネルと、補助魔法を多用してチャンスを伺う私。
相性も悪くない。よっぽど下手に立ち回らない限り、負ける要素がない。
でも、感情は別だ。思わず不満に思ってしまっても仕方ない。
対して、主人公は誰と組んだのか。
主人公の隣に立っているのは、彼女の幼馴染である好青年のケイン君だ。
彼とは同時期に入学してから、ずっと白魔法の授業で顔をあわせている。
主人公の実力や戦法がどんなものかは知らないが、ケイン君は分かる。
彼は、私よりも握力も筋力も脚力もないモヤシ君なのだ。回復と補助魔法の発動を邪魔してしまえば、無力化するのは簡単だ。
主人公はリオネルに任せて、私はケイン君を相手にしよう。
「リオネル、私は術師の彼を相手にするので、もう一人の相手をしなさい」
あ、つい癖で命令口調になってしまった。
女生徒の憧れである彼に、そんな態度だと知れたら後が怖い。
思わず周囲を見回すが、皆、それぞれのパートナーとの打ち合わせに忙しく、聞かれた様子はなかった。
「君が彼を倒すのか?」
「何?私に出来ないとでも」
「いや、君が戦わずとも俺一人で――」
「あのね、これは試験なのよ。貴方が一人で倒してしまったら、私の評価が下がるじゃない」
確かにリオネルなら、二人相手にしても引けは取らないだろう。と、いうかそのほうが楽なのだろう。
でも、これは試験なのだ。何もせずにいたら、私のレオナルド様からの印象が悪くなるでしょうが。
魔王が復活して、学園が休校になることが決定しました。
え?試験の結果?
圧勝しましたよ。リオネルが。
私が言ったことなどすっぱり無視して、開始早々自慢の速さを生かして主人公を無力化し、ケイン君に降伏を迫りました。
私、一歩その場を動いただけです。あまりのことにそれしか出来ませんでした。
その圧倒的なまでの強さに、周囲の女生徒は黄色い悲鳴を上げるわ、レオナルド様は苦笑なさるわ。
怒鳴りつけたかったけれど、グッと我慢しました。女生徒の目が有りましたからね。
それから課外授業があり、ゲームの通り、主人公が聖剣を手に入れ、城へと連れて行かれました。
私は、授業の後は最後の買い物を済ませて、領地へと帰る準備をしていました。
魔王が復活しましたからね。これから世界は大いに荒れていきます。
魔物も出ますから、治安の維持にも苦労するでしょう。課題は山積みです。
弟のドミニクを先に領地に帰らせ、私は主人公の旅立ちを確認するため学園に残っていました。
この状況で、唯一平穏な未来が訪れると信じられるゲームの知識と照らしあわせて、安心を得ようという個人的な事情です。
そして知り得たパーティーメンバーの情報は、今一安心ができないメンバーでした。
リオネルとかレオナルド様とか天才少年とかオスカル様とか、最強パーティー作る際に必要なメンバーが居ないんですけど。
レオナルド様は、騎士団に復帰ですか。
リオネルは、生まれ故郷の自警団に入るのですか。
天才少年とオスカル様は、ご自身の領地へ戻られるのですか。
……これが現実ですよね。主人公が全員落とせるとは限りませんものね。
さて、私は私の出来る範囲で家族と領地を守らなければ。
確か、リオネルの向かう領地は、我が領地よりも魔王陣営よりでしたね。持ちこたえてもらえるように幾つか餞別を渡しておきますか。
世界中が闇に包まれた一年が、終わりを告げました。
魔王が勇者に倒されたのです。
勇者アンジェリカは、苦楽を共にした仲間の一人、俺様王子と結ばれ、来月には大々的に結婚式を上げるそうです。
平和な時代の幕開けに、相応しいおめでたいニュースです。
多額のご祝儀を出さなければいけない点に、目をつむればですが。
我が領地はそれほど被害を受けていないので、多分経営が苦しくなることは無いでしょう。
それも、リオネル率いる自警団が頑張ってくれたお陰です。
バンバン魔物を倒していくものだから、周辺の魔物は彼らを倒すのに躍起になって、他への被害が相対的に減ったのです。
リオネルなど銀の守護者なんて二つ名で呼ばれるほど、有名になりました。もちろん、それだけの激戦地です。街への被害も大変なものになりました。
他領のことですので、直接支援はできませんが、微力ながら復興のお手伝いはさせて頂きます。
弟のドミニクは、リオネルに憧れて髪を伸ばし始めました。私と同じ癖毛なので、諦めたほうがいいのに。
さて、世界は救われ、平和になりました。が、私には新たな難題が降り掛かってきました。
婚活です。
女、17歳。
貴族の娘としては、結婚はまだでも、そろそろ婚約は済ませていて当たり前な年齢です。
魔王の復活に関するドタバタで、周囲をごまかせては居ましたが、さすがに今は無理です。
学園に通っていた時にそういった相手を作らなかったことが、大いに悔やまれます。
同年代の貴族の子弟からは、勇者の婚約を機に結婚婚約の報告が舞い込んできます。
手頃な相手が居ないんです。
同じような境遇の人間が居るだろうに、なぜかお見合いの話も来ません。
母に頼ろうとも、父のせいで結婚なんかしないでもいいのよ、とか言い出す始末。
高望みなど、していないんですけどね。
今まで頼りにしていた前世の知識が使えない。
でも、考えてみればこれが普通なんですよね。
さあ、心機一転、がんばりますか。
別作品に行き詰って息抜きで書きました。
更新はスローペースです。